2 挑発
「成績は中の下か」
いきなり、そう切り出されて驚きで言葉に詰まった。
そんな俺を無視してソイツは、
「まぁ当然だろうな。
遅刻は今月に入って既に3回、
授業に対しても集中力がまるで欠けてる。
テストはケアレスミスが多いし、数学とか公式すらまともに
覚えてないだろ?
それとも単に覚えられないほどのバカかと呆れてるんだが」
午後の授業をサボろうかと
まったり屋上の床に転がっていた俺の視界に
突然革靴が入ったと思い見上げてみると、
そこには十朱。
しかも、初めてまともに会ったというのに
何故、親の敵のように毒を吐かれてるの?俺。
一番有り得ないシチュエーションだろ?
「…………」
十朱がこんなに喋る事に暫しあっけに取られる。
雲の上の人過ぎて、学校でも滅多に
顔を合わす事がない。
だからだろうけど、大人しくお上品な
キレ者っていう勝手なイメージがついていた。
「……アンタ、顔に似合わず毒舌なんだな」
昨日教室で本当に十朱が来た時も驚いたが、
それはクラスメートも同じく、どよめきが湧いた程だ。
が、今はそれ以上で……
「ほら寄こせ」
徐に手を出されて何事かと思ったら、
「な、なんだよ?」
「鍵。屋上のスペア持ってんだろ」
コイツ……何処まで
「今時、屋上でサボリとか流行んねぇよ」
確信的な目でそういわれて拒める事ができなかった。
出された手に苦労して作った鈍い銀色の
小さな塊をしぶしぶ落とす。
「宮田先生の頼みもあって、生徒の成績の底上げを、
入学して急激に成績が下がったお前でも手始めにと
思ったんだが、考えるだけ無駄のようだったな。
まぁ、このまま堕落したスクールライフを精々満喫するんだな」
「はぁ!?」
流石にこの言い様にはムッとした。
AAの専属か何か知らないけど、初めてまともに
喋った教師にいきなりこんなこと言われたくはない。
「俺だってやれば出来んだよ」
「あ、そう。だが俺は無駄なことが嫌いなんだ」
ひらひらと手を振って小バカにした口調で言われて
よせば良いのに、更にいきがってしまう。
「見てろ!近いうちに俺の成績をみて
テメーを平伏せてやるからな!」
「大したビックマウスだな」
「うっせー!マジで言ってんだよ」
全然思ってもいないことが、口から勝手に出てくる。
その言葉を受けて口の端を上げた十朱の顔が、いまだに
脳裏に焼きついて離れない。
「期末が楽しみだな」
期末……だと……近すぎだろ……
あと2週間しかねぇし……
やられた……
まんまと相手の術中に嵌められてしまった感が否めない。
こうなると、何から何まで全部、十朱のペースだ。
が、今となっては後の祭り、売り言葉に買い言葉
後悔先に立たず、そんな言葉が浮かんでくるが
もう出てしまった言葉は回収のしようがなかった。
とにかくやるしかない……あそこまで言われて
やっぱりダメでしたなんて言いたくないし、
言れたくない。
いつものような成績ではそれこそ次、十朱に会った時
どんな嫌味を言われるか考えただけでも地団駄を
踏むくらいのムカツクし。
しかし、俺も大概バカだよな。
所詮、教師なんてテキトーに無視すればいいものを、
なんで此処までムキになるのかとは思わなくも無いが
売られたケンカは買うものだとの信条を曲げるわけには
いかなかったというのがその時の自分に対するいい訳だった。
……普段試験とかマジどうでもいいし、将来のことなんか
考えていない俺にとって落書きだらけの教科書を持ち、
こうやって机に座ること自体一体何時頃振りだろうか。
高校受験した時以上の気合で試験勉強した。
多分この2週間あんま寝てないかも……
全ては、十朱を見返したい一心で。
成績表の詳細カードを無言で見ている十朱に
内心ドキドキしながら発する言葉を待っていた。
「し、死ぬほど頑張ったんだよ」
「“死”なんて軽々しく口にするな」
眉を潜めて睨まれても怯んだりはしないからな。
「あーもー揚げ足取んな。
兎に角必死にやったんだ」
「……で、この成績か」
「200番台から一気に38位だぜ!
ちょっと位、褒めてくれたっていいじゃねーか」
それなのに、
「いや、まず200番台ってスタート時点が既におかしいから。
それに一桁じゃ無いことが気に食わない」
「一桁!?ばっかじゃねーの。んなの、みんなAAが占めて
んじゃんか。あそこは10人の精鋭部隊、
アンタが一番知ってんだろ。鉄壁の要塞だぜ」
「部隊……要塞?お前、ゲームのやりすぎ」
確かにシュミレーション好きだけど。
「その一桁を狙えと言ってるんだ」
「はい??」
これまた突拍子も無いことを言い出す十朱に
いっそ笑ってやろうかと思ったのだが。
「いけるよ、お前なら”AA”」
この冗談とはとても思えない真摯な言い方に
笑いも声も無言で飲み込んでしまった。
本気で……言ってる?
「褒めて欲しいんだろ?俺に」
「く……っ」
なんかそう言われると素直に頷きたい自分を必死に抑えて
誤魔化す様に拗ねて、不覚にも本音の一端が口から漏れた。
「……どうせなら個人授業してくれればいいのに」
「いいぜ」
テキトーに言った言葉に
即答されて思わず先生を凝視してしまった。
十朱は冗談とかまず言わないし、出来ない約束も
多分しないタイプだ。
「……マジで?」
「ああ」
暫し視線が合った後、我に返って
先に逸らしたのは俺の方。
え?え??どういう事?
何?この展開。