第二十話 食材の記憶
厨房に立った俺は、まな板の上に鎮座するアサルトドラゴンの肉塊と対峙していた。
傍に置いていた包丁を手に持ち、その先で肉を何度か突いてみる。ビクッ! と大きく痙攣した後、ピクピクと小刻みに震えるのを見て、俺は一言も喋らずにあらゆる角度から観察を続けていたのだった。
うーん、まだ生きてやがるな。どういうカラクリか分からねぇけど、これをどうにかしねぇと消化に時間がかかるような気がするぞ。
一人で考え続けていると、側にいたシャルロットが「ねぇ、リヒト」と顔色を伺うように話しかけてきた。
「その塊肉と睨めっこし続けて十分以上経つけど、何か分かったの?」
「ん? あぁ、まだ生きてるなぁと思ってさ。肉を剥ぎ取った時は〝魔王の残滓〟の影響で黒かった肉が時間経過で薄まってはいるみたいだけどな」
試しに塊肉の断面をシャルロットに見せてみる。断面が激しく痙攣するのを見て、「ひぃっ!!」と女の子らしからぬ悲鳴を上げた。
「この状態で本当に生きてるの!?」
「俺が貯蔵庫にアサルトドラゴンの肉を入れたのは一週間ちょっと前だし、これだけ時間が経ってたら肉が痙攣するはずないだろ?」
「うぅ、ちょっとしたホラーじゃない……。それで、これからどうするつもりなの?」
シャルロットが不安そうな表情で聞いてきたが、調理しているところを見られるのは初めてという事に気付いた俺は白い歯を見せて笑って見せる。
「今からこの塊肉と〝対話〟をしてみようかと思うんだ!」
「た、対話? この塊肉と?」
「そっ! 俺、いつも料理を作る時は素材と話をしながら、どんな料理を作るか決めてるんだ!」
俺はいつもの調子で話して見たものの、シャルロットの表情は何言ってんだ、コイツ……と言わんばかりの表情になっていた。
「……あれ? もしかして、そんな事してるのって俺だけ?」
「うん。普通の人は食材と話なんてしないわよ」
「俺の母さんはいつも食材と喋ってたんだけど、それが普通じゃないのか?」
「しないと思うわ。私の父もそんな事はしてなかったもの」
シャルロットの戸惑った表情を見た俺は急激に顔が熱くなってきた。どうやら、そんなことをしているのは俺達家族だけだったらしい。
「と、とにかく! 俺は今からコイツと話すから暫く黙っててくれよな!」
「はーい、隣で良い子にしてまーす」
シャルロットの事はスルーして、俺は塊肉に触れた。
ピクピクと痙攣するのを手の平で感じ取り、深呼吸を何度か繰り返した後、更に肉に意識を向ける。
あ……来た来た、この感じ。気を抜いたら声は聞こえない。このまま意識を合わせていけば――。
暫くすると、ウォーレン山脈の洞窟の奥深くで子育てをしている雌のアサルトドラゴン視点になっていた。
卵から孵った子供に餌を与え、冷えないように腹の下で何匹もの子供達を温めている。雄のアサルトドラゴンが狩りに出ている間、雌のアサルトドラゴンが子供達を守り、雄が巣穴に帰ってくれば交代で子育てに励む日々が続いた。
しかし、平穏な日々は突然終わりを告げる。どうやら、巣穴に何者かが侵入してきたようだ。
大人のアサルトドラゴン達は子供達を守る為に激しく威嚇していた。目の前にはフードを目深に被った長剣を手にした男が一人。全身から〝魔王の残滓〟と思しきオーラを身に纏っている。只者ではないのは一目見て理解した。雄のアサルトドラゴンも本能で男のヤバさを感じ取ったのか、すぐに攻撃を開始したのだった。
この男……。一体、何が目的なんだ?
俺が考えている間に、勝敗はあっけなく決した。
フードを被った男が剣を鞘に閉まった瞬間、雄のアサルトドラゴンの首元から血が噴き出したのだ。
雄のアサルトドラゴンは低く呻き声をあげながら、地面に崩れ落ち、手足をバタつかせて苦しそうに踠いている。その姿を見た瞬間、巣穴にいた雌のアサルトドラゴンが大きな声で咆哮した。
男がアサルトドラゴンにゆったりとした足取りで近付いていった。アサルトドラゴンの特徴的な角に触れた途端、身に纏っていた〝魔王の残滓〟が侵食していくのが分かった。
〝魔王の残滓〟がアサルトドラゴンを包み込む頃には、森で見た時と同じ黒まんじゅうの姿に変化していた。大きな口でニタリと笑う姿を見て、早鐘を打つように心臓が脈打つ。
まさか……この男のせいで、シェーンベルク領のモンスター達に〝魔王の残滓〟が広がっていったのか!?
俺は感情が追い付かなくて息が上がってしまっていた。
その間もフードの男は手当たり次第、仲間のアサルトドラゴンを感染させていく。仲間達の悲鳴があがる中、雌のアサルトドラゴンは子供達を逃がそうしているのか、巣穴を守るように自ら盾になっていた。
そして――、最後は自らも〝魔王の残滓〟に飲まれてしまったところで、俺はハッと我に返ったのだった。
「リヒト、大丈夫? なんだか顔色が悪いわ」
側にいたシャルロットが心配そうに俺の顔を見つめていた。
余裕のなかった俺は「わ、悪い。少し嫌なものを見ちまってさ……」とだけ答え、大甕の中に溜めていた飲み水をガブガブ飲んだ。
先程の記憶を思い返してみたが、食材との〝対話〟ではなく、食材の〝記憶〟を感じたのは初めての事だった。
もし、あれが食材に込められた〝記憶〟であるのなら、シェーンベルク領に〝魔王の残滓〟を広げた奴をとっ捕まえる事ができるかもしれない――。
「……シャルロット。今から俺が話す事、聞いてくれるか?」
そう前置きした後、俺は見た事を包み隠さずシャルロットに共有したのだった。




