102 修司と諌山
副題「ミコトの1日」
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昨日。修司は救助作戦の帰還報告に生徒会室へ足を運んだ。
《ガード》候補生の訓練学校でもあり拠点基地でもある月陽高校。その生徒会室は司令室でもある。簡素な教室にコの字に並べられた長机と書類の積まれた事務机が1つ。生徒会室には『黒服』に赤の腕章をつけた男子生徒が1人、修司のことを待っていた。
「お帰り『黒田くん』。今日も無事で何よりだ」
「……」
生徒会長に迎えられ、ものすごく嫌そうな顔をする修司。彼と生徒会長は旧知の間柄である。
生徒会長の名は諌山。月陽高校の生徒たちを統べる代表でありながら《ガード》の総隊長も兼任している。
修司はこの上司を昔から毛嫌いしていた。諌山に淡々と任務の報告をする。
「報告は以上だ。おい」
「どうしたんだい?」
「襲撃規模と出撃のローテーションを考えると、今回は俺じゃなく第6小隊だ。それに自衛軍だけでもよかったじゃないのか?」
「そこはほら。君は彼女の保護者じゃないか。家出娘は親が責任もって連れて帰らないと」
「……わざとか」
「真崎ミコト。顔に似ず勇ましい子だね」
知ってて見逃したな。修司は苛立たしく諌山を睨みつけるが、彼は気にも留めない。
「目の当たりにした戦場に嫌気がさして地下都市に脱走しようとする学生は多いけど、彼女は違反を犯し学校を抜け出してでも戦場に参加しようとした。防衛科に転属して1ヶ月足らずの初心者がね。無謀にもほどがある」
「そう思うなら備品庫の管理と自衛軍基地への出入りを厳重にしておけ」
「彼女の蛮勇は教官殿の影響かな?」
「教官役もお前が押し付けた仕事だ」
「そうだったかな」
空とぼける諌山に修司の目は一層鋭くなる。
「それでだ。彼女は一応規則違反だ。真崎くんの件で君に処罰を言い渡す」
「なんで俺だよ」
「弟子の不始末は師匠の責任。初の実戦で戦果も上げたことだし、彼女への罰はいつも通り走らせておけばいいよ」
「……」
「命令だ。受け取りたまえ、小隊長」
「了解だ。くそ隊長」
投げやりに始末書と命令書を受け取る修司。その場で命令書に目を通した。
命令は2つ。1つは第1小隊の再編成。期限は1週間。
第1小隊は修司が小隊長として率いる部隊だ。隊員は定員7人に対し現在2人。
「これは?」
「他の小隊からでもいい。スカウトの優先権を君に与える。君と森重君と火澄さん。いくら君でも3人だけの隊じゃこの先厳しいだろ?」
「……」
「『白服』から引き抜きたいならその子にも編入試験を受けさせてくれ」
無茶を言われている。ここ数ヶ月隊員の補充が出来てないのはどこの小隊も同じなのだ。
それに練度の低い『白服』の生徒を起用すればすぐにレイスに殺されてしまう。
このゲームが戦争、殺し合いだと理解する前に。
修司は諌山の言った後半部分の意図をすぐに察した。
「訓練たった1ヶ月の真崎を《ガード》、俺の隊に入れろというのか?」
「そう受け取るならそれでもいい。事実あれでも彼女は『白服』の中で優秀だ。教官役が優秀だからね。今回の件でわかる通り度胸もあるし本番にも強い」
「あいつを試したな。早過ぎる。邪魔だ」
「そんなことはないさ。君がやわな鍛え方をさせていない」
「転校生の遅れをカバーする徒弟制度。それもお前がやらせたことだ」
「今回の救助に何人が死んだ?」
「っ」
急な話題の転換。修司は言葉に詰まる。
「戦力が足りない。たかがEレベルの戦闘で自衛軍なんか5人も死んでいる。彼らのスピリットの扱い方ではレイス相手にジリ貧だ」
「……」
「自衛軍だけでは地上へ追い出された哀れな『開拓民』も守りきれない。だけど今の僕らだけでもいつかは地上をレイスに追われてしまう。逃げ場はもうない」
「わかってる」
「ならば君がやることは1つだ」
隊の再編成による戦力の増強。急務事項だ。
それで修司に渡された諌山の命令書。2つ目の内容は――
「明日の放課後。真崎くんを連れて来てくれ。僕から話をする」
「……了解」
その日、2人の報告会はこれで終わった。
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次の日。つまり現在。
「にへへ~。シュウジさんったらもう。眼鏡はたべれませんよぉ~」
授業中。頭に大きなたんこぶをつけたミコトは爆睡中。にやにやしている。
「先生。真崎さんは」
「きっと今朝打ち所が悪くて」
「放っておけ」
数学の教師は随分前に諦めていた。
昼休み。
「ミコちゃーん。お昼だよ~」
「むにゃむにゃ」
ミコト、尚も爆睡中。
彼女の隣の席に座るほんわかしたお嬢様風の少女がミコトの口にカロリースティックを押し込む。
「ほらー。ミコちゃんの大好きな『かにかま』だよ~」
「……はむ。もぐもぐ」
騙されてスティックを咀嚼しはじめるミコト。
「ジュースも飲んで。はい。ストロー」
「……ちゅ~」
「今日もいっぱい食べてね」
この友人。週に3回はこうして眠るミコトの餌やり(?)をしている。
「むにゅ。……おかわりぃ」
「はい。どうぞ」
「この子、寝てるのよね?」
未だ慣れない食事風景に疑問を持つのは、ウルフカットをした2人の友人。
午後3時28分。終礼まで残り2分。
「……くぅ」
ミコトは今日1日を完全休養日と決め込んだらしい。1日を寝て過ごした。
ところが。
「……!」
終礼まで残り1分。ミコトはいきなり飛び起きた。唖然とするクラスメイト達。
「……ミコちゃん?」
「沙柚ちゃん! 段ボール!」
「は、はい」
「どこから出した?」
隣の席のほんわかお嬢様が机の下から取り出すのは、人が隠れることができる大きな段ボール箱。突っ込むウルフカット。
ミコトは段ボールを受け取ると教室の隅で段ボールに隠れ、荷物のふりをはじめた。
終礼直後。教室に現れたのは『黒服』に眼鏡をかけた長身の青年。修司だ。
「失礼する。真崎はいるか?」
「「「……」」」
――この子、今日は先輩からも逃げ切る気ね。
クラスメイト達は一同に段ボール(inミコト)を見た。返事がなくて怪訝な顔をする修司。彼も段ボールを見る。
視線の集中砲火に段ボールは……今、動かなかったか?
思わずほんわかお嬢様がミコトに助け船を送る為、修司に話しかけた。
「あ、あのっ。ミコちゃんは森重先輩の所へ……」
「まあいい。姫島さん。真崎に会ったら伝えてくれ」
修司は段ボールを無視してほんわかお嬢様、姫島沙柚に伝言を頼む。
「今日の放課後。真崎の訓練は中止……」
「本当ですか!?」
段ボールから頭と足が生えた。思わず飛び出るミコト。
「……の代わり諌山から話がある。生徒会室に出頭だ」
「え……ええっ!?」
「お前は何がしたいんだ?」
呆れかえる修司。
「あれで隠し通せると思ったのか?」
「うっ」
「しかも元から今日の放課後は休みだったはずだ」
「ええっ!? だってさっき」
「嘘だ。休みを潰されて文句があると思ったら……ちゃんと確認しろ」
そう言われてミコトは姫島さんを見た。彼女は「うん。今日は休みで間違いないよ」と頷き返す。
何故かミコトの訓練スケジュールは彼女が管理していた。
「あのう……会長さんからは何のお話で?」
「……」
「シュウジさん?」
「時間はそんなにかからん。行くぞ」
「ええっ!? 気になります! ヤバいんですか!」
「五月蠅い」
珍しく居た堪らないと視線を逸らす修司。
それで逃げ腰になるミコトを、修司は頭を掴み段ボールごと強制連行した。
「沙柚ちゃーん。ウルフぅー。たーすけてー」
「待ってますから。生還したら一緒に帰りましょうね」
「誰がウルフよ」
友人たちは死地に赴くミコトを優しく(?)見送った。
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生徒会室でミコトが諌山から聞いた話の内容は、修司が生徒会長から受け取った命令書の2つ目の内容と同じものだった。
すなわち。
1週間後。真崎ミコトの《ガード》編入試験を実施。
黒田修司以下第1小隊は彼女の合格を支援せよ。
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