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20 存在

AA主任の最終通告が出たらしく

一之瀬はしぶしぶ授業に出てくるようになった。


他の時はどうかは

分からないが、俺の授業は殆ど

前を見を見ようとせず、外を見ている事が多い。


「では、次の例題五問、時間は五分内」


モニターにディプレイされた問題を

一斉に生徒達が解き始める中、

一之瀬はやはりペンすら持とうとはしない。




「時間だ、ペンを置け。

まずこの問題。ここはどちらの公式を使っても

解は出るが、試験の際こちらを

使った方が断然、時間的ロスが省ける。

覚えといて損は無いから、頭に入れておくように」



恐らく、コイツにとってこのクラスに

残る意味などない。



俺とは違い学費免除とか

魅力も必要もないし。



今回授業に出始めたのは“AA”残留というより

退学をも示唆されたから仕方なくって事だろう。


折角、ここまで来れる実力があるんだ。

むざむざ無駄にすることはない。



最大の原因は……俺。



(……一之瀬)


たまたま教室を出るタイミングが重なり

偶然だが、一之瀬の少し後ろを歩く形になった。



このままクラス落ちするつもりか?


その後ろ姿を無意識に目が追う。



「あ。一之瀬!待ってたぜ」


昇降口で数人がたむろしていて

わらわらと一之瀬を取り囲んだ。


見知った顔ら。

副担としての受け持ちクラスの生徒であり、

アイツの前のクラスメイト2-Cの生徒達。


「おお、お前らどうした、揃って」


「なぁなぁ。コンパ行かね?谷山がこの間

柿原の女の子と知り合って

人数揃えて遊ばないかってさ」


「お前、女受け良いし

盛り上がろうぜ!」



「……いいな。久々、遊ぶか。

悪いが、お前らに女の子は渡さないぜ」


「お前が言うと洒落なんねーよ」


「まぁまぁ。二人共いいじゃん

待たせちゃ悪いし、はよ行こうや」


「てかさ、一之瀬なんか成績ヤバイんだろ

という事はこれから毎週末また行けんじゃね?」


「……ああ。だな」


「おお!いいね~じゃ今日前祝いね」



集団は大騒ぎしながら出て行った。



その間、気付いているのかいないのか

一之瀬は最後まで俺の方を

振り向くことはなかった。


そんなアイツの姿が消えるまで

俺はバカみたいにその場に佇んでいた。






「一之瀬、このあと話があるから教室に

残るように」


HRが終わった後その流れで一之瀬に告げると、


「何の用ですか?十朱先生」


「後で話す」


「ここでは言えないような事ですか?」


殆どの生徒が残る教室で

机に座ったまま、大きな声で

一之瀬は言い返してきた。


「……そうだ」


このクラスで教師にそんな態度を

取る生徒はまず皆無。

次第にクラスがザワめき出す。



「オイ!先生に対してその態度は何だよ」


「十朱先生に失礼だろっ」


「そうだよ、たまたまこのクラスに入れただけの

くせに、生意気なんだよ」



口々に一之瀬に対し非難を浴びせる。


「へ~先生ってば凄い人気だね」


茶化すように言うその言い方に

他の生徒のボルテージが更に上がっていく。


「お前なんか早くCでもDも行けよ」


が、そんな言葉に目もくれず無視したまま。


「皆よせ。クラスメートを

そんな風に言うんもんじゃない。

編成試験近いから他の者は帰りなさい。

……一之瀬は悪いが少しだけ残ってくれないか」


一之瀬は大きなため息と共に

不服そうに足を机に投げ出した。


「そうだな。一之瀬クンには編成試験

もう関係ないもんなぁ」


そう皮肉って最後の生徒が出ていくのを

見届ける。



二人きりの教室。


だが、最早そこに以前の様な空気は無い。


それどころか、机から立ち上がってはいるものの

一之瀬は近寄って来ようとはせず、

距離をあけて俺の話を聞いていた。


「主任に言われたんだろ、もっと

勉強に身を入れた方がいい。

このままだったらクラス落ちどころか……」


「俺、別にこのクラスに拘りないですし」


予期していた言葉だったが、

受け止めるのは、思った以上に痛みを伴った。


「このクラスで卒業する事はお前にとって

プラスになるし、将来的にも役に立つ」


「将来も何も、多少成績悪くても

オヤジの会社継げば済むことだから

心配はいらないですよ」


投げやりな返事と態度。



「そう、か。お前にはもともと

開けた未来が待ってたんだったな」


上から見下ろす視線が突き刺さるのを感じた。



「一教師として言うが

一時的な感情で、人生を無駄にするな。

かけがえのない学生生活、悔いがないように

生きて欲しいんだ」


「アンタがそれを言うかな」


笑いの混じった冷ややかな声。



「今まで本当に悪かった。

お前の幸せを心から願ってるから」


こんなことで許されるとか思ってないが

せめてもと俺は一之瀬に頭を下げた。


「……なんのつもり?」


「俺、ここを辞める。お前はもう俺に

振り回されることもない」


「は?辞めるってどういう事?」


「俺は教師には向かない。

前から感じていたことだが、もっと早くに

そうしてれば良かった」


「何言ってんの?アンタ。

てか、頭上げろよ」


「目障りな俺がいなくなれば、お前だって

良いだろう」


「そんな必要ないし。俺のことなんか

ほっとけばいい」




「……出来る訳、ないだろ」




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