002 プロローグ 2
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【ジオウ】
LP10/10.00
AP10/ 5.69
ジオウ。それが黒田修司のエレメンタル、黒騎士の名前。
全高は約2メートルと女性型のソルディアナよりも一回り大きい。西洋騎士の甲冑そのままの姿で余計な装飾もなければ剣も盾も持っていない。
《ウォーアックス》を正面から受け止めたジオウのダメージは0。ジオウには《無属性ダメージ軽減1》の《アビリティスキル》がセットされている。
所詮対人戦用のウォーゴブリンなどエレメンタルの敵ではない。
鋼の黒騎士は動かなくなったゴブリンを拳で殴った。アタックスキルではなくマニュアル操作による格闘戦だ。
ゴブリンのLPは0.71、0.39……と殴られる度に削られていき、ジオウの4発目の拳でLPを全損。消失した。
ミコトは荒々しいジオウの戦いぶりを男の子と一緒になって呆然と見ている。
「ジオウだ。やっぱりきてくれた」
「何してる! 早くガキを連れて来い」
「シュウジさん!」
ミコトは声のした方へ振り向き、こちらに向かって走って来る修司を発見。
背が高くて眼鏡をかけた鋭い相貌。青年を見るとミコトは男の手を引き、歓喜して駆け寄った。
「ぐすっ、ジュウジざーん」
「あー、泣くな抱きつくな。鬱陶しい」
「ふぎゃ!」
「おねえちゃん!?」
修司はガントレットを装備した左腕でミコトの頭をポカリ。大きく鈍い音がして男の子はびっくりする。
涙目でぐっちゃぐちゃの顔をしたミコトは叩かれた頭を押さえて恨めしそうに修司を見上げた。
「ひ、ひどいですよう」
「五月蠅い。勝手に飛び出しやがって。あとで説教だからな」
「ううっ」
「だが今は」
修司はミコト達に背を向けて前方を見据える。
「こいつの相手が先だ」
エンカウント。出現時の演出で地面が盛り上がり、地響きを立てて新たなレイスが実体化する。
ゴブリンではない巨大な怪物を見てミコトは青褪めた。
全高3メートルを超える巨体。全身が黄土色で岩のようにゴツゴツした人型のできそこない。首のない頭部には空洞で虚ろな目と口がある。
それ以上に特徴的なのが胴まわりより2回りも太い岩石の腕。あまりの大きさに腕が地面に着いてしまっている。体型はヒトよりもゴリラに近い。
人型にしては上半身と下半身のバランスがあまりにも悪い岩の巨人。外見通り動きは鈍いがその分パワーがあって、凶悪な鈍器である巨腕が振るわれる恐ろしさをミコトはよく知っている。
ミコトは怪物の名を呼んだ。
「ゴ、ゴーレム……」
「お前を探してる間に引っ掛かった。途中で撒いたんだが、引き連れてしまったな」
増援とはいえたった1体だ。修司はゴーレムを前にして別に慌ててはいない。
『ロックゴーレム』やウォーゴブリンは『解析済み』のレイスだ。世界中で収集された情報から属性などのステータスに行動傾向、所持スキルの詳細まで詳しく解析されている。知識だけならば『防衛科』の生徒でも知っていることだ。
ベテランの《ゲーマー》である修司にすればゴーレムもゴブリンと同じだ。10体以上を相手に更地で囲まれない限り彼の敵ではない。
「丁度いい。実戦演習だ。手伝ってやるからディアナで奴を倒せ」
「あ、ああ……」
「真崎?」
「……」
ミコトに修司の声は届かない。いつのまにか彼女のエレメンタルもAPが0になり機能停止。動かなくなっている。
立っているのがやっとの状態。ミコトはガタガタと歯を鳴らし小刻みに震えていた。
ゴーレムを見た時にフラッシュバックした記憶が、彼女が抑え込んでいたレイスに対する恐怖を絶望へと変える。
忘れもしない。あの岩の巨人こそ――
彼女の両親を潰した怪物だ。
【ジオウ】
LP10/10.00
AP10/ 5.02
*ターゲット選択
→ロックゴーレム(地:LP/AP:5/8)
【ソルディアナ】
LP10/1.00
AP10/0.00
*AP0行動不能。残り5分で実体化が解除されます
フォトンカートリッジを交換して下さい
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ミコトは目の前のゴーレムがただ怖かった。彼女は『現実』を知っていたから。
それは人がたかがゲームに殺されるという現実。ミコトはこれに危機感を持つことのできる稀少な少女だった。彼女は被害者だったから。
だからこそガントレットギアを持ち出して救助現場に飛び込んだのかもしれない。かつて自分が助けられたように誰かを守りたくて、教官でもある修司の言いつけを破ってまでして。
だけど。仇であるゴーレムを見てミコトの心は折れてしまった。
元々優しい少女だ。守りたい一心で立ち直った彼女の心はとてもまっすぐで、脆かった。
巨大なゴーレムはその巨腕を棍棒のように無造作に振るい人を容赦なく潰す。真横に振れば人の上半身など数人まとめて軽く吹き飛ばし、叩きつければ1撃で骨までまるごとミンチになる。それはミコトの両親も例外ではなかった。
ミコトがゴーレムに遭遇したのは今回が2回目。目の前で家族を殺されたトラウマを払拭するにはまだ早過ぎた。
「真崎」
「と、とまれ」
いつのまにかミコトは男の子の手を離していた。彼女は両腕を抱いて震えを抑えている。
「とまれ……」
「おねえちゃん……?」
ひたすらに自分と戦っていた。ミコトは鈍重でゆっくりと進むゴーレムから目を逸らさずに恐怖と向き合っていた。
ここで折れた心を立ち戻さなければもう何もできなくなってしまう。そう思うことで彼女は自分を縛り付けてしまった。
ミコトも彼女のソルディアナも、もう動けない。
それでもミコトは、身体の震えと自分の恐怖と戦っている。
「とまれっ!」
「もういい」
修司はミコトを引き寄せてうしろに下がらせた。
「あっ――」
「そうだったな。アレはお前の」
「シュウジさん……」
「十分だ。よく戦った」
修司は思い出す。守れなかった人達のことを。
血だまりと肉塊の中、それでもただ1人生き残った少女のことを。
このふざけた現実、ゲームに憤る心を。
「離れるな。ここは俺と、ジオウがやる」
「……! はいっ!」
「立て。ジオウ」
待機状態から目覚める黒騎士。兜のような頭部にある翠のツインアイに修司の意思が宿る。
ミコトは改めて修司と彼のエレメンタルを見た。どちらも大きな背中だ。守られていると彼女はしっかりと感じる。
震えはもう止まっていた。
「行け!」
APの無駄な消費を避ける為に今まで微動だにしなかったジオウは、修司の意思に従いゴーレムに向かって地面を踏みしめ、走り出した。
ジオウは他のエレメンタルに比べると動きは鈍重な方だ。それでも足はゴーレムより速い。
一気に距離を詰める。いくら巨大でもゴブリンと同じ《石つぶて》ならばジオウには効かない。
《石つぶて》が効かないとわかったのか、ゴーレムは次に《ロックカタパルト》を繰り出す。
地属性レベル1のアタックスキルだ。ゴーレムはその巨腕を振るい、生成した岩をジオウに投げつけた。
修司はエレメンタルを完全にマニュアル操作で動かしている。ミコトのように『オートモード』に従っての移動ではないのでやろうと思えばジオウに回避行動をとらせて投擲された岩石を躱すことだってできる。
しかし修司はあえて《ロック・カタパルト》をジオウで受け止めさせた。飛来する岩石はジオウに回避させると自分やミコト達に当たってしまうと判断したのだ。
エレメンタルはレイスを狩る剣でありレイスから人を守る盾でもある。
岩石がジオウの右上半身に直撃した。ダメージは0。ビクともしない。防御アビリティが豊富なジオウはレベル1程度の攻撃なら全く受け付けないのだ。
「ゲームの癖に。そう簡単に潰せると思うな。俺とジオウを――人間を!」
修司は揺るがない。鉄壁を誇るエレメンタルは彼そのもの。
怪物の脅威の前に立ち塞がる、武器を持たない異端の黒騎士。
そして修司とジオウの得意とする戦闘スタイルは近接格闘だ。ジオウはゴーレム懐に入る。迎撃で無造作に振るわれるゴーレムの腕をジオウは数歩のステップで躱してみせる。
「遅い」
「……すごい。あの動きが全部マニュアルだなんて」
「ブォオオオオオオオッ」
「……!!」
雄叫びにミコトは居竦んだ。
このゴーレムの挙動は大技を使う前の予備動作。だけどベテランの修司にすればゴーレムが自分で何をするかを教えているようなもの。
ゴーレム1体、彼らの敵ではない。
「《ソレ》は知っている。1撃で決めるぞ。ジオウ」
修司は迎え撃つ。
ゴーレムが放つのは地属性レベル2のアタックスキル《ロックハンマー》。その攻撃力は同属性ボーナス込みで3。
対するジオウは地響きを立てて力強く踏み込み、正拳突きを放つ。
地属性レベル3。アタックスキル。
「ジオ・インパクト!」
スキルブレイク! 正拳突きがゴーレムの巨腕を砕く。
アタックスキル同士の衝突。この時『ゲーム』のシステム上特別なルールが採用される。それが《スキルブレイク》。今回は同属性同士のスキルブレイクが生じたので《ドミネイト》が発動した。攻撃力の勝るジオウがゴーレムの攻撃力を吸収したのだ。
ゴーレムの受けたダメージは4+3の7。オーバーキル。ジオウの拳に腕を粉砕されたゴーレムはそのまま崩れ落ち、消失した。
「……ふん」
修司は消え去ったレイスを面白くもなく見つめ、それから仮想スクリーンのモニターでレーダーを確認。索敵。
最後にAPが残り少ないジオウのステータスを見て、ガントレットに予備のカートリッジを油断なく差し込んだ。
【ジオウ】
LP10/10.00
AP10/10.00
*周囲に敵影なし。戦闘終了
*新しいフォトンカートリッジを確認。APリロード完了
*警戒モードに移行します
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救助者を探しに行った彼女を修司が救助して15分。ゴーレムとの戦闘後3人は何事もなく自衛軍と《ガード》の本隊に合流することができた。この間にミコトは修司からがみがみとお説教。
「よかったね。ジオウとシュウジさんが守ってくれて」
「ジオウが先かよ」
笑顔で男の子に言うミコト。
彼女はさっきまで涙目になってしょげていたのでこの変わり身の早さに男の子は戸惑う。
「気を付けてね。もうはぐれちゃだめだよ」
「……ありがとう。おねえちゃん」
「うん!」
ミコトは最後に男の子を抱きしめる。
生きている。
そのぬくもりを確かめるように、伝えるように精一杯。
「行くぞ。真崎」
「あっ。待ってシュウジさん。嘉田さん、みんなをお願いします」
ミコトは顔馴染みの自衛官(40代のおっさん)に男の子を頼むと、《ガード》の指揮車である白バンに乗り込む修司を見て慌てて追いかけた。その姿をじっと見つめる男の子。
「おじさん。あのおねえちゃんたちは軍のひと?」
「あいつらは《ガード》のメンバーだよ。おっとミコトちゃんはまだ見習いだな」
「ガード?」
「レイスと戦う学生たちの義勇部隊。まあ、正義の味方だよ」
「ふーん」
嘉田は大雑把に説明した。
それで十分だ。男の子はきっと忘れないだろう。
必死になって手を引っ張り抱きしめてくれた優しい少女と、自分と少女を守ってくれた拳を振るう黒騎士のことを。
今回の《地上都市》月陽エリアA-3区におけるレイスの迎撃及び《開拓民》の救助作戦。
襲撃したレイスの規模こそ最小のレベルEではあったが数が少ない故に奇襲を許し索敵が遅れてしまった。厳密な警戒態勢というものに課題が残った。
救助者240名に対し被害は重軽傷合わせて13名、死者3名。自衛軍までも5名もの犠牲者をだしてしまう。
今では数少ない『人が住める地上』。そこも決して安全ではないというのが現実だった。
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未来。人類は自らの手で天敵を創り、その棲家を現実の世界に生み出してしまった。
天敵のその特性故に人類は危機感をもたないまま戦い、敗北して地上を追われることになる。
ゲームでしか倒すことのできない怪物たちに。
人類は残された世界を守る為、何の打開策も生み出せないまま、ただゲームで戦い続けるしかなかった。
ゲームに侵略された世界。人を滅ぼす死霊に唯一対抗できるゲームシステム。それが世界防衛の最終プログラム。
精霊を使役して戦うゲームのタイトル。それは――
ELEMENTAL WAR GAME
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