第十一話 思い出の味
「よいしょっと。さぁて、どんな感じになってるか……おっ、良い感じに発酵してんじゃん!」
俺は油を温めている間、貯蔵庫の奥から大きな銀色のボウルを取り出し、テーブルの上に置いた。中には膨らんだクリーム色の大きな生地。それを小麦粉を塗したまな板の上にのせ、引き出しから大小の丸い型抜きを二つ取り出す。
「それってクッキーの型抜き? 今からクッキーを焼くとなると、お昼過ぎちゃうんじゃない?」
「ブッブー、違います! 今から俺達が作るのはドーナツです!」
「ド……? それってどんな料理なの?」
なんと、シャルロットはドーナツという料理を知らないらしい。王国では庶民が食すポピュラーなお菓子であるのだが、帝国ではドーナツは売られていなかったのだろうか。
「丸い形で中央に小さな穴が空いてる菓子料理です。まぁ、形を作るのが面倒臭い時は丸めてそのまま揚げたりしてるんですけどね。砂糖を塗して食べると甘くなって美味しいですよ。なんと、この型抜きを使えば料理が苦手なシャルロットさんでもプロになれちゃいます!」
俺が丸い型抜きを持ったままニシシッと笑う。すると、シャルロットは頬を小さく膨らませながら、「むぅ……。なんか馬鹿にされてるような気がするわね……」と少し不機嫌そうな顔になった。
「まぁ、そう機嫌悪くしないで下さい。今から俺が手本を見せますから、ちゃんと見ていて下さいね」
そう言って膨らんだ生地をある程度伸ばし、先ずは大きな丸い型抜きを押し込む。次にくり抜いた丸い生地の中央に小さな型を押し込んで、ドーナツホールを作るとシャルロットは子供のように目を丸くした。
「凄いっ! これがドーナツ!?」
「そうです! それでこれを温めておいた油で揚げちゃいます!」
試しに油の中に形成した生地を投入すると、シュワワッ! と美味しそうな音がした。暫くしたらフライ返しで生地をひっくり返す。こんがりと揚がった狐色の生地を見て、シャルロットは「美味しそうっ!!」と嬉しい感想を言ってくれた。
俺は揚げたてのドーナツを紙を敷いた皿に乗せ、シャルロットに「食べてみますか?」とお伺いを立てると、「食べたい!」と大きな声で返事をくれた。
このままでは熱いだろうと思い、揚がったドーナツを半分に切る。用意していた粉糖を塗すと、シャルロットの口から「ふわぁ……」と変な声音が漏れるのが聞こえた。
「とっても良い香りね。パンみたいな味がするのかしら?」
「それは食ってからのお楽しみって事で! 火傷に気を付けて下さいね!」
「わ、わかった! それじゃあ、いただきます――っ!?」
シャルロットがドーナツを口にした瞬間、ぐっと口角が上がった。頬が震え、目尻が下がり、次第に涙がポロポロと溢れる。
まさかドーナツを食べて泣くとは思わなかったので、俺はギョッとして心の内では狼狽えていたが、「美味しい……」という声が微かに聞こえてきた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ……ご、ごめんなさい。昔、私の父が作ってくれた料理に似てて。その、いろいろ感情が溢れちゃって……」
ドーナツが口に合わなかったわけではないようなので、本当に良かった。
だが、ここで気になった事が一つ。シャルロットの年齢だ。聞いたところによると、エルフは千年以上も生きる長寿の種族らしい。シャルロットはハーフエルフらしいが、一体おいくつなのだろうか――。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。やはり気になるものは気になってしまう。俺は覚悟を決めて「シャ、シャルロットさん……」話しかけた。
「お父様がお亡くなりになったのは、いつ頃なんでしょうか……?」
「え? 父が亡くなった年?」
「は、はい。懐かしさを感じて涙が出るだなんて、余程の事かなと思いまして。あ、もし嫌であればお構いなく……」
一応、断っても良いですからねと予防線は張っておく。亡くなった母さんも年齢を重ねる度に鏡を見て溜息を吐いていたからだ。男の俺には分からないが、女性にしか分からない何かがあるのだと思う。
しかし、俺の心配事は急に終わる。「そうねぇ……」とシャルロットは暫く悩んだ後、意外にもあっさり答えてくれたのだ。
「父が亡くなったのは約五百年前よ」
「ごひゃっ……」
亡くなってからそんなに経っているとは思わず、俺は言葉をなくしてしまった。
そうだった。普通に忘れてたけど、シャルロットの父さんは魔王を倒した勇者一行の料理番だったわ。という事は、シャルロットの年齢は四百才をゆうに越えてるのか。それじゃあ、俺の手を見てハンターの手じゃないって言った事も言葉に深みが出てきたわ。
……で、あればだ。俺よりもうんと年上であれば敬意を払わねばなるまい。シャルロットさん、貴方と話す時は一生敬語で話そう――。
俺は悟りを開いたかのような表情になった。
「ア、ソウナンデスネ。ドーナツ、ヨロコンデクレテ、ウレシイデス」
「む……。どうして、カタコトの敬語になってるのよ――あっ! もしかして、私の年齢を知る為に聞いたのね!?」
「ウーン、ナンノコトヤラ。サッパリ、ワカラナイデス」
「もーー、やめなさいよーーっ!! 年の差があるからって敬語じゃなくても良いんだってばーーっ!!」
シャルロットの叫びが砦中に響いた。暫くしてなんとなく視線が合った後、数秒間の無言。どちらかともなく小さく吹き出し、クスクスと笑い合った。
「なんだ、最初から敬語じゃなくても良かったのか」
「当たり前じゃない。エルフは長寿の種族なんだから、そんな事をいちいち気にしたりしないわよ。それに私はエルフの中では一番若かったし、見てくれも人間の十代と変わらないもの」
「確かに。見た目は俺とそんなに変わらないもんな」
「でしょ? ねぇ、私もリヒトって呼ぶから、私の事もシャルロットって呼び捨てでいいわ。でも、たまにはお姉さん扱いしてくれてもいいわよ?」
「えー、シャルロットにそんな威厳は感じないんだけど? 〝ダークマター〟を料理で生み出すくらいなんだからさ」
俺は意地悪そうに笑う。すると、シャルロットは顔を真っ赤にして、「ちょっ!? そ、それは言わない約束よっ!!」とプンプンと怒り始めたのだった。
「でも、リヒトの料理を食べて改めて確信したわ。貴方の料理は本物よ。だから、亡くなった父の料理を貴方は再現する事ができるって」
シャルロットが俺の目をジッと見据えてきた。「どんな料理だ?」と聞くと、「何言ってるのよ。今朝、食べたでしょ?」と言われたので、「ま、まさか……」と狼狽える羽目になってしまったのは言うまでもない。




