『我、埋葬することなかれ』
痛みはあった。
かつて、成本大吉であった肉体は、激しい痛みに苛まれている。
だが、大吉の心には、もう痛みは届かなかった。
「ぬくいなあ……」
ひどく安らかな心地だ。
ここ数年来、衰えと疲れにまみれた体が、ウソのように軽い。
「いや……ちゃうな……体が無いんや」
大吉は、自分の心が肉体の呪縛から解き放たれたことを実感していた。
「……死ぬんかなぁ……」
そう思った途端に、超早送り画像のような記憶の波が押し寄せてきた。
「こら、ほんまにアカンわ」
大吉は、確実に自分が死にむかっていることを感じている。
不思議と、自分の死が受け入れられる。
不快でもないし、焦りもしない。
どちらかと言えば、心地よかった。
「ああ……これが、死なんや」
大吉は、傍らに人の気配を感じた。
「誰や?」
それは、痩せた小柄な少女だった。
「松江姉ちゃん?」
大吉が10歳の頃に死んだ、姉だった。
松江の姿をした者は、静かに進んでいく。
「待って……待ってえなぁ!」
10歳の大吉は、小柄で物静かな姉を追いかけていたような気がする。
でも、いつも。
いつまでも、けっして追いつかない。
「今度こそ、追いつける。追い越せる」
大吉は走った。
何も無い空間を走った。
「俺は、もう子供やない。そやから、今度は……今度は……」
すぐそこに、姉の姿があった。
だが、どうしても手が届かない。
それでも、走った。
力の限り、走った。
そして、転んだ。
「どうしてや! なんでや!」
大吉の目から泪がこぼれた。
「俺は、もう子供や無い。こんな事で泣かへんぞ!」
立ち上がろうとした手に水か触れた。
大吉の目の前には、小さな小川があった。
いつも遊んでいた、畑の脇を流れる、農業用水の小川だった。
「こんなもん。飛び越えたる」
立ち上がり小川を飛び越えようとする大吉に、小川の向こうに立つ少女は左の手のひらを向けて拒絶した。
「姉ちゃん……なんで?」
少女は微笑んだ。
少し寂しそうに、少し悲しそうに、少し懐かしそうに、微笑み。
少女は、右手で上を指した。
大吉が、少女の指差す先を見ると、そこには小さな光があった。
「星?」
明るい空に、小さな光があった。
その光を見ていると、自分が、そちらに引っ張られているように感じられた。
〈こちらです。こちらに来なさい〉
暖かい、声だった。
だが、知らない声だった。
『大吉、泣いたらあかんよ』
姉の声が、ひどく遠くから聞こえた。
「姉ちゃん!」
大吉と姉を隔てる川は、対岸が見えないほどの大河へと変貌していた。
大吉には、もう姉の姿が見えなかった。
「姉ちゃん……俺は、まだ行ったらあかんのか? まだ、そっちへ行けへんのか?」
『ゆっくりと、おいで』
大吉の心に、痛みが戻った。
「患者。蘇生しました」
「ストレッチャー急げ!」
「社長、気がつきましたか!」
大吉の耳に、痛いほどの音が殺到した。