共同戦線
胸倉をつかまれて恐喝された俺は、否応なしに桃園へ協力する流れとなった。
まぁ、それ自体は別に構わない。既に俺自身が巻き込まれていることでもあるし、なによりヤベェ能力を持った殺人愉快犯共が町をうろついてるとなると安心して夜も眠れないからだ。
しかし、事態を解決するための能力は俺に備わっていない。アルカナフォンが壊れないってだけのデメリット参加者だ、こっちはな。
「この際だ、協力するのは構わないが……知っての通り、俺は能力なんざ持ってない一般人と変わらないんだぜ?」
「そんなこと織り込み済みよ。フィジカルで役に立たないなら頭脳労働で手を貸しなさい」
僻むように桃園へ言うと、彼女は薄い胸の前で腕を組んで鼻をフンと鳴らした。
「頭なのに手を貸すとはこれ如何に」
「殺すわよ?」
ジュボッとマッチを擦るような音を立て、桃園の右手の人差し指から小さな火球が生み出された。その気なら一瞬で俺を焼き殺せるであろう彼女に、俺は万歳をして完全降伏する。
「わかった、わかったからその炎を消せ」
「命が惜しかったら減らず口を叩かないことね」
「そんなことよりさっさと消さないと火災報知機が鳴るわ」
俺の指摘に桃園は「あっ」と呟き、一瞬にして炎を消した。火災報知器がどこにでもあることを忘れてたな、このうっかりさんめ。
「こほん。話を戻すわよ」
「そうだな」
頬を赤く染めた桃園が小さな空咳をして仕切り直そうとするのを生暖かい目で見る。瞬時に俺の腹を目掛けて拳が飛んできた。そのパンチが傷口にクリーンヒットし、激痛が走る。
「いってぇ! 怪我人だぞコッチは!」
「だったら舐めた態度は取らないことね」
この暴君めが……! ぐぅと傷口を押さえて唸りながら桃園を睨む。彼女はそんな俺の恨みを込めた視線など全く気にせず、学校指定のスクールバッグからB6のメモ帳を取り出して文字を書き込み始める。
「じゃあ、出雲君が感じたことならなんでもいいから、事件が起こったときの情報を教えてちょうだい」
「謝罪も無しかよ……ああ、精々よーく書き取るんだな」
俺は先程竹芝さんへ話した一連の流れを桃園にも話す。明らかに恣意的なドライバーの死体、警察官たちが集まった後に偶然とは思えないほど強烈な爆発、粘性のあるヘドロがへばりつき生きながら焼かれていた民衆……俺の証言にときおり桃園は眉を吊り上げつつも、真剣な表情でメモを取っていく。
彼女が細かな情報まで俺から聞き取りを終えたときには、既に窓の外では太陽が傾きかけていた。
◇
壁にかかった時計の時刻は一七時を回り、俺と桃園は一行に答えの出ない問いに頭を抱えていた。
事件の一連の流れを桃園に伝えた俺は、彼女と頭を突き合わせて『目抜き通り警官爆破事件』の犯人の能力をこじつけることにした。ここまではよかった。
しかし、考察に入ると俺の提言を桃園が否定していく地獄が始まったのである。
まず、手始めに俺はものすごい速度で車に火を放って引火させて爆発させる能力じゃないかと桃園に言った。だが、その程度ではあそこまでの爆発が起こせないと判断して却下された。これに関しては、そもそもが爆発系ではないだろうと前置きされていたので俺も納得していた。
そして、次はその応用、自身の速度をあげて爆薬を設置してから起爆した可能性を考えた。しかし、桃園はこちらもそんなことをすれば気づくものがいるだろうという理由で却下。前提としてあの規模の爆発は日本で用意できる爆薬では難しいらしい。四車線の中心で爆発してから歩道を歩いていた俺を軽く持ち上げる威力の爆弾だもんな。工業系の知識があっても材料が手に入らないと補足もされた。
気を取り直して、三つ目。なにかしらの素材を別の物に変換する能力。ざっくりとしているが、これは他の事件にも転用できそうで『有り』かと思う。しかし、その手の能力は大抵能力者との接触がキーとなっていると桃園に訂正されて却下された。実際、他の能力者と戦ったときに彼女は行動から条件を見抜いたらしいので確実性は高いそうだ。
その後も他にも候補をあげては却下される。まるでゴールのないマラソンのような作業だ。仮に真相だと思える回答に行きついても間違っている可能性も十二分にある。
気づけば日はとっぷりと暮れ、窓から見える反対の病棟にある病室では電灯が点けられていた。
俺は桃園に頼んで部屋の照明をつけてもらい、グッと凝ってしまった背を伸ばす。
「はー……休憩しようぜ」
「そうね。煮詰まってきたし、一息入れましょうか」
くたびれてきた俺の願いを桃園は聞きいれてくれた。
身体をほぐしがてら彼女の奢りで飲み物を買ってきてくれるらしいので、俺は竹芝さんの持ってきたものとは違うブラックコーヒーをお願いする。苦笑した彼女が「わかったわ」と言って病室から出ていくと、それまで騒がしかった一気に部屋の中が静かになる。
なんだか、急に一人きりになるとソワソワするな、などと考えていたら急に懐から電子音が鳴った。突然の通知に情けない声をあげ、慌てて音を出したアルカナフォンを取り出すと、画面にメッセージが表示されていた。
『ナンバー一二、刑死者が脱落。残り参加者は一九名』
それは、アルカナゲームの脱落者を知らせる通知だった。
◇
俺の病室にバタバタと足音を立て、慌てた様子の桃園が入室してくる。
十中八九、彼女も飲み物を買っているときに通知が来て驚いたであろうことは明白だった。
「出雲君!」
桃園の少し緊張した表情を見て、何も言わずとも言いたいことがわかった。
「見たよ。脱落者が出たみたいだな」
「ええ、初めての脱落者よ」
興奮している彼女の言葉に俺は小首をかしげる。
アルカナというからにはタロットを模しているのであろうアルカナフォンで一九名に減ったのに初めてとはこれ如何に。タロットカードは零から二一まであるはずだが。
「初めて? 参加者は二二人じゃないのか」
俺の疑問に桃園はなんとも言えない表情になった。
「そうだったわ。出雲君はなにも知らないのよね」
「おう、丹精込めて教えてくれ」
こっちはアルカナゲームに関しての知識量は赤ちゃんと変わらないんだ。
「アルカナゲームの大元となっている大アルカナが二二種類あるのは知っているみたいだから推測したのでしょうけど、アルカナゲームの参加者自体は二〇名なのよ」
「確か俺のは零だよな?」
桃園がコクリと頷き、手に持ったコーヒーを渡してくる。俺はそれを礼を言って受け取り、片手でプルタブを開ける。空気の抜ける音がしてよく嗅ぐコーヒーの匂いが病室を満たしていく。俺がクイッと缶を傾けたのを見て、彼女も桃味のフレーバー水を開栓して語りだす。
「ええ、そこから一九番の太陽までが参加者に配布されるアルカナフォン、残りの二〇の審判と二一の世界は運営用のアルカナフォンらしいわ」
彼女の口から聞かされた運営用という聞き捨てならない言葉に眉が寄る。
「運営がアルカナフォンを持ってどうするんだよ」
「この二つは事前に能力を教えてもらっているのだけれど……審判は参加者だけではゲームの進行にエラーが出そうなときに疑似的な参加者として乱入できる能力だそうよ。過去にそういう事態になったことがあるって聞いたわ」
「エラーってなんだよ」
「今回だと芽木戸市が壊滅に陥る状況になればほぼ一〇〇パーセント発動するとは言ってたわね」
「うわ、災害規模の問題が発生した場合ってことか」
裏を返せばそれを引き起こせるようなアルカナ能力もあるってことになる。とんでもないものに巻き込まれたもんだと再確認させられるな。
「もう片方の世界はどんな能力なんだ?」
「こっちは簡単よ。ゲーム勝者に手渡される景品ってわけ。能力を使うと一人を対象にして願い事を必ず叶えるそうよ」
桃園曰く、どうやらアルカナフォン自体が景品になっているらしい。それよりも、彼女の言葉から感じられた妙なニュアンスのほうが気になった。
「一人だけ?」
「例えば、私と出雲君を大金持ちにしてってのはダメってことね。その願いだと、私が大金持ちになってそのお金を出雲君に分け与えるのはオーケーだけど」
「なるほど」
数式みたいに【○○の●●を叶える】って条件があるのか。ゲームの勝者が複数人たりえないのはこれが原因と見た。
なるほどと呟いて納得し、俺は奢りのコーヒーをありがたくいただく。桃園も話をしたことで興奮も落ち着いてきたのか、立ち上がったままではあるが手に持った桃のフレーバーが添加された水をゆっくりと飲み下す。
「それにしても、刑死者が脱落するとはね」
「知ってるのか?」
桃園は現在の状況を整理できたのか、なんともなさげに話を始めた。含みをもった彼女の言葉に俺が訊き返すと、桃園は頭を振った。
「直接は知らないわ。でも、私たちローナンバーは能力に汎用性があるから早期リタイアはあまりないってアルカナフォンをもらったときに聞いていたから……」
「ローナンバーってなんだ?」
またしても知らない単語が出てきたので桃園に問う。俺のなんだなんだに彼女は面倒くさそうに頬を掻きながらも答えてくれる。
「ああ……アルカナナンバーが一から一二までをローナンバー、それ以上をハイナンバーって呼ぶのよ。ローナンバーは能力に汎用性があり、ハイナンバーはギミック性が高い能力だけど強いって話」
「俺はローナンバーじゃないのか?」
「零は能力ないじゃないの」
そうでした。
「ちなみに、私はあの昆虫男はローナンバーとして見てるわ。過去数度エンカウントしたけれど、見るたびに身に纏っている外殻の形が違うもの」
「だから俺を助けてくれた時に能力を見切ってたのか」
的確に炎で燃やしてたもんな。害虫野郎も「またあの魔術師か」って叫んでたし。なんだかんだと、目の前の少女も俺と同じとまではいかないが生死をかけた死線をくぐってきたのだろう。
「それにしても、本当になにも知らないのね」
「だから、俺はまだワンチャン参加者じゃないのではないかと思っている」
「自分のアルカナ能力を読み取れた時点でこっち側よ、諦めなさい」
当てつけのように大きく嘆息をした桃園は、窓の外を一瞥してから病室の壁掛け時計へ目をやった。
「いい時間になってきたからそろそろ帰るわ。面会の時間ももうすぐ終わりだし」
彼女の言う通り、もうそろそろ面会の時間が終わり夕食の時間のはずだ。この病棟は一九時だと事前に聞いているので夕食まであと一〇分もない。
「もうそんな時間か、お疲れさん」
「時間があればまた来るけど……油断しないようにね」
「そいつはお互い様だろ。能力を持っている分、俺よりも不意打ちを狙われやすいだろうから気をつけろよ?」
俺の言葉に面食らったのか、桃園は一瞬だけキョトンとした。しかし、すぐに彼女の表情は厳しいものになって「アナタに心配されるようじゃおしまいね」と毒づいてから病室から去っていく。
きっと彼女なりの照れ隠しだろう。俺はそう思うことにした。




