第八話 魔女が王国へ来た理由
「ん〜、おいひぃ〜♡」
フォークとナイフを使って俺が作った朝食を美味しそうに頬張っているのは、先程の〝ダークマター〟を生み出した張本人、シャルロットだ。
俺は拘束魔法を解かれた後、父さんが胃薬を飲ませてくれたお陰で軽傷で済んだ。当の本人は俺が気絶したのを目の当たりにして、ようやく自分に非があると自覚したようだったが、なんとも立ち直りが早いものである。
「それにしても、リヒト君がこんなに料理が上手だったなんて! さすが、ジーク様の料理番ってところね! 本当に美味しいわ!」
「だから、俺は料理番じゃねぇって。今は父さんと一緒にハンターとして生計をたててるけど、将来的にはシェーンベルク領の領主として切り盛りしていく男だ。ハンターになるつもりも料理人になるつもりも一ミリもねぇよ」
俺はヤケクソ気味にピュアポークというモンスターの燻製ベーコンを頬張る。噛むたびに滲み出す程良い肉汁と鼻を突き抜ける燻製の香り……。うん、美味い。流石、俺。さっきの〝ダークマター〟とは大違いだ。
「え、そうなの? こんなに美味しいのに料理番にならないだなんて、逆に勿体無い気がしてきたわ」
シャルロットは相変わらず悪気なく言う。俺は納得いかないというような表情で頬杖をついた。自然とフォークを握る手に力が入る。
あぁ、この一方通行の伝わっていない感じ……。このままだとジークと口喧嘩した時のように爆発してしまいそうだ!
そのやりとりを一部始終見ていたジークは「まぁまぁ、二人共。そのくらいにしてだな」と仲裁に入ってくれた。
「ところで、シャルロットちゃん。どうして君は亡き妻、エリザベートに会いに来たんだい? 何か事情があっての事なんだろう?」
「は、はい……。その……いろいろとありまして……」
ジークの問いかけにシャルロットは頬を赤くする。どうやら、彼女はジークに惚の字なのかもしれない。もしかしたら、俺の継母の地位に就く気なのだろうか……。
俺は少し憂鬱な気分になりつつも、チラッとジークの反応を伺う。ニコニコと綺麗に笑う父の横顔はいつも通りの他所行きの表情だ。亡くなった母さんの思い出話をする時とは反応が全く違ったので俺は安堵する。
「もしかして、お母上と何かあったのかな?」
「実は母の願いを叶えたくて王国まで来たんです」
予想外の話に俺とジークは顔を見合わせる。暫くシャルロットは無言だったが、顔を真っ赤にしてゴニョゴニョと話し始めたのだった。
「や……病に臥せった母を料理で元気付けたくて……」
「え? まさか、病人に〝ダークマター〟を食わせてたのか?」
俺は血の気が引くのを感じた。あのビジュアル、あの独特の食感、そして炭と化した強烈な苦味――。思い出しただけで口の中がカラカラに渇いてくる。
隣に座っていたジークは小さく「コラ、リヒト。そんな事を言うんじゃない」と叱ってきた。しかし、シャルロットは落ち込んだ様子で、「そうなんです……」と呟く。
「私、お二人の反応を見るまで料理が上手いって思ってたんです。母がいつも美味しいって言いながら食べてくれてたので……」
「シャルロットさんの母さん、あれを食って何もなかったの?」
「はい、何故か毒消し魔法や気付け魔法をかけてから食べてたのが不思議だったのですが……。お恥ずかしい話なんですが、『オイシイッ、オイシイッ! シャルロットチャン、オイシイヨッ!』って、手を震わせながら食べてくれていたので、てっきり喜んでくれているものかと……」
駄目だーーーー!! それ、絶対に美味しいって思ってないやつーーーー!! アンタ、どんだけ天然なんだーーーー!!
こんなシリアスな場面で突っ込むわけにはいかなかったので心の中でツッコミを入れる。隣にいたジークは我慢できなかったようで腹を抱えて笑っていたが。
「と、とにかくですね! 私が父方の親戚を頼って王国まで来たのは、病に臥せっている母の為に、父が特別な日に作ってくれていた料理を振る舞いたいのです! ジーク様の料理番であるリヒト君に! 貴方の料理は本当に最高よ! 是非、貴方に作ってもらいたいわ!」
「だ、か、らぁ……。俺は料理番じゃねぇって、何度も言ってるだろーー!! いい加減、人の話を聞きやがれーー!!」
俺の必死の叫びが砦中に響いた。それとほぼ同時に正門で門番をしてくれていたルナが甲高い雄叫びを上げる。窓の外を見てみると、数馬の白いエンジェルホースを筆頭にお貴族様を乗せた馬車が空を走っているのが見えた。
「リヒト、準備をしろ。とうとうおいでなすったぜ」
「えっ、こんな早朝に!? ったく、国の役人ってせっかちな奴が多いよなぁ……」
俺とジークがあたふたしている様子を見て、シャルロットが「どうかしたの?」と不思議そうな顔をする。
「国の役人が税金を取り立てにきたんだ」
「お、お金を取られちゃうの!? なんだか怖いわ!!」
シャルロットの表情が恐怖に染まっている。どうやら、税金という国のシステムをご存知ではないらしい。天然っぽい発言に人の顔色を伺わずに喋るあたり、どうやら箱入り娘っぽいような気がしてきた。
「えーっとですね、シャルロットさん。初代・シェーンベルク家の当主は大昔、魔王を倒した功績を讃えられ、国からこの領地と爵位を賜ったんですよ。それで年に一回、一定の額を国に納めなきゃいけないんです。だけど……」
「だけど?」
「そこにいるプラチナ級ハンターさんが、困ってる人の為に金を使っちゃって一文無しなんだよねー。本当に困るよなー」
俺はワザと棘のある言葉をジークに投げかける。すると、当の本人は「二人共、そんなに心配するな!」と声を張り上げた。
「俺はプラチナ級ハンターだぞ? たかが国の役人相手に怯むと思うか?」
ジークは俺達が話している間に用意したのか、いつの間にか自分の髪色と同じ派手な貴族服を着用していた。大きな青い宝石がついたスカーフを身に付けている。しかし、あれは洞窟内を探検していた時に見つけて自作した物だ。爵位持ちの貴族が身につける装飾にしては、かなりワイルドに見える。
「ジーク様、カッコいいです……♡」
「そうだろうそうだろう、もっと褒めてくれたって良いんだぜぇ!? ハッハッハッハッ!!」
ジークはシャルロットの言葉に良い気になっているようだが、俺には分かる。内心、国の役人が来ると分かってかなりビビっている事を。その証拠に額から汗が流れ落ちている。
「さぁ! 国の役人だろうがなんだろうが、なんでもかかってきやがれ!」




