106 チュートリアル 2
解説内容「LPとAP」「オートモード操作」
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「続きをはじめようか」
「はい」
15分ほどの休憩を挟み、森重は座学の続きをはじめた。
「レイスに唯一対抗できるエレメンタル。これについて説明するよ。真崎さんも知っての通り元々エレメンタルは世界初のVR2RTBゲーム《EWG》でプレイヤーが操作するPCだったんだ」
「えーと。確かそのゲームは自分だけのエレメンタルを作って友達と対戦させたり、協力してエネミーと戦ったりできたんですよね」
その関係で、プレイヤーの操作するエレメンタルやスピリットを総称しPCと呼ぶこともある。
「そうだね。『協力プレイ』や『ソロプレイ』で遊ぶ為に用意されたエネミー、というのが今僕らが戦っているレイスの原型なんだ。『ルール上』レイスはエレメンタル、若しくはエレメンタルを基にしたスピリットでしか倒せない」
「森重さん。エレメンタルとスピリットはどう違うんですか?」
「それは順番に説明するよ。実物を見ながらやろう。真崎さん、ガントレット用意してる?」
「お昼休みに備品庫から借りてきました」
ミコトは訓練生用のガントレット・ギアを装着すると、森重の指示で自分のPCを『VRモード』でを起動させた。
VRモードはエレメンタルの起動形態の1つ。PCのデータを立体映像として投影する、非実体化とも呼ぶ形態である。この状態のPCは物体に干渉することができない。なので主にエレメンタルの動作チェックや操作訓練に使われる。
ミコトに傍らに半透明で現れる天女ロボことソルディアナ。身に纏うフォトンヴェールがグラフィックエフェクトでゆらゆらと揺れている。加えてガントレットからは、ミコトの右前方の目の前、彼女が軽く手を伸ばして触れられる位置に半透明の仮想スクリーンが投影された。
これは情報モニターだ。仮想スクリーンにはフォトンマテリアルの技術が使われており、ガントレットに内蔵してある液晶タッチパネルの要領でスクリーンに触れることができる。
多機能端末としても利用できるガントレット・ギアは、この仮想スクリーンを用いることで情報の切り替えなどを感覚的に操作をおこなえる。
【ソルディアナ】
LP:10/10.00
AP:10/
*VRモード、起動中
ミコトは通常モードの情報モニターを見る。
画面の上方には主要ステータスであるLPとAPが数字とゲージバーの両方で示されている。右端は位置情報を示す2Dマップ。それから画面中央に『ソルディアナの視点』がリアルタイムで投影されていて、その周囲に文字情報が並んでいた。
「エレメンタルのステータスの殆どがレイスと共通するものなんだ。だからエレメンタルを知ることは敵であるレイスを知ることに繋がる」
「はい」
「まずは基本ステータスからおさらいするよ」
森重はエレメンタルの情報モニターを参照にして説明した。
*LP:
ライフポイント。実体化したエレメンタルやレイスの耐久値のこと。攻撃などのダメージを受けると減少し、数値が0になったPCやレイスは破壊されたとみなされ消失、実体化が解除される。
この時、PCを破壊されたプレイヤーは『ペナルティ』として《EWG》システムの全機能が停止。同時にLPのリチャージが開始される。
システムの再起動の所要時間は「LP×100秒」。破壊されたLP10のPCを再展開するならば16分40秒の時間を必要とする。
「LPのリチャージ状態のことを『デスペナルティ』なんて呼んでる人いますね」
「訓練生が使う俗語(ゲーム用語)だね。だけど戦場、特に前線でPCが使えなくなったプレイヤーはレイス相手にとても無防備で即『死』に繋がる。危険なんだよ」
「レイスの攻撃をエレメンタルで防げなくなるからですか?」
「そう。それにレイスにはエレメンタルの破壊を優先するという『ルール』がある。前線で戦う兵士にとって自身のPCはレイスを倒せる剣であり、身を守る盾。注意を惹き付ける囮でもあるんだ」
「森重さん。もし自分のPCを破壊されたらどうすればいいですか?」
「リチャージする時間を稼ぐしかないね。撤退するか、可能なら仲間に敵を惹きつけてもらうといい。単独行動は絶対に避けるように」
「うっ。わかりました……」
別に森重は彼女の無断出撃をを咎めているわけではなかったけど、ミコトはばつが悪くちょっぴり反省した。
*AP:
アクティブポイント。実体化したエレメンタルやレイスの内包するフォトンエネルギーを数値化したもの。同時にPCの稼働時間を表している。
エレメンタル及びレイスの稼働時間は「AP×100秒」。エレメンタルを操作する度に減少し、『アタックスキル』をはじめとする各スキルの使用することでも消費される。APの数値が0になると、PCはプレイヤーの操作を受け付けず行動不能となる。
また。APが0になるということは、ガントレットからフォトンエネルギーの供給を受けていない状態、つまりフォトンの枯渇状態を表す。この状態ではエレメンタルの実体化の維持が困難となり、一定時間後に実体化が解除、システムは『LPを維持したまま』、強制的にVRモードに切り替わる。
「VRモードへの切り替えは『待機状態』、AP切れで強制で切り替えされた状態は『コンテニュー待ち』なんて呼ぶ人もいるね。VRモードではAPの消費は限りなくゼロになるけれど、レイスの注意を惹き付けることができないことを気をつけて」
「APの回復方法は、ガントレットのフォトンカートリッジを交換するくらいですか?」
「そうだね。中には『味方のAPを回復させるアタックスキル』なんてものもあるらしいけど、カートリッジを交換する方が効率的で早いね」
「そうなんだ」
「戦闘中はAPをこまめにチェックして補給を怠らないように」
「はい。私、もう予備のカートリッジを用意するの忘れません」
「……本当に気をつけてね」
戦闘中にフォトンカートリッジがなくなるのは死活問題。森重は無邪気な笑顔を見せるミコトを心底心配した。
補足説明をすると、LPの全損によるPCの破壊とは違い、APはゼロから回復するとPCを即時再展開が可能である。この時、エレメンタルとレイスではAPの回復方法が異なる。
エレメンタルなどPCの場合、APの回復は物理的でガントレット・ギアに内蔵されるコンデンサーにフォトンを再供給すればよい。これはフォトンカートリッジの交換という方法が主流である。カートリッジのサイズは携帯端末のバッテリー程。
APリチャージまでの所要時間はほぼゼロ。しかしAP0による強制スリープに陥った場合は、実体化の再展開までに数秒のタイムロスが生じる。
レイスのAP回復はまた別だ。フォトン生命体と呼ぶべきレイスは、フォトンマテリアルでできたオブジェクト、つまり今の時代に現存するほぼすべての構造物からフォトンを吸収し補給する。
「現在、世界中の都市は放棄されたものを含めて約9割がフォトンマテリアルで作られている。そしてレイスの活動領域はフォトンのある場所すべて」
「えっ、それって」
「うん。レイスは地上のあらゆる都市に現れるだけじゃない。都市そのものをエネルギーにすることができるんだ。しかもレイスは、フォトンがあれば無限に生み出されるとされている。人が地上のすべてを取り戻すには……」
無限に増殖するレイスを滅ぼすこと。
レイスを生み出す『仕組み』を突き止め、破壊すること。
あるいは。
「1番の方法は地上からフォトンマテリアルを撤廃することかもしれない」
「……そんなこと、できるんですか?」
「それしか方法がないのなら」
「……」
時折見せる森重の、修司にも負けない強い意思。ミコトは息を呑む。
森重はミコトの表情を見て、少し勘違いをして微笑した。
「びっくりした? そうだよね。僕達は電気の供給も物資の生成も、全部フォトンの恩恵にあやかってなんとか暮らしてるんだから。フォトンなしの生活なんて想像できないか」
「いえ。でも……それでやっとレイスのいない平和がくるですね。私、頑張ります」
「……うん」
森重は寂しげに微笑んだ。そんな単純な話ではないことを知っているから。
フォトンマテリアルを廃してレイスがいなくなれば平和になる。でもそのかわり、人類は再び資源の枯渇した、未来のない世界に迷いこんでしまう。
僅かな資源を奪い合うために始まった人間同士の戦争。
繰り返される世界戦争を食い止め、瞬く間に荒廃した都市を再建させたたモノは、なんだっただろうか。
「……僕達はもう、フォトンを切り離せないかもしれない……」
「森重さん?」
「…………ごめん。また話が逸れそうになったね」
森重は気持ちを切り替えてから話を戻す。
「戦闘でのことだけど、レイスがAP切れを起こした時は僕らのチャンスだ。APを回復中のレイスは動きが完全に止まる」
レイスは常にフォトンを吸収しているわけではない。回復のタイミングはAPがゼロになった時だ。『行動終了』状態と呼ばれている。
APのリチャージ中のレイスは、その場で機能停止して無防備状態となる。この状態のレイスは非常に倒しやすい。基本命中率が低く設定されている射撃系スキルにプラス補正が入り、各防御アビリティも発動されない。このデメリットはAP0状態のエレメンタルも同様。
停止時間は「AP×10秒」。例えばゴブリンなど標準的なレイスのAPの値は10。つまり最大稼働時間16分40秒の間に、1回は必ず10秒間動きが止まることになる。人によってはこの時間を『キルタイム』と呼ぶものもいる。
「10秒の隙はどんなレイスだって致命的だ。AP切れを狙ったり、切れるタイミングを見切れるようになればもうベテランだね」
「へー。逃げる時もこの時が安全かも」
「まあ、レイスは複数で行動していることが多いから、絶対に完全無防備状態になるとは限らないけど」
「……そっか」
「LPとAP。この2つがエレメンタルの主要ステータスと呼ぶものだよ。他にも攻撃力や防御力みたいなものもあるにはあるけれど、それはおまけ。これら『隠しステータス』の説明は省くとして、次は3つあるエレメンタルの操作モードをおさらいしよう」
*操作タイプ1・オートモード:
プレイヤーの指令のみでPCを操作する簡易モード。
ガントレットの操作パネルからPCに直接指示することで『移動』『攻撃』といった、目的に沿った一連の動作を行わせることができる。
操作が単純なだけに扱いやすい反面、汎用性がまったくない。基本はセミオートモードと併用する。
「はい! わたしもオートモードでゴブリンを倒しました」
「……まあ、ゴブリンくらいならね」
森重は苦笑い。ミコトのガントレットに動画データを転送した。
「これは?」
「黒田君が用意してくれた『教材』だよ。まずはみてごらん」
とりあえず再生。仮想スクリーンに映るのは、どこかの廃墟のようだ。
画面の中央には、男の子を庇いながらへっぴり腰でゴブリンと対峙する少女の姿が。
「わー! わたしじゃないですか!?」
「うん。これは先日、真崎さんの戦闘を記録したものだね」
「消してください! わたし、ひどい顔してるぅ……」
「そんなことないよ」
画面の自分を目の前に恥ずかしがるミコト。それで彼女は気付かない。
視点からみて、この記録映像はソルディアナの目ではない。
「ううぅ……。森重さん。これは、なんの辱めですか」
「妙なこと言わないで。録ったのは多分黒田君だから。だけど」
森重は改めて記録映像を見て「なるほど」と、修司の意図を察した。
反省会も頼む。そういうことなのだろう。
「じゃあ、オートモードの特徴を説明するよ。オートモードの操作はコマンド入力形式。ガントレットのタッチパネルで指示をおくることでエレメンタルを操作することができる。真崎さんはRPGを知ってる? ゲームの方だよ」
「ゲーム以外にあるんですか?」
*対戦車グレネードなんてものがあります。
「トラクエとかホケモンみたいなゲームですよね」
「……うん。そんなタイトルのやつ」
森重は微妙な顔。
「オートモードを使った戦闘は正にRPGの戦闘と同じだね。アタックスキルを選んで、ターゲットを選択して、コマンドの実行。これだけ」
いかにもゲームといった戦闘方法。例えるなら。
ソルディアナ の こうげき。 フラッシュ・スラップ!
ウォーゴブリンA に 2 のダメージ。
ウォーゴブリンA を たおした。
先日のミコトの戦いなどこの程度。単調なものである。
ちなみに。実際オートモードで戦闘すると、情報モニターにこのような文字情報を表記させたりできる。
「オートモードならたったこれだけの操作で一応はレイスを迎撃できる。尤も、これだけでしか戦えないともいえるのが本当だけどね」
「はい?」
「通常操作でも戦闘でも、決められた動きしかできなくて応用が効かないんだ。真崎さん、記録映像を見て」
それは、ミコトの命令を受けたソルディアナが攻撃を仕掛けているところだ。距離の空いたゴブリン相手に近接技の《フラッシュ・スラップ》を放とうとして突撃している。
この時の移動は愚直にまっすぐだ。その間にゴブリン3体による《石つぶて》の迎撃を受け、ソルディアナはダメージを受けている。
「ここ。ポイントは3つある。まずオートモードで近接戦を仕掛ける場合、エレメンタルは自動で間合いを詰めてから攻撃する。この時の移動は『最短距離』だ。映像を見た通り正面から向かうことが多いから補足されやすく迎撃を受けやすい」
森重はミコトの『プレイングミス』を指摘。
「レイスは画面の中のモンスターじゃないんだ。攻撃を受けるまで動かないわけじゃないよ。単体相手ならともかく、レイスの群れに突っ込ませたりしたら袋叩きに遭う」
「……はい」
「ポイントの2つめは1つめに関連するけど、アタックスキルの指示を受けたエレメンタルの動作は、途中でキャンセルできない。つまりオート操作で間合いを詰めるとその間細かな回避機動がとれないんだ。だから真崎さんもこの時に余計なダメージを受けてしまっている」
オートモードのみで戦うならば、この時の正解は遠距離攻撃が可能な射撃系スキルでの攻撃だった。
あるいは近接攻撃が届く距離まで小刻みに『指定移動』を繰り返し敵の背後や側面から接近するという方法があるが、操作の手間が増えてオートの利点がなくなるのでよろしくない。
「最後3つめは、オートモードの戦闘はアタックスキルしか攻撃手段がないということ」
「?」
「操作に慣れない内はあまり気にしなくていいけど、覚えておくといいよ。ゴブリン程度ならマニュアルやセミオート操作で普通に殴った方が効率がいいこともある」
ゴブリンのLPは1。これは消費APが1のレベル1アタックスキルの1撃で倒せるということだ。
しかし。ゴブリンの防御力は低く設定されているので、これならエレメンタルによる格闘戦でも十分にダメージが通るのだ。現に修司のジオウは2、3発拳を殴りつけてゴブリンを沈めている。
《フラッシュ・スラップ》でゴブリンを倒したソルディアナの消費APは1。つまりエレメンタルを動かす100秒分のエネルギーを消費したのに対し、ジオウの消費したAPは0.03ほど。格闘戦の操作に費やした時間分だ。効率の差はいうまでもない。
これがゴブリンではなく、防御力の高いゴーレム等を相手にすると話はまた変わるが。
「基本オートモードで近接戦を仕掛けてはいけないよ。ソルディアナには遠距離のスキルをセットしていなかった? ……ああ。まだこの時は訓練機仕様で初期状態だったか」
「いえ。ディアナの初期スキルには《メーザー・アイ》ってのはあるんですけど。わたし射撃訓練をほとんど受けてなくて。だから自信なかったんです。あの時は予備のカートリッジ持ってなくて、APもギリギリだったし」
「ええっ?」
驚く森重。
予備のカートリッジを忘れていたというミコトの大ポカもさることながら、修司が教官を勤めていて射撃訓練をやっていないことが信じられなかったのだ。
「ちょっといい? 真崎さん、黒田君は射撃訓練のことで何か言ってた?」
「まだ早いって教えてくれません」
「……まずいな。まさかと思うけど、黒田君自身が近接系だから重要視していなかったのかも」
「森重さん?」
どうしたんですか? と首を傾げきょとんとするミコト。
渋い顔をする森重は彼女に告げた。
「ライセンスの試験。実技で射撃もあるんだよ」
「へ?」
「しかもオート、セミオート、マニュアルの3回の試技で、平均命中率55パーセントを超えないと……」
「……。ええええぇぇぇぇっ!?」
試験対策に問題発生。
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