かつてレオンと呼ばれた男がいた:青年中期篇
彼の視野は不思議と広かった。
事務仕事で帳簿を見ながら電卓を叩いているように見えていても、隣、いや、その事務室全体のそれぞれの動きが見えていた。
同僚が冗談半分で「まるでカメレオンみたいね、色が変わるんじゃなくで、卓上を見ているようで全体が見えている」と。
そこからいつの間に彼は「レオンさん」と呼ばれるようになったのである。
彼は総務部経理の仕事をしながらも、若い頃からのPC知識を駆使して「構造的省力化」に取り組んだ。
直属の上司には「会社全体に渡る業務の省力化を行いたいので、業務時間内でにそのための時間を割かせてください」と、正式に許可を得た。
まずは「各部門」における「業務実務把握」である。
各部門の担当者には「『表向きは業務省力化』と銘打っているけれど、実際には『自分たちの仕事がどうしたら”楽になるか”』に取り組んでいるので協力してね?」と。
その方が「生の情報」を得られることを彼は知っていた。
本音では誰もが「仕事は楽な方がいい」に決まっている。
その「業務効率化」に取り組んだのは、まだWindows95が出た頃のことであった。
(かなり専門用語が絡んでくるので、読み飛ばしていただいても構わない、いや、読み飛ばし推奨かもしれない)
彼は出入りのSEを口説き落とし「UNIX系メインフレーム」に対して「すべてのテーブルへの”読み込み”のみを可能とした上で、オリジナルの”読み書き可能”なテーブルを作成できるアカウント」を作ってもらった。
もちろん「人事システム」は別系統である・・・踏み込んではならない領域。
具体的に表すと、「UNIX系のメインフレーム」に「Linux PC」を挟んで「Windows95PC」によって「MS-Access」でデータ抽出を行い、「MS-Excel」で集計〜出力した。
これにより、各月の締め日後3営業日で「月次財務諸表」の作成と、決算日後15営業日くらいで「青色決算書」の「ほぼ完成形」を作成するに至った。
しかし、それが評価されることはほとんどなかった。
同時に彼は自己のビッグバンドも立ち上げていた。
既存のビッグバンドでは満足しきれなかったのである。
バンドリーダーとコンサートマスターとリードトランペットを兼任した。
いわば「ワンマンバンド」とも言える。
しかし彼の考え方は他と違った、”満足の優先順位”が。
1位:観客満足
2位:メンバー満足
3位:自分満足
である。
10年ほど運営したであろうか・・・・・
その間にサポートしてくれていた楽器店を通して、多くのスタジオプレイヤーとも交流を得た。
近隣のビッグバンドとも、楽譜のやり取りやエキストラのやり取りで交流を交わした。
伝説のライブハウスを自腹で借りて毎年コンサートを行った。
ジャズライフにも掲載された。
開店したばかりだった現在では超有名ライブハウスからは「ノルマなし・チャージ折半・月1出演」までも依頼された。
個人ではテレビ出演もした。
しかし、そこには「抱えきれなかったことによる、実質的な裏切り」も存在していた。
いや、これは「過去の栄光」にしか過ぎない
「過去の自慢話」に浸っていては「今」を生きることはできない
それでは「先」に進むことなど底無理である
捨てよう、「過去の栄光」や「自慢話」は・・・
ここで少し、最近”夢に見た妄想”を絡めよう。
彼は5日間連続で会社を休んでいた。
出勤できる日がやってきた。
立ちそばで”かしわそば”を頬張る。
地下鉄に乗ろうと切符を買うと、何故か2枚の切符が同時に券売機から出てきた。
1枚の切符で地下鉄に乗り込む。
乗り換えだ。
乗り換え専用改札で、さっき使った切符が使えない。
もう1枚の切符で何故か自動改札機の扉が開く。
乗り換えの電車のドアが空いていて、「駆け込んで来い」と叫んでいる。
無事に勤務先の駅にたどり着いた時、時間は既に出勤時間から過ぎていた。
まだ”夢に見た妄想”は続く。
エレベーターは?
数階上にいる。
後ろのエレベーターだ。
乗り込むと、そのエレベーターは事務所の3階下までで停まるタイプである。
彼は事務所の3階下でそのエレベーターを降り、階段を駆け上る。
勢いよく事務所の扉を開けた。
女子社員が10名ほど横並びになって、マドンナが指揮者のようにその前に立っている。
彼はマドンナをじっと見つめた。
マドンナと視線が交わった。
ふたりは舞台袖でそっとハグを交わした。
さて、”夢”から少し戻ろう。
そのマドンナが結婚退職するときに、彼はマドンナを呼び出した。
彼は言いたいことを言い出せずに、夜の繁華街をマドンナと共に”他からは散歩にみえそうな速度”で歩き続けていた。
マドンナが言った、「ねえ、疲れちゃった。お話があるんでしょ?喫茶店に入りましょうよ」と。
彼は喫茶店でマドンナに向かって「ずっと好きだったんだ、結婚しないでくれ」と言ってしまったのだ、ドラマじゃあるまいしキザなのか恥知らずなのか・・・
マドンナの答えは「ありがとう。本当に、本当に嬉しい。でも、もう遅いのよ」・・・・・これもまるでドラマのような。
マドンナの退職時の送別会(当時は”寿退社”という言葉が存在していた)では、仲の良かった女性同僚に「帰ってこいよ」を”顰蹙を恐れず”歌ってもらった。
その中の良かった女性同僚は、「歌えって言われたから歌ったのよ」とぶっきらぼうに言い放ったが、もしかしたら彼に対して好意を寄せていてくれていたのかもしれない。
それはいまだに”謎の中”である。
しかし、改めて遡って考えてみないかい?
彼が6年間交際した女性と別れた後の話である。
その仲の良かった女性同僚と2人カラオケに頻繁に行っていた。
ある日、彼女の長い髪の裾の方がかなり傷んでいたので「まるで魔女の箒のようになっているよ?」と言ったら、次の日には「ロングボブ」にバッサリと切られていた。
彼女は「リクエストをまとめたけど、誤解しないでね?」とカセットテープを渡してきた。
ほぼ「ラブソング集」である。
彼女は言った「たまにはカラオケじゃなくて飲みに行かない?」と。
飲んでいる最中、彼女は「海に行きたいな」と呟いた。
彼は「明日行くかい?」と答えると、彼女は「え?連れて行ってくれるの?じゃあ準備しなきゃだから帰ろう!」と二人は帰った。
翌日二人は海で過ごした、さも「姉」と「弟」のごとく。
彼は転職し、その後「レオン」と呼ばれることはなかった。
しかし、残された人の微かな記憶の中に「レオンさん」は生き続けている。
〜 さて、時を変えよう 〜




