9 二条
「あ、そういえば俺、式が終わったら担任が
顔を出せって言ってたんだっけ」
「オイ、十朱」
「じゃそういう事だから」
「十朱!」
「……ちゃんと自分でケリつけろ」
俺は七嗣を残しソイツの横を通り過ぎる時、
見なくても頭を下げてるのが雰囲気で分かった。
卒業後、俺は七嗣と学部は違えど同じ大学へ。
その後もやはり七嗣の方から
事の顛末を聞くことは無く、
数年が過ぎて同窓会の話が出た時
漸く件の話のきっかけができた。
俺自身、別段喋る方では無いのに、
コイツは更に寡黙だったから
どうしても二人でいると俺の方が
喋る率が高めになってしまう。
それでも口の重い七嗣を喋らせるのに
苦労したことを覚えている。
「相手、二条だったんだな」
―――二条。
俺の知ってる範囲ではA組で
大人しいって印象くらいしかない。
卒業式の数日前、
同じ生徒会の女子にそれとなく探りを入れると
皆騒ぎ出してあまりのはしゃぎぶりに
話半ばにしか聞いてなかったが。
要約すると以下。
俺達の学年には三人の王子がいるらしく
一人は当然七嗣、そして二条
もう一人は何故だか教えてくれなかった。
二条の性格は穏やかで顔も可愛いとの事。
(男に可愛いというのはどうかと思うが)
女子はともかく男ウケは
七嗣よりダントツ上。
両親は医師で中学の頃より
家庭教師をつけてこの学校に入った。
と、俺が思っていた以上に
校内で有名人らしい事だった。
「……」
「そもそも接点とかあったっけ?」
(二条って確か一度もAAに入ったことないよな)
「物理って別教室だったろ
俺達の前に使ってるのがA組だったんだよ」
「それで?」
「同じ席使ってるのが二条で……」
(へぇ、知らなかった)
「机に……机に”好きです”と」
「は?二条かどうか分からないだろソレ」
「俺も最初は気にしてなかったんだけど
毎回、そこに書いてあるからそのうち気になって、
早めに行ったらそこに二条が
座ってるのを見たんだ」
「だから、二条が書いてるって決まったわけじゃ」
「確認とったよ、
その時間の前には何も書いてなかった」
(確認?お前がか?)
「で……男だったから、あんな回りくどい
やり方取ったのか?」
「分からない」
驚いた。
コイツがこんな曖昧な言い方を
今までした事あったっけ?
「だけどあの時、断ったんだろ?
目の前でハッキリと」
「ああ」
自分で白々しいと思う。
俺が卒業式の後、七嗣を屋上に連れ出したのは
ただの偶然じゃない。
その二条と約束していたからだ。
七嗣の例の頼まれ事の後
俺なりに探っていはいた。
誰に向けられた言葉だったのか。
女だと最初は思っていた
だけどそれなら今までと同じ対応で
良かったはず。
それでやっと気が付いた、
コイツを見てる視線に。
『少し良いかな?』
そして、卒業間近の放課後
靴箱で二条が俺に声を掛けてきた時、
俺は、ああ来たなと思っていた。
予想は覆らない。
知った所で結果は変わらないと
踏んでいたんだ。
だから
『七嗣には彼女はいない』
と、わざわざ教えたんだよ。
「お前、何て言ったんだ?」
「好きだと言われた、だけど
男同士で俺にどうしろって言うんだと」
ああ、そう言ってたな。
全部知ってる。
俺、あの場にいたんだからな。
ドアから出て行くふりをして
死角になる所で事の成り行き
見させてもらってた。
それでもわざとらしく聞くのは
お前の口からも直接聞いておきたいからだよ。
七嗣の家は普通じゃない
身内は皆、格式張った政治家や法律家ばかり。
そんな厳格な家で育ったアイツの性格を
誰よりも知ってた。
「……身も蓋もねぇな」
「…………」
「もっと言い方あんだろ。可哀想に」
無論、内心は違う。
あの時だってそうだ。
告白の後、泣いている二条に
慰めの言葉を吐きながら
俺はもっと別の事を考えていた。
これで諦め付いたろ?
七嗣は駄目なんだ、と。
「大体、応えるつもりが無いんだったら
何故最後まで言わせたんだ」
「どういう意味だ」
「残酷だと言ったんだよ。
同じ断るならいつものように優しく
言えば良かったじゃないか、
そうすれば―――」
殊更、煽るような言い方をするのは
お前の意思が変わらないと見越しての事。
二条を振った事実を確認してるにすぎない。
「そうすれば何だ!
じぁ、他に何て言えば良かったんだ!?」
……七嗣?
初めて見た。
コイツが怒鳴るとこ。
「軽く言うな。
どんな気持ちで言ったと思ってるんだ。
アイツの顔見てたら突き放すしかなくて」
何、言ってる?
「その方が、二条の為だと思ったからだろ!」
オイ?……よせよ。それじゃまるで……
俺はこの時、
―――否、
本当はもっと前から嫌な予感がしていた。