表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

17 醒夢

振り向くと会社帰りであろう姿の

九方がそこに立っていた。



(……まさか見られた?)


「今の誰?」


「教え子だよ」


「ふ~ん……」


さも意味ありげに間を持たせる九方に苛立つ。


「何か用か?」


「別に最近、店に来ないなと思ってさ」


「忙しかったんだよ。

別に約束してるわけでもねぇし」


俺は九方の方を見ずに言葉を吐き捨てた。



「忙しいねぇ……あの坊やとのデートでか?」



「…………」



「今時の教師は放課後の課外授業の方が

大変そうだな」


「下賤な言い方はよせ」


「こんなのに上品も下品もないだろ」




「あの坊や、えらく似てんな誰かさんに」


「こんな暗がりで見えるわけねーだろ」


一番突かれて欲しくない話題を

咄嗟に回避するように言い返した。


「前にも見たんだよ、夢中で気が付かなかったか?」


「……どけよ」


それ以上何も聞きたくなくって

急いで九方の言葉を遮る。


何か言い出す前に踵を返し

部屋へ入り込もうとするのをドアに靴を挟みこまれた。


「待てって……逃げなくっていいだろうが」


「どういうつもりだ?」


「こっちが聞きたいんだが?十朱センセイ」


”センセイ”というフレーズを

殊更、強調気味で言われムッとした。


「なぁ、お前生徒に呼び捨てさせてるのか?」


「…………」


「何で答えられない?」


「お前には」


「まさかあの子の事好きだとか言わないだろうな?」


「……お前には関係ない」



九方は溜息を付いた。


「何をやってる?お前らしくもない

目を覚ませ、アイツは七嗣じゃないんだぞ?」


「………だったら」


「あの子を自分の為に利用してるのか?

自分の生徒だろーが」


「だったら何だっていうんだ」



瞬間頬を叩かれた。


「いい加減にしろ!」


叩かれた頬が熱い。


「……危なっかしいんだよ、お前。

生きることを放棄しないでいてくれるなら

誰を好きになろうと構わない。

例えそれが俺じゃなかったとしても」


九方は俺を抱きしめた。


「だがアイツだけは止せ。

お前は”七嗣”って奴の

亡霊から一生抜け出せなくなる」


「く……くくっ」


急に可笑しさが込み上げてきた。


「なぁ、俺らしいって何?」


自分さえ自分が分からないのに

お前には分かるとでもいうのか?


「十朱?」


歪んだ気持ちが声色に乗る。


「七嗣の亡霊?消えないで傍にいてくれるなら

それ以上の事は無い、良いから俺のことは放っとけ!!」


九方が怯んだ隙にドアを強引に閉めた。



「放っておけるか、バカ!

お前は関係の無いガキまで巻き込んでるんだぞ」


耳を塞いで尚、ドア越しの声は頭の中まで響いてくる。


「気が付けよ。ちゃんとあの子自身を見てるのか?

そうじゃないなら、お前以上に傷つく事になるんだ

その辛さをお前が知らない筈ないだろう

自分さえよければそれでいいのか?」


「十朱……七嗣は、もういないんだ」



「わ……って……る」



本当はもう気付いてる。


自分の愚かな行為も。


アイツが七嗣じゃないってことも。


一之瀬をもうこれ以上巻き込みたくないと

思い始めてる自身の葛藤も。


全部見て見ぬふりをしてきた現実を……。



「……分かってる。

でも怖いんだよ、夢でもみてないと

立つことも出来ないんだ」



「ああ、知ってるさ。

何年そばで見てきてると思ってるんだ。

お前、傍から見えてる程冷静で強い人間じゃない」


内側でドアにもたれている俺とドアに

身体を寄せてる九方の声がくぐもってるが

それでもハッキリと聞こえてくる。



「なぁ、十朱。

俺たちは生きてるんだぜ?

こう言っちゃ悪いが死んでいった奴等に

残りの人生くれてやる事は無い」


「…………」


「俺たちはこれからだろ」


俺はポツリポツリと話すその声の静かさに

無性に泣きたくなった。


「支えるから、もっと俺を頼れよ」


そういう九方に一生分泣いたはずの涙が

性懲りも無く出てきて、その場に崩れ落ちた。



「俺はお前を置いていったりはしない」












「別れよう」



この言葉を口にするのに

四日かかった。



「嫌いになった?」


首を振る。


「…………じゃ、飽きたのか?」



「認めねぇーって!授業なんかいってられっか!」


案の定、一之瀬は俺に食ってかかる。



俺はその姿に目を細めた。



……そんな筈あるわけないだろ。


俺の醜さを知った時のお前が怖いんだ。


今が潮時

引き返せるギリギリ、お前も俺も。



「好きにすればいい」


こうなる事を予想して

何度も何度も練習したこのセリフ。


言い淀まないように。


声が震えないよに、と。



それでもちゃんと冷たく

言い放てているか自信はないが。



俺を憎んでも構わないから。

寧ろ、その方が良いかもしれない。




そして―――俺は二度、お前を失う。






翌日の放課後、

一之瀬が俺を捕え徐に言った。



「最初っから俺の事なんか見てなかった

俺を通して別の男を見てたんだろ」



接触、したのか……九方。


アイツの事だ自分の利己の為に、動いたりは

しないから、きっと本当の事しか告げてないだろう。


「否定しないのか」



否定なんてできる訳もない。


それに引き替え、そうだと言えない自分は

どこまで私欲が強いんだかと自嘲した。


九方に真相を知らされた時の気持ちが

今のお前を見ればよく分かる。



「もしかして……成程ね。

できなかったことを俺を使ってオナってたって訳?

俺じゃなくソイツでイッてたって……」



「七嗣を汚すな!」



何故だろう?この違和感は。


不意に湧き上がるモノに戸惑ったが

何に対してのか皆目見当がつかない。




途端、一之瀬は俺を強引に組み敷いた。


「先生っ……先生」


今、初めて一之瀬は自分の欲だけにまかせ

俺を抱いているのだろう。


いつもなら、


『どう、感じてる?』


『此処がイイの?』


とか、散々聞いてくるが

俺が痛みで顔をしかめても

一瞬動きが止まるだけで

決して、本気で止めようとはしてこない。


「ッ……」


俺も普段、直視することは滅多に

出来ないのに、これが最後なのだと

思うと、どうしてもその姿を

留めたくて、俺は視線を逸らさないよう

努めていた。



恐らくは、


もうこの目に俺が映ること無いだろう。



もう二度と。




それが分かっているから…………。



俺も一之瀬も重なるお互いの体を

長い間離すことが出来なかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ