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19 琥珀

校門を出たところで九方が待ち構えていた。



「飲み行かないか?」



「……ああ」



”飲みに”とい言葉から

例の居酒屋だろうと思っていた俺は、


「何処に行くんだ?」


あまり行ったことのない方向に

歩いていく九方の後を追う。


「最近、行ってる店。結構良い感じだから

お前も気に入るさ」


結構歩いた感がある目的の場所は

奥まった、いかにも知る人ぞ知る

隠れ家的店構えだった。


「どうだ。結構イイだろ?」


「よく見つけたな」


店内はやや暗め、それでいて間接照明が

穏やかな雰囲気を演出し

内装は品のあるショット・バーという感じ。


カウンターの端、店の入口からは

少し死角になる席に九方が腰を下ろした。



「勝手に言ったことは謝る。

が、言った事自体は悪いと思っていない」


九方は店に着くなりそう言った。


「お前はいつも正しいよ。

お前を非難する気なんか毛頭ないさ」



全ての元凶が俺に起因してる。

どう取り繕った所でそれは変わらない。


九方は真実を言ったまで。



これで良かったんだと思っている。


―――ただ


どうしても

あの日の一之瀬の顔が脳裏から離れなくて。





「ふ……」



久々の酒がやけにキツイ。


そんな俺をよそに傍らでは九方が

相変わらずのペースでお気に入りの

バーボンを飲んでいる。


「あれから坊や、どうしてる?」


「坊やじゃない、一之瀬だ」


「……その一之瀬君はどうしてる?」


「授業サボりだして、このままじゃ

クラス落ちは確実だ」


「もしかして、無視されてんのか?」


「……当然だが、極端に避けられてる」


「そっか。そいうとこがやっぱりお子様だな」


「一之瀬は子供じゃない」


オーダーしたウィスキーロックを

流し込む俺を窺うように

九方は肩肘を付き、俺を見ていた。


「カラダは、ってこと?」


「そういう意味で、言ったんじゃない」


俺が言い返すと、


「俺はそういう意味で聞いてる、寝たのか?」


俺は答えず残りのグラスをあおった。


「俺が誘いをかけても全然相手にしなかったくせに

あの子とはしたんだな」



「……よく言う。いつも冗談だったろ」


「本気で言ってたさ、いつも」


伸ばされた指が不意に俺の髪に触れた。


「よせよ」


予期せぬ九方の行動に

咄嗟に避けようと体を反らしたが

俺を見る九方の冗談とも言い切れない程の

真剣な眼差しに動揺を隠しきれなかった。


「……十朱、俺の気持ち知ってるだろう」


再び、髪に手が触れる。

いつもの九方じゃない。


「オイ。酔ってんだろ?お前」


「そう思いたければ、思えば良い」


俺の前髪に指を絡めながら見る視線が痛い。


「初めて会った時からお前だけ見てた。

坊やと出会う前も、その後も」



反射的に逃げようとする手を強く掴まれる。


「九方、離せって」


「俺が私欲であの子に湾曲した事実を

言わないと評価してくれるみたいだが、

少しは疑えよ」


「え?」


「分かってる?

俺も男なんだぜ、十朱」



―――九方は酔っているんだ。



それが証拠に、ふざけてしか言わない言葉を

こんなカオで言うわけがない。



ましてやこんなバーでキスをするような真似

絶対するはずがないのだから。







九方はこれ以上飲むと悪酔いしそうだからと

俺を置いて店を出た。


俺は流石に一緒に出ることはできず

もう少しここで時間を潰すことにした。


暫くして、マスターが一つのカクテルを

差し出してきた。


「これは?」


「お連れ様がお帰りの際、ご注文

なされたものです」


琥珀色したカクテルから

見た目あまりブランデーと変わりないが、

そこからは甘い香りが漂う。


見慣れないカクテルを

不思議そに見ているのが分かったのか、


「アプリコットフィズでございます」


果実系リキュールをベースとした

杏のお酒だとマスターは教えてくれた。


一口飲むとその甘さと、成程

口当たりが符合する。


「甘い、ですね」


「ええ。大抵は女性の方が好まれますが

お酒があまりお得意でない方にも向いております」


俺は特にお酒に弱い方でもなければ、

甘いカクテル系は飲まないって

奴は知っている筈なのだが。


「何でこんなカクテル……」


思わずそう口にしてしまった。


「……カクテルには俗名、と

申しますか、何かしら意味を含むのも

中にはございます。

所謂、洒落みたいなものではありますが」


「意味?」


「はい」


俺はもう一度口をつけた。


やはり、甘い。今まで飲んだことのない味だ。



「お聞きになられますか?」



「……そうですね」






「“振り向いて欲しい”」






それだけ告げると、マスターは

一礼をして別の客の話し相手に

行ってしまった。




九方が意味を知っていたのか

それとも単なる偶然かなど、散々連れ回され

飲みに行った回数を考えれば歴然だった。



それまで甘かったはずの後味が

急にほろ苦く感じたのは

飲みすぎて味覚が麻痺した所為かもしれない。




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