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異世界ロケット  作者: 阿波座泡介
1章 ジアース編
13/17

『我、埋葬することなかれ』

 痛みはあった。


 かつて、成本大吉であった肉体は、激しい痛みに苛まれている。


 だが、大吉の心には、もう痛みは届かなかった。


「ぬくいなあ……」


 ひどく安らかな心地だ。

 ここ数年来、衰えと疲れにまみれた体が、ウソのように軽い。


「いや……ちゃうな……体が無いんや」


 大吉は、自分の心が肉体の呪縛から解き放たれたことを実感していた。


「……死ぬんかなぁ……」


 そう思った途端に、超早送り画像のような記憶の波が押し寄せてきた。


「こら、ほんまにアカンわ」


 大吉は、確実に自分が死にむかっていることを感じている。

 不思議と、自分の死が受け入れられる。

 不快でもないし、焦りもしない。

 どちらかと言えば、心地よかった。


「ああ……これが、死なんや」


 大吉は、傍らに人の気配を感じた。


「誰や?」

 

 それは、痩せた小柄な少女だった。


「松江姉ちゃん?」


 大吉が10歳の頃に死んだ、姉だった。


 松江の姿をした者は、静かに進んでいく。


「待って……待ってえなぁ!」


 10歳の大吉は、小柄で物静かな姉を追いかけていたような気がする。

 でも、いつも。

 いつまでも、けっして追いつかない。

 

「今度こそ、追いつける。追い越せる」


 大吉は走った。

 

 何も無い空間を走った。


「俺は、もう子供やない。そやから、今度は……今度は……」


 すぐそこに、姉の姿があった。

 だが、どうしても手が届かない。

 それでも、走った。

 力の限り、走った。

 そして、転んだ。


「どうしてや! なんでや!」


 大吉の目から泪がこぼれた。


「俺は、もう子供や無い。こんな事で泣かへんぞ!」


 立ち上がろうとした手に水か触れた。


 大吉の目の前には、小さな小川があった。

 いつも遊んでいた、畑の脇を流れる、農業用水の小川だった。


「こんなもん。飛び越えたる」


 立ち上がり小川を飛び越えようとする大吉に、小川の向こうに立つ少女は左の手のひらを向けて拒絶した。


「姉ちゃん……なんで?」


 少女は微笑んだ。

 少し寂しそうに、少し悲しそうに、少し懐かしそうに、微笑み。

 少女は、右手で上を指した。


 大吉が、少女の指差す先を見ると、そこには小さな光があった。


「星?」


 明るい空に、小さな光があった。

 その光を見ていると、自分が、そちらに引っ張られているように感じられた。


〈こちらです。こちらに来なさい〉


 暖かい、声だった。

 だが、知らない声だった。


『大吉、泣いたらあかんよ』


 姉の声が、ひどく遠くから聞こえた。


「姉ちゃん!」


 大吉と姉を隔てる川は、対岸が見えないほどの大河へと変貌していた。

 大吉には、もう姉の姿が見えなかった。


「姉ちゃん……俺は、まだ行ったらあかんのか? まだ、そっちへ行けへんのか?」


『ゆっくりと、おいで』


 大吉の心に、痛みが戻った。



「患者。蘇生しました」

「ストレッチャー急げ!」

「社長、気がつきましたか!」


 大吉の耳に、痛いほどの音が殺到した。



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