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アルカナゲーム  作者: 菅原暖簾屋


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13/16

綾香:出陣

 桃園綾香の朝は遅い。

 アルカナ能力を手に入れてから、綾香にとっての朝は毎日必ず訪れる強敵であった。

 学校のあった夏休み前は、学校へ行ってから帰宅、その後食事を摂ってアルカナマスターを探すための夜回りをこなしていた。故に、綾香は必然的に深夜にしか自宅へ帰ってくることができない日々であった。

 しかし、それも過去の話。夏休みに入ってからは昼夜が逆転していると言えどもたっぷりと睡眠時間を確保できるようになり、本日も綾香はふかふかのベッドの上で惰眠を貪っていた。


 そこへ、ピリリリと若者にしては色気のない機械音が綾香のスマートフォンから響く。反射的に綾香は腹のタオルケットを蹴飛ばし、ベッド横のチェスト上にあるスマートフォンをひっつかむとひどく低い声で「もしもし、どちらさま?」と不機嫌を隠さずに言った。


『俺だ、出雲だ。緊急で電話を借りてお前にかけてる』


 宗一の言葉に綾香はスマートフォンの画面を見た。確かに知らない番号だった。

 間違いでなければ、宗一はまだまだ退院できそうにあらず、自前のスマートフォンを買いに行くことも許されていない軟禁状態だったはずだと綾香は思い出す。ならば、普通は病院内の公衆電話からかけるしかないが、そうじゃないと言うことは手紙の偽造がばれたのだろうかと綾香は笑う。


「あら、緊急事態かしら。警察にインチキ手紙の正体でもばれた?」


 綾香はあんな作戦上手くいくわけがないのだと嘲りを含めた口ぶりを隠さずに言った。

 しかし、そんなことはどうでもいいのか、焦りを隠せない宗一が震える声で言葉を続ける。


「いいか、よく聞け。俺のいる病院がアルカナマスターに襲撃されている。死人は数え切れんほどに出てる」


 綾香は一瞬、寝ぼけているのかと勘違いした。アルカナマスターの真昼間っからの襲撃など想定の範囲外だったからだ。

 本来、アルカナマスターは人目のつかないように行動するのが基本である。なぜならば、アルカナマスターと言えどもひとりの人間であるからだ。人として生きている以上、アルカナマスターにも日常生活や身内が存在する。現代社会において顔を隠したところで防犯カメラなどからばれてしまうことが多い。人目につきやすい昼に表立って行動するというのはそれらを投げ捨てているのと変わらなかった。


『まず、敵は今のところ一名。指先から黒い弾丸を射出し、それにヒットすると何かしらの誓約が課せられるようだ。その誓約……ルールはそいつの口で発言しないと発揮しないと考えられる』


 綾香の思考がまとまる前に宗一が矢継ぎ早に情報を伝える。綾香の混乱は加速するばかりであった。


「ちょっと待って。不確定な話が多すぎるわ」

『仕方ないだろ、実際に死人が出る光景は見てないんだよ。だが、それ以外の行動はしていないから間違ってはいないと思う。本人の口からも聞いたしな』

「聞いた? どういうことよ」

『時間がないから黙って聞け。その男の服装はベージュのスーツにホラー映画とかでよく見る品のないマスク、そして髪の毛の色は鈍色だ。警戒してくれ』


 宗一を制止し、仕切りなおそうとする綾香などお構いなしで彼は言葉を続けた。その態度に、綾香は本当に切羽詰まっているのだと理解し、諦めてとりあえず宗一に全てを話させようと言葉をうながすことにした。


「……続けて」

『俺は奴の弾丸を喰らって病院内から出られない。なおかつ、国道の事件の情報を求めて狙われている状態だ。急いで救援に来てくれ。頼む。このままだと、どんどん死人が増える』


 宗一が望んでいたのは、結局のところ増援要請だった。綾香は寝ぐせのついた髪の毛を手櫛で漉きながら嘆息した。


「わかった。超特急で向かうわ」

『よろしく頼む。警察が大挙してくる可能性は低いが、変装は忘れるな』


 ぶつりと、余韻もなく通話が切れた。

 急転直下、楽しい睡眠の時間から地獄の血だまり病院急行編へと話が変わった綾香はスマートフォンをベッドの上に投げ捨てて立ち上がる。


「今度、アイツにご飯を奢らせましょう」


 そう断言した綾香は、寝間着をするりと脱ぎ捨てて戦闘準備に入ったのであった。





 ナンバーワン、魔術師マジシャン。能力は魔術の行使。

 ここでいう魔術とはいわゆる四大元素を操る力であり、綾香は主に火・水・風・土を操ることができる。

 そう、操ることができるだけ。生み出すことはできないのである。

 当たり前のように指先へ火を灯していた行為は風を圧縮した摩擦で発火させただけ。綾香たちが昆虫野郎と呼ぶ男を焼いた業火も、水から水素と酸素を分解して火力をあげただけに過ぎない力業。ローナンバーは汎用性が高いと口にしたのは綾香であるが、確かに汎用性はあるがアルカナ能力を用いた戦いでは決め手に欠ける。それが魔術師のアルカナであった。


 さて、何故このようなことをつらつらと述べたかというと。


「だーっ! 急いでるんだから邪魔すんじゃないわよ!」

「それを足止めすんのがアタシの仕事なんだってヴァ!」


 ゲラゲラゲラと品のない笑いで綾香を煽るのは、見せつけるようにピュアホワイトのアルカナフォンを握ったジャージにピエロのマスクを付けた長身の女であった。

 自ら【女帝エンプレス】と高らかに名乗った彼女は、芽木戸市立病院の正門前で誰も通さないように立ち塞がっていた。

 病院に何とかして侵入しようとする変装した綾香がアルカナマスターだとわかると、訊いてもいないのにペラペラと【戦車チャリオット】と【節制テンパランス】の二人と芽木戸市で大暴れするために組んでいると、彼女は正しく大同盟だと大声で嘯く。

 そのキンキンとする声にイラつきながら、綾香が火炎を振り回して攻撃を加えるも、その全ては女帝のアルカナ能力によって弾き返されていた。


「はいはーい、そろそろアタシの能力ちゃんがわかったかなァ?」

「……斥力」

「ピンポコポーン! だいだいだいせいかーい! 正解者には~」


 口調だけは道化を演じつつも、堅実な立ち回りで女帝は綾香を休ませない。

 地面を、病院の塀を、そして綾香の炎を、その全てを能力によって綾香へと押し付ける。

 ただ、反発させるだけの力である斥力。そのシンプルさ故に、綾香には突破口が見えなかった。


「どうすりゃいいのよ……!」

「どうもできないっての! ここで終わりさおつかれちゃん!」


 なんとか瓦礫を回避する綾香へ、波のように次の瓦礫が殺到する。綾香は自身へ突風を向け、高くジャンプすることで間一髪回避するも、徐々に徐々に病院から引き離されていることを理解していた。


「本当に打つ手がないわね」


 もとよりそこまで気が長いほうではない綾香の怒りは頂点に達しようとしていた。攻撃に使用するのが炎一辺倒なあたりでお気づきだろうが、綾香はあまり戦闘IQが高いほうではない。応用力がない思考能力をしているのだ。

 しかし、この場ではそれがいいほうへ作用した。考えても無駄だと到った彼女は、とんでもない攻撃に出た。


「とりあえず全力でぶつけてやるわ……!」


 両手を天に突き出し、虚空から取り出したるは超巨大な大炎球。周りの酸素を取り込み、だんだんと肥大化していくそれは数分の時を掛けて、全長が一〇〇メートルに達するまで大きくなった。

 この場に宗一が居たら、間違いなくこういうであろう。「加減しろ馬鹿」と。


「行くぞ女帝!」

「いや、くんなし!」


 綾香は火球を操り、女帝の上方からそれを落下させる。

 ちなみに、女帝が陣取っているのは芽木戸市立病院の正門であり、直径が一〇〇メートルもある火球が彼女目がけて放たれると、その熱量によって病院への被害もとんでもないことになるのだが、そのようなことを考える余裕は今の綾香には存在しなかった。


「う、うぉおおおおお!?」

「燃えろォ!」


 もはや隕石と変わらない獄炎の塊に対し、女帝は両手を差し出してアルカナ能力を発動する。巨大な炎は操作しやすいのか、先ほどまでとは異なって鎧袖一触とはならずに魔術師と女帝の能力で火球を押し合う形となり、宙で制止した。


 両手を掲げ、互いに微動だにせず汗を流す二人。その均衡は、しばらく解かれることはなかった。



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