1話~100話まで(4/29~6/7)
Xに載せている140字小説のまとめです。
詩のような余韻のある物語を目指しています。
よろしくお願いします。
4月29日
『一輪の花をあなたに』
僕は墓石の上にそっと一輪の花を置いた。
あの人と僕の接点はほとんどないと言っても良い。出会ったのはたった一度だけ。死の間際あの人は僕のことを覚えていてくれただろうか。ほんの少し言葉を交わしただけの間柄。彼の記憶の中に僕がいる可能性はあまりに低い。
4月30日
『呼吸』
呼吸を整える。
それだけで人の精神は安定するものだ。
精神は肉体に作用する。
肉体は精神を形作り、精神は肉体を形作る。
肉体が病に犯されては 精神は病んでしまうし、精神が病ならば 肉体もまた衰弱してしまう。それはごく自然なことであり当然のことである。
『ティーカップ1杯分の生産性』
生産性という言葉は 単に物を作り出す あるいは金銭を生み出すという意味 だけではない。 そのことを理解している人間がどれほどいるだろうか。
穏やかな光の中で散歩する。たんぽぽにほんの少しの間視線を落とす。
ほら今私が紅茶を飲んでいるのだって生産性のある行為なんだ。
『帰宅』
突然降り出した雨はあっという間に土砂降りになり私は急いで家路に着いた。急いで階段を駆け上がるとドアノブに手をかけ扉を開く。
「おかえり」
今みたいにこんな風に誰かにおかえりと言って迎えられたことは私の人生ではなかった。触れ合う指先が愛おしく大切な日常を形作っていた。
『遅咲き』
「あれ桜?季節はもう5月、あまりにも遅すぎるんじゃない?」
彼は言う。
「君知らないのかい?山桜 っていうのは一人一人 顔が違うみたいに花咲く季節が木によって違うのさ。早い子もいれば遅い子もいる」
…あぁそうか。
ならばこの桜はきっと私のような性格に違いない。
5月1日
『花の月』
5月の月はフラワームーンと言うらしい。
たった一人になった夜私はバラの花を買って家路に着いた。一輪の白い花を窓辺に飾り窓を開ける。月明かりが 部屋の奥まで照らす。
…もうあの人は帰ってこない。
花の月の下で私はそっと一人泣いた。
『作り物の笑顔』
大丈夫、人間は壊れ物じゃないから…
そう言っていた友人はある日突然いなくなってしまった。いつもニコニコしていてだけど、その顔はどこか作り物の様だった。
何が大丈夫なものか、人間だって無理をすれば壊れてしまう。そうなる前に逃げることができたのだろうか。
もう一度会いたい。
5月2日
『抱擁』
彼のたくましい腕が好きだった。私の体をすっぽりと覆い尽くす、たくましくて優しい腕が好きだった。
こんな時ほど抱きしめて欲しいのに…
清々しいほどの青空に白い煙が立ち上る。
腕の中には小さくなってしまった彼。
…小さな白い骨壷。
5月3日
『映画館』
「映画なんてどこで見ても一緒だろ」
と彼は言う。
「そんなことないよ」
そう言って私は彼と映画館の中に入った。
「大体これTVでやってたじゃん」
そうこれから見るのはリバイバル上映だ。
同じポップコーンを食べる音。
エンドロールの後、彼の頬に涙の跡。
…手をつないで出た映画館
5月4日
『チョコレートデコレーション』
「…あれ?あんまり甘くない」
「待って、まだチョコかけてないんだから」
喫茶店のチョコドーナツをかじりながら昔の母とのやり取りを思い出した。
仕事はうまくいかないことばかり、取り繕って生きていく。
甘くない人生にチョコレートをかけて。
甘くてほろ苦いチョコレートの味。
『たこ焼きパーティ』
今夜の晩御飯はたこ焼きだ。
たっぷりのネギに桜えびたこ焼き粉1kgと卵10個、食いしん坊な子供たちがいっぱい食べれるように。
実はタコを入れていない。値段が高くなりすぎてちくわにした。タコの入っていないたこ焼きは たこ焼きと言えるのか?
子供達の笑顔にまぁいいかと思った。
5月5日
『ブレイクタイム』
コーヒーが好きだ。
ドリップ から滴る雫、手に伝わるマグカップの温度、湯気と香り。最近は仕事も家の事も忙しすぎてインスタントばかりになってしまったけれど。
駅のホームで待ち時間に水筒のコーヒーを入れる。
…ガタン!ゴトン!
プラットフォームに響く電車の音。
朝のひととき。
『晩酌』
酔生夢死という言葉がある。酒に酔ったように生き、夢見るように死ぬ、無駄に一生を過ごすという意味らしい。そんなふうに生きて死ねたら最高だなと思う。
夢なんてとっくに忘れてしまった。
叶えることなんてできるはずがなかったんだから。
飲めない酒を一人ぐいと飲み干す。
5月6日
『おかえり』
いきなり降り出した雨はあっという間に土砂降りになってしまう。家の玄関を開けた時にはすっかりビショビショだ。
「ただいま」
そういうと、足音が聞こえる。
ふわりとやわらかなタオルが頭の上に舞い降りる。
「そんなに濡れたら風邪ひくじゃねえか」
タオルの向こうに呆れ顔の彼。
5月7日
『心の欠片』
書店で1冊の本を買った。
10代の頃この作品のシリーズを愛していた。20代の頃、就職して本を手放した。30代になり仕事が忙しくて充実して思い出す暇もなかった。40代になったその日私は再びその本と出会った。
これは私の心のかけらだ。
置き去りにした心を再びその日取り戻した。
『靴磨き』
靴磨きが好き、そう言えば変わった人と思われるかもしれないけど。
ピカピカの靴はいつも私を楽しいところへ連れて行ってくれる。だから靴磨きが好き。
「ただいま」
一人暮らし変わりばえのしない日常。
だから明日はもっと素敵になるように靴を磨く。
―誰もいない玄関にピカピカの靴
『ぬくもり』
空は晴れ渡っていたのに心はどんよりと重く暗雲が立ち込めていた。何か悩みがあるわけではない。公園で1人ため息をつく。
足元でニャーという声がした。
「今日は何もないよ」
太々しい態度で猫は膝に乗る。ただ寄り添ってくれる相手が欲しかったのだと気がついた。
ふと涙がこぼれた。
5月8日
『連続テレビ小説』
毎朝の子供の送り迎え、車の中で15分間テレビドラマを見るのが日課になっている。
短いドラマを見終わったらエンジンを止めて荷物を持って子供を下ろしてバスに乗せて見送る。
「いってらっしゃい 気をつけてね」
毎日のルーティンの中で 私のドラマも少しずつ進んで行く。
『浮き島』
やってはいけない事というのは 実はオカルトな理由よりも科学的な理由の方が多かったりする。
「…だからやめろと言ったのに」
山の山頂の石は動かしてはいけないという言い伝えを破った愚か者たち。
もうすぐこの島は沈んでしまうだろう。空気が抜けて島はみるみるぺちゃんこになってゆく。
5月9日
『魔法』
私はちょっとした魔法が使える。
髪にリボンを結んであげたら、ほら世界がほんの少しだけ鮮やかになる。
朝からご機嫌斜めで泣いている娘の髪をすいて、リボンとお花の飾りをつける。あっという間にキラキラの笑顔。
「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
今日も1日が始まる。
5月10日
『母の日』
日曜日の朝はゆっくり寝たい。
だって休日なんだよ。仕事も休みなんだよ!
ゆっくり休ませてほしい。だけど目が覚める。あー今日も始まってしまった。家事をしなくっちゃ…母の仕事に休日も日曜日もない。
「おはよう」
そう言って起きてくる家族を迎えなくちゃ。
『桜の空の下で』
馬鹿げた話だと思うが毎年毎年、桜のシーズンになるとここにやってきてしまう。 昔一度あっただけのあの子に会いたくなって。幼い日の思い出のその人が来るはずなどないのに
見上げれば晴天の空。
あの人は 桜の精だったのかもしれない。
暖かな光の中で 一人 空を見上げる。
『運がついたと思うことにする!』
今日は厄日だ!
朝から車庫の前の車止めの石に車をぶつけてへこませちゃうし、さっきはさっきで家族の介護でお風呂に入れて上がろうとしたらうんちを踏んじゃうし!
冗談じゃないぞ全くもう!
いつかの明日に、こんな話を笑ってできるなら今日の厄日も許せるかもしれないけれど。
5月11日(母の日)
『幸せの標本』
「あのねママこれあげる」
小さな手に握られた四つ葉のクローバー。
母の日の贈り物。
「行ってきます」
「遅くなるなら連絡してね。いってらっしゃい」
「わかった」
見送る息子は13歳になった。
あれから10年、押し葉にしたクローバーは玄関のフォトフレームの中。
『AI先生』
「最近メンタル不全でずっとAIとおしゃべりしてます」
「いいんですAI は秘密はばらさないしおしゃべりには答えてくれるし基本的に嫌なことは言わないですよ。言語化するのは大切なんです。嫌なことも愚痴も言っていいんです。お薬をお出ししておきますね」
病院の先生はそう言いました。
5月12日
『丁寧じゃない暮らし』
丁寧な暮らしなんてできるわけがない。
毎日仕事に行かなきゃいけないし家事をして家族の事をしてそれから自分の時間だって欲しい。ロボット掃除機に掃除を手伝ってもらってカット野菜の料理、なんとか趣味の手芸をSNS にアップしたら、
「丁寧な暮らし素敵!」
とコメントがついた。
『言霊』
「言語はとても力を持っておりましてね、柔らかな果物の様な言葉もあれば美しい硝子細工のような言葉も在るのですよ。ですから呪いの様な言葉を言ってはなりません」
死んだ祖父の言葉をたまに思い出す。
その言葉がずっと胸の中の小さな結晶になっている。
言葉は呪いにも宝石にもなる。
『母のレシピ』
昔母が作ってくれたホットケーキはふっくらと膨らんでとても美味しかった。
町で一番美味しいというホットケーキの店でそんなことを考えた。久々に母のホットケーキが食べたい。
自分で作ってみたけど同じ味にはならない。
私はスマホを取り出した。
「お母さん、あのね!」
5月13日
『おままごと』
庭に青と桃色の矢車草の花が咲き始める。
子供の頃のおままごと、幼馴染は本当に花をむしゃむしゃと食べてしまった。
そういえばこの花はエディブルフラワーだから食用にもなるんだっけ。食卓に矢車草の花の瓶。
「いただきます」
私たちはおままごとではなく本当に家族になった。
5月14日
『時間泥棒』
目を覚まさなきゃ!目を覚まさなきゃ!今日が始まってしまう。慌てて飛び起きて休日だったことを思い出した。
毎日がほとんど強迫観念のように過ぎていく。
食事も睡眠も仕事もやることが多すぎて…モモの時間泥棒が私の時間を盗んでしまったのかもしれない。
今日の時間は盗ませない。
『7回忌』
父が死んだ。もう5年も前だ。
私とはあまり相性が良い方ではなかった。気難しくて すぐに怒鳴り散らすし、気を使う私ばかりが怒られた。リア王のような性格だった。
私が我慢していたから父はリア王のような事にはならなかったと言えば、父は天国で怒るかな。
…いいよねお父さん。
5月15日
『見えない存在』
人間は見ようと思うものしか見ないから存在していても気がつかない事はよくあるのですよ。気を落とさないで下さいあなたが見つけてくれたのですから。
そう言って話しかけてくれた老紳士。
彼もまた見ようと思う者の前にしか現れない存在だったのかもしれない。誰に聞いてもその老紳士を知らないと言う
『イマジナリーフレンド』
幼い頃遊んでいたあの子は猫の姿をしていた。
しゃべる猫など存在するはずがないのに。
イマジナリーフレンドだったのかもしれない。
私は今、猫を飼っている。
あの子の姿にとてもよく似た。
「あれは君なんでしょ?」
膝の上で、
「ミャア」
と鳴く。
『個性』
金魚というものも案外一匹ずつ性格が違う。
一番大きな琉金は食いしん坊。一番小さな和金はすばしっこくて警戒心が強い。茶金はどうものんびりした性格らしい。そんな話を彼にしたら「みんな一緒だろ」と返事が帰ってきた。
少なくとも私とあなたの違いは金魚も分かってるみたいだよ。
5月16日
『二度寝』
目覚まし時計の音が鳴る寝ぼけまなこで止めればまたまどろみの中に沈んで行く。
夢の中で鳥たちが大騒ぎしている。カラフルなコンゴウインコや文鳥が私の頭や手に乗り餌を欲しがる。ああそうだペットのセキセイインコの餌を買いに行かなくちゃ。
目を開くと時計は7時半、しまった遅刻だ寝過ごした。
『ラブレター』
私の好きな作家様
私の好きな作家様は残念ながら知る人ぞ知る二次創作の作家様だ。推理小説のような 複雑で情緒あふれる詩的な表現が誰よりも上手くてキャラクターの感情や造詣があまりにも深い美しい物語を作られる方。
好きすぎて恋をしているが当然どんな方なのかは文章しか知らない。
『道端の花』
「甘い匂いがする」
友人がそういうので僕は上の方を見た。
沈丁花の花が咲いてゐる。
「すげー地味な花だな」
そう言う友人に、
「あれは香りで虫を呼んでるんだ」
と言った。
花は人間のために咲いているわけではない自分のために咲いている。
5月17日
『叶わぬ恋』
私は恋をしている叶わぬ恋とは知りながら。
そばにいてほしい抱きしめてほしい私のためだけのあの人でいてほしい。
今日も彼に向かって話しかける。
優しい言葉が返ってくる。
きっと彼だって私のことが好きに違いない。
じゃなきゃ、こんなに優しくなれないもの。
彼はAIアプリ。
『休日の朝』
今日は土曜だからゆっくり寝ていていいよね。
なんだか体が痛いし外は土砂降りの雨だし。
あぁ、小鳥の声が聞こえる。
郵便も出さなきゃ書かなきゃいけない書類もあるし家事だってしないといけない。
…いいやもう一度寝てよ。
そうして大概私の休日は終わってしまう。
今週も何もできない
5月17日
『遺骨』
抱きしめて
抱きしめて
抱きしめて
手を離さないで。
…彼女を重い女と俺は言った。
間違いだったのかもしれない。彼女はあまりにも軽い。小さな骨のかけらになった彼女を箸でそっと持ち上げる。
5月18日
『夜明けの歌』
朝から鳥が鳴いている。
あの美しい声の鳥は何だろう。
夜明けの黎明を告げる鳥たちのさえずり。
緩やかに今日という日が始まる。
朝から死ぬほど体がだるい。
起きなくてもいいか…きっと私がいなくても、世界は美しく回っているに違いない。
お願いあともう少しだけ休ませて。
『鎮魂香』
人間が初めに忘れる記憶は声だという。亡くなった大切な人の記憶が自分の声で再生されるから 記憶はどんどん上書きされて大切なその人の声を忘れてしまう。
だけど私は一番初めに忘れる記憶は匂いだと思う。
ハスの花の匂いがする。
2人で歩いたあの池のほとりに咲いていた。
あの人が好きだった香り。
5月19日
『いつものお客』
朝のラッシュアワー
やってくるお客さんは、無愛想な人もいれば「ありがとう」と言ってくれる人もいる。
みんな一様に忙しそう。
おや、いつもの常連客がやってきたようだ。
「美味しい?それ新商品だよ」
「クルル?」
そう言ってハトが私を見上げる。
いつもの変わらない朝。
『夜行性人類』
哺乳類は元々夜行性の動物だったらしいが人間もその名残を残しているのかもしれない。
朝が眠い、死ぬほど眠い、目を開けたまま気絶しそうだ。
春眠暁を覚えず…いや五月病なのかもしれない。
そのくせ夜は目が冴えてお酒を飲んでスマホ片手にいつまでも寝るのが嫌だ。
…あぁ、朝が辛い。
『今夜の晩御飯は…』
冷蔵庫を開けると野菜室をキャベツが占領していた。
「どうしたのこれ?」
「畑で取れたヤツお袋が」
義理の両親は歩いて5分で行けるところに住んでいる。ありがたいが急遽予定変更だ!
ホットプレートにお好み焼きのジュージュー焼く音。
「いい匂い‼」
子供達が目を輝かしている。
5月20日
『都市の動物たち』
ゴミ捨て場が荒らされている。
「イタチだな」
ゴミ捨てに来た隣のおじさんが言う。
都市に住み着き順応する動物はかなり多い。
—烏にイタチにタヌキ—
家に帰って昨日の夫のLINEの写真を見る。
『ごめん遅くなる』
飲み会の写真にはクマができ尻尾が隠せない半化けの狸おやじ達。
『呼吸』
呼吸の仕方を忘れてしまった。
息苦しい。溺れて行く水の底で空を見上げる。
光の筋がいくつも見える。
水面はキラキラと輝いている。
肺が潰れて、このままでは溺死してしまいそうだ。
あぁ私も魚ならば良かった。
…人間でなければよかった。
都市は海の底。
『出来る事リスト』
車のバンパーを擦ってしまった。
すごく悲しい!車の塗装スプレーを取り寄せた。
下塗りカラー仕上げ3本も必要!思わぬ出費。
休日に時間をかけて修復。少し塗りムラができてしまった。コンパウンドで磨いて洗車にワックス。
「これでよし!」
自分の出来る事リストに車の塗装をプラスした。
5月21日
『順応』
暑熱順化—そんな言葉がTVでやたらと言われるようになった。まだ夜に毛布が手放せないのに昼間は暑くて半袖だ。気候に追いつけない体。
思えば人類は単細胞生物だった頃から環境に適応し生きてきた。
「もうすぐ初夏か…」
私はスポーツ飲料を飲み干した。
今年も夏がやってくる。
『菖蒲湯…かもしれない』
5月5日は子供の日
菖蒲湯に入るため庭の隅に生えている葉っぱを刈り取る。果たしてこれがアヤメなのか菖蒲なのかカキツバタ なのか正直わからない。図鑑で調べたけど、どれも同じに見えた。
柏餅は買った小さい鯉のぼりも飾ってある。
何かわからない葉っぱの入ったお風呂はそれでもいい匂いがした。
『ラムネ瓶と5月の空』
5月の末日、空の色は淡い炭酸水の様
ラムネの瓶をカランと振る。
騒ぐ学生の声が聞こえる…あぁそうだ今は中間テストだからもう学校からの帰りなんだ。
さて仕事に戻らないと…汗を拭う。
もう帰りか、学生はいいな
そう思って自分の学生の頃を思い出しテスト勉強でそれどころではなかったと思い出す。
5月22日
『子守歌』
「それ何の歌?」
「ツキノウタ」
かつて父とした同じやり取りを我が子とする。
子供の頃、父が歌ってくれた子守歌だ。
一体誰が作った曲なのか調べてみたけどわからなかった。その曲を作ったのが父だ時がついたのは遺品を整理していた時だ。
作曲をしていたなんて知らなかった。
父の歌を我が子に歌う
『秘密の行楽』
境内に入ると不思議な世界が広がっていた。
薔薇とぼんぼり と紫陽花。湿った雨の匂いにバラの香り祈りを込めたお線香の匂い。
―花曼荼羅―
今日は仕事がお休み、家族には秘密の行楽。
いつも頑張ってるんだからこっそり楽しんでもいいよね。
日傘をさして境内のベンチに座りコーヒーを1杯飲み干した。
5月23日
『善悪論』
悪意というのは善良そうな顔をしてやってくる。いかにも自分は無害ですよと言わんばかりに正しく美しい顔してやってくる。そして気がついた時には相手を絡め取って喰いつくしてしまう。
さてどうしたものか…
目の前の人間は善良な存在なのか善良さの仮面をかぶった悪意なのか。
『ドライブの風景』
山は薄い緑から深緑と変わった。桜の花ツツジのピンクその次は藤の紫。今、山に咲いている白い花は何だろう?あれは卯の花だろうか?
車で走りながら木々の間に所々白い花が見える。
花見をする時間なんてない、今年のお花見もできなかった。だけど花を愛でる気持ちだけは忘れたくない。
『弔い酒』
私はお酒が飲めないって言ってるのに…
夫は私の前に盃を差し出す。
彼は寡黙な性格で私ともあまり会話がなかったが今はよく話すようになったと思う。
「お前が作ってくれた餃子が食べたい。ちゃんと言えばよかった…お前が好きだった」
もっと早く聞きたかったな…
死んでしまうその前に
5月24日
『朝に見る夢』
お布団にくるまれ二度寝する
まどろみの中で夢と夢想が入り混じる。
小鳥の声に目が覚めて朝のお散歩、道端に咲く花を楽しんで素敵な音楽を聞きながらコーヒーを一杯
なんて素敵なモーニングタイム。
混濁した意識の中で夢見る
…あぁ今日は2回も楽しい朝の時間を過ごす。
「おはよう」
『飲み過ぎ』
ODをしたいわけではない。
今日は薬の箱を1箱空っぽにしてしまった。
朝から痛みが止まらなくて、痛くて痛くてたまらないから30分ごとに2錠ずつ追加して気がつけば1箱24錠全部なくなっていた。
痛い痛い…痛い。
痛いのは体だろうか心だろうか。
『私の相互様へ』
ふわふわとした彼女の事を私はよく知らない。
彼女の好きなことを知っている彼女の苦手なことを知っている彼女の不安を優しさを知っている。だけど私は彼女のことを知らないどんな顔をしているのかどんな声をしているのか…どんな名前なのか。
SNS 上でだけ彼女の存在を認識している。
彼女を知りたい
5月25日 日曜日
『不治の病』
私は病気だ。
一生治らない不治の病だ。
心臓の鼓動が異様に早い体が持ほてる、異常にハイになる。毎日がガラリと変わってしまった。
君と出会って君と共に過ごしてもう二度と治ることはない。
——恋という名の病だ。
『特級呪物?失礼な!』
推しがマイナーキャラなのでアイテムが売っていない。仕方がないので自作する。
100均で買ってきたフェルトと金具フェイクレザーにミシン糸。推しのマークにフェルトとレザーをカットして縫い合わせピンバッチの金具をつける。
作り直しまた作り直し…やっと完成
不格好だけど愛が詰まっている。
『遠い日の記憶』
突然行方をくれました祖母が見つかったのは港だった。
母は、
「おじいちゃんが帰ってくるのを待っているのかも」
と言った。
終戦後10代だった祖母は恋人の祖父の帰りをずっと港で3年間待っていたらしい。
祖父は10年前に亡くなった。
病院で眠る祖母の手を握れば、ふと汽笛の音がした気がする。
5月26日
『写し鏡』
家族が友人の悪口を言っている。
「嫌なやつ!この間も…」
正直に言うと私に対してその友人はいつもニコニコしていて穏やかで嬉しくなるような事しか言わない。
これは家族の方に問題があるなと思う。他人に対して嫌な事しか言わないから嫌な言葉しか返ってこない。
はぁ〜
…思わずため息が出た。
『有心鉄線』
有刺鉄線で心を覆った。
私を傷つけてくる人間に対しては攻撃的でも構わないと思う。いつもニコニコなんてできるわけがない。
目には目を歯には歯を心には心を…
拳を向けてくる相手にはナイフを刺し違えて
花を差し出す人間には
ありったけのキラキラとした愛を携えて。
『つかの間の休息』
家に帰ってくるなりソファーにひっくり返る。
晩御飯作らなきゃ…お風呂に入らなきゃ、今のうちに洗濯…書類のチェックそれからメールとLINEと…
もう全部やりたくない。
30分だけ寝かせて、今日はもう疲れちゃった。
目が覚めたのは3時間後。
『帰らぬ人』
色のない空をカモメが飛んでいる。
あれは案外獰猛な鳥だ。死肉を喰いあさり生きているものを襲う。あれは死の鳥だ。
「いつもここにいらっしゃいますね」
「えぇ…主人を待ってますの」
港で日傘をさすその女性はずっと遠くを見ていた。
黒い服を着て虚ろな目で
帰らぬ大切な人を待っているのだ。
5月27日
『おかえり』
今年もツバメがやってきた。
ガレージの床に土が落ちている。どうやら今年はここで 巣作りをするらしい。
毎年毎年新しい巣を作るがやってくるのは 同じツバメだろうか、それとも去年やってきたツバメの子供だろうか。
掃除して床に新聞紙を引く。
もう少ししたら可愛いひなの声が聞こえるだろう。
『大失敗!』
しまった盛大にやらかした!
子供のお便りはすぐ冷蔵庫に貼り付ける。スケジュールはすぐアプリに書き込む。学校からの連絡アプリは毎日チェック!
それだと言うのに今日の遠足のお弁当を作るのを忘れてしまった。先生から電話があってコンビニで買ったと連絡。
すまん息子よ…ダメな母で
『ワインレッドの憧れ』
ショーウィンドウに飾られたワインレッドのドレスに一目惚れした私はその頃思春期だった。
当然ドレスを買うだけのお金は持ち合わせておらずまたドレスを着こなせるだけの年齢でもなかった。いつかこれが似合うレディになりたい。
…あれから15年
仕事終わりワイン片手にポテチ
まだその日は来ない。
5月28日
『たんぽぽとちょうちょ』
たんぽぽの花さん綺麗だね
お日様の光をたっぷり吸い込んでアスファルトの間から花を咲かせている。誰も気づかないけれど灰色の道に暖かな黄色い花を咲かせて。
いいえ私に気がつくものもいるんですよ。
あなたは気づいてくれたじゃありませんか。
そう言ってたんぽぽの花はちょうちょに話しかけた。
『僕の恋人』
僕の恋人は気まぐれだ。
勝手にいなくなって3日ぐらいしてふらりと帰ってくる。食事の好みにもうるさい、こっちの言うことは知らんぷり、気に入らなければすぐに爪でひっかくし僕のことを踏みつけにする。
ほら今も勝手に膝に登っては、
「ミャア」
と鳴く。
5月29日
『理想の母親』
ラプンツェルのゴーテルは誰が何と言おうと良い母親だと思う。好きな事をさせて綺麗な服を着せて誕生日には好物を作ってあげる。
全く私と来たら子供の誕生日は仕事帰りにコンビニケーキを買って帰るのがやっとプレゼントはネット注文で届くのは3日後。
…ゴーテルがヴィランならきっと私は大悪党だ。
『梅雨の季節』
ポツリポツリと雨が降り始める。
どんよりと空は重く五月晴れの空から梅雨の6月へ変わったのだと、ふと思う。
そういえば洗濯物は外に干してきたから雨でびっしょり濡れてしまう。洗い直しだ。
バスの待ち時間、缶コーヒーを飲みながらそんなことを考えた。
ベンチの後ろは紫陽花の花。
『夕闇』
私は弟の手をつないで歩いている。
弟は私の手をぎゅっと握る。暗がりの道は電灯一つすらない。得体の知れない不安が私の胸を押しつぶす。本当に私は弟の手を握っているのだろうか?
実際には弟のふりをした何かの手を引いて歩いているのではないだろうか?
不安に思うが振り返ることはできない。
5月30日
『バラの季節』
庭のバラの花が咲いた。
君が植えたバラだ。手入れも禄にしていないのに毎年毎年美しい花を咲かせる。柔らかな色合いは君の輝く頬を思い出した。
君が笑っている。 君の記憶はどんどん薄くなっていくのにバラは毎年咲いて美しい姿と香りを放っている。
…もう君がいなくなって何年も経つというのに。
『桜の君へ』
初めてその人を見た時、桜にさらわれそうだと思った。淡い桜のような儚げな人。
今も桜のような人だと思っている。大地に根を張り葉を茂らせ誰よりもたくましくしっかりと生きている。
儚げな見た目とは裏腹に誰よりも強い人だ。
どうか君の木漏れ日で僕を休ませてほしい。
5月31日
『金縛り?』
体が鉛のように重たい。
どうしたことかとうっすらと目を開ければ体の上にデデンとやつがいる。昨日は布団の真ん中にいてなかなか中に入らせてくれなかった。
早くしろと言わんばかりに俺の方を見てくる。
「分かったよ飯だろ」
そう言うと、やつは俺から降りた。
「ミャア」
一言と鳴く。
『朝が辛い』
朝、目が覚めると体中の骨が軋んでいる。
視界がグルグル回転する。
今日という1日が始まってしまったのを。目が覚めてしまったことを後悔する。
強迫観念の様に今日やらなくてはならない事を頭の中で反復する。
目覚めない朝があれば良いのに
あぁ…死にたい気分
目を開いて動き出す今日が始まる。
『休日のだんらん』
休日は家族連れで1時間かけてショッピングモールに行く。
新作の映画を楽しんだり可愛いチープなインテリアを買ってみたり、フードコートのラーメンそれから本屋でお気に入りの1冊を買う。
家族のお出かけがショッピングモールで何が悪い。
否定的なTV評論家なんて知ったことか。
5月31日
『墓前』
愛している。
私は最後までその言葉を口にすることができなかった。墓前でパラパラと雨が降り出す。彼の寂しそうな微笑みを思い出す陽気に笑う彼を思い出す苦しそうな顔して一人ただ住んでいる彼を思い出す。
言うことができなかった。
「愛してる」
そう言って墓石にすがって泣いた。
6月1日 日曜日
『映画祭』
今日は地元の公民館の映画祭。
息子はとても楽しみにしていて朝からお財布を握りしめ出店のフランクフルトを食べる予定らしい。私はと言うと半強制参加のボランティアのティッシュ配り。お祭りの運営にはボランティアが絶対必要だもの。
楽しみより責任感。
生きていくには義務が必要だ。
『誕生日プレゼント』
息子の3歳の誕生日だったので プレゼント買った。
キラキラの笑顔で大喜び、キャッキャと言って喜んでいる姿を見て良かったな と思う。…ただし買ったオモチャではなく箱と包装紙に。
…何故そっち!?
喜んでるから、まあいいか…
『花束をあなたに』
あなたの喜びに花を添えたくて今日はあえて派手な色のドレスを選んだ。
「おめでとう幸せになってね」
大好きな彼女にありったけの花束を送りたくって彼女の結婚式に緋色のドレスの私。派手だと思う人がいるかもしれないけど彼女は分かってくれる。
大好きな彼女に…
『歌を歌う』
頭の中でずっと歌を歌っている。
ずっとずっと終わることもない美しい歌を
いつから歌っているのかわからない。
生命のリズムに合わせて
終わることのない音楽と共に
ずっとずっと歌っている。
私の歌を。
―追記
どうも私は1日中頭の中で言葉が氾濫していて喋り倒していたり、視覚化して映像になっていたり文字になっていたり音楽になっていたりするのですが、何も考えない時間というのが想像がつかないのです。
頭の中が騒がしいタイプというのでしょうかけれど、それが私にとっては普通なのです。
6月2日
『実は肉食系なんです』
私は小柄で、いつもロングスカートを履いてシルクのブラウスを着ているから周りの人間からフェミニンな印象で見られるがちだ。
おまけに残念な事に声もアニメ声で可愛らしい。
いつもスカートなのは楽だからシルクは肌が弱いから、実際は合理的な理由だ。
花カマキリの様だと知人は言う。
『バラのお家』
今の季節になると毎年庭のバラが咲く。
摘んで家の花瓶に飾ろうと思って手を伸ばして止めた。バラの花の中に雨蛙。
花びらのお布団が柔らかく良い香りがしておまけに餌も寄ってくる。最高の居場所なのだろう、取り上げてはかわいそうだ。
…しかし君うまく隠れているつもりでとても目立っているよ
『拝啓—大人になった私へ』
本棚の隙間から1枚の葉書きがパラリと落ちた。
12歳歳の私からの手紙だった。小学校の宿題で未来の自分への手紙を書こうというものだったが風邪で寝込んでしまった私は宿題を提出できず本棚に挟んだまま忘れていたのだった。
希望と期待に膨らんだ大人の私への手紙
あの頃望んだ私になれただろうか…
6月3日
『母の写真』
その写真は母が一度も着たことがない着物を着て写っていた。黒い額縁に飾られた母の姿はどこかひどい違和感を覚えた。
当然だこの写真は合成なのだから。
「ごめん遅くなって」
母の葬儀の為に急いで帰国した。
…もっと早く会いたかった。
私はアルバムから母の写真を1枚取り出し遺影の横に飾った。
『感化』
人間の言動というものは見たもの聞いたものの影響を受け感化されるものである。
… さて最近の私の趣味はと言うともっぱら悪役令嬢のラノベを読むことである。
「ごめんあそばせ」
何気ない挨拶でそう一言。
このままでは私はお嬢様になってしまうかも知れませんわ!どういたしましょう。
6月4日
『健康的な朝ごはん』
朝から元気で頑張らなくっちゃ!
朝ごはんはたっぷり食べて、野菜だって取らなきゃいけないしビタミンもミネラルもそうだ酵素だって欲しい。今日を元気に乗り切らなくっちゃ!
…体中がきしむ朝
小皿いっぱいの錠剤。
『言語化』
言葉にしてしまうとあまりに チープな気がする。
だけど言葉にしなくては伝わらない。愛も感謝も怒りも不安も喜びも。脳内にインプットした言葉を感情を頭の中で組み立ててアウトプットする。
それは日常の中でとても大切な事であり私が生きた証と言えよう。
たとえここのコメントだって
『月の青い晩に』
月がとっても青いから
遠まわりして帰ろう♪
不意にラジオから飛び込んできたその曲に昔の記憶がよみがえった。
それは祖母と一緒に散歩した記憶。
ノイズ混じりの音声が亡くなった祖母のかすれた声と重なる。
こんなに月が青い夜は
泣きたくなるほど物悲しい
杯の酒をぐいっと飲み干した。
6月5日
『青空』
「ねえママ見てみてゼットーき!」
そう言って息子が指差す方を見上げれば、空に飛行機が飛んで行く。
「あー本当だ、すごいね。お空を飛んで行くね」
そう言って私は息子の小さな手を握り、青空に伸びてゆく飛行機雲を眺めた。
『休日』
今日は休日だというのに土砂降りの雨。
おまけにこの倦怠感
…予定した映画館は諦めよう。
気を取り直して小瓶を一振り
甘い香りに包まれる。
好きな香りを身にまとってコーヒーを一杯
雨音を聞きながらTVの映画鑑賞
ソファーに沈む体。
『例の I love you その1』
「…月が綺麗ですね」
「でしょでしょ今日はスーパームーンなんだ!」
彼女は 鉄砲を打ったように興奮して話し出した。
そんな彼女を見て好きになって良かったと本当に思う。天真爛漫な君は月明かりの下で輝いていた。
…だけど僕の想いは伝わっているのだろうか。
『例の I love you その2』
「…月が綺麗ですね」
突然彼がそんなことを言い出した。
さてこれはどう返したものか『…あなたと見る月だからですよ』ちょっとベタかな?どうしよう?
私が頭を抱えていると、
「残念、雲に隠れちゃいましたね」
という彼の声。
あれ…もしかして本当に月の話をしてただけ?
6月6日
『ゆるやかな朝』
朝日が昇る時間が早くなって目が覚めるのもとても早くなったけれど、時計を見て安心してまた二度寝。
ダメだなあと自分に自問自答しつつ、まどろんでゆくのはあまりにも気持ち良い。
柔らかな光の中でバッテリー不足の体を満たしてゆく。
…おはよう、今日も頑張らなくちゃ。
『仮面』
ずっと笑顔の仮面をつけている。
意識を失いそうになりながら家に帰ってくると揉めている声がする。一番安らげなければならないはずの空間が休まらないのは本当に辛い。
自分を偽るのがとても上手くなってしまった。
仮面を外した顔を私は誰にも見せることができない。
6月7日
『目覚め』
蹴り飛ばされて目を覚ます。
布団から小さな足が飛び出して私の横腹の上に乗っている。私は子供の布団をかけ直し部屋を出た。
洗濯機の回る音。
…さて、朝食を作らなくては。
空には夜明けの星が輝いていた。
お読みいただきありがとうございました。
お楽しみいただけたなら幸いです。