スーパーヒロイン桃園綾香さんによる素晴らしい説明回
風呂とキッチン付きの一〇畳ワンルーム、それが俺の住まう城である。
その城は現在、同じ学校に通う見知らぬ女子高生の来訪によってデッドゾーンへと変貌していた。
「まさか、市民が巻き込まれたと思ったら参加者だったとはね」
腕を組み、俺を威圧しながら座卓の対面に座る彼女。名前は桃園綾香というらしく、学年も俺と同じ二年生だそうだ。まぁ、それは彼女の制服にあるリボンの色でわかっていたが。
「あの……」
「なに?」
「なんでそんなにキレてるかを訊いてもいいですかね」
何故だかお爺さんのスマートフォンを見つけたときから妙に当たりの強くなった彼女にビクつきつつ、俺はその怒りの原因を追及した。
瞬間、桃園の眉間に皺が増える。沸点がどこかわからない。何を訊いても怒られそうだった。
「アナタ、そのスマートフォンを貰ったときに説明を受けなかったの?」
「そもそも貰ったわけじゃないです」
「だったら、なんでそこにアルカナフォンがあるわけ?」
桃園がバンッと座卓を平手で叩く。怖い。DVを受けている世の中の人々ってこんな気分なんだろうか。
俺はなぜかキレている彼女に怯えながらありのままを話すことにした。
「あのさ、マジな話なんだけど、俺は本当に海苔弁をあげたお爺さんが代わりに差し出してきたこのスマホを交番に届けただけなんだよ。だから、そのアルカナフォンとやらがなにかも知らないし、服も体もあの昆虫野郎からボロボロにされていい迷惑なわけ。OK?」
俺の言葉を聞いた桃園の眉間に限界まで皺が寄る。富士山より高い山ができてるぞなどと軽口を叩きたいところだが、地獄のような冷めきった空気感がそれを許さない。数十秒ほど中腰で見下ろす彼女と見上げる俺の視線が交差する。先に折れたのはまたしても彼女だった。
「……わかったわ、ひとまずその与太話を信じてあげる」
「会ったばかりなのにどれだけ信用ないんだよ」
「アルカナゲームの参加者ってのは総じて信じちゃダメなのよ」
彼女は俺が人生で聞いたことのないほどの大きなため息を吐き、制服の内ポケットからスマートフォンを取り出した。彼女は俺の預かっているワインレッドのものと色以外は同じもののように見えるそれの側面のボタンを押し、バックライトが点灯して表示された画面を俺の眼前に押し付ける。
「これがアルカナフォン。私がさっきアナタに見せた魔術はこのスマートフォンのおかげで発動できるの」
彼女は「ちょっと見てなさい」と言い、自身のターコイズブルーをしたスマートフォンを数度タップする。そして、再び俺に画面を見せつけてくる。
すると、そこには杖を持った人物を象った白黒のイラストが表示されていた。下部にはローマ数字での一が記されている。はて、このイラストを見せて彼女は俺にどう納得しろというのか。
「イラストだけしか映ってないが?」
「えっ……? ああ、所持者にしか閲覧できないって仕様なわけ? もう、こうなったら自分のアルカナフォンで確認して」
そういって彼女は俺からワインレッドのスマートフォンを取り上げて手慣れたように操作する。同じく彼女のようなイラストが表示されている画面まで進んだ状態で手渡されたスマートフォンを覗けば、先程とは異なり薄っすらと背後に道化師が映り込んだ白い半透明なポップアップが画面には表示されていた。
半透明の白い部分には一番上にナンバーゼロと記載され、そのすぐ下には愚者の二文字が堂々としていた。そして、一行ほどの間隔が空き、上二つとは違う短文が二つ並んでいた。
『愚者の能力が壱、アルカナフォンが絶対に破壊されない』
『愚者の能力が弐、これは条件を満たしておらず、秘匿とする』
この二つを桃園に伝える。すると、それを聞いた彼女はまたしても難しい顔を作った。
「信じられないほど弱い能力ね」
自分の中で情報を完結させている彼女に渋い顔をし、俺は桃園に改めて問う。
「つーか、スマホを扱わせるよりまず疑問を解消させてくれよ。アルカナフォンってなんだ? その能力ってのはなんのために使うんだ? 一切が理解できないまま話が進んでるんだが」
俺の最もな質問に桃園はハッとした表情を作った。知らず知らずのうちに俺が最低限のことを知っている体で話していることに気づいたのだろうか。少しだけ罪悪感を含んだ顔をした彼女は深く呼吸を行う。
「そうね……ちょっと長くなるけどいいかしら?」
その言葉と同時に、ちらりと桃園は壁掛けの時計へ目をやる。時刻は七時過ぎ、いつもなら登校の準備のために起き出す時間だった。しかし、今はそれどころではない。ここで疑問を解消しておかなければ、昨夜のような事態にまた巻き込まれる可能性がある。そんなのは絶対に嫌だ。
「構わない。このスマホを持つことでどんなリスクがあるか、どうしたらいいかを全部教えてくれ」
真剣な俺の眼差しに、桃園は一度目を伏せてから真っ直ぐに射抜き返して言う。
「わかったわ。全部教えてあげるからお茶の一杯でもいただける?」
◇
五〇個で一〇〇円の紙コップに、近所のスーパーの安売りで買ったプライベートブランドのお茶を注いで桃園へ差し出す。彼女はそれを一口だけ飲み、喉を湿らせてから話に入る。
「まず、大前提を話すわ。アナタが持っているのはアルカナフォン。この芽木戸市で行われている大規模なゲームの参加チケットだと思って」
俺はなるべく彼女の説明の邪魔をしないように小さく頷く。
その態度に満足したのか、彼女も口角を少しだけ緩めてから続ける。
「このゲーム……私たちはアルカナゲームと便宜的に呼んでいるのだけれど、アルカナゲームはタロットのアルカナをモチーフに組み込んだスマートフォンを参加者同士が破壊しあうゲームなのよ」
「ちょっと待て、それじゃあ俺のスマホに書かれた記載と矛盾する」
俺の茶々を桃園は左手の手のひらを差し出して制止する。
「質問は待ちなさい。一度ゲームの内容を先に頭に叩き込んでから解決しましょう」
最もな彼女の言葉に俺は頷くしかなかった。
桃園は空咳をし、右手の指を二つ立ててから一つずつ指を折って順に説明してくれる。
「ゲームの終了条件は一つのアルカナフォン以外が全て破壊されること。もしくは、参加者が一人を除きゲーム続行が不可能になること。このどちらか」
俺は彼女が続行不可能とぼかした部分が強烈に気になった。
ものすごく理解をしたくない情報がそこに詰まっている気がしてならない。聞きたくない。
だが、そんな俺のことなど完全に無視して桃園は言葉を続ける。
「そして、戦いを加速させるためにアルカナフォン所持者にはアルカナに応じた能力が付与されるわ。私なら魔術の行使、アナタがボコボコにされた昆虫男はおそらく外殻の形成ってところかしら」
「アルカナフォン毎に全く違う能力なわけだ」
彼女は頷いて「その通り」と言った。
そして、俺が目を逸らしていた部分を彼女は掘り下げていく。
「肝心の戦い方だけどお察しの通り、二通りの方法があるわ」
遠回しに俺の嫌な予感が的中していると彼女は告げた。
まったくもって頭を抱えたくなる気持ちを我慢して彼女の話を聞き逃さないようにする。
「ひとつはアルカナフォン自体の破壊。アルカナフォンはかなり頑丈だけど、強烈な衝撃を加えれば破壊できる。当然、破壊された時点で能力は使えなくなるわ。げーみも脱落ね」
だが、この方法では俺の持つ愚者のアルカナフォンは壊せない。矛盾している。
つまり、別の方法で勝つ手段が存在するわけだ。
「もうひとつは……わかってるわよね?」
「ああ、見当はつく。所持者の抹殺だろ?」
俺は心底深いため息を吐いた。最悪だ。彼女の話を鵜呑みにするなら、俺はずっと命を狙われるハメになる。そうしないと他の参加者は勝者になれないのだから。
肩を落とす俺を気にした様子のない口調で桃園は肯定した。
「その通り。おそらく昆虫男は参加者抹殺を狙って無差別に人間を狙っているのでしょうね……まぁ、シリアルキラーじみた言動からして目的はそれだけじゃないようだけど」
「うん、アイツは間違いなく殺したいから殺してると思う」
でなければ俺は既にこの世にいないだろう。アイツが俺をいたぶったから桃園の救援が間に合ったのだ。アイツは弱者を嬲って快楽を得ているのだと感じた。アイツから受けたなんとも言えない不快感が顔に出てしまう。
その俺の表情をジッと見つめた桃園は一瞬だけ硬直し、口の中でもごもごとなにかを呟いた。当然、その言葉は聞き取れなかったので訊き返そうとしたら何故か大きな声を出して彼女は遮る。
「最後に、このゲームに参加する理由だけれど」
一番訊きたかったことを話してくれそうだったので先程の言葉は横に置いておき俺からも尋ねる。
「そうだ。昆虫野郎みたいに殺し合いなんて好き好んでする奴が大量にいるとは思えない。つか、なんで桃園も参加しているんだよ」
桃園がそんな奴じゃないとはこの短時間でも知れた。故に、何故こんなゲームに参加しているのかがとんと理解できない。
すると、彼女は皮肉気な笑みを顔に張り付けて吐き捨てるように言う。
「このゲームを最後まで勝ち抜けば、《《どんな願いも一つだけ叶う》》の」
その言葉は思わず眉を顰めるものだった。
「……マジ?」
「少なくとも私にアルカナフォンを渡した奴はそう言ったわ。ゲームマスターと名乗っていたからおそらくは本当のことでしょうね」
桃園は紙コップのお茶をゆっくりと啜った。赤茶けた彼女の髪が窓から差し込む朝焼けを反射して輝く。何故だか、その姿が俺の目には妙に不気味に映った。
「あー……桃園もなにか叶えたい願いがあったり?」
「ないわ」
彼女はハッキリと言い切った。その態度に俺は面食らう。
「ないのに参加してるのかよ」
「ええ、変わっていると自覚しているわ」
彼女はその言葉と同時にスッと音もなく立ち上がり、中身を飲み干した紙コップをぐしゃりと潰して部屋の隅のごみ箱へ投げ捨てた。
「だったらなんで戦うんだよ」
「気に入らないのよ。自分の願いをかなえるために人まで殺す人間が」
俺の疑問は、彼女の言葉に一蹴される。
気炎を吐く彼女のその姿は妙に神々しく、とてもこの世のものとは思えないほどに力強いものだった。




