5 特別な関係
「よ~一之瀬、ひさ~」
「生きてるかー?」
学食で一人メシを食ってると
元級友のメンツが、周りに陣取って口々に話しかけてきた。
「……なんとかな~」
「お前、なんかさぁやつれてねェ?」
とか言いつつ笑いながらバンバン背中をどつかれる。
「痛てーよ、もっと労われって」
俄かに周囲が騒がしくなり、俺も
AAでは味わえない高揚した気分に浸れて、ついつい
思いの外、懐かしさで嬉しくなってしまった。
「なぁーそっち楽しいか?マジ出戻って来いって」
「全然楽しくねーよ」
これはホントの気持ち。
「次、成績落とせばいいじゃん」
軽く言う言葉に何の含みも無いことは
長い付き合いだからこそ分かってる。
「それがなかなか難しいんだって。
親がスゲー喜んでてさ、学費浮くって言ってよ」
これは無論、建前
「お前んとこ必要ねーだろ。学費の心配とかさぁ。
だいたい、何時からそんな親孝行モノになったんだよ」
と大笑いされてしまった。
久々の暫し気の置けないダチとの会話も、昼休み終了の
予鈴によって敢え無く寸断された。
椅子から立ち上がりかけた小西が、うんざりした顔で
「確か……次、代行十朱だっけ。アイツ俺、超~苦手」
一気に元級友達の温度が3℃程下がった空間での
抗議はあくまでも控えめにではあったが。
「俺も~あの冷たい視線が痛ぇ。
……怒鳴らないから余計怖ぇよ、マジで」
「だよな~」
口々に賛同される愚痴を尻目に俺は黙って席を立った。
俺も―――数ヶ月前まで同じ印象だった。
別段、威圧的って訳じゃないし
とういか、そもそも感情的になったトコ見たこと自体が無い。
どこか醒めたカンジで近寄り難いって雰囲気が漂う。
それは他の先生とは明らかに
異質な感じがする独特のオーラ。
その全てが変わったのはあの日。
『いけるよ、お前なら”AA”』
(あ……)
そうだ、俺。
それまで先生が笑ったのを見たことが無かった事に
今更の様に気が付いた。
だからなのか、その時俺は初めて
その笑顔に釘付けになってしまった。
「確かに俺も十朱は苦手だけど、まぁ頑張れって」
「そだな、お前はAAだから毎日だもんな~可哀想に
じゃ~またな」
背中を見送りながら、
「羨ましいぜ、お前らが」
そう口にした俺はきっとダチの背中越しに
笑っていたかもしれない。
悪いがAAを出るつもりなどない。
俺は――
俺はお前らより先生を選んだ。
今俺にとって至上はあの人だけだ。
平気でこんな風に嘘をつける程。
その代償が何であろうと如何でもいい位に、な。
先生と生徒、立場が違うから
二人っきりになるのは容易じゃなかったけど。
俺達は放課後隠れてキスをした。
先生はキスを許しても、その先をなかなか
させてはくれなかった。
「AAに入る時OKしたのはここまでだったろ?
その先は約束してない筈だ」
段々焦れてくる俺に対していつもの
涼しげな顔でアッサリかわす。
大体キスする関係なら当然その先だってOK
じゃないのかよ。
「好きなんだから、もっとしたいって思うのフツーだろ!」
っていうと決まって、
「条件がある」
と、更なる目標なるものを提示される。
ゲームのレベル上げじゃないんだから
すんなり応じてくれてもよさげなのに、
先生はクリアしないと
絶対先には進ませてくれない。
時にそれは成績だったり、髪型や言動に及ぶこともあった。
好きな相手の好みに近づけたりするのは別に苦じゃない。
俺にとっては全然アリなんだけどさ。
要するに、恋愛は惚れた方が負けなんだよな……きっと。
だってさ、時にはこんなオイシイおまけあるし。
日課の数学教室での居残り勉強の時、
唐突に先生が切り出してきた。
「お前、髪の色変えないか?」
「色?」
「そうだな、例えば少し明るめの色とかに
……きっと似合うと思う」
地毛が真っ黒のクセっ毛で見た目重めだから
まぁ一度やってみたかったし、
良いかと思って軽くOKした。
翌日朝イチで見せた時、先生は
何だかスゲー驚いたというか、
自惚れじゃなきゃ見とれてたってカンジで
俺を見てたような気がする。
「……凄く……似合ってる」
滅多に褒めたりしない先生がぽろりと零した言葉に
こっちの方が驚いたくらいだ。
感情とか殆ど変化読み取れないのに、
この時に限っては、手に取るように分かった。
珍しくって調子に乗った勢いで
何度目かのチャレンジ精神を鼓舞し
ダメ元のHの打診を一応口にすると、
「分かった……今日ウチ来い」
絶対断られると思ってたから
拍子抜けしてあんぐり口あけてバカみたいに
先生を見返してしまった。
「……マジで?」
「したいんだろ?」
「先生~あいしてるぅ~!!」
何時もならふざけて抱きつこうとすると
身をかわされるのだが、
今回は俺のされるがままになってくれた。
そして、初めての先生は想像以上だった。
「めっちゃイイ……先生……スゴク」
ダチには一生知りえない俺だけの秘密。
「……は……っ」
「学校でスゲー怖いのに、ベッドではこんな風になるなんて
きっと誰も信じちゃくれないだろうな」
それまで俺の下におとなしく組み敷かれてた先生が
僅かに身じろぐ。
「言いたきゃ言え」
「誰がそんな勿体無いこと。俺だけに見せて、全部」
汗ばんだ下腹部に手を回す。
「っ……いい加減しろ……一体何回するつもりだ」
「俺のが空っぽになるまで」
先生の瞳をじっと捕らえてそう囁くと
微かに頬を赤くして視線を逸らされた。
「……くそっ」
そう悪態を付くのとは裏腹に抵抗を止め、俺の手の動きに
合わせて身体を震えさせる。
俺を狂わせるほど猥らに……
―――多分、先生は俺の顔が好きなんだと思う。
そう思うのは何も自惚れだけからくるものじゃない。
ふとした時に先生はよく俺の顔を見ていることがあるんだ。
その時の顔はなんともいえない感じで、
俺が照れて声をかけると
見ていた事に自覚がなかったらしく驚いて
瞬きするんだよね。
ちょっと意外で、そこもとてつもなく可愛い。
先生は誰もをが簡単に近づくことを拒む孤高の人。
俺だけが唯一傍にいることを許されてる至上の優越感。
俺と先生は特別な関係。
学校では決して見せない感情的な言動、誘う仕草、甘い声。
そのどれもが堪らなく魅力的で
俺は先生に今や完全にハマっていた。
好きで、堪らなく好きで、いつもどこでも先生の視線や表情を
無意識に追いかけてしまう。
文字通り夢中だった。
だから
先生もそうだと思っていた。
さて……大丈夫か?