愚者VS戦車
「おう、節制の。ざまねぇ姿だな」
「ほ、ほっとけ……わ、私の能力はピーキーなんだ。さっさと助けろ」
息も絶え絶えになりながら、節制と判明した男は這いつくばったまま戦車であろう昆虫野郎に命令した。そのデカい態度が癪に障ったのか、昆虫野郎がわざわざしゃがみこんで大袈裟に耳へ手を当てて煽る。
「ん~? 負け犬の分際で偉そうな言葉を吐いている雑魚がいるような気がするなぁ? ぼくちゃん、よくきこえな~い」
「わかった! 悪かったよ! 助けてくれ、頼む!」
本当に余裕がないのか、節制は態度を改めて戦車へ懇願した。こいつらに回復手段があるのかは知らないが、ここで仕留めなければ面倒なことになる。
俺はそっと懐に手を伸ばし、月渚さんから預かった拳銃を抜き打ちで節制へ撃ち込んだ。
「おっと、油断も隙もないな!」
しかし、不意を打ったにもかかわらず、俺の放った銃弾は装甲を纏った昆虫野郎の腕に弾かれた。甲高い音が鳴り、銃弾が逸れて天井へ貫通する。
まずい。想定通りだが、昆虫野郎の装甲にはやはり銃が効かない。
「その玩具、どこで手に入れたんだ小僧?」
「サンタクロースがくれたのさ」
ナースステーションと廊下を区切るカウンターを飛び越えて距離を取る。その際、ステーションカウンターの上にあったボールペンなどを握むことを忘れない。
アイツが傍にいる限り、節制は殺せない。どうにかして引きはがさないとなどと考えた俺の思考は昆虫野郎の取った行動で全て灰燼に帰した。
「おいおい、まだ八月にもなってねぇぞ!」
流星。そう言い表すには俗すぎる飛来物が宙を舞っていた。
キャスター付きの椅子、丸が三つ引っ付いた形のデスク、粘土のように引き千切られた俺が飛び越えたばかりのステーションカウンター。ひとつひとつが軽くはないそれらが俺目がけて飛んでくる。あまりの光景に声も出ない。
「おわっ! うわぁあああ!」
しかし、運がいいことに、俺への被害はデスクが肩に当たっただけだった。被弾した右肩にジンジンと鈍い痛みはあるが、動けないほどじゃない。
だが、そんなやせ我慢をしてどうにかなる状況ではなかった。
「思い出したぜ。お前、あの交番で殺し損ねた奴だ」
粉塵が舞う廊下に、ゆったりと昆虫野郎が姿を現す。角が三本あるカブトムシのようなエメラルドグリーンの装甲が光を反射し、見る人が見れば日曜日の朝に番組をやっているヒーローに見えなくもないだろう。中身はとてもじゃないがそんな崇高な人物ではないが。
「あんときにボコボコにしたってのに動き回れるってことは、お前もアルカナマスターか」
「さぁ? 生憎何も知らないね」
「そんなわけないだろう。アルカナマスターは参加するときに担当の天使に説明を受ける。そのときにお前も聞いたはずだ、マスター同士の戦いで傷ついた肉体の損傷は非交戦状態になった後に回復するってな」
「へぇ、初めて聞いたね」
本当に初めて聞いた。あの夜の怪我が治っていた理由はそれか。
極めて本心から言ったのだが、目の前の昆虫野郎はバカにしていると感じたのか、鼻を一度鳴らすと腰を少し落として両手をぐりぐりと動かして準備運動を始めた。
「会話をするつもりはないようだな」
「お前こそ。今日もこの前も不意打ちだ。真正面から挑むことはできないようだな」
俺の挑発に、顔が見えないのにブチッと昆虫野郎がキレた感じがした。やはり、コイツは単純な性格だ。ちょっと煽れば簡単に乗ってくる。
「……殺す!」
「やってみやがれ単細胞!」
頭に血が上ったらしい昆虫野郎は、勢いよく体当たりを仕掛けてきた。あの鋭くとがった三本の角が刺されば簡単に殺されるだろう。だが――
「あぶねぇな」
俺はあまりにも直線的なタックルを仕掛けてくる昆虫野郎をするりと躱し、そのまままっすぐ突き進む奴を見送る。そして、開放的になったナースステーションで転がっている節制の男目がけて駆け寄る。
「うわぁああああ! 来るなぁ! 来るなぁ!!」
「うるせぇんだよ、とっとと死んどけ!」
この世の終わりと言わんばかりに絶叫を重ねる節制の両足を持ち、昆虫野郎がぶち抜いたばかりの新しい出入り口へ節制を押し出す。拳銃で殺すのは確実性に欠けるし、コイツ自身にアルカナ能力が効いているのかを知るにはちょうどいい。そんなときである。節制が不意に叫んだ。
「か、解除!」
俺が全力で押し出そうとしていると、節制の解除の言葉と共に懐が輝いた。すると、白い弾丸がその輝きから飛び出してきて四方へ飛散していき、ひとつが俺の胸に吸い込まれた。
「言葉ひとつでルールとやらは破棄できるのか」
「は、ははは! 残念だったな、これで病院の外へ出ても私は死なんぞ!」
「じゃあ撃ち殺すまでだろ。バカじゃねぇの」
わけのわからない勝利宣言をする節制に無表情で拳銃を突き付ける。残弾数は四発、すべて撃ち込めば流石に殺せるだろう。
俺は撃鉄を引き、狙いを節制の胴体へ合わせる。そして、引き金を引いた――
その瞬間、背中に強烈な衝撃を受けて前方へ回転しながら吹き飛ばされた。
「がっはっは、そうはさせんぞ」
「クソッ……遠距離技はないんじゃなかったのかよ」
「最近習得したんだマヌケ!」
先ほどとは比にならない激痛が背中を伝って全身に巡る。周囲を見れば、昆虫野郎の腕辺りであろう装甲が転がっていた。おそらく、これを打ち出して俺を攻撃したのだコイツは。
「はぁ……ぐっ、いってぇな」
「そうだろうそうだろう。なんせ、そいつは八〇〇グラムもあるからな」
「んなもん人にぶつけてんじゃねぇよ……」
息ができない。思考が激痛に遮られる。これはまずい、絶体絶命って奴だ。年貢の納め時ってか、なんて今にも飛びそうな意識の中で、ふと思い出したことがある。
桃園遅くね? 魔術で空飛べばすぐに文字通り飛んでこれるだろ。何してんだよアイツ。
「ははっ、虫の息だな小僧」
「いや、怒りで元気いっぱいになってきたところだ」
瓦礫の中から立ち上がり、何かを警戒しているのか、距離を取ったまま構える昆虫野郎を相対する。右目が頭から流れる血で使えない。他の箇所もボロボロだ。だが、不思議と負ける気がしなかった。
何故だろうか? それはきっと――
「ごめん! 遅れた!」
「遅いってのミスピーチ」
土壇場でヒーローが助けに来てくれると俺自身が思っていたからであろう。




