第十四話 王立魔法生物研究所①
「ここが王立魔法生物研究所か!」
俺達の目の前には、古めかしい鉄製の門扉がどっしりと聳え立っていた。その先には、お貴族様がティータイムでも楽しめそうな中庭、更に奥には外壁が蔦で覆われた煉瓦の建物と硝子でできた建物が建っていた。
王都の商人達の話によれば、本来であれば王立魔法生物研究所は貴族区に建てられるはずだった。だが、『魔物と一緒の領内で暮らすなんて絶対に嫌だ!』と、お貴族様からの猛反対に遭い、ギルド近くの市民区の端に建てられる事となったらしい。
「なんか思い描いていた建物のイメージと全然違うなぁ……」
まさか、こんなにも綺麗な建物だとは思わなかった為、俺は良い意味で期待を裏切られていた。もっとアンデッド系のモンスターが出るような古くてボロボロの建物を想像していたからだ。
一方で想像通りの光景もあった。中庭には鳥系のモンスターや昆虫系のモンスターが棲み着いていたのだ。警戒心の塊で有名なチェインビーなんて人が通るだけでも尻に付いた針を飛ばしてくるのに、人が近くを通っても警戒すらしていなかった。
シェーンベルク領に棲みついてるチェインビーは、魔物が近付いただけで襲ってくる。自分よりも何倍も大きいモンスター相手でも強力な毒針で倒しちまうくらい獰猛なので、巣を見かけたら全力で逃げろ! とジークから教わったくらいだ。
「この門扉、凄いわ! パッと見はどこにでもあるような門扉だけど、魔法耐性防壁と物理耐性防壁が何重にも掛けられてる!」
「そうなのか? パッと見じゃ全然わかんねぇな」
「そこが肝なの! 防壁を建物にかける時はパッと見でバレないようにするのが基本よ! 敢えて防壁を見せて罠を仕掛けてる場合もあるんだけど、殆どはね――」
シャルロットが目を輝かせながら早口で喋り始めたが、何を言っているのかよく分からなかったので、俺は「へー」と適当に相槌を打っていた。
「――というわけで、この防壁はとっても凄いの!」
「んー、やっぱり魔法の事は俺にはよく分かんねぇ。早く〝魔王の残滓〟と〝ダークネス・スパイラル〟をマーリンさんに届けに行こうぜ。このままだとドーナツも固くなっちまうしさ」
「でも、どうやって入るの? 呼び鈴が見当たらないわ」
「この手紙を建物に向かって飛ばせば良いらしいぜ」
これはジークから手紙を受け取った時に教えてもらったから、きっと本当の事なんだと思う。
シャルロットは怪訝そうに「それって物理的に……?」と聞き返してきたので、「そう、物理的に」と答えたが、俺も初めてだから自信はない。言われた通りにやるしかないのだ。
「形はなんでも良いんだろうけど、遠くまで飛べる形がいいよな」
俺はジークが書いた手紙を取り出し、半信半疑のまま紙飛行機状に折っていった。ジーク曰く、宛先に書いてある人物の元へ飛んでいくという不思議な便箋らしい。この便箋もマーリンが考えたのだそうだ。
「さてと、試しに飛ばしてみますか! うりゃっ!」
紙飛行機を建物に向かって飛ばしてみた。そのまま失速して落ちてしまうかと思いきや、屋根に付いていた煙突の中へ入っていくのが見えた。それから数秒後、門扉がゆっくりと開いた。どうやら、手紙が相手に届いたらしい。
「これって……」
「入れって事だよな……?」
「そうだと思う。あれだけ厳重に張ってた防壁が消えてるもの」
シャルロットと顔を見合わせた後、俺は慎重に足先を出した。何も起こらなかったのでホッと胸を撫で下ろし、二人で敷地内へ踏み入れる。
すると、不思議な事が起こった。一瞬、身体が浮いたような感覚がした後、中庭から室内へガラッと景色が変わったのだ。これにはシャルロットも驚きを隠せなかったようで、何が起こったの? と言わんばかりにキョロキョロと辺りを見渡している。
「なんだここ? 部屋の中にいるのか?」
「そうみたい。いかにも研究室って感じの部屋だけど……」
俺達は中央に置かれた巨大な模型の前に立っていた。見上げてみると、丸くて大きな球体の周りを小さな球体が幾つも回っていた。大きな球体には世界各国の名前が書かれており、その所々に白いチェス駒のような物が刺さっていたのが妙に気になった。
「ようこそ、妾の城へ。歓迎するぞ、ジーク・シェーンベルクの息子、リヒト・シェーンベルク。そして、我が弟子ミレーナの娘、シャルロット・リュミエ……りゅっ……ゲホゲホッ!!」
突然、下の方から声が聞こえたので驚いて後ろを振り返ると、何故かブカブカの白衣と大人用の下着だけを着用した幼子が立っていた。髪色はブロンド、ルビーのような猫目に褐色の肌。耳先が尖っている事から黒エルフだという事は誰が見ても分かる。
「ぬぅぅ……、肝心なところで噛んでしもうた。我が弟子の苗字はいつも言い難いのじゃ……」と恥ずかしそうに頬を掻き、ブツブツと文句を垂れている。
俺は心を落ち着けようと改めて部屋を見渡してみた。
床には大人用のブーツや衣服、金色のアクセサリー類が散乱し、蛍光色の液体が入ったビーカーが割れ、まな板の上には干からびたキノコに包丁が垂直に突き刺さっている。
その光景を見た俺は、何故かシャルロットが使った後の厨房を思い出してしまった。
「もしかして、貴方がマーリンさんですか?」
「いかにも! 妾が魔法使いマーリン・スィルヴァノア! 世界に一人しかいないと謳われる錬金術師でもあり、この王立魔法生物研究所の責任者も務めておる!」
ドヤ顔で仁王立ちをしている幼い黒エルフを見て、俺達はそろって首を傾げた。
「なぁ、シャルロット。エルフって千年経っても小さいままなのか?」
「ううん、千年以上経ってるなら大人の姿になってるはずよ」
「だよな。あんな子供が責任者ってどうかしてるぜ」
二人でコソコソと話していると、「聞こえてるわ、この小童共! 妾を子供扱いするでない!」とプンスカと怒り始めたが、すぐに鼻をスンスンと鳴らして赤い目をギラリと輝かせ始めた。
「お主が持っているバスケットから何やら甘い香りが漂って来ておるな! ジークの手紙にも書いてあった通り、そいつは妾の為に持って来たんじゃろう!? 早う持って来るが良い!」
「は、はい。どうぞ、召し上がって下さい……?」
疑問に思いつつも俺は持っていたバスケットの蓋を開け、マーリンの足元へ置く。すると、マーリンは胡座をかきながら涎を垂らし、ドーナツを手に取って目を輝かせ始めた。
「むむっ、このドーナツは!? 五百年程前に食べたドーナツと同じ香りがしよるぞ!? さて、お味の方は……」
マーリンは大きな口を開け、ドーナツに齧り付いた。その瞬間、マーリンの身体がピカッ! と輝き始めたので、俺は咄嗟に目を覆う。
「な……なんなんだ、この光は!?」
まるで太陽を見ているかのようなの眩しさだった。しかし、だんだん光が収まってきたので瞼をゆっくりと開いてみる。すると、大人の姿になったマーリンが下着姿でドーナツを頬張っていたのだった。
「うむっ! やはり、このドーナツの味と香り! 妾の予想通りの浄化効果じゃった! これは長きに渡って失われておった料理錬金術師のスキルに違いない!」
ほぼ全裸姿のマーリンを見た俺達は顔を真っ赤にして黙り込んだ。俺達の反応を見たマーリンはというと、「お子ちゃまには刺激が強かったかの?」と意地悪そうにクスクスと笑っていたのだった。




