105 出撃風景
修司編は戦闘パート
*タイトルを変更しました。
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月陽エリアA-4区郊外。そこは月陽高校から北に約30キロ先に位置して対レイス戦に要塞化された地上都市の外縁部にあたる。都市の外はかつての町が廃墟としてそのまま残っていた。
修司をはじめとする月陽高校の学生義勇部隊が自衛軍の応援に派遣された区域だ。作戦の目的は都市外部に現れたレイスの侵攻阻止。防衛戦である。
レイスの襲撃は例のゲームシステムに準拠しており幾つかパターン化されている。それで都市の外からの侵攻というケースは、レイスを早期発見することで事前に防衛部隊を配置することができ、敵部隊の規模次第では『攻略の難度』が易しいものとなる。都市内に侵入されなければ余計な被害を被らなくて良いのもポイントだった。
警戒部隊の1次情報によると「ウォーゴブリンが200体に『クレイゴーレム』10体の集団を発見、都市へ向かってまっすぐ向かっている」とのこと。クレイゴーレムはロックゴーレムの亜種。この襲撃規模は増援が現れないとして脅威度はレベルD。6段階評価にして下から2番目である。
しかしこの自衛軍の1次情報は間違いであった。実はゴブリンとゴーレムの群れに紛れ長距離砲撃を得意とする『タラスクキャノン』が20体潜んでいたのだ。
タラスクキャノン。通称亀、タラスクと呼ぶそれはゴーレムと同じ中型レイス(小型レイスは人サイズ以下を指す)。サイズは普通自動車ほどで全身が水属性らしい青系の色をした、金属製の亀が大砲を1門背負っているような外見をしている。単眼で多足。亀と呼ばれるが甲羅付きのワニに見えなくもない。名称はフランスの伝承にある人を喰らうドラゴンに由来する。
タラスクの動きは鈍重ではあるがLPが8とゴーレム(LP5)より高く、集団戦闘では後方に配置されることが多いので倒し辛い。このレイスは味方を盾にして遠距離攻撃でしぶとく攻めてくる厄介な相手だった。
前線まであと3キロ。
現場に到着する直前で偵察の1次情報の訂正を確認することとなった月陽の学生義勇部隊。《ガード》の第1小隊長、黒田修司は敵に『亀』がいることを知り嫌そうな顔をした。
「偵察情報の誤認? 脅威度がD+に変更……森重を連れてくるべきだったな。砲撃型は早めに潰さないと被害が大きくなる」
「そうね。彼の《鷲雨》があればあなたを敵後陣へ空輸して強襲できるのに」
《ガード》が指揮車兼兵員輸送車に使っている白バンの運転席。運転する修司に同意するのは隣の助手席に座る同じく《ガード》の女性隊員。第1小隊に所属する火澄桐だ。3人しかいない第1小隊の火力支援及び通信担当。
セミロングの髪に穏やかな顔立ち。愛称で『かすみさん』と呼ばれ皆に慕われているおねえさん。森重と同じく第1小隊の良心でもある。
火澄はガントレット・ギアとは違うノートパソコン型の通信端末を使い、自衛軍から送られてくる情報を確認している。
「2次情報がきたわ」
「どうだ?」
「交戦して20分が経過してる。自衛軍は……えっ? 《案山子》を盾にして《虎砲弐式》は横列隊形で正面から撃ちあってる。あと自衛軍の戦力は《虎砲弐式》が3小隊(8人で1小隊)と偵察部隊の《鷲雨》が4よ。ゴブリンの浸透は《案山子》で凌いでいるけれどこっちの砲撃は今ひとつ。ゴーレムは1体も落としていない。逆に亀の砲撃で前衛に被害が出てる」
火澄は苦戦する自衛軍に信じられないといった声を上げた。
ところで《案山子》と《虎砲弐式》、それに《鷲雨》は軍の主力である簡易操作型エレメンタルの《スピリット》だ。どれも5年以上昔の旧式のデータであるが、アップデートを重ね今も自衛軍の主力として活躍している。特に《虎砲弐式》は、初代《虎砲》の意匠とかつての陸軍の象徴を受け継いだ戦車型のスピリットである。
戦車型と言っても《虎砲弐式》は全長が砲身込みで2メートルもなければ全高も人の腰程しかないミニチュアの戦車といったもの。勿論中に人が乗ることはできない。複雑な操作が必要なく初心者向け。出し入れ自由、遠隔操作可能な自走砲台として使われる。
「20分? 作戦開始予定は時間がまだあったはずだ。俺達を待たずにやりだしたのか? ……くそっ。こっちに情報を回すのが遅いと思えば」
「シュウ君。私達は自衛軍にとって末端なのよ。多少のことは我慢して」
苛立つ修司を火澄は窘めるが彼は止まらない。
もしかするとレイスの襲撃が予定より早かったのかもしれない。
索敵のミスがあるので指揮官の読みが甘すぎたとも考えられるが。
「どこが。それに亀がいて正面から撃ち合っている? 馬鹿だろ。嘉田さんはなにしてるんだ」
「それだけど、嘉田曹長は別の戦域みたい。こっちの指揮官はおそらく新任の3尉さん」
「何だって?」
「自衛軍は新人に場数を踏ませるつもりみたいね。小競り合いだからって侮ってる」
「ちっ。ふざけるなよ」
「曹長がいないから自衛軍が私達に便宜を図ってくれると思わないで。それを踏まえてシュウ君、私達はどうする?」
たった2人ではあるが小隊長である修司に作戦を訊ねる火澄。
学生義勇部隊の主任務は後方の警戒や主力部隊の護衛といった、あくまで自衛軍の支援である。普通ならばここで自衛軍の現場指揮官から命令を受けたり指示を仰ぐところであるが。
月陽の《ガード》達、特に修司はそんな事しない。
「俺達は亀を潰す。火澄がまず敵前衛のレイスを撹乱。その間に俺が突破する」
「……相変わらず無茶なこと言うわね」
「やらないとやられる。無能な指揮官のせいで自衛軍の兵が」
「……」
火澄は修司のキツイ言葉を否定しなかった。
無能。確かに新任という自衛軍の指揮官は愚策を行った。
《虎砲弐式》による遠距離砲撃は20メートル以上の攻撃射程を持たないゴブリン、ゴーレムといった相手ならば有効だ。うまくいけば接近される前に一方的に倒すことができる。面制圧を意識した、防御を一切考えない《虎砲弐式》の横列隊形の布陣もきっと訂正される前の1次情報を参考に配置したのだと思われる。
自衛軍は近づかれる前に倒しきれると踏んだに違いない。しかし実際はレイス側にも遠距離砲撃が可能なタラスクキャノンがいた。どうして指揮官はタラスクを確認した時に布陣を変更しなかったのだろうか。
タラスクは『解析済み』のレイスだ。その最大射程距離(何も狙わずただ単に撃って届く距離)が約200メートルだとは自衛軍も把握しているはず。これは《虎砲弐式》の主砲の約2倍なのだ。タラスクだけは有効射程の外から一方的に撃たれてしまう。真横に陳列する《虎砲弐式》など縁日で行われる射的の景品とさして変わらない。
人とレイスでは戦力比に圧倒的な差がある。フォトンマテリアルで無尽蔵に生みだせるレイスに対し、人類側は人的資源、つまり兵力をまともに補充できないのだ。潰し合うような消耗戦は避けなければならなかった。
「地図と敵配置の情報を。自衛軍にかまけてるレイスの側面を突く」
「待って。森重君抜きでどうやって突破する気? ジオウの足はあなたより遅いのよ。突破する前に囲まれるわ」
「『足』はある」
修司が火澄に見せるのは1枚のメモリーカード。これはスピリットのROM(Realize Own elemental/spirit Memory)カートリッジだ。携帯ゲーム機ガントレット・ゲーム・ギアの専用ソフトでエレメンタルやスピリットを実体化、実現化できる。
「スピリット? ジオウじゃなくて」
「真崎の対戦相手に組んでいたやつだ。LPを低く設定しているがこれを使う」
「訓練用のデータって。どの道無茶苦茶ね。……他の小隊に共同戦線を張れないか声をかけてみるわ。自衛軍にも。だから1人で突っ込まないで」
「善処する」
「……。というわけなんだけど、いいかしら?」
火澄は修司の返答に呆れ、次に話を聞いていたであろう後部座席の隊員たちに話しかける。
《ガード》が小隊単位で使う白バンは8人乗り。今回2人しかいない第1小隊だけで使うにはもったいないので他の小隊と相乗りしている。車内には修司たち第1小隊の他に第3、第8小隊の隊員達が乗っていた。
小隊は基本定員が8人で1小隊。なのに3小隊が白バン1台に収まっている。第8小隊なんて1人しかいない。訓練生のトップだけで構成された《ガード》は定員割れを起こしてもすぐには補充が効かず、どの小隊も人員不足であった。
「かすみ姐さんに言われたら仕方ない。自衛軍の援護にゴブゴレは引き受ける」
火澄に頼まれてそう答えたのは第3小隊の隊長。第3小隊はゴブリン狩りの名手でもある。
「亀の相手は《黒騎士》に8のお姫様がいれば大丈夫だろ」
「ありがとう。銀鏡川さんもシュウ君のこと、お願いしてもいい?」
「……構わないわ」
白バンの最後部座席に座るたった1人の第8小隊の隊員は、火澄に言われ不機嫌そうに承諾した。
火澄が銀鏡川と呼んだ少女は、ハーフらしい透き通るような白い肌と少しだけ鋭い蒼の瞳をもつ日本人離れした容姿の美少女。肩に付く長さのウェービーヘアは明るいプラチナブロンドで光の加減次第で銀色にも見える。
彼女は車に乗ってからずっと、助手席に座る火澄を睨んでいる。普段からといえばそうなのだが。
「……」
(……シュウ君と同じ小隊だからって理由で睨まれても。勝手に因縁つけて私を巻き込まないで欲しいのだけど)
火澄は正面に座り直すと何も気付いていないであろう修司をちらりと見て溜息。それから彼に向けられる強い視線を感じて後部座席へまた振り返り、もう1度溜息をつく。
「絶対に……負けねぇ」
「……」
銀鏡川とは別に、修司を射殺さんとばかりに彼を睨んでいるのは、修司の真うしろに座る体の大きな少年。第3小隊の隊員で髪を赤く染めた上に赤いバンダナを額に巻いている。
前の席2人を睨み続ける少年と美少女。
(シュウ君……。ほんとどうにかしなさいよね。彼女だけじゃなくてこっちの彼も)
「なんだよ?」
「何も。…………鈍感ゲーマー」
修司に聞こえないように呟く火澄は、座席に深く座り込んで3度目の溜息。
火澄も森重も、同じ上司の人間関係では苦労が絶えなかったりする。
「ついたぞ。各自装備を確認しろ」
現場に到着すると修司はいち早く白バンから降りては皆に声をかけ、誰よりも早く装備の最終確認を行った。車を運転していたので移動中にチェックできなかったからだ。
《ガード》の装備は自衛軍と同等のもの。隊員たちは支給品を個人で使いやすいように調整や改造したりしている。
修司の装備は標準的なもの。プロテクター付きの戦闘服にバイザー付きヘルメット、無線通信用のマイクとイヤホン。応急キット他非常用の携帯ポーチは戦闘服の胸や腿に取り付けることができる。
ガンベルトのような腰のホルダーにはエレメンタルに欠かせない予備のフォトンカートリッジが12枚差し込むことができる。修司はこれを改造してさらに3枚を追加している。ベルト右腰のホルスターに当たる部分はガントレット・ギアのオプションであるコントローラをぶら下げる。流石にこれはミコトが訓練中に使っていたようなPSXのそれではない。オプションは個人のスタイルによって違いがある。
最後に左腕に装着した新型のガントレット・ギアの起動確認。ガントレットの内側に内蔵されているトリガーグリップを伸ばして握りを確かめる。そのあとで修司は目の前に仮想スクリーンを呼び出し、今回使う2つのROMカートリッジのデータにざっと目を通した。
【ジオウ】
LP:10/10.00
AP:10/
【虎砲弐式】
LP: 3/3.00
AP:10/
修司の《虎砲弐式》は訓練中のミコトの対戦相手として用意したもの。
ハンデとしてカスタマイズでLPが下方修正されているが、基本性能は従来のデータとさして変わらない。
「よし。こっちは問題ない」
「OK。今日も頼むぜ《黒騎士》さん。ヘルメット忘れるなよ。つまらない事故で死ねるからな。……おいリュガ。お前に言ってるんだからな」
「ちっ。わーってるよ」
第3小隊長の注意に赤バンダナの隊員は嫌そうにヘルメットを被って顎紐を締めた。
これで全員準備完了。戦争開始までカウントダウン。
「月陽ガード混成小隊、出撃する。いくぞ!」
「おおっ!」
小隊長2人の檄に隊員たちが気合を入れ声を張り上げる。
8人はそのまま戦場へ散開した。
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自衛軍がレイスの襲撃部隊と交戦して30分が経つ。
タラスクの伏兵によって押されかけていた戦況は、《ガード》の少年たちの介入で一気に巻き返すことになる。
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