番外編:菓子店で起こった可愛い事件
俺とシャルロットはスフレパンケーキの材料を買いに王都で人気の菓子店、プティ・カシェットに立ち寄っていた。スフレパンケーキと似たようなお菓子があったら参考にしたいという理由から立ち寄ったのだが、俺よりもシャルロットが楽しんでいるようだった。
「きゃーーっ、美味しそうなケーキがたくさん並んでる!! あっちの棚にはクッキーも菓子パンもある!! どうしようっ、全部美味しそうに見えるわ!!」
「流石は王室御用達の高級菓子店だな。シロップが塗ってあるのかフルーツが宝石みたいに輝いてる」
ショーケースに陳列されている宝石のようなお菓子達を見て、シャルロットは初めて雪を見た子供のように大興奮していた。その間、俺はスフレパンケーキと似たような菓子はないか、隣で商品を眺めている最中。気がつけば、シャルロットは俺の服の袖を摘み、モジモジと恥ずかしそうな表情で「ねぇ、リヒト……」と話しかけてきた。
「お菓子を買いたいんだけど、どうやって買えばいいのかしら……?」
ショーケースに向かって控えめに指をさしながら俺にコソッと耳打ちしてきた。どうやら、シャルロットは買い物をした経験が少ないらしい。ショーケースの向こう側にいる店員さんに声をかければいいだけなのだが、声をかけるのが恥ずかしいようで俺に助けを求めてきたというわけである。
「どれが欲しいんだ?」
「実は買いたい物がたくさんあって……。一つ目はチョコチップが入ったクッキーでしょ? 二つ目は隣に置いてあるカップケーキ。三つ目は菓子パンと苺がたくさんのってるやつ。後は――」
どうやら気になった物を全て買うつもりでいるらしい。シャルロットの会話の内容を聞いて心配になってきた俺は「ちょっと待て」と声をかけた。
「そんなに買ってどうするんだ? まさか、一人で食べるつもりか?」
「え、そうだけど?」
そうだけど、じゃねぇよ!! 俺の作った飯は食わないつもりか!?
俺は心の中で一人突っ込みを入れる。シャルロットがお菓子を全てたいらげている場面を想像してしまい、食べてもいないのに胸焼けがし始めた。
「一気に買ったら晩飯が食えなくなるぞ。買うなら一種類だけにしろよ」
「えーっ、嫌よ! 私、食べたいと思ったお菓子は全部食べる主義だもん!」
シャルロットは得意気に胸を張り、プクッと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。俺は小さな子供を宥めるかのように、「あのな……」と諭すような声音で話を続ける。
「全部食べたら飯が食べれなくなるだろ? そもそも、どこにそんなお金があるんだよ?」
「ちゃんと全部食べるわ。それにお金の心配はしなくてもちゃんと持ってるもん」
そう言ってシャルロットは魔法で作り出した亜空間に手を突っ込み、お金が入っているであろうヒヨコのぬいぐるみを俺の前に突きつけてきた。背中のチャックを開けると、あら不思議。どこにそんな容量があるのか分からないが、ぎっしり詰め込まれた帝国の通貨が鈍い光を放っていた。
「こう見えて、私も立派な魔法使いとして帝国魔法協会に登録してるの! 今まで稼いだ分は全部貯めてあるし、きっとリヒト君よりも稼いでるわ!」
「まぁ、それはそうでしょうよ。俺よりも遥かに年上なんだから……」
「今、何か言ったかしら?」
「イイエ、ナニモイッテマセン。キキマチガイデス」
ギロリと睨まれた俺は小さく両手をあげて降参のポーズ。ダークマターのように丸焦げにはされたくないので、ここは素直に謝っとくのが吉だ。
しかし、ここで大きな問題に気付いたのだった。
ん……? これ、王国で使われてない通貨じゃね……?
財布の中に詰め込まれていたお金が全て帝国で使われている通貨だった事に気付き、俺は「なぁ、シャルロット……」と恐る恐る声をかける。
「もしかして、これ全部帝国の通貨?」
「えぇ、そうよ」
「あー、マジか……。言いにくいんだけどさ。王国でこの通貨は使えないんだ。両替所も閉まってる」
「う、嘘……。それじゃあ、私のお菓子は!?」
「残念だけど買えないな」
「えぇ〜〜っ、せっかく王都まで来たのに買えないのぉ!?」
シャルロットは半泣きになりながら、プルプルと震え始めた。どうやら相当ショックを受けているらしい。
なんだか店内にいる人間の視線がチクチクと痛いし、居心地が悪くなった俺は「ちなみにどれが欲しかったんだ?」と聞いてみると、シャルロットは目をキラキラと輝かせ始めた。
「もしかして、買ってくれるの……?」
「王都に来るのは初めてなんだろ? 俺も一応ハンターとして稼いでるからご馳走するよ」
「ほんとっ!? 全部、買ってくれるのっ!?」
シャルロットは嬉しくなったのか目をウルウルとさせながら俺の両手を力強く握ってきた。
一方の俺は一種類だけだぞ! と言うつもりだったのに想像していなかった言葉をかけられてフリーズしてしまった。数秒遅れた後で、「お、おう……」とぎこちなく返事をすると、シャルロットは幸せそうに頬をピンク色に染める。
「ありがとう! リヒト、大好き!」
リヒト、大好き――。
リヒト、大好き――。
リヒト、大好き――。
シャルロットの言葉が脳内に響いた。
異性にそう言われたのは初めてで俺は顔を真っ赤にして黙り込んだ後、シャルロットも自分が発した言葉をようやく理解したのか、「あっ……。ま、待って、違うの! 今のは変な意味じゃないの!」と両手をブンブンと振りながら慌てふためいていた。
「クッキー買ってもらえて嬉しいとかそういう意味の好きって意味で! な、なんだかとっても恥ずかしいわ……」
「ちゃ、ちゃんと分かってるって。とりあえずさ、また改めて買いに来ないか? さっきから人の視線が気になっちゃってさ……」
その場にいた人達にニマニマと観察されていた事に気付き、シャルロットは顔から火が出たかのように耳まで真っ赤になっていた。
「と、とりあえず今日のところは帰りましょうか! また今度買ってね、約束よ!?」
「お、おう! まずはダンジョンを攻略して大金持ちにならないとな!!」
俺達は二人揃って逃げるように店内から飛び出した。
しかし、幸か不幸か俺はプラチナ級ハンター、ジーク・シェーンベルクの一人息子。店内に俺もジークもよく知っている顔馴染みがいた事に全く気がついていなかった――。




