オペレーション
俺の立てた作戦はこうだ。
まず、桃園の魔術を使い、土で人形を作る。出来上がったそれに衣服を着せ、窓の外に立たせてから窓を火で焼き切る。そこで俺が大声を出して外で待機している警察を呼び込み、シルエットだけを確認させて人形を始末する。
ここまでやって見せれば、警察はなにがあったと俺を問い詰めるだろう。そこへあらかじめ用意した手癖を消した手紙を渡し、警察の行動をコントロールする。
肝心の手紙の内容は『この男は一連の事件の犯人ではない、命を狙われるかもしれないので護衛も兼ねて私と諸君らを繋ぐ人材として使う』だ。これで俺は被害者かつ重要人物として警察に関与できる理由になる。情報源となりえる俺に彼らも無体なことはできなくなるはずだ。
桃園から「そんなに上手くいくかしら」などと小言をもらいながらも、俺が作戦についての説明を終える。すると、彼女が真剣なまなざしで俺に訊いた。
「その一連の行動になんのメリットがあるの?」
「理由は大きく分けて三つ。一つ目はアルカナ能力が無法なものだと警察に認知させられること。二つ目は実際に襲撃されることで俺が容疑者から外れる可能性が高いこと。三つ目は……」
指先を振り、わざと間を開けて焦らす。そして、早く言えと言わんばかりに桃園に小突かれた。
「三つ目は?」
「あたた……輩を襲撃し続けている桃園が、警察にとっては助力してくれる人間であると把握されることだよ。お前、警察関係者の中で突火だかなんだかで昆虫野郎と横並びの扱いなんだぞ」
「はぁ!? なんでそんなことになってるのよ」
それは俺が訊きたいよ。深夜の繁華街でどんな悪行を積んできたんだお前は。
なんでよと顔を覆って悲壮感を出す彼女に生暖かい視線を送り、俺は嘆息しつつも彼女へ忠告する。
「桃園の警察好感度は割りと最悪だ。お前の目的が街の秩序維持な以上、警察と敵対するつもりはない意思は見せといたほうがいいだろうよ」
「私は悪いことしてないわ」
「お嬢様はご存じないかもしれませんが、人間を焼くのは一般的に最悪の行為です」
桃園さんへ丁寧に説明をして差し上げると、彼女は無言で指先に火球を作り出した。そういうところが目撃者に透けているんだと俺は思いますよ。
目を細めて言外にそういうとこだぞを伝えると、桃園は舌打ちをして指先の炎を消した。
「……丸め込まれてあげる。決行日時はどうするの?」
「明日の夜にしよう。朝が来たら俺が不審な影を見たって見張りの警官たちに吹き込んどく。ついでに訊くけど、紙持ってないか? 俺が手紙を作っとくよ」
「あるわよ。定規とかはないけれど」
「いや、大丈夫だ。テレビカードで代用する」
桃園から受け取ったB6のノートへ月明りを頼りに文字を書き記していく。
名刺サイズのテレビカードを上手く使い、癖を完全に殺して伝えたい言葉を紙に刻んでいく。その様子を桃園は面白そうに眺めてくる。
「器用なものね」
「ま、慣れたもんさ」
「定規文字の慣れってなによ……」
◇
そして、次の日の夜。
俺の病室の外には月を背負った一八〇センチほどの人影が存在していた。桃園の魔術で造られた土人形が風の魔術で浮遊しているのである。
ここまま長時間待機させると他の場所から発見されそうなので、俺は土人形に向かって手を振り、作戦開始の合図を送った。
すると、右手部分の土塊がもぞもぞと動いてサムズアップをした。俺たちのやり取りの仕方は単純で、桃園からは土を使ったハンドサインを目視で、俺からは土人形の頭部に埋め込んだバッテリー式の小型カメラを桃園のスマートフォンにリンクして確認している。現代のアイテムと魔術が融合したハイブリット戦術だ。
科学の発展の素晴らしさはさておき、作戦開始となったことで桃園が準備を始めたはずだ。俺は危なくないように窓際から離れて待機しておく。
それから、時間にして二分ほど経った。不意に真っ赤に染まった火球がゆっくりとこちらに向かって突き進む様が俺の目にも確認できた。桃園曰く、速度を出すと制御が難しいとのことで、まるで牛歩の歩みのような速さでのご登場だった。
そして、土人形をゆるりと避けて病室の大きな窓ガラスへ着弾。一瞬で赤熱し、ガラスがドロリと溶けて窓枠に垂れる。俺が提案したとはいえ、気軽にこんな危ないことをする桃園にも引くし、これを耐えた昆虫野郎の耐久力にも引いた。アルカナ能力ってヤバい奴ばっかか。
いけない。現実離れした光景にボケッとするところだった。俺は窓ガラスが破壊されたことを確認してわざとらしく大声を上げる。
「うわぁああああああ!」
「どうした! 大丈夫か!」
バタバタと廊下が騒がしくなり、病室の引き戸が一気に開放される。そこには拳銃を構えたスーツ姿の警察官が緊張した面持ちで立っていた。そして、窓の外にいる土人形を視認すると、あんぐりと口を開けて驚愕の表情を作った。
「な、なんだアイツは……」
「と、止まれ不審者! 動けば撃つ!」
さすがと言ったところか、愕然としていたのは数秒だけであり、改めて拳銃を構えなおした彼らは窓の外の不信者に対して発砲を示唆した。
まぁ、その人形にマイクないんですけど。
舞台裏を知っている俺はほくそ笑みながら、警察官の背後へ回って彼らを盾にするように立ち回る。危険はないが、堂々としていると違和感が出てしまうので演技はしないといけない。
「そ、そいつがいきなり炎を放って窓ガラスを溶かしたんです」
「なに!? お前が街で暴れまわっている殺人犯か!」
警察官の問いに、土人形はフワフワと浮遊するだけで答えない。正確にはスピーカーがないので答えられないだけなのだが。
「……動くなよ」
無反応で埒が明かないと考えた警察官が一歩、また一歩、じりじりと土人形との距離を詰めていく。そして、病室の半ばまで移動したとき、一瞬にして土人形が霧散して消滅した。
「き、消えた!?」
「落ちたのか!?」
窓枠へ駆け寄る二人の警察官。しかし、真っ赤でなくなったとはいえ、熱を帯びたままの窓に触れることは叶わず、窓の外へ乗り出すのは不可能だった。
「クソッ、バケツ持ってこい!」
「わかった。応援を呼んでくれ!」
「もう呼んでる!」
片方の警察官が懐からスマートフォンを取り出し、どこかへと電話をかけた。おそらくは上司だろうか、敬語で今起こった状況を簡潔にまとめて伝えている。
現場がドタバタと慌てているので俺が手持ち無沙汰になってしまった。邪魔をするのも憚られるし、病室の外で待機しておくか。そう思い立ち、俺は病室の外に出る。
すると、そこでは急に騒がしくなった俺の病室でなにかあったのかと野次馬根性丸出しでこちらを見ている入院患者たちがいた。
なんだなんだとこちらを眺める彼らの相手は面倒だなぁ。なんて思っていると、ドタドタと騒がしい足音が野次馬の後ろから聞こえてきた。
「はい、どいてどいて! 規制線張るからこっち来ちゃダメだよ!」
その正体は竹芝さんと、彼が引き連れてきた制服警官であった。その数にして八人。事件発生からそれほど経っていないのにこの人数が集まっているということは、病院のどこかで待機していたのだろう。
「竹芝さん!」
「宗一君、無事か!?」
俺は竹芝さんに手を振って居場所を伝えた。そんな俺の姿を確認した竹芝さんは安心したように胸を撫でおろしながら駆け寄ってくる。ついでに警官へテキパキと指示を飛ばしつつだ。
「俺は無事ですよ。窓ガラスは死にましたけど」
「人を守って死ぬなら本望だろ。よかった、君に怪我がなくて」
竹芝さんはウィットに富んだ俺のジョークを受け流す。そのうえで心の底から心配してくれていた。そんな彼に嘘を吐くのは少し罪悪感が芽生える。しかし、これからのためにも、作戦を続けなければならないのは辛いところだ。
「竹芝さん、これを」
「……なんだい、この紙は?」
「不審者が俺に投げ渡してきたんです。中身はまだ見ていません」
「そうか、ちょっと拝見」
俺が渡した二つ折りの紙を、竹芝さんは警戒しながらゆっくりと開く。そして、そこに並べられた文字を見て、少しだけ目を見開いた。
「中身はまだ見ていないんだね?」
「はい、まだです。なんて書いてあるんですか?」
白々しく尋ねてみるが、竹芝さんは内容を口にしていいのかと言葉に詰まった様子で指で頬を掻く。善良な大人である彼は手紙の内容を俺に教えると凶悪事件に巻き込んでしまうと考えて口を噤んでいるのだろう。もう巻き込まれているので俺としてはさっさと教えてくれると助かるのだが……
「内容はちょっと、な。でも重要な情報だ。ありがとう」
朗らかな笑顔を浮かべた竹芝さんが感謝を伝えてくる。そして、俺は使えなくなってしまった病室の代わりに別の部屋をあてがわれ、そこで竹芝さんとは別の警察官……おそらく、雰囲気からして公安であろう人たちから事情聴取を受けることになった。
彼らは犯人の人相や事件が起きた時の状況を何度も何度も確認してきた。正直、もういい加減にしてくれよと思っているところに、俺の担当医がやってきてドクターストップをかけてくれた。
また明日来ると捨て台詞を吐いた彼らを担当医は厳しい目つきで送り出し、俺に対して「色々あっただろうから今日はゆっくりと眠りなさい」と言って退室した。本当にいいお医者さんである。
担当医が出ていき、俺はこっそりと廊下を確認する。警察官たちは忙しいのか、俺に対する見張りはまだついていないようだった。抜け出すのは容易だが……。
「桃園と連絡を取るのは後日でいいか」
動くのはリスクが大きいと判断した。急いては事を仕損じると昔の人も言っているし、今日はもう休んでしまおう。




