密談
「おはようございます。朝ごはんですよ」
「ありがとうございます。今日もお綺麗ですね」
「あら、ありがと」
翌日。朝食を持ってきてくれた若い看護師さんに色目を使いつつ、俺の入院手続きなどを誰がやってくれたのかを聞き出す。
彼女によると、どうやら俺が未成年ということもあり、竹芝さんが入院周りの手続きをわざわざ実家に連絡して対応してくれたことを教えてもらった。癖の強い我が家に連絡をしてもらうなんてとんでもない手間をかけさせてしまって、竹芝さんにとても申し訳ない気持ちになった。
今度会ったらお礼を言わないとなぁ、なんて考えていたら彼が午後一で病室を訪ねてきた。何故だか手に裸のままの資料らしきものを抱えているが、ひとまず諸々のお礼を言った。すると、彼は仕事だから気にするなと笑った。気持ちのいい男だ。実家の爺さんが気に入りそうな性格をしている。
そのまま俺の実家について謝罪したり、それを聞いた竹芝さんが気まずそうな顔をしたりと雑談を繰り広げていると、頃合いと見たのか彼が手元の資料を数度振って俺に注目させた。
「ところで、宗一君に見てもらいたい写真があるんだ」
「その抱えた紙束の中身ですか」
「ああ、そうだ。君にしかわからないと思って無理言って持ってきた」
どこから、とは訊かないことにした。十中八九、事件の対策本部から持ち出したに違いない。
こんなことして大丈夫なのかこの人と目を細めてジッと見つめるが、彼は俺の視線には気づかないまま、キャスター付きのサイドテーブルを動かして写真付きの資料を並べていく。
その資料の中に見覚えがあるものがあった。思わず、声が漏れる。
「なにか気づいたことがあるかい?」
「これ、あの昆虫野郎が装着してた鎧にそっくりです」
資料にはむき出しの地面に投げ捨てられたようなアングルで、例の昆虫野郎が身に纏っていたような装甲が撮影されていた。色合いこそ微妙に違えど、あのときあの野郎が身に着けていた装甲の腕の部品によく似ている。
どこでこれを、と竹芝さんに尋ねようとしたところで、彼が俺の言葉を遮って声をあげた。
「やっぱりか! 昨日の夕方、芽木戸市南の森林でずっと金属音が鳴り続けているって通報があってな。物騒だから警官隊を編成して現場に向かったんだが、そこには殴られて完全に変形した死体と、血まみれになったその鎧みたいなのがそこら中に転がってたんだ」
「なるほど」
おそらく時間的に死体が刑死者。昆虫野郎とやり合った挙句に殺されたが、一応は外殻を剥ぎ取るような攻撃はしたってところか。刑死者は一体どんな能力だったんだろうか。疑問が残る。
「宗一君が確認してくれて助かったよ。DNA鑑定に回してから前科があるかどうかを調べてみる」
「お役に立てたならなによりです」
竹芝さんは忙しいのか「それじゃあ、お大事に」と言い、資料をまとめてから帰ってしまった。ものの数分しかいなかったな、あの人。去り際の足取りが心なしか軽そうだったのは、事件の手掛かりが発見できた喜びがあるからだろうか。竹芝さんには頑張ってあの昆虫野郎を見つけて欲しい。そして、情報を横流しして桃園に仇を討ってもらおう。
◇
爆発事件から早三日経った。
俺は何故か入院が長引き、担任が夏休みの宿題を抱えてお見舞いに来てくれた以外は静かな病人生活を送っていた。
……嘘である。何故だか知らないが、一旦外された病室外の見張りは復活してるし、竹芝さんではない捜査一課の刑事が一日一回代わる代わる事情聴取に来ている。おかげで桃園へ接触して竹芝さんの情報を伝えるタイミングがなくて困っていた。
この状況はどうやら刑死者が脱落したことで、例の昆虫野郎も異常事件を起こしていた野郎も一時的に行動を控えるようになったせいらしい。俺を病室に閉じ込めていたら不審な事件が激減しましたと報告が上がったら、そりゃ俺だって自分が怪しいことぐらいわかる。実際、看護師さんたちの目もかなり疑っているものになっているしな。
唯一の救いは竹芝さんが俺の扱いに憤慨してくれていることだ。上司にも色々と抗議してくれているらしい。もっとも、効果はあまりないようだが。
「どうにかして昆虫野郎の情報を桃園に伝えてやりたいが……」
ぽつりとつぶやいていると、こつんと窓に何かが当たる音がした。
夏真っ盛りなこともあり、病室は一人部屋にもかかわらずガンガンと冷房が効いている。つまり、当然ながら窓は締め切っていた。
虫でも突撃してきたのかと思い、なんとなく窓際に立つともう一度なにも当たっていないのに窓ガラスから音が鳴った。どういうことだと窓を開けて見下ろせば、俺の病室から見下ろせる中庭に私服姿の桃園が腰に手を当てて立っていた。
俺が病室のある三階から手を振ると、彼女も気づいたのか軽く手を振り返してきた。そして、手元の白い何かを丸めて掌に置くと、突風が吹いて人が操っているとしか考えられない急上昇と直角カーブを描いてその白い何かが病室に飛び込んできた。
「おわわ」
反射的に右手でそれを掴み取る。すると、俺の声に反応して外から警察の見張りが声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「いえ、空気の入れ替えをしようと窓を開けたら突風が吹いて驚いただけです」
「そうですか。窓の外へ落ちないように気を付けてくださいよ」
そう言って再び見張りは沈黙した。正確にはボソボソとつぶやいているようだが、壁を挟んだ俺に意味の分かる言葉で聴き取れはしなかった。
危なかったな、なんて心の中で桃園へ文句を言いつつ、俺は手の内の白いものへ目をやる。それは予想はしていたがノートか何かの切れ端のようだった。
『今夜、二三時に病室へ。窓を開けて待て』
接触が取れずに焦れた彼女が夜這いをしに来るらしい。俺が了解の合図を送ろうと中庭を見下ろすが、既に彼女は姿を消してしまっていた。どうやら、人目に付くのはあまり好ましくないと考えているようだ。
ま、今日の夜に備えて話す内容を考えて時間でも潰すとしよう。
◇
約束の時間になった。俺は病室の窓を開け放って桃園が来るのを待っていた。
そして、壁掛け時計がきっかり二三時を指した瞬間、月を背に中庭から影が飛び上がってきた。お察しの通り、桃園綾香その人である。
「こんばんは」
当然のように声を出す彼女に俺は怪訝な表情を浮かべた。
「声を出したら廊下の見張りに聞かれるぞ?」
「私たちの周りに真空の膜を作ってるから平気よ。声は外に漏れないわ」
さらっととんでもない発言をする彼女に愕然とする。まったく、器用なもんだ。
「どういう原理でそんな真似ができるんだよ」
「魔術師は四大元素が操れるの。火、風、水、土の四つね。いつも使うのは手っ取り早い火だけど、風を応用すれば隠密行動も難しくないの」
「忍者の遁走術みたいなもんか」
彼女は「似たようなものね」と明らかに返答に困った笑みを作った。例えが酷すぎて気を使われてしまったようだ。反省。
「それで、なにか収穫はあった? 刑事がこれだけ張り付いていれば噂話の一つでも聞いてそうだけど」
「おう。耳寄りな情報があるんだ」
「あら、期待してもいいのかしら?」
月明りに照らされ、健全な青少年であればドキッとしてしまうほどの美しさを備えた桃園のすました顔が俺の口元に近づく。狙ってやっていないとすれば、こいつはとんでもない悪女へなるに違いない。
俺は近寄ってくる彼女の顔をグイっと手で押して離し、竹芝さんから得た情報を差異が出ないよう、すべてそのまま事細かに桃園へ伝える。彼女はふんふんと相槌を打ちながらも真剣な表情でそれらを集中して聞いてくれた。
「つまり、昆虫男の装甲が現場には散らばっていて、なおかつ脱落者が出てから犯行は起きていないってことね……出雲君の意見は?」
「装甲が剥げたから能力による修復に手間取ってる。もしくは、タイマンで殺しあった結果、思ったより抵抗されたのでビビって腰が引けた」
桃園は「確かに、昆虫男は弱い者いじめを好む性格だものね」と唇の端を上げて嘲笑った。やられた側の俺としても奴に対して意趣返しができたようで若干気分がいい。
「正直、両方ともありそうね。私も概ね同じ予想よ。追加するなら、実は刑死者が昆虫男だったって可能性もあるけど」
「チラッと資料を盗み見た感じじゃ、死んだ被害者は女だったみたいだし、それはないだろうな」
「ニュースでも女って出てたから同意するわ。昆虫男は刑死者ではない」
俺たちは見合ってこくりと頷いた。
そして、会話はそこで途切れてしまう。結局、俺たちが調べられる情報などたかが知れているのだ。桃園も情報収集はしているだろうが、どうしても警察には叶わない。どうしたもんか……
「あっ」
「どうしたの?」
「ちょっといい考えが思い浮かんだわ。聞きたい?」
「もちろん」
ならば耳を拝借してっと。再び接近してきた桃園へ耳打ちをする。話を聞かれるわけがないので耳打ちの必要などないのに思わずしてしまったのは、俺が今の状況を少なからず楽しんでいるからであろうか。




