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ELEMENTAL WAR GAME  作者: 士宇一
第1章 チュートリアル
6/9

103 ミコトと諌山

 

 +++

 

 

 走れ!

 

 1月前。黒田修司という青年に出会ってからずっとそう叫ばれ、ずっとグラウンドを走っていた気がする。

 

 頭が空っぽになるまで。

 

 

「……」

「なんだその目は? いいから走れ。余計なことは考えるな!」

 

 ただ、仇を。

 

 復讐を!

 

 そういった心を見透かしたように修司は時折彼女に向かって叫んだ。無駄だと。

 

 

「走れ! 真崎!!」

 

 言われるがままに、がむしゃらに走った。走ったつもりでも実際はへろへろだった。

 

 悔しかった。体力がまったくない。

 

 地下育ちでまともな運動をしたことがない彼女にとって、トラック1周も山登りもさして変わらなかった。

 

 

 力が欲しい。

 

 でも……どうして?

 

 こんなことして、どうしてだった?

 

 

 足をもつらせてとうとう倒れ込んだ。修司は何も言わない。

 

 でも「そんなものか?」「それでは駄目だ」と彼女は言われた気がした。

 

 

 憎悪は何も生み出さない。ただ燃え尽きるだけ。

 

 

 走って、走り続けて。それで何もかもどうでもよくなった。もう何も考えたくない。

 

 火照った体の熱と荒い呼吸の音だけに支配された世界。1人だけ生きてる。そう思った。

 

 

 立ち上がれなくて仰向けに寝転がる。日の照り返しで灼けた地面が熱い。

 

 それに。久しぶりに見る空は初めて見た時と何も変わらなくて。

 

 

 その時、一緒に空を見た人たちのことを思い出して、ミコトは久しぶりに泣いた。

 

 +++

 

 

 その日の放課後。修司によって生徒会室に連行されるミコトはほぼ1ヵ月ぶりに生徒会長に会うこととなる。ミコトが諌山と初めて会ったのは病院のロビー。彼女が月陽高校に転校する前の話だ。

 

 生徒会室。事務机の席に座る諌山は入室したミコトにパイプ椅子に座るよう勧めた。

 

 そして修司には。

 

 

「『黒田君』。君は出て行ってくれ。話をするのは真崎くんだけだ」

「おい」

「大丈夫。彼女は『君の』なんだから取って食いはしないよ」

「ふぇ?」

 

 諌山の発言にきょとんとするミコト。

 

 修司は諌山の軽口を相手にせず、舌打ちして生徒会室をあとにした。

 

 

「シュウジさん……?」

「気にしなくていいよ。今のやり取りは僕らの挨拶みたいなものさ」

「はあ」

「いいから座って。……その格好じゃ難しいかな?」

 

 言われて気付いた。ミコトは修司に強制連行され教室を出た時からずっと、段ボールから頭と足が生えた状態だったのだ。

 

 

「これはっ、そのっ」

「罰ゲームかい?」

「~~~っ!」

 

 実は私物です(?)とは、この学生代表に言えるわけがない。

 

 ミコトはとても恥ずかしい思いをした。

 

 +++

 

 

 段ボールを脱いで改まって椅子に座るミコト。諌山と向き合う。

 

 

 諌山亮二いさやま・りょうじ。月陽高校の生徒会長であり、ここ月陽地区における《ガード》の総隊長を務め《紅帝こうてい》の異名を持つ。その謂れを新参のミコトは知らない。

 

 あと彼もまた眼鏡である。少なくとも人前では。諌山の眼鏡は修司に比べると仮面という印象が強い。

 

 物腰が柔らかな割に黒い。鬼畜と噂高い修司と並び『月陽の2大メガネ』と称されている。

 

 

「久しぶりだね。学校の方は慣れたかい?」

「は、はい」

 

 緊張するミコトを前に諫山は差し障りのない世間話をする。

 

 

「友達はできたかい? 転校したばかりだけど勉強はついていってる?」

「はい。勉強の方は森重さんや火澄さんのおかげでなんとか」

「そうか。じゃあ防衛科の訓練はどうだい?」

「ええ。まあ……」

 

 ミコトは修司の地獄の訓練を思い出して遠い目をした。

 

 諌山もそれがわかってか微笑。今彼女に修司を引き合わせたのが自分だと告げたのなら何と言うだろうか。

 

 

 徒弟制度。それは諌山が発案したもので地下都市から『転校してくる』生徒をマンマークで集中的に指導するといったもの。

 

 それは地上での暮らしに早く適応して貰う為でもあるが、防衛科の生徒に関しては対レイス戦の訓練を速成させるという側面もある。ミコトはこの制度の下、修司の指導を受けて防衛科1期生のカリキュラムをたった1ヵ月でこなしている。実は彼女の能力は現2期生とほぼ同じレベルにまで仕上がっていた。

 

 

「『黒田君』の訓練が辛かったらちゃんと誰かに言うんだよ」

「はい。本当に危ない時は森重さんたちが止めてくれますから大丈夫です」

「うん。あの2人は第1小隊の良心だからね」

 

 ちなみに現在の第1小隊は修司、森重、火澄の3人。

 

 良心2、鬼畜眼鏡1で構成されている。

 

 

「彼は女の子の扱いがイマイチだからね」

「ですよねー。シュウジさん、きっとデートもしたことないですよ」

「ああ。きっとそうに違いない」

「そうですよ。シュウジさんに惚れた女の子は絶対苦労しますね」

「ははっ。そんな奇特な子、僕は今の所2人しか知らないなぁ」 

「ええっ!? 2人も!? いったい誰ですか?」

 

 修司のことを話題にするとミコトはよく喋る。

 

 大半は厳しい訓練と自分の扱いに対する愚痴ではあったが、諌山は楽しそうにミコトの話を聞いていた。

 

 ミコトがリラックスしたところを見計らって、諌山は話題を変える。

 

 

「地上での暮らしはどうだい? やっていけそう?」

「はい! シュウジさんのおかげで体力もつきましたし、ここってすごくいいところですよね」

 

 ミコトは笑顔で答えた。彼女は地下都市生まれであり、親の『転勤』で地上に出たのはここ最近のことである。

 

 

 地下都市。レイスが絶対に現れない偽りの楽園であり、あらゆる自由を制限された牢獄。

 

 電力の節約で常に薄暗く、狭い空間で配給制の水と食糧にひしめきあう人たち。そこでは子供が自由に走り回ることも許されなかった。

 

 

 ミコトは忘れない。両親と一緒に見た最後の景色を。

 

 それは空。地上にしかない青と白の世界。

 

 父が『開拓民』になってまで地上で暮らしたがった想いも今ならわかる。母が綺麗だと感動して泣いた理由も決して忘れない。

 

 

 地上はレイスに奪われた楽園。それでも地上には自由と希望があった。

 

 

「お日様があってお星様があって、地面はずっと走れるくらいに広くて。私も最初はレイスのいる『上の世界』が怖かったけど」

「うん」

「今はこの世界が大好きです。だから私は守りたいと思います」

 

 楽園を。地上に住む『開拓民』をレイスから。

 

 亡くなった両親の代わりに地上で精一杯生きる為に。

 

 

 それがミコトの決意。あまりにも自然に、気負いなく口にした彼女を諌山はどう思っただろうか。

 

 少なくとも彼が初めて会った時のミコトが言うならば信じられなかった。

 

 

 血濡れた姿で、両親を殺された憎悪に満ちた彼女を見たことのある彼には。

 

 

「……もう大丈夫か。これも彼のおかげかな」

「会長さん?」

「ああ。独り言だよ。……現実の話をしよう」

 

 諌山は真剣な表情をミコトに向けた。

 

 

「僕らの管轄である月陽A地区の住人は約4千人。彼等は皆『開拓民』と呼ぶ地上都市の維持と拡張開発を行う人たちだ。彼らの生活をレイスから守る為、ここには約500人の自衛軍が駐留していて、軍を補佐するかたちで僕ら《ガード》が存在する」

 

 レイスに侵略された世界。地上を追われた人類はフォトンマテリアルを一切使わないことで安全の保証された地下に住むことを余儀なくされた。

 

 だが世界中にある地下街やシェルターを改造して作られた地下都市に全てを収容するには限界がある。人類は国連軍を中心に故郷たる大地と都市を取り戻すべくレイスと戦い続けている。

 

 

 それは日本でも同じこと。現在日本にはレイスに侵略されていない、あるいは取り戻した地上都市が月陽地区を含め6つある。

 

 6つの地上都市に住む全ての『開拓民』は合わせて約20万人。そして日本全域にある地下都市に住む『避難民』は数千万人。牢獄とも呼ばれる地下都市での生活はこの上なく厳しい。

 

 安住の地を求めて日本の自衛軍は躍起になって地上の制圧を行ってはいるが成果はいまひとつ。逆にレイスの侵攻に対し今ある地上都市の維持することもままならないでいた。

 

 占領区域への侵攻と奪還、地上都市の防衛と治安維持。両方に割く戦力が足りないのだ。そこで後者に関して発足したのが予備兵力である訓練生を中心とした学生義勇部隊ガードではあるが。

 

 

「地上都市は決して安全な場所ではない。市内における浸食されたフォトンマテリアルの撤去作業は進んでいるがレイスは街の外からでも内側からでも人を狩りに姿を現す」

「……はい」

 

 それはミコトも知っている。彼女の両親も街の中で呆気なくゴーレムに殺された。

 

 

 この時代地上の街のほとんどがフォトンマテリアルで作られている。フォトン生命体ともいえるレイスに侵食された市街は《エンカウントフィールド》であり一定の確率でレイスが出現する危険地帯なのである。

 

 『開拓民』が自衛軍の兵と共に行う都市拡張工事とは、浸食された市街フォトンマテリアルを撤去し安全地帯セーフエリアを確保することからはじまる。

 

 

「人手が足りないんだ。自衛軍は外で手一杯。僕らのような訓練2年足らずの学生を使ってでも市内のレイスによる被害を抑えきれない。《黒騎士》の活躍だってたかが知れている」

「そんな」

「彼1人、いや。第1小隊や《ガード》の力なんてたかが知れているんだよ」

 

 それが現実。諌山はミコトにそう言った。

 

 

「真崎くん。ここまで確認して君に訊ねたい」

「……はい」

「守りたいかい?」

「――! はい!」

 

 ミコトに迷いはなかった。彼女は昨日、男の子を助けることができたのだから。

 

 抱きしめた温もり。失わずにすんだ命。

 

 

 力強い返事だった。それで諌山は満足気に微笑む。腹の中にどこか黒いものを抱えながら。

 

 ここからが腹黒眼鏡の本領発揮。

 

 

「よかった。これで僕も遠慮なく君に処罰を伝えられる」

「……え?」

「防衛科2期生、真崎ミコト。君に先日の無断出撃及び装備の無断借用の処罰を言い渡す」

「え……ええーーーーっ!!?」

 

 絶叫するミコト。彼女は今朝のグラウンド10周の懲罰でこの件は済んだと思っていた。

 

 懲罰は懲罰、処罰は処罰であったが。

 

 

「訓練生は原則戦場への出入りを禁止している。君はそれどころか学校の備品から訓練用のガントレットにエレメンタルのROMまで持ち出して」

「あ、あう」

「おまけに自衛軍の兵員輸送車に忍び込む。前代未聞だよ」

「そ、それはっ」

 

 弁解しようとして慌てふためくミコト。それを冷徹な眼差しでみつめる諌山。

 

 諌山は内心楽しんでいる。何せミコトを戦場に向かわせようと人を使って誘導し、影で手引きしたのは彼なのだから。

 

 

「では」

「は、はひ」

「まずは君が持ち出したデータROM、《ソルディアナ》の所有権を正式に君に譲渡する。大事に使ってくれ」

「……へ?」

「旧型のデータではあるけどソルディアナは世界に6体しかない『第1世代のエレメンタル』だ。しっかりカスタマイズすれば新型のスピリットにも劣らないはず」

「はい!?」

 

 驚くミコト。これまで彼女は訓練機としてソルディアナは修司を経由して《ガード》の装備課から借り受けていた。

 

「それって。私、シュウジさんみたいな専用機持ちになるんですか!?」

「これはご褒美だね。君は初陣で、しかも1人初期状態のソルディアナでゴブリン『3体』撃破し救助者を1人守り抜いた。ゴブリンの撃破はともかく、その子は君がいなければ誰にも発見されず人知れず殺されていただろう。正当な評価と報酬と思っていい」

「でも」

「君に人を守れる資格があると思ってのことだ。君は力を得た。これからは君のエレメンタルと共に頑張ってくれ」

「――! はい!」

「それでだ」

 

 素直に喜んでいるミコトに諌山は本題の処罰を告げることにした。

 

 処罰と見せかけてご褒美。持ちあげておいて突き落とす。これが彼のやり方。

 

 

「はい?」

「真崎くん。残念だけど今の君は『資格』がない。折角のエレメンタルも『資格なし』では個人で所持することを規則で認めてあげられない。僕が許可しても自衛軍に取り上げられるだろう」

「ええっ!? そんなぁ」

「だから君には処罰として『資格』を取ってもらう」

「へ?」

 

 処罰の話になってから2転3転している。諌山に流されているとミコトは感じた。

 

 それでももう流れは止まらない。諌山は告げた。

 

 

「1週間後。君の為に《ガード》編入試験を行う。必ず合格したまえ。不合格ならエレメンタルは没収。ソルディアナを手にするチャンスは今回だけとする。以上だ」

「……」

 

 沈黙。

 

 沈黙。

 

 そして。

 

 

「ええええええぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 修司は生徒会室の外でミコトの今日最大の絶叫を聞いた。

 

「……あんなので大丈夫か?」

 

 

 

 

 次の日から約1週間。試験に備えるミコトは修司率いる第1小隊の集中特訓を受けることになる。

 

 +++


ここまでが『チュートリアル』の序章です。次回からは主要キャラクターを交えつつ戦闘システム、ルール関係の解説に入ります。


次回「チュートリアル1」

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