『美女と野獣?』
「……うそ」
大吉の病室に、スポーツバックを抱えたジャージ姿の少女が入ってきた。
吉川鈴音である。
鈴音の視線の先には、一人の冴えない青年と銀髪の小柄な少女。
青年の方は、なじみの従兄妹の洋平。
少女の方は……知らなかった。
だが。
「か……かわ、いい……」
鈴音は呟いた。
気がついたら、鈴音は少女に抱きついていた。
「……○◎×……■◎……」
「いやぁん~。かわいい。かわいい。かわいい!」
弱弱しく抵抗する少女に、鈴音は頬をスリスリまでしはじめる。
「ああ……鈴音。そのくらいで……ね」
なんんとか鈴音を、引き離した洋平。
「ああん。もうちょっとぉ~」
〈はあ、はあ……なんですか? これは〉
(いや……これって……びっくりさせてのは、謝りますが……。僕の従兄妹ですよ。鈴音といいます)
〈……噛み付きませんか?〉
(噛み付きません!)
〈ほんとうに?〉
(本当ですよ)
などと心話を交わすアムネと洋平は当然たがいに手を握っている。
それを見ていた鈴音の眉が歪む。
「ちょっと洋平兄。二人で何をしてるのよ」
「いや。鈴音がびっくりさせるからだろう」
あらためて洋平は銀髪少女を紹介した。
「アムネ・レイ・ヴィンバルレさん。異世界の魔法使いさんです」
「えっ?」
鈴音は首をかしげた。
(何? 異世界? 魔法使い? なに?)
鈴音はすっかり混乱してしまっていたが、そんな鈴音の手を恐る恐る触ったアムネは。
〈ええと……聞こえますか〉
「ええ! 何?」
鈴音は心に直接響くアムネの言葉に驚いた。
〈スズネ……、とても良い響きの名前ですね。吉川鈴音、あなたの事を鈴音と呼ばせてもらっても宜しいか?〉
「えっ……いい、けど」
〈ありがとう、鈴音。私の事もアムネと呼んでくださいな〉
「うん、いいよ。アムネ」
鈴音がそう言うと、アムネは鈴音の手を両手で包むように握り蒼い瞳を潤ませて感極まったように震えている。
「ああ、ありがとう鈴音さま!」
鈴音も洋介もアムネのリアクションが、今ひとつ分からなかった。
(ちょっとまてよワタシ。何か聞かなきゃいけないぞ……でも、どこからツッコンだらいいの?)
と、現状に流され、なぜかアムネの存在を認めている事に鈴音は疑問を感じてはいた。
「ところで鈴音。服を持っていないか?」
「着替えってこと?」
鈴音が答えると、質問した洋平は首肯した。
「実は、アムネ姫の服なんだけど……」
「ああ、なるほど……」
洋介のオーバーコートを脱いだアムネの服は、なまじ元が美しいドレスだけに、汚れと破れが目立って無残な状態であった。
「このジャージって訳にはいかないよね。他は学校の制服くらいしかないよ。家からとってこようか?」
「とりあえず制服を貸してくれないか。とにかくこのままじゃあ、身動きが出来ないんだ」
鈴音がバッグから制服を取り出しアムネに見せる。幸いに、アムネと鈴音の背格好は同じくらい。アムネは鈴音の服を着られるはず。
〈まあ、これがこの世界の服ですか? 鈴音の着ているものや洋平の着ているのとはずいぶんと違いますね〉
(僕は男性ですし、鈴音の着ているのはジャージ……作業服ですよ。この服は、この世界の学校の制服です)
〈まあ、そうですのね。これなら着れそうですわ〉
(そうですか。それはよかった)
と言うと、洋平は鈴音に向かい。
「鈴音。すまないけど、あと頼むわ」
と言い残し、鈴音に服を手渡すと洋平は部屋から出ていってしまった。
男性の洋平が、アムネの着替えを手伝える訳もないので仕方がない。
あとに残るのは、異世界から来た魔法使いと着替えの服を抱えた鈴音の二人。
二人は、しばらく動かなかった。
アムネは両手を広げて、ただ立っていた。
最初に違和感を感じたのは鈴音であった。
(こんなシーン何かの映画になかった?)
鈴音は、両手を広げたアムネと自分が抱えた着替えを見て考えた。
しばらく考えた。
〈……どうかしたのですか、鈴音〉
手を触れて、待ちくたびれたようなアムネの言葉に、鈴音はピンと来た。
(この娘、私が着替えさせるのを待っているんだわ。どこのお姫さまなのよ!)
「あんた! バッカじゃないの!」
「○×!」
アムネはビックリして固まってしまう。
「アムネ! あんた一人で着替えもできないの!」
「○○……×■△……」
困惑して異世界語で何かを言っているアムネ。とうぜん、鈴音の言葉も正確には分からない。だが、鈴音を何かを怒っているのは分かる。それも、自分に関わる何かに対して怒っている。
「出来ないの?」
泣きそうなアムネの顔を、泣いても許してあげないと睨む鈴音。
「○……○×△……」
当然、敗北したのはアムネの方。
異世界の言葉で謝っているらしいく、頭を垂れている。
「素直でよろしい!」
と、よく分からないくせに、偉そうに両手腕組み仁王立ちの鈴音は、荒い鼻息をひとつ放つとキラリンと眼を光らせた。
「じゃあ、着替えのやり方を、オシエテあげるわ」
怖い微笑を浮かべて指をボキボキと鳴らす鈴音。
なにやら、不穏な鈴音の様子に、アムネはたまらず手を触れて心話で。
〈あっ……あの……痛くしない?〉
と、見事なボケを伝えた。
「なんで着替えで痛くなるんじゃあ! ボケェ」
対して、鈴音は、華麗なツッコミを返す。
「おい、まかしといて大丈夫なんか?」
控え部屋から聞こえてくる、とても着替え中とは思えない騒音と悲鳴に、心配になった大吉が聞いてきたが。
洋平は、平気な風で。
「まあ、大丈夫だと思いますよ」
と、無責任に答える洋介なのであった。
少し間が開きましたね。
すいません。
構成の見直しをしていました。
また、調子に乗って別の作品もアップしちゃってます。
『迷宮要塞 黒島奇譚』って作品です。
よろしければ、そちらもよろしく。