001 プロローグ 1
この物語は不定期更新です。
序盤は説明の要素が大きいこともご注意ください。
インベーダーゲームというものがある。宇宙から来る侵略者から地球を守る為に砲台で宇宙人を撃ち落とすという、シューティングゲームの元祖と呼ばれるものだ。
これはゲームだ。現実には宇宙人なんていない。思うに宇宙からの侵略者なんてこの先もずっと現れないだろう。なぜこんな話をするのかというと、それはインベーダーはゲーム、人が創ったものだと言いたかったからだ。
インベーダーはゲームから生まれたと。
未来。人は自ら生み出した侵略者に地上を追われ、人の住む世界を取り戻す為にインベーダーと戦争をしている。
敗北条件は人類の全滅。
勝利条件は――
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プロローグ
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地上の、廃墟の街を走る。
逃げる。
救助者を見つけたまではよかったが『エンカウント』してしまった。
脇目も振らず逃げ出したものの追跡されており、このままでは保護する間もなく自分まで狩られてしまう。
人類の天敵に。
ミコトはひたすらに走った。とはいっても全速力ではなく早歩きくらいの速さで。彼女は子供の手を引いている。
小学校低学年くらいの男の子。ミコトが発見した救助者だった。
(時間を稼がなきゃ。あと……どのくらい?)
16分と40秒。それだけ逃げ切れれば『鬼ごっこ』に勝てる。
残り約15分。
汗で額に張り付くショートカットの髪がうっとうしい。切り過ぎたくらいに思っていたのに。
ミコトはなるべく瓦礫の少ない場所を選んで走った。彼女は男の子の体力に合わせて走っているつもりだが男の子は足が回らず、時折躓きそうになる。
「大丈夫? もうちょっとだから。我慢して」
なるべく優しい声を出すように心掛けた。
切羽詰まったこの状況でうまく実践できたのかはあやしいけれど。
「おねえちゃん……」
「大丈夫。君『は』ちゃんと助かる」
意外と力強い声が出た。今にも泣きだしそうな男の子に少し前の自分の姿を重ねてしまったせいかもしれない。
守りたい。だから彼女は地上にいる。
「守って見せるからね。だって私は……」
その時だ。不吉な呻き声が聞こえてきたのは。
《石つぶて》の攻撃が彼女たちの近くにある瓦礫を穿つ。
「追いつかれた!? ディアナ!」
ミコトは振り向きざまに男の子の手を放し、背に庇いながら携帯端末を操作。スリープモードにしていた『システム』を起動させる。
携帯端末とは言ってもそれは篭手のように左腕の肘から下全体を覆う、装着するタイプの大きな機械だ。重量は1キロ以上ある。
高性能デバイスは『G3』、ガントレット・ゲーム・ギアという。携帯ゲーム機だ。
ミコトは襲撃者を前に自分のPC、プレイヤー・キャラクターを呼びだした。
光属性を持つ第1世代型の《エレメンタル》、ソルディアナ。
ミコトの前に現れたのは、彼女と同じくらいのサイズの人型ロボット。青みががった銀色の装甲に所々金の装飾が施されている。
曲線を描くパーツで構成された女性的なフォルム。戦闘的なデザインではない。ソルディアナの1番の特徴は背面にある羽衣のようなフォトンヴェールだろう。
ミコトはデバイスを装備した左腕を前に構え、襲撃者と対峙する。
【ソルディアナ】
LP:10/10.00
AP:10/ 3.59
*エンカウント。戦闘モードに移行します
*ターゲット選択
→ウォーゴブリン(LP/AP:1/7)
ミコトはデバイスのモニターと前方に展開した半透明の仮想スクリーンから情報を確認。円の中に小さな三角がぽつぽつと描かれた簡易な索敵レーダーを見る。
敵は目の前にいる『ゴブリン』の3体だけのようだ。これなら彼女でもどうにかなる。APの残りが心許ないがここでミコトは迎え撃つことにした。
彼女の操作に合わせソルディアナは戦闘態勢をとる。
AP、カウントダウン。
【ソルディアナ】
AP:10/3.58
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ゴブリン。正式名称はウォーゴブリンという。
怪物の顔には口も鼻もない。無機質な光を放つ赤い目が1つあって硬質な肌をしており、胸や肩など要所を金属の装甲で覆っている。全身は『無属性』を表すグレー系の色で統一している。
気味の悪い人形のようで生物からは程遠い。むしろロボットの方が近い。
ウォーゴブリンは全高1メートルほどの小鬼の姿をした《レイス》だ。ゴブリンは手にした斧や短剣、あるいは石を投げて襲いかかる。レイスとは人が生み出した人類の天敵の総称であるゲームの設定そのままにそう呼ばれている。
エレメンタルと同じ『フォトンマテリアル』で実体化したこの化物はエネミーという『設定』に従い人を襲う。レイスは自らを生み出した、基になった『ゲームシステム』に忠実な人を狩るだけの化物だ。襲うにしてもゲームのルールに従って思考し、行動する。
そのルールの1つが『レイスはエレメンタルの撃破を優先する』というものだが。
今、ミコト達の目の前にいるゴブリンの赤い単眼はすべて彼女のエレメンタルに注目している。
【ソルディアナ】
LP:10/10.00
AP:10/3.54
ゴブリンとエンカウントしてから5秒が経過。彼我の距離は10メートル以上。
辛うじて《石つぶて》の射程範囲外だ。ウォーゴブリンの思考は武器を使った近接攻撃を優先するので、ゆっくりとミコトの方へ近づいてくる。
「……いくよ、ディアナ」
先手必勝。ミコトは《オートモード》を駆使してソルディアナを操り、ゴブリンと戦う。
デバイスのタッチパネルをぎこちなく操作してアタックスキルを選択。続いてターゲット選択。
実行!
コマンドを受けたソルディアナは少しだけ地表から浮かび上がると、腰部にあるスカート装甲の隙間から翠色の燐光を飛ばしながらホバー移動。羽衣を揺らして前方のゴブリンへと向かう。
燐光は『グラフィックエフェクト』。ゲームの演出だ。
愚直なまでにまっすぐなホバー移動は《オートモード》の弱点。接近することで《石つぶて》の有効射程に入ったソルディアナはゴブリンの迎撃を受けてしまう。オート攻撃の為、攻撃中は回避機動の命令を受け付けないのだ。
無属性レベル1の《石つぶて》はこの時、命中率62パーセント。攻撃は3発中、2発当たった。
ガツン! 頭部に衝撃を受けてソルディアナの動きが一瞬揺らいだ。しかし破損などによる外見の変化は一切見当たらない。ソルディアナは構わず距離を詰める。
だだし。ソルディアナのLPは確実に削られていた。
【ソルディアナ】
LP:10/8.00
AP:10/3.48
「お、おねえちゃん!?」
「大丈夫。今度はこっちの番だよ」
男の子は目の前で起きた戦闘に怖じ気づいている。しかし、ミコトは表向き冷静を保っていた。
ゴブリンなんて怖くないと男の子に信じてもらえるように。決してこれが彼女の初めての実戦だなんて男の子に気付かれてはいけない。
そうこうしてる間にソルディアナはゴブリンを攻撃範囲に入れた。
近接戦。今度はソルディアナの反撃。
スパーン! と炸裂するのは光属性レベル1のアタックスキル《フラッシュ・スラップ》。通称光速ビンタだ。
《フラッシュ・スラップ》の攻撃力は、ソルディアナと同じ光属性なので『同属性ボーナス』が入り2。LPが1しかないウォーゴブリンならば瞬殺。
ソルディアナの1撃はゴブリン1体を完全に消失させた。あと2体。
【ソルディアナ】
LP:10/8.00
AP:10/2.44
「や、やった……」
「おねえちゃん! ゴブリンがくるよ!」
ミコトにゴブリン撃破を喜ぶ暇はない。ソルディアナはまだ残る2体のゴブリンと対峙している。
お互いに近接戦が仕掛けられる距離だ。ゴブリンの反撃が来る。
「ど、どどど、どうしたら」
「とにかく離れなきゃ。おねえちゃん、動かして」
「う、うん」
このあたりでミコトは素に戻ってしまいパニックしている。エレメンタルを操作するにあたって素人である男の子の助言を鵜呑みにしているのが何よりの証拠だった。
しかもミコトはゴブリンから逃げる途中で《セミオートモード》用のコントローラーを失くしてしまっている。《マニュアルモード》の操作をマスターしていない彼女は自分のエレメンタルを自由に移動させることができない。
ソルディアナは命令を受けず待機状態。このままではゴブリンに滅多打ち。彼女の技量を考えると、ここはエレメンタルの性能を頼りに《オートモード》によるノーガードの殴り合いをするのが正解なのだが。
結局ミコトは一旦離れようと《マニュアルモード》に切り替えてソルディアナを動かした。
プレイングミスだった。
ホバーも使わず徒歩でよろよろ歩くソルディアナ。ミコトがもたもたしている間にソルディアナはゴブリンの《ウォーアックス》を背後から受けてしまった。
ダメージは1。追い詰めたとばかりにゴブリンが残虐そうな呻き声を上げる。
「ギ、ギギェッ」
「うわぁっ! ディアナに酷いことするな!」
反撃しようと操作を《オートモード》に切り替える。ミコトはマニュアル操作でアタックスキルを使うことができない。
コマンド入力。その間にもゴブリン達は容赦なくソルディアナにダメージを与える。
残りLPは5。
「フラッシュスラップ!」
ソルディアナの光速ビンタがゴブリンの《ウォーアックス》を迎え撃つ。激突時のエフェクトで火花が散る。
アタックスキル同士のぶつかり合いは攻撃力2の《フラッシュ・スナップ》に軍配が上がった。ソルディアナは戦斧ごとゴブリンをビンタで張り飛ばす。
ゴブリンは差分1のダメージを受けて消失。残り1体。
「いける! これで最後だ。ディアナ!」
ミコトは最後のゴブリンに《フラッシュ・スナップ》をお見舞いしようとコマンドを入力。
ところが。
デバイスからエラーを告げるブザー音。仮想スクリーンの情報モニターもERROR! と表記されている。
「えっ? ……ええっ!?」
ミコトは慌ててステータスを確認。
【ソルディアナ】
LP:10/5.00
AP:10/0.96
APが1を切っている。これではアタックスキルが使えない。
元々戦闘するにはAPがギリギリだったのだ。マニュアルでの移動は余計だったし、操作モードの切り替えやコマンド入力でもたついたのもタイムロスだった。
APを回復できる予備のフォトンカートリッジは持っていない。ソルディアナが行動不能になるまで残り96秒。
ゴブリンは残り1体。ミコトにできることは、不慣れなマニュアル操作でソルディアナに肉弾戦を仕掛けるか、それとも逃げるかの2択。迷う間にも命令を受けず無防備に立つソルディアナがゴブリンの攻撃でダメージを受けている。
戦闘はもう無理だ。男の子を連れて逃げよう。
ミコトはそう決めたが足が動かない。無抵抗に斧を振るわれる自分のエレメンタルを見て、彼女はつい思い出してしまった。
戦争なんて他人言だった、幸せだった頃。
突然現れた怪物に呆気なく潰され、肉塊にされる人ひとヒト。
自分を庇って血だまりに沈んだあの人達は、わたしの――
膝がガクガクと震えてきた。嫌な汗が全身から噴き出す。
「おねえ、ちゃん……?」
恐怖と不安。ミコトは男の子が自分を見ていることに気付いた。
いけない。この子に言ってあげないといけない。
ミコトは諦めることをやめた。例え自分に男の子を助ける力がなかったとしても「絶対大丈夫」と言い張らなければならない。
わたし達は死なない。こんな『ゲームのなりそこない』に殺されはしない。そう信じなければ。
実戦を体験してミコトははっきりとわかった。自分は所詮半人前だと。
レイスに唯一対抗できるエレメンタルを手にしても、ゴブリン程度の小物を相手にしても自分は誰1人守れないと思い知らされた。
(シュウジさんが正しかった。もっと訓練しないと……)
悔しいけどこれが現実。
人がゲームのモンスターに殺されるのも、ゲームでしか人を守れないこともまた。
ミコトは尚も動けずにいる。ソルディアナが撃破されればゴブリンの次の獲物は間違いなく自分達だというのに。
だけど彼女は信じている。大丈夫だと。
彼女のような半人前ではない、本物のエレメンタル使い、《ゲーマー》が来てくれれば。
ゴブリンの攻撃でソルディアナのLPは残り1となった。APもあと0.30しかない。
ソルディアナLPが0になり消失した時こそ彼女達の最期だ。
誰か。
彼女は願う。
誰か。
彼女は求める。
誰か――
わたしたちを、助けて!
ミコトは『彼』の名を叫ぶ。
「助けて、シュウジさん!!」
とどめの《ウォーアックス》がソルディアナに振るわれたその時。それは突然現れた。
ソルディアナとゴブリンの間に立ち、《ウォーアックス》の1撃を鋼鉄の腕で受け止めた新たなエレメンタル。
黒騎士。
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