『姫の名はアムネ』
〈助けていただいて、ありがとうございます。……騎士 トキ・ヨウスケ様……で、よろしいのかしら?〉
どうやら、お姫様は洋介の地位が分からない様子。
「いや、僕は騎士じゃない。サラリーマン……って言っても分からない?」
〈貴方の思考からは『平民』と言うイメージが強いのですが……よろしいのかしら?〉
(平民ねえ。確かに、サラリーマンは平民だよなあ)
〈身分に対する考え方が、ずいぶん違うようですわね……あっ!〉
お姫様は、驚いたような顔をして口元に手を添えた。
そして、洋平の手を握った右手を離さずに、優雅に頭を垂れ。
〈申し遅れましたわ。私はアムネ・レイ・ウィンバルレと申します〉
姫はニコリと微笑むと。
〈アムネと呼んでくださいませ。洋介様〉
「ああ、こちらこそ……えっと……アムネ姫様……」
そう言った途端に、アムネ姫の眉がピクンと動いた。
(あれ? 何か無礼をしたかなぁ……やっぱり、ちゃんとフルネームをお呼びすべきだった?)
洋介が、そんな心配をすると。
〈違います、洋介様。私は……いえ……アムネ姫でかまいません。貴方に落ち度はありません〉
どうも歯切れの悪い返事だった。
そんなおり、急に風が強くなってきた。
春の気配があるとはいえ、まだ寒い季節である。
ミニワンピース姿と変わらないアムネ姫の服装は、この季節では厳しい。
アムネ姫は、寒さで震えだす。
「ちっと待ってね」
洋介は、アムネ姫から手を離すと、すぐに作業着のオーバーコートを脱きだした。
正直、小さく軟らかくて暖かい姫の手を離すのは、少し惜しい気もしたのだが。
洋介は、脱いだオーバーコートをフワリとアムネ姫の肩にかけ。
「あの……もし、よければ……これを着てください。暖かいですよ」
洋介は、あらん限りの勇気を振り絞った行動だった。
(ああ、こんな事になるなら、ちゃんとクリーニングしとくんだった)
とか、思って後悔していたのだが。
アムネ姫は、洋介の手をとると。
〈ありがとう、洋介様。とても、うれしいですわ……でも、貴方は大丈夫ですか?〉
姫の返事に。
(ああ、やっぱり、この娘は優しいなあ)
と、思う洋介であったが。
〈いえ、優しいのは、洋介様の方ですわ〉
と、自分の思いに姫は返事をかえしてくる。
(しまった。テレパシー中だった)
あわてる洋介の様子に、姫はクスリと微笑み。
〈私たちは『心話』と呼びます。私は、まだ未熟者ですから、直接肌を触れた相手としか心話できませんが〉
そう言いながら、姫の頬は桜色に染まっていた。