3 個人授業
それからというもの、いつの間にか
放課後は十朱との補習が日課となってしまった。
「遅い。お前のクラス授業はとっくに終わってる筈だろう。
よほど余裕があるようだから、課題2個ほど増やすか」
「冗談!いいじゃんか!少し位、ダチと話してたって」
「何だ、物足りないのか?じゃ、やっぱりもっと……」
「ひーサーセン!俺が悪かった!!」
コイツ、悪魔だ。
いつのまにか俺の授業のスケジュールまで把握してやがるし。
山と積まれた問題集と永遠と格闘させられる。
「えーと……この問題……アレ?」
「ん、どした?」
コレどうするんだっけ?
そう聞こうとして顔を上げてビックリした。
って……顔、近ぇ!
十朱の覗き込む顔が真横にある。
コイツ間近でみると洒落にならないくらい
綺麗じゃね?
「ふむ。此処までは自力で解けたか、もう少しだけ
考えてみろ。見落としに気が付くから」
「あ……ハイ」
バカ……息が掛かってるって
てか、なんで心臓バクバクいってんだよ。
「お前、聞いてるのか?」
「……聞いてるよ」
クソ……
しっかりしろ!俺!いくら最近女と遊んでないからって
コイツ男なんだぞ!
モヤモヤを振り払って必死に目の前の問題に集中する。
「正解。やれば出来るんだな」
笑いかけられたワケでもないのに何だか嬉しい。
ああもう!!
ヤバイ……よくわかんないけど凄くヤバイ気がする。
どうしたんだ……俺。
甚だ不本意だが、それ以来
妙に十朱の事を意識するハメになってしまった 。
最近俺は、ずっとイライラしていた。
成績が急激に上がりクラスメートや宮っち、
親とか他の先生までが俺を褒めたり
感心してくれたりする中、
肝心な人は
「コレくらいで満足してんのか?」
と容赦が無い。
でも、俺がイラついている理由はそこじゃなかった。
放課後何時ものように十朱が俺用に作った問題を
解き終えて渡すと、すぐさま採点に入るその姿を
複雑な思いで見ていた。
「なぁ、もし俺が”AA”に上がったら先生は
今度は別のヤツの勉強見るの?」
『無論だ』
と、てっきり醒めた口調でそう返される思ったのに
十朱は聞こえて無かったのか答えなかった。
もう一度聞いた時、今度は明らかにはぐらかされた。
「お前が他人の事考えてる余裕無い筈だ」
そうだけど!
俺がじゃなくってアンタがどうするのかが
聞きたいんだろ。
「俺じゃねーよ、先生の事が気になるんだよ」
「下らない事言ってないで勉強に集中しろ」
優秀な家庭教師を失うのが嫌という意味では無論、違う。
「できねーよ!アンタが気になって仕方ないんだよ、こっちは!
勉強なんかやってられっか。
宮田に頼まれてるんだろ?
副担としてクラスの連中の成績の底上げ」
AAに入ってしまったら俺、用済みじゃん。
俺が終わったらまた別のヤツがこうやって
アンタと時間を共有するかと思うと、
それだけでムカついてくる。
この感情が何なのか答えを出すのに
かなり時間がかかった。
先生に……それ以前に男に抱くようなものじゃないと
幾度と無く否定を繰り返して尚、消えなかった。
「一之瀬?」
驚いて俺を見る先生の心情を推し量る余裕なんて無い。
「そうだよ!……俺はアンタが好きなんだ。
誰にも渡したくねぇよ、言ってる意味くらい
幾らアンタでも分かんだろ?」
言ってしまった言葉はもう元には戻らない
気が付いてしまった気持ちが暴走する。
瞬間、先生は表現し難いカオをしたけど
はっきり確かめる前に顔を逸らされてしまった。
必死で告った言葉に返答は無く
恥かしさと焦れで、先生をやっとの思いで見ても
俯き加減でどんな風に受け止めているのか
全く知ることが出来ない。
下を向いてしまったその顔が見たくて
恐る恐る覗き込むが、先生は頑なに表情を
見せてくれなかった。
「なぁ……なんとか言」
「……頼まれてない」
先生の小さな呟きが聞こえた気がした。
「え……何?」
俯いた先生を強引に振り向かせて
その顔を見て驚く。
先生が真っ赤になっていたからだ。
うそ……
「先……生?」
「見……るな……」
振り解こうとする手に知らず力が篭る。
「俺にだけ……って事?」
これがあの無表情で冷徹な十朱?
目の当たりにしても俄かには信じ難い。
反則だって……
先生、その顔は俺にとって致命傷なのに。
「ねぇ、キス……して良い?」
頑なに答えてくれないこの甘い間は
決して嫌じゃない。
自分でも驚く位、やさしい声で
囁き掛けるように先生の髪を撫でた。
「……返事が無いとこのまましちゃうよ?」
もう……何だか訳が分からない程、この人が愛おしい。
こみ上げてくるたまらない感情に押し潰されそうになった。
「……AAに入ったら、だ」
小さくやっとそう言ってくれた先生に
俺は誓いというべく髪にそっと口付けた。
「先生が望むなら」