そして、また巻き込まれる
刑事さんから【竹芝圭太】と名前の書かれた名刺をいただき、喫茶店の前で解散となった。もちろん、コーヒーは奢ってもらった。
明日は学校に行くようにねと刑事さんから去り際にお小言をもらいつつ、俺は喫茶店のある芽木戸新市街の端から中心部の繁華街へ向かうために移動する。時刻は一三時、夏休み前の短縮授業で学校は終わっているはずだし、芽木戸高校の奴らと鉢合わせするかもしれないな、などと考えつつ家電量販店へ入店する。
心の底に感じていた、またなにか起こるのではないかという潜在的恐怖に反し、俺は特に問題もなくスマートフォンを買い替え終えることができた。
そうだ、立て続けに問題が起こっていたのが異常だったんだ。ビビりすぎていた自分を笑い、新品のスマートフォンを片手にルンルン気分で家を目指して歩く。繁華街のメインストリートは今日も賑わっているなぁ。
……いや、賑わいすぎだ。店を出てからすぐの目抜き通りで人が道路の真ん中に集っている。歩行者天国じゃあるまいし、意味もなくそんな状況になるわけがない。本来なら車の往来を妨害するだけの非常に迷惑な行為だ。
俺は野次馬根性が抑えきれず、何が起こっているのかを確認するために問題の地点へ向かう。そこには――
「またかよ……」
ハッピーな気分を跡形もなく吹き飛ばす、非常にゲンナリさせてくる光景が道路には広がっていた。大事故が道路の真ん中で巻き起こっていたからだ。
現場では道の真ん中で軽自動車同士が正面からぶつかり合い、互いの運転手が全身を使って立体的なハートマークになるような姿で硬直している。遠目だが、おそらく運転手の二人とも既に絶命していると思われる。双方、二度とピクリとも動きそうにない。
しかたなく、俺は野次馬の一人に声をかける。なんたら効果だったかは忘れたが、ひそひそと周りの連中とくだらないつぶやきをしている野次馬がとても通報しているようには見えなかったからだ。
案の定、周りで凄惨な光景を眺めていた野次馬たちは誰一人として通報をしていなかったので、俺が代表して買ったばかりのスマートフォンで一一〇番をした。電話は通信指令センターに繋がり、係員が事故ですか事件ですかと尋ねてきた。俺は交通事故ですと伝える。
『それでは状況を詳しく教えていただけますか?』
「芽木戸市の新市街、国道一六〇号の通りで軽自動車二台が正面から接触しています。フロントから両者の運転手が飛び出しており、確認はしていませんがおそらくは……」
『ありがとうございます。付近に危険がなければ救助が必要かどうかを確認していただけますか?』
「やってみます」
俺は野次馬たちになるべく近寄らないようにすることと、通りにやってくる車の通行を止めてもらうようにお願いしてから事故車へ近づく。現代アートのような死に様をしている二名の運転手の息を見るが、やはり既に両者とも亡くなっていた。
俺は繋がったままの通話口で、ため息を吐きながら相手に運転手が亡くなっていることを伝える。
「二名とも息がありません」
『そうですか、確認ありがとうございます。直ちに付近の警察官を向かわせますのでしばらくお待ちいただけますか?』
「大丈夫です。周りの人たちも協力して通行止めをしてくれていますが、なるべく早くお願いします」
『承知しました、ご協力感謝します。警察官の到着まで今しばらくお待ちください』
そう言って通話が切れる。俺は野次馬たちに危ないので車へ近づかないように大声で伝え、歩道へと移動して警察を待つことにした。
騒めく野次馬たちが遅くねなどと警察へのシュプレヒコールを連ねていると、軽快なサイレン音を鳴らして白黒パンダの車両が通りに侵入してきた。えらく到着が早かった。俺が通報してから三分ほどしか経ってないのだが。
どこかおかしい警察の現場到着速度に対して疑問を抱きながらも、俺は通報した代表者としてパトカーから降りた警察官に話しかける。
「俺が通報しました。事故現場はあっちです」
「ありがとうございます。先に現場見ますね」
俺が指さした方向へ、二人の警察官が「すみませーん、通してください」と声をかけて群衆をかき分けつつ歩いていく。
とりあえずはこれで義務を果たした。この場での事情聴取もあるだろうし、自販機でコーヒーでも買うか……そう考えて俺は一歩だけ道路脇にある弁当屋横の自販機へ踏み出す。
直後、背後で強烈な爆発音がした。同時に俺は前方へと盛大に吹き飛ぶ。受け身も碌に取れず、ゴロゴロと転がり、衝撃で割れた弁当屋のガラスカーペットへ身体が接触する。ぬるりと、ガラス片で作られた擦過傷の痛みが身体中を巡り、脳を突き抜ける。俺ってば短期間で酷い目に遭いすぎだろ、クソッ。
「だ、大丈夫かい!?」
「最高に痛いっすね」
「なんで平然としてんの!?」
慌ててカウンターから飛び出してきた弁当屋の店長らしき人に手を貸してもらって立ち上がりつつ、俺は軽口を叩く。そうでもしないと痛みがやばい。感覚的に鎖骨辺りへ罅も入ってそうだ。
本当に酷い日だぜ、まったく。などと忌々しく呟く。しかし、そんなボヤキは店内から見た道路の状況が握りつぶした。
「……どうなってんだよ」
「とんでもないことだ。テロかも知れないから君も厨房へ来なさい」
決死の表情をした弁当屋の店主が俺を店の奥に連れ込む。だが、そんなことが気にならないほど、俺には目の前にあった光景が網膜に焼きついてしまった。
大炎上して黒こげの車、身体が燃えている野次馬、警察の制服らしき布切れがぐちゃぐちゃの肉塊にへばりついた姿。先程まで事故は怖いななんて他人事を言っていた奴らが物言わぬ形となって死んでいる。
これが地獄か。俺はこの光景からしばらく目を離せなかった。
◇
二時間後、俺は新市街に新しく建て替えられたばかりの芽木戸市立病院に居た。
直前に通報していたこと、たまたま爆心地から逃れて直接的な被害が少なかったことから、警察関係者の中で俺はかなり怪し目な存在らしく、まるで容疑者のような扱いで応援に来た後続のパトカーで病院まで運ばれた。パトカーなのは救急車はとてもじゃないが自分で動ける俺に使えるほど暇ではなさそうだったからである。あまりの光景に救急隊員の人が嘔吐していたほどの惨状だったしな。
俺も結構大怪我してると思うのだが……今のところ、朝のように勝手に身体が回復してくれたりはしない。あの現象について桃園に詳しく聞いておけばよかったと今更後悔しているところだった。
そんな風に包帯で巻かれた己の身体を観察していると、病室の引き戸がノックされた。十中八九、警察関係者だろう。どうぞと声をかければ、ドアを開けて見知った顔が現れる。
「やぁ、さっきぶり」
「刑事さん……いや、竹芝さんって呼んだほうがいいですか?」
俺は疲れ切った顔のまま、先程別れたばかりの竹芝さんと再会した。
竹柴さんは同情的な表情で脇で俺を見張るように待機していた警察官二人に少し外してくれと言う。俺がいるのは病院の個人病室。傷の手当てを受けた後に、強制的に入院措置が取られた。警察の絶対に逃がさないという意思を感じる対応だ。
制服の警察官二人が竹芝さんに対して頷き、音もなく部屋の外に出る。彼らがいなくなったことを確認した竹芝さんは大きくため息を吐いて俺に労いの言葉をくれた。
「どっちでもいいさ……大変だったね」
竹芝さんは俺の言葉に肩をすくめ、よっこいしょと呟きながらベッド横の安そうなスツールへ座る。彼は「これ、お見舞いね」と冷たい缶コーヒーをサイドデスクに置いた。
「まったくです。買ったばかりのスマホがもうボロボロですよ」
購入から一時間も経たずに真っ二つとなったスマートフォンを竹柴さんに見せつける。購入時に保険をかけておいてよかった。
「君もついてないねぇ」
「同意しますよ。厄年って奴ですかね」
「あー、どうだったかなぁ……生憎、参りに行く暇もない職業でね」
ケラケラと笑って自分の分の微糖コーヒーを開栓し、竹芝さんはクイッと一口だけ飲む。そして、その缶を握ったまま、真剣な眼差しで俺を見据える。
「雑談はここまでにして本題に入らせてもらうよ。一連の流れを教えてもらってもいいかい」
彼の問いに「もちろんです」と俺は答え、順を追って竹芝さんになにが起こったかを説明していく。
「最初は通りに人が集まって騒いでたのでなんだろうと思ったんです」
「集まったってのは、歩道に?」
「いえ、後からわかったんですが、事故を起こしていた車両に対して大きな円を描く感じでした。運動会の玉入れのスタートみたいに」
俺の表現を呑み込んだ竹芝さんが、缶コーヒーの水滴を使ってサイドデスクの天板に図を描いていく。中心に点を打ち、その周囲をぐるりと囲んで「こんな感じだね?」と訊いてきたので俺は肯定する。
「それから、一一〇番をしてくれた?」
「はい。野次馬が誰も通報してなかったようなので俺が代表して連絡しました。
それから現場の様子を伝えてから通話を終了して……数分でパトカーが来ましたね」
竹柴さんがコクリと頷く。
「うん、こっちで把握してる状況と合ってる。それから君はどうしたんだい?」
「警察官の方が先に現場を見るとおっしゃったので、事情聴取されるまでの間に飲み物でも買おうと思い、通りに面した弁当屋の横にある自販機まで行こうとしたんです。で、その瞬間に」
「ボカン、と」
竹芝さんの言葉に、俺は目を瞑った。起き上がり振り返った後の光景がフラッシュバックしてくる。ほんの少しだけ気分が悪い。
そんな俺の態度を見た竹芝さんはまたしても大きくため息を吐き、自分の懐を弄ると長方形の金属ケースのようなものを取り出す。そして、側面の突起をポチリと押してから一度空咳をした。
「ありがとう、辛いことを思い出させた。私は君のことを疑っていないんだが、警察官として体面上は事情聴取をしなくてはいけなくてね」
「今のはボイスレコーダーですか?」
「ああ、君の証言として上に提出させてもらってもいいかい」
俺はなにも言わずにコクリと頷く。
「まぁ、どう考えても君は被害者なんだけどね。困ったことに爆発を起こした車へ触れたのは君だけだって証言が多くてさ。名目上は容疑者扱いしなくちゃならんのよ」
竹芝さんはコーヒーを飲み干し、その缶をぐしゃりと握りつぶした。そして、生き残った野次馬たちが誰かに責任を押し付けたくて好き勝手言っていると、腹立たし気に言い捨てる。
「そうですか……そういえば、車が爆発した理由はわかったんですか?」
「いや、まだまだこれからさ。爆心地に死体が転がってるから車体の運び出しさえまだのはずだよ」
あまりの惨状に現場一帯を完全に封鎖してからの作業になるらしく、現段階では火災の消火や死亡者の搬送などでそれどころではないと竹芝さんは言う。
そして、ハッとバツが悪そうに頬を掻きながら俺に「ごめん」と謝罪の言葉をくれた。
「これは君に教えるべきことじゃなかった」
「……酷い光景でした。きっと夢に出ます」
あの地獄絵図は生きてきた中で間違いなくトップに入り、思い出したくないトラウマになるだろう。そんな記憶に限って不意に思い出したりしてしまうのだ。
「もし夢に出たら、抱え込まずに渡した連絡先に一報を頼むよ。いい心療内科の先生を紹介する」
「ありがとうございます」
竹柴さんの心遣いに感謝の言葉を述べる。それと同時に病室のドアがノックされた。出ていった警察官が戻ってきたのかなと竹芝さんと顔を見合わせる。
しかし、入室の言葉もなく部屋の扉が横向きにスライドされ、そこから現れたのは小さな花束のバスケットを持った桃園だった。予期しない来客に俺は訝しげな表情を浮かべる。
「……あら、お邪魔だったかしら」
肩にかかった長い髪をふわりと払った桃園がシレッとした態度で言った。
さも知り合いがお見舞いに来たかのように振る舞っているが、お前は俺にとって暫定で敵だろうが。
「む、お見舞いかい? じゃあ、お兄さんはそろそろ退散しようかな」
どこか楽しそうな表情で竹芝さんは「警官はもう入口に立たせないから逃げないようにな」とウインクを飛ばして病室から出ていった。絶対勘違いしてるよな、この人。
桃園はそんな彼を絶対零度の視線で見送り、ベッド脇にあるテレビ台の上にバスケットを置く。そして、彼が立ち去ると同時に竹芝さんの使っていたスツールへドカリと座る。
「酷い有様ね」
皮肉を含んだ嘲笑を俺に向け、小馬鹿にするような声色で桃園が言った。
「テロに巻き込まれた同級生にかける言葉がそれかい」
「ふふっ、あの状況で生き残ってる悪運の強さを褒めているのよ?」
全然そうは聞こえないがね。俺は舌打ちをし、竹芝さんのくれた缶コーヒーを一気飲みする。苦みが強く、あまり好きではない味だ。
桃園は俺がコーヒーを飲み終わるのを待ち、缶をサイドテーブルの上に置いたのを見届けると、無表情で俺に確認するように告げる。
「気づいているのでしょう」
断定的な言葉だった。俺は彼女の発言に首を縦に振った。
「……ああ、あれはアルカナ能力を使ったテロ。そうだろ?」
「その通り。殺人犯が増えたってわけ」
軽い口調とは裏腹に、酷く口元を歪ませた桃園が力強くサイドテーブルを叩く。空になったコーヒー缶がぐらりと揺れる。俺はそれをキャッチしてメコッと腹の部分をへこませて彼女の態度を見守る。
「由々しき事態だわ」
桃園が忌々しげに吐き捨てた。グッと握り込まれた拳が、彼女の怒りを感じさせる。一般的な感性なら無辜の民がテロ被害に遭っていることに対してだと思うだろうが、アルカナゲームの参加者である彼女の胸の内はどうだか俺には測れない。
そんな俺の思考などお構いなしに彼女は話を続ける。
「昆虫男に今回のテロリスト。二人も大衆の命を無差別に奪う殺人犯が芽木戸に潜伏してる。状況は最悪よ」
「警察も色々調査してるみたいだが」
「戦車と遜色ない外殻を備えた昆虫男と能力の掴めないアルカナ能力者を銀玉鉄砲でどうにかしろって? 的を増やしてどうすんのよ」
俺の言葉へ桃園は《《がぁ》》と噛みついた。さらには、公的機関に委ねてどうにかなる事態じゃないだろうと叱られる。その通りなのだが、お前も飛火だかなんだかの名称でテロリスト扱いされてるからな? 教えると怖いので黙っておくが。
「加えて今回は相手の能力がさっぱりわからないのが救いがないわ」
胸の前に腕を組み、大きく鼻息を噴出して桃園は歯噛みしている。
「単純に考えて何かを爆発させる能力なんじゃないのか?」
「バカ」
「シンプル罵倒はやめて」
俺が自分の考えを彼女に伝えると暴言が返ってきた。確かに起こったことから適当に話しただけだが、返答する態度が悪すぎる。
しかし、彼女は俺に自信満々で言う。
「爆発系能力じゃないと言い切ってもいいわ」
「へぇ……理由は? 根拠があるんだろ?」
「ないわ」
上半身だけでズッコケる。
俺は根拠もなく堂々と言い切った彼女にオイオイとツッコむ。
「それじゃ話になんねーだろ」
「そうでしょう?」
「いや、そうでしょうじゃなくて……」
「アナタ、最近《《爆発事故》》なんて話を聞いた覚えがある?」
彼女の念を押す言葉でようやく理解できた。そういうことか。
「爆発系能力を持っていれば、今回のような大規模な爆発を起こさないわけがない」
「その通り。もちろん初犯の可能性は十分にあるわ。でも、他にも不審な死体の出た事件自体は存在するの。だから初犯じゃないと私は見てる」
桃園は厳しい顔つきで手元のアルカナフォンではないスマートフォンを操作する。そして、自分でまとめたらしいメモ一覧の見出しを俺に見せつけた。
「不審者V字真っ二つ事件、ヘリポート着陸時ロータートルネード事件、顔料工場硫酸ピタゴラ事件……酷い名前ばっかだな」
「うっさいわね」
どうやら命名者は目の前のこの女らしい。
仄かに顔を赤くした桃園がムッとした表情でスマートフォンを懐に仕舞った。
「この通り、奇妙な事件自体はかなりの頻度で起きてるわ。そして、これはきっと偶然じゃない」
「アルカナ能力での被害の結果、と……」
「私はそう推測するわ」
彼女は断言した。経験で劣る俺が、彼女の推測を覆せるほどの情報を持ち合わせているわけもなく。俺は半ば彼女の考えに同意せざるを得ず、首を縦に振った。
そして、これからのことについてカッチリと折り目をつけるための話を切り出す。
「オーケイ、現実的な話をしよう。実際のところ、下手人の能力に対して当たりはついてるのか?」
「さっぱりよ」
キリッとした表情で桃園は言い切った。
「桃園さん」
「なによ」
「お帰りはあちらです」
スッと病室の出入り口を手で導く。能力もない俺を危険な殺し合いに巻き込まないでくれ。
しかし、俺の挑発に彼女は再びギャオと吠え、ここまで情報を提供したのだから協力しろと胸倉を掴んで恫喝してきたのであった。




