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アルカナゲーム  作者: 菅原暖簾屋


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14/16

月渚:救い

 時を戻して竹芝たち。

 彼らは体を張って宗一を逃がした後、病室前の廊下で節制を挟み込むことで制圧を試みた。

 しかし、アルカナ能力はたった二人で抑えられるほど甘くなかった。現役警察官相手に節制の男は立ち回りこそ不利であったが、竹芝に『私と君は互いの体に触れてはならない』と誓約の弾丸を当てることで無力化、実質的にタイマンとなった月渚には私を見逃さないと小児病棟に仕掛けた装置を起動すると脅迫した。


 その脅迫の効果は絶大だった。この病院の小児病棟には月渚のひとり息子が入院しているからだ。

 それを把握している竹芝は接近できないなら拳銃でと構えていた手をゆるゆると下ろしてしまった。節制の男は、そんな二人の様子を嘲り笑って月渚の肩をまるで旧友のように軽く叩いて宗一の後を追う。

 そして、刑事二人だけになった廊下で、ガラスが割れる音が響いた。


「すいません……すいません……!」


 ガラスを割ったのは月渚だった。力いっぱい振るった右手が血まみれになっていた。


「仕方ないさ、警官である前に人間だ。俺だってあれだけ練習してるってのに人に向けるとどうも撃てなかった」


 竹芝も自分が情けないと言いたげな表情で右手に握ったリボルバーを見た。確かに、出会い頭で節制を射殺していれば事態は好転していたかもしれない。しかし、たらればで時間を浪費できるほど余裕がある状況ではない。二人は失態を取り戻そうとこれからどうするかについて頭を切り替えて話始める。


「たぶん、あの弾丸を撃つ前の口上の行為を取ると死ぬんだよな? そうじゃなきゃひとりでここまで暴れられねぇ」

「おそらくは。つまり、俺は拳銃を撃てず、竹芝さんはアイツに触れられない。そして、宗一君は病院外に出られない」

「逃がしたい宗一君が間接的な人質になっちまってるのが困ったもんだな。そうだ、応援呼んでるか?」

「他の刑事に片っ端からかけてますがダメです。一一〇番も不通なんで通信指令センターで何か起きてるのかもしれません」


 月渚の言葉は正解である。

 本来、携帯電話や固定電話から一一〇をダイヤルすると、最寄りの警察署ではなく、各都道府県の警察本部の通信指令センターへと繋がる。

 しかし、女帝・戦車・節制の三同盟は事前に結託し、女帝が県警本部、戦車が芽木戸署を襲撃していた。それから各自で警察のバイクや車を奪い、節制へ助力するために合流するべく芽木戸市立病院へと集合したのである。

 つまり、日本の警察はたった二人のアルカナマスターに蹂躙されたのだ。宗一が綾香との通話で警察が来る可能性が低いと言っていたが、実はその通りだった。


「とにかく、今は行動しましょう。竹芝さんはアイツの後を追ってください。俺は小児病棟に仕掛けられた装置とやらを見てきます」

「ああ、誰も死なせんなよ!」


 互いに拳を握ってグータッチを交わすと、竹芝は節制を追いに廊下を駆け、月渚は小児病棟のある西棟二階へと至る道を走り始めた。





 月渚は数分ほど全力疾走をし、なんの障害もなく小児病棟へ到着した。

 しかし、小児病棟へと繋がるセミセルフの自動ドアについた細長いボタンを押したとき、目を疑いたくなるような光景が月渚を襲った。


「うっ……こいつはひどい」


 図らずも宗一と同じような反応を月渚は示した。小児病棟の真っ白な廊下には亡骸となった看護師たちが血だまりを作りつつ、五体を投げ出して地に伏していた。

 直視するのは躊躇われるほどの悲惨な光景からせりあがってくる吐き気を堪え、月渚は大声をあげる。


「誰かいないかぁ! 警察だ!」

「こっちでーす!」


 月渚がか細く聞こえた声の方向へ視線を向けると、レクリエーションルームの窓から小さく手を振る若年の女看護師を見つけた。


「大丈夫か!」

「待って! 開けないで!」


 慌てて駆け寄る月渚に、看護師は両手を見せてドアを開けるのを押しとどめた。窓越しに覗かせる子供たちが不安そうな目で月渚へと注目している。

 あまりにも異様な状況に、月渚は困惑しながら看護師へ問う。


「状況を簡潔に説明してくれるか? あのマスク男が来たんだろ?」

「はい、あの男が私に向けてレクリエーションルームから子供を出すと死ぬと言い残しました。逆らって外へ子供を連れだした先輩は……」


 そう言って、看護師は窓越しに月渚の足元で倒れ伏している壮年の看護師を指さした。彼女は実際に即死する場面を思い出したのか体をブルブルと震わせ、その場にうずくまる。月渚はなにもできない自分に歯噛みした。


「クソッ。いいか、ガキンチョたち。そこから絶対に出るんじゃないぞ!」


 吐き捨てるように言い捨て、月渚は周囲に不審な物品が無いかを捜索する。廊下のベンチ、小児病棟のナースステーション内、各病室や共同トイレなど、思いつく場所のほとんどを探った。しかし、発見には至らなかった。


「どこにあるんだよ、ちくしょう!」


 息子や他の子どもたちの命がかかった状況で焦りだけが募っていく。こうなったら他のフロアも探索するべきか、と迷走し始めた月渚の耳にジジジっとノイズが届いた。

 なんだなんだと月渚が天井に埋まったスピーカーを見上げれば、そこから今すぐにでも殺してやりたいと思っている節制の声が聞こえてきた。


『マイクテス、マイクテス。あー、聞こえるかね諸君。私はこの病院内の惨状を作り出した犯人である。逃亡した小僧、今すぐ一階のナースステーションまで出頭したまえ。さもなくば、人質である小児病棟の子供の命は保証しない』


 その言葉で月渚の頭に血が上る。コイツはどこまで性根が腐っているんだ。すぐにでも走り出して殴り殺してやりたい義憤に駆られるが、月渚はぐっと堪えて節制のセリフになにかヒントが無いかを聞き漏らさないようにした。経験上、この手の愉快犯は必要以上に情報を口にすることが多いからである。


『ものを知らない君たちのために教えてやろう。私は君に課したルールを小児病棟の看護師にも与えている。内容は『小児病棟の子供を逃がしてはならない』だ。逃がせば看護師が死ぬ、故に小児病棟では騒ぎが起こっても誰ひとり外へ逃げていない。

 そして、私はとある装置を病院の空調に設置している。毒ガスを流す装置だ。起動させれば瞬く間に病院内では死が溢れるぞ』


 案の定、節制は口を滑らせた。月渚が子供たちを殺させないために行動していることなど気にも留めずに重要な情報を自ら口にしたのだ。

 月渚は弾かれたようにレクリエーションルームへと駆け寄り、扉越しに看護婦へ空調室の場所を尋ねた。そのとき、スピーカーの向こうで潮目が変わった。


『さぁ、子供たちを殺したくなければ直ちにナースステーションへ出頭しろっほぉ!?』


 ハウリングと共に強烈な殴打の音がマイクを通して病院内に広がった。


『ぐああああああ!! いたい! いたいいぃいい!』


 続けて、大人が発するにはあまりにも聞き苦しい絶叫が響く。どういうことだと月渚と看護師が顔を見合わせる。

 そして、間髪入れずに抜けるような炸裂音をマイクが拾った。


『あぁあああああ!?』


 再びの絶叫。言葉にならない節制の叫びが聞こえたとき、月渚はスピーカーの向こうで、誰かがあの男と戦っていると確信した。


「ど、どうなってるんですか?」

「俺の仲間がアイツをぶちのめしている。もう少しで片が付く、このまま子供たちとじっとしていてくれ」

「わ、わかりました。館内の空調室は屋上にある小屋の中にあります」

「ありがとう、行ってくる」


 震えながらも空調室の場所を教えてくれた看護師へ礼を言い、月渚は屋上へ向けて駆け出した。警護開始時の申し送りで月渚の頭には病院内のマップは頭に入っていた。屋上は小児病棟のある西棟からしか行けない造りとなっているときちんと彼は覚えていたのだ。

 月渚は階段を二段飛ばしで駆け登る。その途中で、スピーカーからとんでもない音量の破砕音が聞こえた。


「な、なんだ?」


 一瞬だけ足を止めた月渚だったが、迷っている暇があるのかと自身に言い聞かせて階段を再び登り始める。数分で屋上までたどり着いた彼は、息を切らして屋上へ繋がるドアを勢いよく開けた。

 そのまま息を整えつつ、屋上の外れにポツンとあるブロックで囲まれた造りの小屋というよりも物置としか言いようがない施設の前までたどり着く。

 しかし、月渚はその小屋のドアに仕掛けられた雁字搦めのチェーンを見て絶句した。


「嘘だろ……」


 絶対に開けさせるつもりはないと言わんばかりに、ドアの取っ手はぐちゃぐちゃに壊されて開錠できないようになっていた。

 月渚は諦めずに体当たりをしてドアを開けようとするが、元々外開きなのもあってドアはビクともしない。徐々に月渚の顔は真っ青になり、何度もドアへタックルをする。しかし、鉄製のドアはビクともせず、肩に激痛が走り始めた彼はペタリと床に座り込んでしまった。


「もう……終わりだ……」


 月渚の顔に絶望の表情が浮かぶ。しかし、不意に煌々と空からの真っ赤な明かりで彼の体が染まった。

 月渚が空を見上げると、そこには信じられないほど巨大な火球が宙に浮かんでいるではないか。自身の目を疑いつつ、彼は屋上にある柵へ駆け寄って状況を確認する。すると、病院の正門にマスクをした人間が仁王立ちで天に手を掲げているのが確認できた。


「アイツがもしかして例の宗一君を襲撃した犯人か!?」


 炎とマスクという状況から月渚がそう連想するのも無理はなかった。実際は彼から見えない位置にいる綾香こそが犯人なのだが、当然それを彼が知る由もない。

 だが、子供たちの命がかかっている今、月渚には彼女へ縋るしか方法は思いつかなかったのだ。

 もっとも、人違いという致命的なミスを犯しているのではあるが。


「おーい! 手を貸してくれぇ!」


 距離にして数百メートルだろうか。月渚の叫ぶ声がギリギリ女帝に届いた。届いてしまった。

 すわ新手かと女帝は振り向いて声の方向を見た。すると、そこには手を振って存在をアピールする月渚がいた。


 ――やられた。

 たかが一瞬、されど一瞬。


「もらったぁ!!」


 女帝の意識が一瞬だけ逸れた瞬間を突き、綾香が一気に操っていた火球を女帝へ押し付ける。一度緩んだ斥力では均衡を保てず、女帝は全力でアルカナ能力を使用して火球を押し戻す力を加えた。

 その時である。火球がふわりと宙に霧散した。女帝の放つ斥力は空を切り、無数の雲を四角形に切り取って成層圏を突き抜けていった。


「はあっ?」


 突然消えた手ごたえに女帝は困惑し、周囲をきょろきょろと見まわした。そこにコツコツと靴を鳴らしながらひとりの女が現れる。


「今のでわかったわ。アンタの弱点」


 ボッと綾香の周囲に手のひらほどの火球が生まれた。いや、生まれたのではない。元々存在していたのが目に見えるようになっただけだった。

 そう、小さな火球の正体は分裂した超巨大火球。徐々に薄透明な火球が色づき、女帝の周囲へ数十、数百、数千と数を増やしていく。

 その絶望的な光景に女帝は両手で斥力を操り対抗するが、火球が消えるのは一瞬で、すぐにその場で復活する。

 パニックを起こして叫びながら周囲の火球を吹き飛ばし続ける女帝に対し、綾香はせせら笑いながら答え合わせを始めた。


「アンタの能力は斥力。両手を差し向けた方向へ力場を発生させるのね。形状はおそらく可変式だけど、限界は存在する。巨大火球を押し戻せなかったのがその証拠。つまり、一点でなく三六〇度の面で攻撃すれば防ぎようがない!」


 綾香が右手を掲げ、火球が隙間なく女帝の周りに配置された。


「チェックメイト」


 勝負はついた。

 火球たちは音よりも速く女帝へ接近し、実体のない炎熱をその体へ叩き込む。ドドドドドとまるで爆撃のような音が鳴り響き、数分して火球がなくなると、全身が炭化した女帝の体が現れ、そのまま崩れ落ちた。


「私の勝ちね。ま、あの人のおかげみたいだけど」


 綾香はそう言って病院の屋上を見上げた。しかし、そこでは、月渚が膝を折ってその場に崩れ落ちていたのであった。



 

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