第十話 父との衝突
「つ……疲れた……」
デボラ夫人の怒涛の説教が終わった途端、俺たちは同時に脱力した。
特にシャルロットは「どうして、私まで説教されてるの〜?」と頬を膨らませながら拗ねていたが、慰める前に俺は貴賓室を飛び出し、厨房に向かって走っていた。
「なんなんだよ、あの陰湿マキグソ婦人は!? とにかく早く塩を撒かねぇと!」
厨房から塩の入った壺を持ってきた俺はデボラ婦人が座っていたソファに思いっきり塩を撒いてやった。あっという間に深緑色のソファに白い塩が降り積もる。これで浄化完了――かと思いきや、あの独特の甲高い声がまだ耳にこびり付いて離れないし、今度は頭痛がし始めた。
「ぬあぁぁ〜、まだ耳から婦人の声が聞こえるぅ〜!!」
俺は天井に向かって叫びながら耳を塞いだ。ジークもデボラ夫人によるメンタルダメージが酷かったのか、二人掛けソファの上で抜け殻みたいに白目を剥いて倒れていた。
「父さん、いい加減起きろって! 一ヶ月以内に大金貨三枚作んなきゃいけないんだからさぁ! 税金を払えなかったら強制退去だぞ? そうなったら母さんの墓参りだってできなくなっちまうし、それでもいいのかよ?」
俺の言葉を聞いて、ジークは「それは駄目だっ!!」と飛び起きた。
「だろ? そういうわけだから早く金策を練ろうぜ。陰湿マキグソ婦人の言葉を受け売りにするのは癪だけど、ダンジョンでお宝を見つけるのが一番手っ取り早そうだしな。うちの領にもダンジョンができたんだし、三人と二匹で探せばすぐ見つかると思うんだけど……」
俺の提案にのってくれるかと思いきや、ジークは「悪い、リヒト。その案は却下だ」と断られてしまった。
「えー、なんでだよ? そこはすぐにでも行こうって言うところだろー?」
俺がブーブー文句を垂れると、ジークは呆れたように溜息を吐き、「あのなぁ、ここはお前の思ってる以上に危険な場所なんだぞ?」と諭してきた。
「ここはお前の生まれ育った場所だから、これが当たり前だと思っているようだが、うちの領内に生息してるモンスターは全てA級以上のモンスターばかりだ。それに〝魔王の残滓〟の件もある。昨日、〝魔王の残滓〟に感染したアサルトドラゴンの事をもう忘れたのか?」
ジークに言われて俺はハッとする。しかし、まだまだ解明に時間がかかりそうな〝魔王の残滓〟にビビッたままでは、領内にいるモンスター達に今以上の危険が及ぶかもしれない――。
シェーンベルク領のモンスター達は俺達の財産みたいなものだ。それが〝魔王の残滓〟っていう意味不明なもんに全部やられちまう? そんなの……絶対に嫌だ!!
納得のいかなかった俺は「それでもっ!」と声を張り上げる。だが、ジークはそれ以上の声量で「でもじゃないっ!」と声を荒げた。父さんの怒声なんていつ以来だろう。側にいたシャルロットが肩を小さく震わせたのが視界の端で見えた。
「俺はお前の父親だし、お前の考えてる事は凄く分かるよ。けどな、それ以上にお前は俺の大事な一人息子なんだ。頼むから俺の想いも汲んでほしい」
そう言いながら俺の頭をポンポンと撫でてきたが、俺の心の中は穏やかではなかった。ジークの言葉に胸がジンと熱くなった。しかし同時に己に腹が立ったのだ。
今の撫で方は俺の感情を抑えてもらいたい時の撫で方だ。つまり、だ。今の俺の実力ではシェーンベルク領内に出現したダンジョン攻略は無理だと思われているのだ。
シャルロットだけでなく、自分の父親からも弱いと思われていると感じた俺は拳をギュッと握り締め、悔しそうに唇を噛んだ。
このままじゃ駄目だ、考えろ考えろ考えろ……。父さんがどうやったら納得するのか。俺はこのシェーンベルク領が大好きだ。だから諦めたくない。何か他に突破口は――。
唇から血が滲み、口の中に鉄の味が広がった。そして、俺は気付いた。〝ダークネス・スパイラル〟の存在を。この素材さえ国の研究対象になれば、ダンジョン攻略に正当な理由が生まれる。シェーンベルク領にできたダンジョンを父さんと攻略できるかもしれない――。
我ながら悪くないアイデアだと、俺は再び拳を強く握った。俺は自分の考えを悟られないようにゆっくりと顔を上げる。ジークがいつも通りの穏やかな雰囲気に変わっていると肌で感じた。
「そういえば、父さん。〝魔王の残滓〟を調べてる人がいるって言ってたよね? それってどんな人?」
「ん? あぁ、王立魔法生物研究所で魔法と魔物の研究に一生涯を捧げてる黒エルフさ。かなり変わってる奴で、今時珍しい古代魔法を使うんだ。俺にはよく分からんが、全く違う素材を掛け合わせて新しい素材を作ったりしてるんだと。確か錬金術とか言ってたっけなぁ……」
ジークが記憶を辿っている間、シャルロットがピクッと反応していた。頬が朱色に染まってウズウズしているのを見るあたり、どうやら興味のある話のようだ。
「じゃあさ、その人に〝ダークネス・スパイラル〟を届けに行ってくるよ」
「私も! 私も一緒に届けに行きたいです!」
シャルロットが手を挙げて立候補する。それを見たジークは渋い顔で考え抜いた後、「わかったよ……」と了承してくれた。
「俺は今から手紙を書く。リヒトはその間、甘味を作ってくれるか? 甘味はソイツの大好物なんだ」
「いいけど、甘味ならなんでもいいのか?」
「あぁ。普段から研究に没頭してるやつだからな。甘味を持っていくと手を止めてくれるんだ。特にお前達は初対面だ。菓子で釣らねぇと相手してくれないと思ってな」
ジークはそう言って立ち上がり、机の引き出しから羽ペンとインク、少し色褪せた便箋を取り出した。
「とりあえず、紹介状も併せて書くからよ。一時間後くらいを目処に甘味を作ってくれると嬉しいんだが」
「わかった! 昨日から準備してた物があるし、早速作ってくるよ! シャルロットさんも手伝ってくれませんか?」
シャルロットに声をかけると、「えっ、手伝っても良いの……?」と表情が少し強張っていた。その反応に俺は「おう!」と笑って応える。
「形を作って揚げるだけの簡単な作業なんで! ほら、早く!」
「わっ……ちょっとリヒト君!?」
誰かと料理をするのは久々だったのもあり、張り切っていた俺はシャルロットさんの手を引いて厨房へ向かった。そのやりとりを見ていたジークが「青春だねぇ」と微笑んでいたのは誰も知らない。




