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アルカナゲーム  作者: 菅原暖簾屋


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11/16

病院襲撃

 場所は変わって芽木戸市立病院の裏手にある自販機前。

 そこでは病院にふさわしくないきっちりとしたスーツを身に纏った男たちが缶コーヒーを片手に談笑をしていた。病院内には設置されていない喫煙所もあることから、その場にはコーヒーとニコチンの混ざった鼻につく臭いが充満している。


「なんで、あんな子供を警護する必要があるんだか」


 片手を腰のポケットに突っこんだまま七三分けの男が言った。その言葉からわかるように、宗一の敬語として病院に詰めている県警の捜査一課に所属している刑事である。


「まったくだな。街じゃ大捕り物だってのに俺たちだけ蚊帳の外ってのは気に入らねぇ」

「七人もぶっ殺してるクソ野郎なんだ。ガキなんてほっぽって全員で取り掛かるべきだと思うがね」


 イライラとした表情を崩さずに、七三の刑事は煙草を一気に吸い込み、宙に向かって紫煙を吐き出す。それを眺める相棒の中年刑事が苦笑しつつ、まぁまぁと言って宥めた。

 このように、先ほど談笑と称したが、実際には宗一に対しての愚痴がほとんどであった。主に殺人を扱う捜査一課の刑事としてはドラマのような殺人犯とのやり取りが華だと考えている者も多く、地味な警護任務で徐々に人員の憤懣が溜まっていたのである。


「しかし、浅見警視正まで出張ったんだ、俺たち兵隊がとやかく言うわけにもいかんだろ」

「でも、俺たちだって戦場いくさばを追っかけたいだろ。凶悪犯だぞ凶悪犯! 俺たち一課が一番輝く瞬間じゃないか」

「仕事が増えてよろこぶなっての」


 中年の刑事が少し口調をきつくして叱った。七三の男も自分の言い分が間違っているのも理解しているため、舌打ちをして自販機横に腰を下ろしてそっぽを向いた。


「ま、周辺の件にも検問要請をかけてるんだ、そのうち捕まるだろ」

「そんで所轄が持ってってお手柄で褒められるってか? やってらんねぇぜ」

「腐るな腐るな。それにしても、戦場の噂は本当だと思うか? どっかのライダーみたいな装甲を纏って人を殺してるっていうやつ」

「かっ……コスプレ殺人犯なんかいてたまるかよ。被害者が混乱して盛ってるだけだろ」

「だよなぁ」


 事実とは思えない情報の真偽を問う中年の刑事の言葉を、七三分けの刑事は鼻で笑って否定した。

 そこからは言葉もなく、互いに自販機で買った缶コーヒーを啜った。そんなとき、病院の救急車が通る裏門からひとつの影が動いた。

 それは、人であった。一揃えのベージュのパンツスーツを身に纏い、顔にはスラッシャー映画に出てきそうな恐怖感を煽るマスク。中年の刑事は宗一のいた病室の噂を聞きつけてやってきた迷惑インフルエンサーかと鼻から息を漏らし、缶コーヒーを赤い灰皿の上に置いてから、その人物に歩み寄った。


「ちょっとお兄さん、被り物して病院内に入るのはやめてくれるか? 今ちょっとデリケートなんだ――」


 その男と中年の刑事の間が二メートルほどになったところで、マスクを付けた男は右手の人差し指を中年の刑事に向けた。

 中年の刑事はその動きを挑発と受け取ったのか、眉をピクリと揺らして一歩前に進む。


「おい、悪いが今はアンタみたいな悪戯野郎を相手にしてるほど暇じゃないんだ。とっとと消えないなら公務執行妨害で――」

『私と君は後ずさってはいけない』


 一瞬であった。マスクの男の指先から黒い渦を伴った弾丸が発射され、中年の刑事の胸に突き刺さる。いきなりそのような行動を取られた中年の刑事は、驚いて二歩、背後によろめいてしまった。

 そう、よろめいて後ずさったのである。


「うおっ、いきなりなんだよよよよよ」


 中年の刑事の目鼻口から文句と共に大量の血液が噴き出す。座っていた七三分けの刑事も相棒の足元に流れ落ちて溜まっていく血液に飛び上がり、灰皿や缶などを蹴飛ばしながら相棒の元へ向かう。

 しかし、それは悪手であった。崩れ落ちる中年の刑事を抱えた彼がマスクの男と相対し、唾を飛ばして激高するが――


「諌山!? どうした! おまえなにを――」

『私と君は自ら目を逸らしてはいけない』


 再び生成された黒い弾丸が、中年の刑事と同じように七三の刑事の胸を貫く。その光景に驚いてしまった七三の刑事は思わず自らの胸元を見てしまった。

 そう、目を自ら逸らしてしまったのである。


「どうしたんですか! うわっ、大丈夫ですか!?」

「た、たすけべっ」


 騒ぎを聞きつけた病院のスタッフが出入り口から飛び出してくるが、助けを求める七三の刑事の顔面から噴出する血液に天まで届くような絶叫をあげてしまう。


「うわぁあああああ!」


 スタッフは目も当てられないような残酷な光景に腰が抜けてしまい、その場に崩れ落ちる。マスクの男はそんな彼の恐怖をさらに煽るが如く、ゆっくりとした緩慢な動きで彼に近づいて言った。


「見せしめはこれぐらいで十分か……そこのお前、質問に答えろ」


 この惨状を作り出した張本人が目の前のマスク男だと認識したスタッフは壊れた玩具のように首を何度も縦に振る。その様を見た男は、マスクの裏でニタニタと笑いながら、地べたへ座り込むスタッフに向かって指先を向けた。


「『私と君は噓をついてはいけない』。今から私の質問に答えなければ貴様もこいつらのように死ぬ。いいな」


 三度、黒い弾丸が指先から発射され、スタッフの胸を射抜く。着弾の痛みはないのか、スタッフは不思議そうに胸元を摩る。その様子を無視してマスクの男はスタッフに指先を突き付けながら高圧的な態度と語気で訊いた。


「先日の爆発事故で運ばれた子供がいるはずだ。その病室はどこだ」

「い、言えるわけが……」

「なら死ぬか? この病院には貴様の代わりがいくらでもいるだろうな」


 マスク男の言葉にスタッフは、目をびくりびくりと痙攣する地に伏した刑事へ向ける。尋常ではないその死にざまに、彼の歯が自然とタップダンスを始める。そして、絞り出すように宗一の病室を口にした。


「ひ、東棟のよ、四〇一だっ。い、命だけは、命だけはたすけてくれ!」

「ああ、いいぞ。尻尾巻いて逃げるといい」

「ひぃい!」


 ふわりとマスク男は左手を揺り動かし、自らの左側を通るようにうながす。スタッフは脇目も振らずにその通り道を駆け出し、互いが三メートルほど離れたところで、マスク男がゆったりと振り返って指先の照準を彼に突き付け、口を開いた。


『私と君は病院の敷地内から出てはならない』


 指先から飛び出した黒い渦が弾丸となり、背を向けて逃走したスタッフの背中を射抜く。

 そして、絶命した刑事たちの死体をわざとらしく踏みつけながらスタッフが開け放った病院内部へと至る裏口から建屋へ侵入すると、ぽつりと一言。


「さぁ、ここにいるアルカナマスターは誰かな?」


 響かせるように、刑事たちの血液がへばりついた革靴の踵を鳴らしながら、マスク男は病院内に侵入したのであった。





「なんだか騒がしいな」


 一課の刑事さんたちからの聴取も手早く終わり、もうすぐ昼食かなどと思っていた折、なんだか廊下が騒々しいことに入れ替わりで戻ってきた竹芝さんが気づいた。

 竹芝さんは懐に手を入れ、月渚さんが竹芝さんに頷いて勢いよく病室のドアを開けた。そして、周囲を確認した彼はそのまま音もなく外へ出ていき、竹芝さんは死角になる物陰に隠れ、正面に向けて拳銃を構える。誰が入ってきても即座に撃てる位置取りだった。


「宗一君、念のため物陰へ隠れておいてくれ」

「了解です」


 緊張を感じさせる声色の竹芝さんからの指示を受け、俺はベッドから下りてテレビ台が盾になる場所へ陣取る。

 月渚さんが「竹芝さん!」と大声を上げて病室に飛び込んできた。必死の形相からしてろくでもない状況なのは間違いなかった。


「諌山と諸沼が裏口で襲撃を受けて死亡! 病院全体が恐慌状態です!」

「なんだと? 初村と木島はどうした!」

「スマホへかけても一向に連絡が取れません。最悪の場合があります!」

「わかった。宗一君、緊急事態だ。裏手の駐車場までは走れるかい?」


 言葉こそ柔らかいが、ひどく張り詰めた笑顔で竹芝さんが訊いてきた。俺は頷いて貴重品だけを持ちつつ、ベッドから立ち上がった。


「もちろん。そもそもの話、俺は入院するほど怪我じゃないんで」

「そいつはなにより。車で県警本部まで逃げる、ついてきてくれ」


 竹芝さんの真剣な眼差しに了解しましたと返し、手早くスリッパから靴へ履き替えた。準備完了した俺を見た竹芝さんは、俺と月渚さんに無言で頷いた。そして、一度だけ大きく息を吸って吐くと、月渚さんに指示を飛ばす。


「よし、先行しろ月渚」

「うっす。じゃ、東棟南の非常階段から抜けて建物の周囲をぐるっと回るコースで行きましょう。侵入者は西棟の裏口から侵入したみたいなんで、そのルートだと鉢合わせしないはず」


 月渚さんの提案に竹芝さんが「それでいこう」と賛成した。緊迫した空気の中、俺たちが廊下へ飛び出すと、そこにはベージュの一揃えを身に纏った、病院にはおおよそ似つかわしくない格好の男が西棟からの通路に立っていた。距離にして五〇メートルほどだろうか、顔にはハロウィンなんかでよく見る不気味なマスクを装着している。

 俺は、いや、俺たちは一瞬にしてこいつが犯人だと感じたが、見た目だけで判断してはいけないとダメなところでいい子ちゃん精神を出してしまった月渚さんが拳銃を片手に大ぶりなジェスチャーでその男に注意をした。


「おい、ここは危険だぞアンタ。急いで病院の外へ避難しろ――」

『私と君はこの場から逃げ出してはならない』


 これは俺に備えられた第六感だろうか。ゾクリと背筋に一本の氷柱が突き刺さるような感覚がした。駆け出したマスク男の指先が月渚さんに向いているのを目視した俺は反射的に月渚さんの腰に抱き着いて病院の床を二人して滑る。

 清掃員によってよく磨き抜かれた病院の床は、俺たちの体の摩擦を極限まで減らしてくれ、マスク男とは入れ違いになるようにT字になっている北棟の廊下の壁際まで運んでくれた。


「おい! なに撃ちやがったテメェ!」

「まさか避けられるとは……いい勘をしているな小僧」

「こっち向けっての!」


 竹芝さんが拳銃を突き付けながら吼える。しかし、銃口はブルブルと震え、非常に頼りにならない姿だった。

 そんな彼に、俺は摩擦熱でところどころテカテカになっている病院着の裾を手繰りながら大声で問う。


「アイツ、なにか撃ったんですか?」

「ああ、指先から真っ黒な渦のような弾丸を撃った! 着弾した場所ではなにもなっていないが、先日の窓ガラス破損の犯人と同じような特殊な能力を持っているのかもしれない! 注意してくれ!」

「了解です……つっても、どうしますこの状況」


 俺が月渚さんと一緒に回避したせいで位置取りが悪くなってしまった。俺の病室前に竹芝さんと暫定アルカナマスターが、そこから二〇メートルほど離れた場所に俺と月渚さん、明らかに動きづらい挟み撃ちの形だ。俺たちは戦いたいのではなく。逃げたいんだからな。

 逃走するのに確実なのは拳銃でアルカナマスターを射殺してくれることだが……撃ったら始末書精神が根付いている日本の警察が実行できるとも思わない。あくまで牽制にしか使えないだろう。となれば、さっさと逃げだしてしまうべきか。アイツの狙いが俺たちとは限らないし。


「その小僧が例の爆発事故から生き残った者だな? 訊きたいことがある。大人しくしろ投降しろ」


 前言撤回、狙いは俺でした。どこで情報が漏れたかは知らないが、なぜ俺がここに入院しているかなんてのは普通の人間には関係のない話だ。目撃者を消しに来た犯人でもなければな。


「その口調から察するに、お前があの事件の犯人ってわけか?」


 俺の問いに、マスク男は獣のような笑い声をあげて否定した。


「いや、ハズレだ。私はあの事件の犯人と敵対している。貴様から情報が欲しいだけだ」

「お生憎。ただの被害者なんでアンタが欲しがりそうな情報は持ってないっての」

「それは私が決めることだ」


 男の指先から竹芝さんの言った黒い弾丸が生成された。同時に、男がブツブツとなにかをつぶやく。


『私と君は病院内から出てはならない』

「いかん! 避けろ!」


 竹芝さんの声が廊下に響く。しかし、予想に反して弾丸の速度は遅く、余裕をもって避けられてしまいそうなものだった。


「直線的なら簡単に――」

「誰が曲がらないと言った」


 俺はひらりとその弾丸を躱す。だが、それは巧妙な罠だった。

 地面に当たりそうになった渦巻いた黒の弾丸はスレスレのところでカーブを描いて俺の胸元へ命中した。竹芝さんと肩を押さえながら立ち上がった月渚さんが俺の名前を絶叫する。

 しかし、命中したはずの弾丸は、俺になにも被害をもたらさなかった。軽度の痛みさえ感じない。


「……なんともない」

「貴様は生かさねばならない。説明だけはしてやろう。私の弾丸に当たった者は私の口にしたルールを破ると即座に死亡する。つまり、貴様は病院の外へ出た瞬間に絶命するわけだ」

「そんな戯言を信じるな! 逃げるんだ宗一君!」

「貴様らのお仲間はルールを守れずに死んだが?」


 かみ殺したように気色の悪い笑い声をあげる男に、左手で拳銃を握った月渚さんが、それを男へ突きつける。顔が真っ赤で明らかに冷静ではない様子だ。


「テメェ……!」

「挑発に乗るな! 月渚、お前は宗一君を――」

『私と君は銃を発砲してはならない』


 再び、相対する男の指先から黒い弾丸が発射された。先ほどまでとは違い、不規則な緩急をつけて回避が難しい弾丸だ。ターゲットにされた月渚さんは身をよじって避けようとしたが、弧を描いて戻ってきた弾丸が足にヒットしてしまった。男の言葉が真実ならば、これで俺と月渚さんは奴の言う、破れば死ぬルールの枷が嵌められたわけか。

 まずいな、このままじゃじり貧だ。いっそのこと竹芝さんが犯人を羽交い絞めにでもしてくれればいいのだが、思いのほか慎重に相手との間を開けて拳銃を突き付ける彼にそのような動きは期待できそうになかった。


「クソッ、当たっちまった」

「これで二人目。さて、貴様にはどのようなルールを課せばいいのだろうな?」


 クルリと身を反転させ、鈍色の髪をした男は指先を竹芝さんに向けた。彼はその緩慢な動きにビクリとして硬直する。当然だ、アルカナフォンが存在するというカラクリを知らず、得体のしれないものを見た人間なら恐怖を抱いてしまうに決まっている。実際に、身内が殺されているならなおさらだ。


「月渚さん」

「なんだい。試しに拳銃ぶっ放してって提案は困るぜ。奴の言葉が万が一本当だった場合くたばっちまう」

「そうでなく、俺は病院内を逃げるので竹芝さんと協力してどうにか応援を呼んでください。数で押し切ればどうにかなると思います」

「ほう、根拠は?」


 弾丸で射貫かれたことで血の気が引いたのか、月渚さんは冷静な口調で俺の訊いた。俺は竹芝さんに指先を向けている男へ聞こえないように、極めて小さな声で理由を伝える。


「アイツ、わざわざ口上をあげてから弾丸を撃ってます。ルールを相手に認知させてからじゃないと弾丸が撃てないと見ました。それに、ひとりずつ射貫いているのも妙です。同じ文言で三人をルールで縛ったほうが効率がいいのにやってない。つまり」

「ルールの宣誓と一度にひとりまでしか相手どれない」

「だと思います。だったら応援を呼んで一斉に襲い掛かれば制圧できる」


 こくりと頷く。月渚さんは大きく嘆息した。


「なるほど、言いたいことはわかった。病院内の地図は頭に入っているか?」

「ぶっちゃけ缶詰だったんでさっぱりですが、適当にリネン室でも見つけて隠れます」

「そうか……わかった。俺がアイツにとびかかったら脇目も振らずに逃げろ。万が一を考えて病院外へ出ないように。万が一、億が一、本当にヤバくなったらコイツをぶっ放してでも逃げろ。いいな?」


 月渚さんは真剣な顔で手に持った拳銃を俺に手渡しながら言う。戸惑いながら俺が彼を見ると、有無を言わせない態度でガッチリと拳銃を俺の手に強く握らせた。


「了解です」

「じゃあ……行け!」


 月渚さんが吼えて廊下を駆け出した。目標はマスク男、彼は一当たりして竹芝さんと連携しつつ、逃げながら外部へ連絡を取るつもりなのだろうか。心配だが、俺は俺のやるべきことをするべきだ。そう思い、俺は俺の病室とは反対の北棟の廊下へと走り出す。


「まずは一階の受付に向かわないと」


 二人の刑事さんと別れた俺は全速力で院内の階段を駆け下り始めたのであった。




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