第九話 デボラ・ザマスティーナの来訪
「アータ達は、なぁーにをやっているザマスか!?」
耳障りな甲高い声が来賓室に響く。一人掛けソファに腰掛け、偉そうに足を組んで見下しているのはエルデンラント王国初の女性税務官、デボラ・ザマスティーナ伯爵婦人だった。
婦人は子供のように身長が低くて変わった形の眼鏡を収集する癖のある奇人……ではなく、れっきとした伯爵婦人だ。中でも特徴的なのは、自らの金髪を渦巻状に盛り付けている事。彼女を快く思わない人間は法螺貝を頭に乗せているみたいだと陰口を叩いているようである。
けど、仕事が完璧にできるから誰も言い返せないんだよなぁ……。
そんな事を考えながら床に片膝をついていると、デボラ婦人のつぶらな瞳がキラリと眼鏡の奥で光った。
「まったく、前もって期日を知らせているというのに! お金を用意していないとはどういうことザマスか!? しかも言い訳が人助け!? ダメダメッ、領主失格ザマス! アータの行動は自分の家族や領民を蔑ろにしてるようなものでごザァマスよ!? それを理解しているザマスか!?」
おぉ、婦人。それには俺も大いに同意するぞ。もっと父さんに言ってやってくれ。家族を大事にしろってな。
しかし、ジークは一方的に自分だけが責められている空気感に耐えられなかったのだろう。ここで婦人の地雷を踏み抜いてしまった。
「ハイッ!! キイテルデザマス!!」
「ンモォォォォッ!! 人が真剣な話をしてる時にふざけてアタクシの口調を真似するだなんて!! 侮辱罪で裁判所に申し立てるでザマスよ!?」
怒った婦人がパチンッ! と扇子を畳む音が聞こえる。
これはマズイと思った俺はすかさず顔を上げ、「申し訳ございません、ザマスティーナ伯爵婦人! 残念な事に父の脳みそは筋肉でできているのです! どうか、父の失言をお許しいただけないでしょうか!」と頭を下げた。
「父は剣を振るうだけしか能がない、根っからのハンター気質なんです! モンスターを狩る事でしかお金を稼げないんです! だから、俺が納税する分はちゃんと金庫に保管しておいたんですが、今回も他人の為にお金を使っちまったんです! どうか……どうかご慈悲を!」
俺が精一杯の謝罪する。すると、デボラ婦人が明らかに憐れみを含んだ声音で、「アータも大変ザマスねぇ……」と憂いがちに溜息を吐いた。
「いいザマスか? 今から言う事を耳の穴をかっぽじって聞くでザマス。一ヶ月後、またこちらに伺うザマス。それまでに税金を納められなければ、シェーンベルク領は国へ強制的に返還する手続きを取るザマス」
どうにか首の皮一枚繋がり、俺は安堵の溜息を吐いた。
「寛大な措置をいただきありがとうございます! あ……あの、改めて確認なのですが、税金は大金貨二枚納めれば良いんですよね?」
俺が恐る恐る聞くと、「アータ、何言ってるでザマスか? 世の中そんなに甘くないザマスよ?」とデボラ婦人の目が鋭くなった。その瞬間、俺はなんだか嫌な予感がした。
「一ヶ月の延滞料も含めて大金貨三枚になるザマス」
「「だ、大金貨三枚!?」」
俺とジークは驚いて声が被ってしまった。しかし、デボラ婦人は「当たり前じゃないザマスか!」とオホホ……と嫌味っぽく笑う。
「広大な領地、領民が三人にドライブモンスターが二匹。今のところ税金を納められていないのはシェーンベルク領だけでザマスよ? 大金貨三枚は妥当ザマス」
「りょ、領民が三人とはどういう計算で……?」
「アータ達の後ろに控えてる可憐な銀髪の乙女を入れて三人ザマス」
まさかのシャルロットが領民としてカウントされているとは思わず、「ちょっと待ってくれ!」と俺は声を張り上げた。
「シャ、シャルロットさんは領民――」
「リヒト。シャルロットちゃんはシェーンベルク領の領民だろ?」
ジークが俺の訴えを静止する。どうして止めるんだと思ってしまったが、シャルロットが王国の関所を通らずに帝国領から王国領へ侵入してしまった事を思い出し、咄嗟に口を噤んだ。
「アータ達、アタクシに何か隠し事でもあるザマスか?」
「いいや、何もないぜ。気にせず説明を続けてくれ」
デボラが何か裏があるではないか? と疑いの眼差しを向けられたが、特段追求される事はなく続きを話し始めた。
「と・に・か・く! 他の領地はちゃーんと決められた期間内に税金を納めているうえ、領内で採れた特産品を王室へ献上してるザマス! せめて領民が百人以上いれば節税対策やいろんな国の制度を活用する事ができるザマスが……」
デボラ婦人は扇子を広げ、パタパタと仰ぐ。どうやら、リヒト達が知らない税金対策の知恵も兼ね備えているようだ。
「でも、シェーンベルク領は緑豊かな土地で、まるで原始人のような暮らし――あぁ、失礼しました。つい心の本音が出てしまったでザマスね、オホホホホッ!」
こ……この奇婦人……。俺達を……シェーンベルク領を馬鹿にしやがった!
俺は怒りで拳を震わせながら、スッと立ち上がる。デボラ婦人を見下すように睨み付けてやるが、彼女は痛くも痒くもないらしく、余裕そうな表情でフフンと鼻で笑ってきた。
「今に見てろよ! シェーンベルク領はこれからもっと繁栄していくんだ! 俺がこの領地を変えてみせる!」
「フフン、アタクシは自分の仕事を全うしているだけ! アータからそんな憎々しげに睨まれる理由はないザマスね。まぁ、そうザマスね……。ダンジョンを攻略して最新部にあるお宝をゲットできたら、どうにかなるんじゃないザマスか? まぁ、宝箱から何が出てくるか分かりませんし、結局は運任せになると思うザマスけど! オホホッ、オホホホホホッ!!」
彼女は高らかに笑いながら貴賓室から出て行った。その場に残された者達の空気が重い。暫く、俺達は無言のまま静寂だけがこの場を支配していた。




