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11 終焉の序曲

事の発端は、


「病気?」



事故以来、俺は何度か二条の見舞いに行った。


最初こそ包帯が痛々しかったが、

段々それも取れ見た目かなり元気そうに見えた。


だが、三ヶ月たっても二条は退院しなかった。


やけに長引いてるなとは思ったが

専門的なことが分かるはずもなく、

まぁ骨とか折れてて全治そんなものなのかと

漠然とただそう思ってた。



「病名は?」


そう聞いても

いつもに増して七嗣はなかなか喋らなくて。


それが却って病気の程度を

物語っているように感じた俺は、

取り敢えず直接二条の

病院へ様子見に週末の夜行くことにした。



意外にも病名はあっさりと本人の口から

悪性リンパ腫瘍だと語られた。



事故に遭った時、検診も兼ねて

全身検査をした際、それが見つかったらしい。


発見した時にはもう手遅れで

手の施しようも無い状態だったと。


二条の両親は共に医師。

当然主治医も院長である父親になっていた。


息子に告知を頼み込まれたといえ、

自分の子供に死の宣告をした親の心中は

如何ばかりだったのだろうか。


医者っていうのも傍から見てるより、

因果な職業だと思わずにはいられなかった。



なのに本人ときたら涼しい物言いで、


「きっと一番大事なものが

手に入ったから、その代わりだろうね」


と、言ってはばからない。


二条の顔は一点の曇りもなかった。


その言葉が何を意味してるのかは

傍にいる七嗣を見れば一目瞭然だった。




それは――あまりにも酷な等価交換。







「こんにちは、十朱君」



「はぁ……こんにちは」



病室に訪れるとたまに見かける男がいた。


これまた一癖ある奴で、


その男、九方。


最初こそ俺とかとあまり歳も

変わらないらしいがそれでも、

なんか存在感の半端ない大人に見えたものだった。


あくまでも、最初な。



聞けば二条の会社の先輩兼上司だという。


「九方さんはこの歳で課長補佐でね。

人望もあるし尊敬してるんだ。

格好良いから女性からも人気凄いよ」


まるで自分の事のように褒めるその言葉に

嘘がないのはよく分かる。


しかしだ。


「十朱君だっけ。先生してるの?

いや、似合ってないっていうか

……二条の知り合いとかいうから

医者の息子かどこかの御曹司かと思ったよ」



悪かったな、ごく普通の一般人で。



「先生ね……どんな授業風景か興味あるな」



「…………普通、ですけど」



これ程第一印象が当てにならない奴も珍しい。


事あるごとに俺になんやかんやと言ってくる。


今の印象たるや、

一言でいえば鼻持ちならない男だ。


「何でいつも俺に絡んでくるんですか」


「分かんない?口説いてるんだけど」


「……馬鹿だろ、お前。

男に口説かれて喜ぶかよ」


最早、この男に敬語とか必要ない。


「馬鹿って……綺麗な顔して、キツイなぁ。

まぁそこもタイプだけど」


「喋るな。虫酸が走る」


「可愛い可愛い」


頭を撫でるな!


何だコイツ……グーで殴ってやろうか。



嫌がる俺を遠慮するなって言いながら

近くの飲み屋に、っていってもバーに近いんだが

そこに結構な割合で強引に連れて行かれるようになった。


力強くて、とても振りほどけないんだよ、コレが。


何回も行ってるうちにすっかりマスターとも

知り合いになって、出される料理も旨いし、

奴がいなくても一人でいったりとかもして

今やすっかり常連ぽくなってしまったけれど。









その後も俺は週一くらいで

病院を訪れていたが、

大抵そこには七嗣がいた。



薄々、思ってはいた。


……おかしいと。



何故こんなに頻繁に病室にいることが出来る?


比較的自由が効く俺なんかとは違い、

本来こんな割合で来れるはずはないんだが。



「なぁ。もう研修とかいうの

とっくに終わってるんだろ。

そろそろ任命とか来てねぇの?」


「ああ……どうだろ。役所関係って

色々手続きが複雑で、

なんかトラブってるのかもしれない」


「かも、ってレベルじゃないじゃん、それ」


「まぁ。お前が気にすることじゃないから」



まただ、こうやっていつも誤魔化される。


俺に関係ないかもしれないけど

知りたいんだよ、お前のことは。


「変だろ。とっくに何処かに配属されてても

良い頃じゃいのか?」


食い下がる俺に折れたか、

奴はやっと重い口をひらいた。


「……任命とか来ない。俺、辞めたんだ」


「はぁ?」


信じられない。


それって此処に来る為にか?



「よく……あの親父さんが許してくれたな」



「勘当された」



絶句だった。





二条に七嗣の状況は聞けなかった。


聞けるわけがない。

自分の事を受け入れるのに一杯の筈のアイツに。


だが、


気付く。


二条のことだ、

自分の為に七嗣が被る不利益を

望むはずがない。


恐らくは七嗣がそんな奴を説き伏せたに違いないと。


二人の間に何があったのかは知らない。


だけど確実に俺には踏み込めない絆が出来ていて、

友人の一線を超えてる雰囲気が垣間見える。




二条の笑う顔。


それを受け止めている七嗣の姿。




キリリッ。



まただ。


七嗣と二条を見てると

最近よくこんな感情が湧き上がる。


一体、何だというのか。


モヤモヤした感じは何だ?




「そんな目で見るな、七嗣アレ

もう他人(二条)のもんだろ。


まだ諦めきれない?

……そんなに好きなのか」



九方がおかしなことを言う。



「へ?すき?」



「今更隠さなくっていいだろ」


「隠す?何を?」


驚く俺を見て、九方は心底驚いた表情に変わった。


「お前……無自覚か?」


「だから何だよ」


相変わらず意味不明な事を言う九方に眉をしかめた。


「いや。聞かなかったことにしてくれ」


逃げようとする服の裾を掴む。


「らしくないな、ハッキリ言えよ

気持ち悪いだろ」


「敵に塩を送るのはガラじゃねぇから」



「良いから言えって。

飲み、もう付き合わないからな」


「それは勘弁してくれ。

お前に会える口実が減るのは困る」


普段、こんな風に嫌がること

平気で言ったりするくせに

何を言い淀んでるんだか。


「お前さ、七嗣ってヤツの事好きなんだろ、

気が付いてないのかって意味さ」



俺が七嗣を?



冗談だろ。


有り得ない。


アイツは小学生の頃からの

幼馴染で、親友で。



一番傍にいた。


(……今は一番じゃない)



何でも俺には相談してくれて。


(……今はきっと俺以上に二条が知ってる筈だ)





「あースマン。

このまま知らない方が幸せだったか

まさか……自覚してないと思わなくて」


気まずそうに九方は謝ったが

意味を図りかねてて。


この時、俺は気が動転していた。



七嗣を



好き、だと?



俺…………が?






その日は緊急職員会議で

かなり遅くなってしまった。

面会時間まではギリギリだ。


だが今日を外せばテスト週間でまず二週間程は

行けなくなるなと考えた俺は、

なんとか時間内に病院に滑り込んだ。


(一目会ったら帰ろう)



特別室の前に誰かが見える。



(あー最悪。なんでいるんだよ)



ゲンナリする気持ちを押さえ、

扉を背にしている九方を無視して

入ろうとすると、


「来ると思った。さ、飲みに行こう」


「ふざけるな。どけ」


おどけたコイツを押しのけて入ろうと

すると取っ手を掴む手を強く制してきた。


「お前、大概にしろよ」


俺が睨むとやっと観念したのか

ゆっくりとその手をどける。


「最初から、そうす……」


――だが開けられた扉は

再び九方の手によって閉められた。







「奢り。飲めよ」


「…………」


口をつけようとしない俺に溜息を零す。


「……キスくらいすんだろ

恋人同士なんだから」


「……分かってるさ」


「この前なんてもっと凄い事してたぞ」


「え?」


俺が頭を上げると九方は少しだけ笑って、


「嘘に決まってるだろ……お前ホント……」


「俺は病人相手に何してるんだかと

思っただけだ」


からかわれたと思った俺は

強気で言い返した。


「病人相手だからだろ。


相手が治る見込みがあれば

アイツだって待つさ」



水割りの氷がカランと音を立てる。



「もう時間がないんだよ。

……それが一番分かってるのは

アイツらだろうしな」



いつもは4、5杯も飲めば

酩酊くらいにはなれるのに。


その夜に限ってやけに薄くて

何杯飲んでも何杯飲んでも全く酔えなかった。







初夏。





二条の容態は芳しくなく、

医者である両親をはじめ

看護師やらが、せわしく部屋を訪れていた。


俺達は邪魔にならないように

極力顔は出していたが長居はしないように心掛けた。


「アイツは置いてきて良かったのか?」


「ああ。もう少し傍にいるって」


「ふーん、そうか」


隣で煙草を吸う九方をよそに

俺は二条の病室を見上げた。



「お前には俺がいるだろ」



「いらねーよ」







真夏の頃、二条は治療の為とかで

病室も特別室から

感染防止の為の個室へと移動になった。


それでも最初はガラス越しに話したりとか

出来ていたが、次第にベットから

起き上がることが出来なくなったらしく

ブラインドが下がってることが多くなった。


その中に出入りできるのは家族のみで、

当然部外者の俺達は立ち入り禁止。



――ただし、七嗣を除いては。



七嗣が二条の両親とよく話し込んでる姿や、

抱き合ってお互いを支え合ってるようにも見えた。



その様子はまるで……



まるで家族そのもの。






深くは分からないが

”ああ、そういう事なのか”と理解した。


何がそういう事というのかというのは、

恐らく二条と七嗣の関係を少なくとも

あの両親だけには二人で打ち明けたのだろう。


そして、二条の両親は息子の恋人として

七嗣を認めたのだ。


でなければ俺でさえ呼んだことのない

七嗣の下の名前を口にすることなんて

無いだろうから。



以前、七嗣が親から勘当されたと言っていたが

もしかしたらこの件も関係してるかもしれない。


ぼんやり七嗣を見てそう思った。





俺はもうこの頃から病院には行かなくなっていた。


限界だった。


二条もその両親もやつれていく七嗣も

見ていられなかった。





そして。





その年の初秋、二条が逝ったと



九方から電話で知らされた。






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