第五話 勇者の子孫
氷塊の欠片が辺りに散らばり、白い冷気が漂っていた。
ジークは頭を掻きながら「マジかよ……」と呟いていたけれど、俺はただ息を呑んでいた。人の形をしているのに人ではない全く別の存在だと思ったからだ。
「俺達の目の前にいるのはハーフエルフだ」
「ハーフエルフ? 聞いた事ない種族だな」
この世界には人間、ドワーフ、エルフ、人魚族、獣人が住んでいる。ハーフエルフなんて単語は聞いたことがなかった俺は首を傾げていると、「俺も実際に見るのは初めてさ」とジークも目を丸くしていた。
「人間とエルフの間に生まれた者達がハーフエルフって呼ばれてるんだ。エルフよりも短い耳が特徴らしくて、保有してる魔力量がえげつないらしい。だから、さっきの攻撃力の高さも納得できる。でも、エルフは他種族と関わりを持とうとしない閉鎖的な種族で有名なんだが、人間と恋仲になるエルフなんて聞いたことがないな」
ジークの解説を聞いて、俺は一生分の運を使っちまったような気分になった。ハーフエルフの女の子はうーんと考えるような仕草をしながら俺達親子の様子を伺ってきた。
「もしかして……貴方達は王国の人?」
「あぁ、そうだ。そういうアンタは帝国から来たのかい?」
ジークが聞き返すとハーフエルフの女の子は青褪めた表情で、「キャーーッ!!」と叫び、両手で顔を覆って蹲み込んでしまった。
「ど……どど、どうしましょう、私ったら!? 洞窟でドス黒いオーラを纏ったモンスターに襲われて反撃したら、何匹か外に逃げちゃって! でも、まさか王国領に入っていただなんて! すみません、わざとじゃなかったんです……! どうか、国際問題にだけはしないでください……!」
ハーフエルフの女の子が半泣きになりながら額を地面に擦り付けて懇願してきた。驚いた俺とジークは顔を見合わせた後、「ここは俺達の領地だし、別に問題にはしないけど……」と告げると、「本当ですか!?」と女の子が嬉しそうに顔を上げた。
「心の広い方で助かりました! 本当に感謝してもしきれないです! あ、私の名前はシャルロットといいます! よろしければ、お名前をお聞かせいただいても!?」
「俺の名前はジーク。ジーク・シェーンベルクだ。後ろにいるのは俺の息子のリヒトだ。ほら、リヒト。お前も挨拶しろ」
ジークはそう言ったものの、俺は怪訝な表情になっていた。魔法を使ってる時と話してる時の雰囲気と印象が全く違うぞ、と。とはいえ、よくよく考えてみれば危ない所を救ってくれたのだ。感謝を伝えなければなるまい。
「リヒト・シェーンベルクです。危ない所を助けて下さり、ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもない! 私の方こそ人がいないと思って、氷塊の嵐を降らせちゃってごめんなさいね――あっ!? 腕から血が出てます! もしかして、私の攻撃のせいですか!?」
シャルロットが慌てふためいた。いつの間に怪我をしていたのだろう。痛みにも気付かないくらい必死だったから、シャルロットに指摘されて初めて気付いたくらいだ。
「ち……ちち、治療を! 早く治療をしないと!」
「これくらい平気ですよ。傷薬を塗っておけば、すぐ治りますから」
「そんなわけには参りません! 人は小さな傷一つで命に関わる事もありますから! さぁ、じっとしてて下さいね……」
シャルロットが俺の腕に手を翳すと緑色の光がぼんやりと輝き、傷は一瞬で癒えた。初めて魔法を使って治してもらったが、魔法がここまで万能だとは思わず、俺は「すげぇ! 傷が一瞬で治っちまった!」と驚きを露わにする。
「ありがとう、シャルロットさん! 実は俺、魔法使いに会ったのは初めてなんだ! さっきの氷塊もスケールがデカすぎて驚いたし、魔法って凄いんだな!」
「えへへ、そんなに褒められるとなんだか照れちゃいますね……」
シャルロットが頬をピンク色に染め、髪を弄りながら照れている。彼女の髪が月光を反射したその瞬間――息を呑んだ。月の光に反射して銀色の髪が七色に輝き出したのだ。
な……なんだこの美しい人は!? 暗がりで見えづらかったけど、容姿は王都にいる誰よりも綺麗だし、目なんか金色で宝石みたいだ! こんな人形みたいな人がこの世にいるだなんて思ってもみなかったぞ!?
暫く見惚れていたが、側にジークが控えている事を思い出した俺は軽く咳払いをする。
「そういえば、シャルロットさんはどうしてこんな所に? 帝国領から王国の首都まで行くのに丸三日はかかる距離ですし、他のルートもあったんじゃ……」
「実は父方の子孫に会いにきたんです。私の両親は勇者の仲間の一人で母は魔法使いとして活躍し、父は料理番をしてました。父の苗字は非常に変わってまして〝タカナシ〟というんですけど……」
ここで隣にいたジークが「〝タカナシ〟だって?」と驚いたように聞き返す。何か知ってるような反応だったので、「父さん、何か知ってるの?」と聞くと、驚くような返事が返ってきた。
「俺の妻、エリザベートの祖先と一緒の苗字だ」
「えっ、そうなの!?」
「あぁ。つまり、お前と魔女さんは遠い親戚ってことになるな」
俺は目を丸くする。なんだか今日は驚いたりする事が本当に多くて戸惑っているけれど、側にいたシャルロットはそれを聞いて感激したようだった。
「凄いです! こんな森の中で会えるだなんて、なんだか一生分の運を使っちゃった気がします! それでそのエリザベートさんという方はどちらに!?」
シャルロットはぱっと顔を輝かせ、ジークの手を両手でぎゅっと握った。あまりの勢いに父さんは目を瞬かせて固まってしまったが、「実は……」と頬を掻きながら話を切り出す。
「エリザベートは数年前に流行り病で亡くなってしまったんだ」
ジークの言葉を聞いたシャルロットはショックを受けたらしく、「そう、だったんですか……」と見るからに落胆していた。どうして父方の子孫に会いたかったのか分からなかったが、落ち込んでいるのを見るにどうしても会いたい理由があったようである。
ジークは女の子が暗い表情になっている所を見るのは放っておけないのか、「落ち込むのはまだ早いぜ!」と俺の肩をガシッと掴んできた。
「確かにエリザベートはいない。けど、俺達の間には一人息子のリヒトがいるんだ。良かったら仲良くしてやってくれ」
「よ、よろしくお願いします……」
俺は握手をする為に恐る恐る手を差し出した。だが、シャルロットは俺の手をまじまじと見つめたまま、いつまで経っても握手をする気配はなかった。むしろ、ムゥ……とした難しい表情のまま、俺の手のひらを見つめている。
なんだよ、この空気は? 俺の手、なんか汚れてる? 汚れてるから手を握ろうとしないの? お願いだから何か言ってくれないかな? この際、汚れてるって言ってくれていいからさぁ――。
俺が冷や汗をダラダラかいていると、シャルロットの口から驚愕の台詞が飛び出してきた。
「リヒト君。貴方、私の父のように料理番としてお父様に着いて回ってるのね?」
「…………はい?」
何を言ってるんだこの人は? 一応、俺は幼い頃からジークに連れられ、ハンターの心得からモンスターの解体の仕方、武器の扱い方の英才教育を受けているんだが。それなのに料理番だと? 俺の手のどこを見てそんな風に答えられる気になったのだろうか?
「シャ……シャルロットさん、それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味よ。リヒト君の手はハンターの手じゃないわ。お父様の手は硬くてゴツゴツしていたけれど、貴方の手はフワフワしてそうだもの」
ガンッ! と頭を殴られたような気がした。自分の頬が引き攣るのを感じる。このままだと耐え切れずに暴言を吐いてしまいそうだ!
「ゴ、ゴホン! まぁまぁ、二人共! こんな真っ暗な森の中で言い争うのはそれくらいにしてだな……」
側にいたジークが助け舟を出そうとしてくれた。だが、やはり一言物申さねば俺の気が済まない。そう思った俺は一歩踏み出し、シャルロットに向かって満面の笑みを浮かべてやる。
「いいですか、シャルロットさん? 俺、一応ハンターなんですよね。勿論、料理も好きですよ? けど、俺はこう見えてギルドに登録もある一人前のハンターなんですが……」
「え、そうなの? なんだか意外だわ。私が攻撃した時もそうだったけど、お父様に守られてばかりだったじゃない」
お父様に守られてばかりだったじゃない――。
お父様に守られてばかりだったじゃない――。
お父様に守られてばかりだったじゃない――。
そう言われた瞬間、胸の奥で何かがひび割れた気がした。シャルロットの言葉は軽かったのに、俺の心に深く突き刺さる。
シャルロットの言葉が脳内で山彦のように再生され、俺はショックでその場に立ち竦んだ。確かに……確かに今日は目立った活躍はしていない。活躍はしてないけど、そこまで言われる羽目になるとは……。
「…………泣けるぜ」
冗談めかして言ったものの、胸の奥に笑えない痛みが残った。遠くでウルフ系のモンスター達の遠吠えが聞こえる。その声が俺の心を余計に虚しくさせたのだった。




