情報収集
夜が明けた七月二四日の朝。俺は運ばれてきた朝食を見つめながら、それを運んできた人へ視線を向ける。食事を運んできたのはいつもの看護師さんではなく、昨夜俺を質問漬けにした警察官だった。
「……なぜ警察官であるアナタが食事を?」
当然の疑念をぶつけると、彼は毅然とした態度を崩さずに告げてくる。
「様々な要因を考慮した結果、君の病室へ来訪できるのは警察官に限定させてもらっている」
「はぁ、そうですか」
想定よりも厳重になった警備に俺は嘆息した。
新しくなった病室には窓もないし、せめてフレッシュな看護師さんの笑顔で心を癒そうと思っていたら、やってきたのは見かけが五〇を越えたオッサンである。そりゃため息のひとつでもつきたくなるってもんだった。
黒く染めているであろうハッキリとした髪色の御仁は、丁寧にサイドテーブルへ食事を置くと、俺のベッドの外にあるスツールへ腰を下ろした。どうやら食事を運ぶだけの仕事では済まさないつもりのようだ。
「軟禁のような状態で不満だろうが、あの手紙を見てしまった以上、君をフリーにするわけにはいかなくなった。すまないな」
「あの手紙?」
口調だけは謝っているが、目は全然謝罪を感じさせない彼があの手紙と口にした。当然だが、俺がしたためた偽装の手紙だろう。
素知らぬふりして俺が白々しく尋ねると、警察官は首を一度だけ縦に振った。
「君が握らされた手紙には、君を襲った犯人が君を伝言役にすると書かれていた。警察としては、無辜の市民がそのような卑劣な犯罪者のメッセンジャーになることは断じて許さない。それゆえ、犯人を捕まえるまでは刑事が代わる代わる護衛に就く」
「見張りですね」
「それもある」
ハッキリと言い切った彼に思わず笑ってしまう。正直な人だ、おそらくすべて本心で言っているのだろう。言葉を交わすと、この人は愛想こそないが実直な性格をしていると判断できた。
「俺の護衛には誰が就くんですか?」
「警視庁警備部の警護課……と言いたいところだがな、残念ながらそのような人員をたかが県警が動かすこともできない。代わりに専任として捜査一課の竹芝警部補と月渚巡査長が護衛任務にあたる。無論、不都合があれば人員は都度入れ替わるがね」
「月渚ってすごい名前ですね。女性ですか?」
「三二で子持ちのおっさんだ。そもそも名字に性別は関係ない」
ごもっともである。
顔に似合わず冗談が通じる目の前の御仁ともう少し踏み込んだ話でも……なんて考えていると、コンコンっと病室のドアがノックされた。
その音に目の前の警察官は目も向けずに一言だけ「入れ」と言い放つ。
「失礼しますよ。おっ、朝飯かい宗一君」
「はい、運んでもらったついでにこれからの身の回りについての説明を受けていました」
入室してきたのはボサボサの髪をしてヨレヨレのスーツを身に纏った竹芝さん。そして、彼に付き従うように一歩下がった位置でスラリとした長身の竹芝さんとは対照的に、パリッとしたスーツを着た偉丈夫が立っていた。おそらく、目の前の警察官との会話の内容から察するに、彼が月渚さんであろうと当たりをつける。
「悪いね。あんな手紙を受け取ったとなれば人道としても捜査官としても君は重要人物になってしまう。ちょっとの間窮屈だとは思うが勘弁してくれ」
「わかってます。それで、そちらの方が?」
「ああ、月渚桐人だ。俺の部下だよ」
「よろしくな」
月渚さんから右手を差し出されたのでその手をグッと握る。ごつごつとした手だ。推測だが、剣道ではないなにかしらのコンタクト系の武道経験があると見た。うちの爺さんと同じ手だからわかる。
俺はニヤリと手から目線を上にあげ、月渚さんと視線を合わせる。あちらも意図がわかったのか同じようにニヤリと笑った。
そんな俺たちを体を向き直して見ていた一番年配の警察官が右手の時計を確認しながら立ち上がる。
「さて、顔合わせも終わったし、そろそろ私は失礼させてもらうよ。竹芝、月渚の両名は気を抜かずに警護するように」
「了解です」
「任せてください」
二人の刑事に激励の言葉を送った警察官がスタスタと病室のドアから退室する。完全に姿が見えなくなったと同時に、俺は二人へ顔を寄せて彼について訊いた。
「あの人だれなんです?」
「うん? 本人から聞かなかったのかい? 御仁は県警の浅見警視正。わかりやすく言えば県警の部長クラスの人間だよ」
「県警の部長って偉いんですか?」
「鼻血が出るほどな。普通はこんなところまで出てこずに県警本部で部下から話を聞くのが仕事さ」
竹芝さんが「県警の上から三番目ぐらいに偉い人だよ」と補足してくれた。
なるほどなと一応は納得はしたが、新たに疑問が生まれた。そんな人がなんで俺の病室に来たのだろう。しかも、昨日も含めて二日連続だ。
「そのような方がなぜここに?」
「それだけ一連の事件が注目されているってわけだ。所轄でも県警内部でも、さらには警視庁でもここまでの連続性のある殺人事件は日本では滅多に起こらないからな。つまり、宗一君の身柄は絶対に護り抜かなきゃならないってこと。できなきゃ俺らはクビだ」
「さすがにクビはご免ですよ」
軽く言ってはいるが、二人のどことなく影を感じさせる言葉尻から捜査本部では相当追い詰められているのだろうと感じた。この街で起こっている事件をまとめると、無尽蔵に人を引き裂いて殺すシリアルキラー、悪人を狙って物理的に炎上させる愉快犯、不特定多数を巻き込んで被害を拡大させて楽しんでいるであろう暫定テロリストが大暴れしていることになる。そりゃ警察の面目丸つぶれ、上層部は顔を真っ赤にして検挙しろって怒鳴り散らしているのが目に浮かぶわ。
俺がお二人にお疲れ様ですと告げると、彼らは困った笑みを顔に張り付けて小声でありがとうと言った。そして、竹芝さんが空咳をして空気を仕切りなおした。
「さて、食事をしながらでいいから聞いてくれるかい」
「もちろんです。なにか事件が進展しましたか?」
「ああ、これを見てくれ」
朝食がのったサイドテーブルの空いている部分に竹芝さんが以前と同じように資料を並べる。資料の上部には鑑識報告書と記載されており、見た限り指紋を照合した証明書のようだった。
「この前の芽木戸市南の森林で発見された金属製の鎧のようなものから血液と指紋が採取された。これを警察のデータベースで照合した結果……」
資料の一辺を竹芝さんが指さす。そこにはむっつりとした顔の男の写真が載せられていた。名前は戦場拳士郎。なかなかお目にかかることがない暴力的な名前だ。
「指紋に前科があった。名前は戦場拳士郎、チーマーあがりの半グレ集団に所属していた男だ」
「五年前傷害事件でしょっ引かれ、執行猶予中にもう一度傷害事件を起こしたために実刑を食らってる。二か月前に出てきたばっかりだ」
確かに、別の資料にはこいつの逮捕歴が書かれている。二八で逮捕歴ありか、まともな人生は送れないだろう……だから、あのように攻撃的な性格だったのか? いや、元々が傷害事件を起こしていたのだから凶暴だった性格が外付けの力を得たことで暴走していると考えたほうが妥当か。
俺が資料をじっくりと読み込んでいると、横から竹芝さんがため息と共に現在の情報を補足をし始めた。
「出所後もやらかすだろうと警察も住所は控えておいたんだ。しかし、現住所へ向かったが既にもぬけの殻。各道路で検問を敷いて対処しているが、免許も持っていないようだから捕まえられるかどうかは微妙だね」
「ついでに言えば、こいつの家から過去の被害者の戦利品が見つかっている。君が被害に遭った交番での一件も間違いなくこいつが犯人だ。死亡した巡査の銃に装填されていたであろう弾丸があったからな」
「……それを俺に聞かせてどうしろと?」
怪訝な表情で疑問をぶつけた。竹芝さんは肩をすくめる。俺の欲しかった情報をつらつらと教えられるのはどうも薄気味悪い。
そんな俺の感情を消し去ったのは困ったように笑う竹芝さんの言葉だった。
「別になにもしなくていいさ。ただ、もし俺たちがいないときに昨晩君が接触した人間と相対しなければいけなくなったとする。そのときは今の情報を伝えてくれればいい。そうしたら君の命を盗りはしないはずだ」
竹芝さんは「君を護るお守りみたいなもんだよ」と言った。横にいる月渚さんもそうだそうだとしきりに頷いた。
その言葉で、俺は打算なしでこの人たちは俺のことを心配してくれていると感じた。同時にすべての言動に裏があると疑っている自分自身を強く恥じる。もう少し、この人たちを信用してもいいかもしれない。そう思ったとき――
「俺たちが君を護りきれるとは限らないしな。ねっ、先輩」
「それを言うなっての。ま、明け透けに言っちまえばそういうわけだ」
俺はベッドの上で上半身だけずっこけた。頼りになるやらならないやら。まぁ、確かに戦場何某やら国道事件の犯人やら、ないとは思うが桃園と敵対したときに普通の警察官が勝てるとは微塵も思っちゃいないが。それでも君のことは必ず守るぐらい言ってほしかった。
「なるほど……わかりました。でも、あの怪人は敵じゃないと思いますよ」
呆れながら、俺は二人にヒントを出す。警察が桃園を敵じゃないと把握してくれたほうが助かるからな。
しかし、俺の言葉の裏など知る由もない二人は露骨に眉を顰めた。
「どうしてそう思う?」
「だって、本当になにか警察へ伝えたいなら俺のところへ来る必要ないですよ。一瞬で消えられるなら警察のお偉いさんの元に現れたほうがよっぽど効率がいい」
俺が「でしょ?」と言うと、二人はむっつりとした顔で互いに顔を見合わせる。
「効率……か」
「確かに手段が迂遠っちゃ迂遠ですね。当然、あの手紙に書かれていることを鵜吞みにするわけにはいきませんが」
「しかし、もし宗一君を襲撃したのが炎で悪人を焼く犯人だとすれば、メッセージが一貫しているのは事実ではある」
「端的に言えば、自警団行為……ってわけですか」
「違法には変わらんがな」
俺を置いて二人だけの世界でブツブツと相談しあう彼ら。そんな彼らへ咳払いをしてこちらの世界に戻ってきてもらい、俺は整合性をすり合わせるための発言をする。
「あの……ひとついいですか」
「なんだい?」
「そもそも、俺は手紙の中身を詳しく知らないんですよね。どんなことが書いてあったんですか?」
無論、中身など全て覚えているが、それでも疑問に思わなければ不自然なのであえて知りたがる。狙われている要因など知らない俺からすれば当然の要求だろう。
そんな俺に、渋い顔をした竹芝さんが自分のスマートフォンを操作して画面を見せてくれた。画面には俺が夜なべして作った例の文書が映っている。どうやら写真に撮って警察内部で共有しているみたいだ。
「護衛も兼ねてとありますが?」
「深夜に窓ガラスを溶かすような奴を信用しろってほうが無理だよ」
「なるほど、一理ありますね」
困ったことに、想定よりもかなり警戒されている。しかし、土人形だけではパンチが弱すぎて相手にされなかった可能性も考えると失敗とは言い切れないのがもどかしい。
「ちなみに、指紋は君のものしか出なかった」
「そうですか……話は変わりますが、先日の爆発事件の調査はどうなってるんですか?」
俺の質問に二人がそろって苦い顔をする。捜査であの光景を何度も見させられれば笑顔は作れないよな。
「あっちはやっと被害者たちの司法解剖が終わりつつあるよ。で、鑑識の結果だが、君の近づいた両方の車から爆発物は検出されなかった」
竹芝さんが「結局、爆発の原因は不明のままだ」と肩を落として言った。あの規模の大爆発で爆薬が発見されないのはどう考えてもおかしい。やはり、俺と桃園の睨んだ通り、アルカナ能力による攻撃だと考えていいはずだ。
となると、問題は俺を狙ったものだったのか、それとも偶発的な犯行に俺が巻き込まれたかどうかなんだが……ま、間違いなく後者だろう。俺と桃園のようにアルカナフォン持ちが複数人組んでいれば別だが、アルカナ能力は一人にひとつのはずだ。俺を特定して、さらに攻撃性能がある能力などは存在しない。たぶん。
「俺としては、宗一君のところに出た怪人がやったと考えていたんだが」
「違うと思いますよ。あの人は炎を操って窓ガラスを溶かしたんで」
「ああ、別の病棟からたまたま目撃した患者からも同じ証言を得ている。国道の事件の生き残りの証言と照らし合わせても同一人物ではないと本部でも判断しているよ」
息を吐くように捜査情報を漏らす竹芝さんに感謝しつつも苦笑する。この人、本当に内緒話ができるタイプじゃない。よく警察に勤めていられるな。
「ま、そもそも炎をぶんぶん好き勝手に振り回せる人間がいることのほうが不思議だよ。どんな手品でやってんだか」
俺の呆れを察知したのか、月渚さんが半笑いで話題を切り替えた。全員でウンウンと頷く。
「まったくだ。お、そろそろ時間だ」
「もうそんな時間ですか。じゃ、俺たちは見回りに行きますか」
立ったまま会話をしていた竹芝さんと月渚さんが腕時計を確認して、軽くストレッチを始める。情報収集の時間はどうやら終わりらしい。
「長々とすまなかったね。もう少ししたらうちの人間が取り調べに来るから協力してやってくれ。俺たちはその間は病院内を見回ってるから」
「わかりました。なにがあるかわかりません、お気をつけて」
「なんだいかしこまって。警察が詰めているんだから大丈夫さ」
俺がペコリと頭を下げると、彼らはそんな大げさなと言わんばかりに苦笑した。
――しかし、この数時間後の悲劇を考えれば、俺の言葉は決して大げさではなかったのだ。




