101 ミコトと修司
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走る。早朝のグラウンドを。
体操服に短パン姿の、ショートカットで愛嬌のある元気な女の子だ。一応美少女でも可。
朝練に励むスポーツ少女にも見える。だけど彼女が身に付けた『装備』と『お供』が異様だった。
まずは装備。彼女は左腕に肘から下を覆うガントレット・ゲーム・ギアを身に付け、更にガントレットからコードが伸びたコントローラを両手に握って走っている。このコントローラには左側に十字キー1つ、アナログスティクが左右に2つ。右側に○×△□の4つのボタンがあり上側面にはR1、R2、L1、R2、中央にもスタート、セレクトの各ボタンがある。
SONU製の旧型のゲーム機『PSシリーズ』のものを流用した、『初心者用』のコントローラだった。
「はっ、ぜっ、はっ、はっ……」
つまり体操服の少女、真崎ミコトは学校のグラウンドを走っている。両手にコントローラを握って。お供に自分のエレメンタルを連れながら。
「はっ、はしりづらいようぅ……うぷっ」
「止まるな、走れ!」
「はひ~」
鬼教官の怒声にミコトは400メートルトラックをふらふらと走り続けた。黒ジャージの鬼教官の名は黒田修司。眼鏡である。
先日、ミコトは訓練生にもかかわらず無断で《ガード》の装備を拝借した挙句、実戦部隊に紛れ込み《開拓民》の救助作戦に参加するという幾つかの規則違反を犯した。それで彼女は現在懲罰中だった。
懲罰といってもミコトは初の実戦でゴブリン『3体』を撃破、救助者1名という功績もある。総隊長の恩情もあってミコトへの罰はトラック10周、ランニングの刑となった。
懲罰の監督役が修司でなければ。
「あと3週だ。ディアナはちゃんと背後3メートル前後で張りつかせろ」
「鬼。シュウジさんの眼鏡!」
「眼鏡だよ。いいから走れ。抜かれたり5メートル以上離したらもう1周だ」
「お~に~!!」
グラウンドを1周し修司の横を抜ける度に体力を浪費して文句を言うミコト。彼女の真うしろにはミコトのエレメンタルであるソルディアナが《VRシュミレータモード》で起動し、ホバー走行でふよふよと追走している。
ミコトの懲罰は修司によってランニングに加えエレメンタルの操作訓練が追加されていた。身体を動かしながら《セミオートモード》でエレメンタルを走らせるという特別メニュー。
操作訓練と体力強化が同時に行える一石二鳥のこの訓練。ただし《セミオートモード》では補助装置であるコントローラを使うので両手塞がり、更には背後を追従させるエレメンタルの操作にも集中しなければならないのでとても走りづらい。
何より傍から見るととてもカッコ悪かった。
「よし。終わったな」
「ぜーっ、ぜーっ」
「懲罰は終わりだ。10分後に朝練のメニューをやるぞ」
「――!?」
四つん這いの状態で驚愕するミコト。大きな瞳は涙目で「もう無理です」と修司に訴えている。
「10周だ」
「……。(ふるふる)」
「11周」
「シュウジさん!?」
「12」
「お~~に~~!!」
13周。
ミコトのなけなしの体力が絶叫に使われた。
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始業前のベルまであと10分。
登校中の生徒たちは、今日もグラウンドを汗だくになってへろへろと走る少女と、彼女をうしろから追い立てる天女ロボを見かけていた。
「あの2人今日もやってるね」
「ああ」
「ねえ。防衛科の訓練ってこんなに大変なの?」
登校中、緑のブレザーの制服を着た『生産科』のある女子生徒は死に顔で走るミコトを見て、隣の男子生徒に訊ねた。
「まさか。黒田先輩達が特別厳しいんだよ。何せ『黒服』の小隊長だぜ」
白い詰襟型の制服を着た男子生徒はミコトと同じ『防衛科』の生徒。《ガード》の訓練生である。
ちなみにここでいう黒服とは《ガード》の実戦部隊に所属する防衛科のエリートを指している。
「あんな風に1人扱かれてるとなんだか可哀相」
「そんなこと言うなよ。真崎さん自分から先輩にコーチ頼んで頑張ってるんだぜ」
「そうなの?」
「ああ。それで転校して1ヶ月で俺達2期生と同レベル以上になってるんだ。正直すげーよ」
まったく、うかうかしてらんねーぜ。と男子生徒。
「それじゃあ、あなたも先輩にコーチを頼んだら?」
「冗談! 朝も放課後もびっちりなんだぜ。身体がもたねぇよ」
「軟弱ね」
「うっ。でもいくら真崎さんだって」
「あっ」
言ってる傍から。
あの子逃げたわ。と女子生徒。
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走り過ぎて体力の限界。顔の崩れ方も女の子として色々と限界のミコト。
もう駄目だ。ミコトは遂に我慢できず、最終手段として隠し持っていたフォトンカートリッジをガントレットに差し込んだ。
VRモード解除。すぐにフォトンマテリアルでソルディアナが実体化する。
「……えい!」
ミコトはソルディアナの背中にしがみついた。
「真崎!」
「シュウジさんの鬼! 眼鏡! 美少女いぢめが趣味のきちく~~!!」
修司に言うだけ言って、ミコトはソルディアナのホバーで逃走した。
目指すは女子更衣室だ。いくら修司でもそこまでは追ってこれまい。
ミコトは考える。更衣室でシャワーを浴びながら籠城して、ホームルームまで時間を稼ぎ、ダンボールを被って教室まで移動。
放課後の訓練は森重さんに助けを請えば……
しかし。
「……ジオウ」
エレメンタルを使ってまで逃亡を図るミコトにかちんときた修司はガントレット・ギアを装着。相棒の黒騎士、ジオウを呼び出す。
ガントレット同士の通信機能でミコトは怒れる修司の声を聞いた。
「……シュウジさん?」
「真崎。お前、この前現場に来た時は予備のカートリッジ忘れてきたくせに、今日はえらく準備がいいな」
「ひっ!」
ジオウが鋼鉄の拳をこちら側に向けるのを見たミコトは、サッと青褪める。
「最初から逃げる気だったなら……上等だ」
修司はガントレットから『トリガーグリップ』を伸ばし、握り締める。
続いて前方に展開した仮想スクリーンを『シューティングモード』に変更。ターゲットサイトに照準をソルディアナに合わせる。距離が開き過ぎて情報モニターには「命中補正-60%、命中率32%」とある。
「朝の残り時間は回避訓練にしてやる。逃げ切って見せてみろ」
「ち、ちがいますよシュウジさん。これは前回のことを反省して……」
「いい心がけだ。じゃあ殺るぞ」
「シュウジさん!?」
問答無用。彼の眼鏡がキラリと光る。
修司が放つアタックスキルは、無属性レベル2の遠距離単体攻撃。
ジオウの右腕がソルディアナめがけて飛んでいく。
「ブースト・ナックル!」
「うぎゃ~~!?」
ソルディアナにしがみつきながら、コントローラをガチャガチャ動かして必死で逃げるミコト。
登校中の生徒達が応援する中、彼女の健闘虚しく1分逃げ切ったところでジオウの4発目の拳骨がソルディアナに命中。
ミコトは攻撃に巻き込まれてぽーんと宙を飛んだ。
【ソルディアナ】
LP10/8.00
AP10/9.18
【ジオウ】
LP10/10.00
AP10/ 1.35
最近学校では朝の名物と化している、2人の訓練風景だった。
ここ月陽高校は日本に残された地上領地にある地方都市の1つ、そこにある数少ない学校兼訓練施設だ。この辺りの治安警備を務める対レイス学生義勇部隊、《ガード》の拠点基地でもある。
ところで。
「……ふん。シュウのやつ」
グラウンドの隅で今日も面白くなさそうに2人の様子を見つめる『黒服』の、銀髪の少女が1人。
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