4-9 求婚
なにか、良い方法はないだろうか。紅月と共にでなければこの場を離れないと言う朗輝のためにも、紅月は必死に思案する。
自分が損なわれるのは何でもない。けれども、自分の所為で朗輝までもが危険な目に遭うのは、絶対に嫌だった。
錠を開けるか、鎖を切るか。そうしなければ、紅月はこの庫から出られない。
しかも、残された時間はあまりないものだと思われた。宴が終われば、圭嘉がここへ戻ってきてしまう。朗輝の不在も、長引けば誰かが怪しみ出すだろう。
なにか、と、思案をめぐらせたとき、ふと、紅月の頭に閃くものがあった。
戸の隙間から、朗輝に声をかける。
「殿下。なにか、硬い棒状のものはありませんか」
「棒状……えっと、短刀とかでよければ」
朗輝の答えに、紅月は頷く。
うまくいくかはわからないが、やってみるよりほかにない。
「その短刀を、鎖の隙間に差し込むことはできますか。そうしたら、こう、斜めに捻ってください。梃子の原理が働き、大きな力が、鎖にはかかるはずです。切ることができかもしれない」
「梃子……」
つぶやいた朗輝は、仕組みはわからないながらも、すぐに紅月が言ったとおりに動いてくれた。
短刀を取り出し、鎖に差しむ。ガキ、と、金属が噛み合う重たい音がして、朗輝が低く呻くような声をあげた。
一度ではうまくいかないようだ。それからも何度か、朗輝は短刀を鎖に噛ませ直した。
幾度目かに挑んだとき、それは唐突に起きた。ガシャン、と、いっそ呆気ないほどの音を立てて、切れた鎖が、外れて落ちる。
「紅月どの……!」
朗輝は戸を開け、そのままの勢いで、庫の中に飛び込んでくる。腕が伸びてきて、紅月の背中にまわった。
ぎゅう、と、力いっぱいに抱き締められる。
「よかった……!」
万感を込めて朗輝は呟いた。
「殿下……お手に、血が」
鎖や短刀に擦れたのか、朗輝のてのひらには血が滲んでいる。紅月にはそれが気にかかったが、そんなの平気、と、ひとこと、朗輝はますます強く紅月を抱き竦めた。
「あなたは? 怪我はない?」
「はい」
「無事で、よかった……ほんとに」
「はい、殿下……朗輝さま」
相手を呼びながら、紅月は自分も、朗輝の背中に腕をまわした。
肩に顔を埋めるようにして、相手をぎゅっと抱きしめ返す。まだ伸びきらず、大きいとはいえない朗輝の背中は、けれども、こうして抱いていると、心底から安堵のきもちがこみ上げてきた。
「わたしで……いいのですか」
それでも、この期に及んで、紅月は問うてしまう。このぬくもりと離れがたいと、もっと彼のそばで時を紡いでいきたいと、いまはっきりとそう望んでしまうがゆえに、訊かずにはいられなかった。
「ほんとうに、いいのですか……不吉なる〈紅月〉だなどと呼ばれたことのある、わたしで」
言いながらも、紅月の声はふるえている。
不安と期待と、恐怖と安堵と、そして喜びと、感情は目まぐるしく揺れ動き、最後には、いろいろな気持ちが綯い交ぜになって、涙のかたちをとって、紅月のうちからあふれていた。
朗輝がこちらの頬に手を添える。ふ、と、笑いながら、彼は紅月の目許を、ひとさし指の背でやさしく拭った。
「あなたが、いい。なんどでも言う。僕が妃に望むのは、あなただけだよ、紅月どの。――ずっとずっと、僕はあなたのことを想い続けてきたんだから。あなたへの気持ちは絶対に誰にも負けないって、いつだって、思ってたんだから」
朗輝は言いながら紅月の前髪をそっと梳く。そして、すこしだけ切なそうに目を眇めた。
「ずっと、あなたの傍へ行きたかった。でも、僕はまだこどもで、あなたを迎える資格がなくて、僕が大人になるよりも先にあなたが他の男のものになってしまわないかと、気が気じゃなかったんだ……はやく大人になりたくて、焦って、ようやく十六歳になって、いまやっと、あなたに結婚を申し込める。――ね、僕と結婚してください。あなた以外は、ぜったに厭だよ」
そう囁いた朗輝は、すこし伸び上がって、こつ、と、紅月の額に己の額を甘えるようにそっとぶつける。
「殿、下……?」
朗輝がいま連ねる言葉は、紅月にとって、よくわからないものだった。
朗輝の言い方では、朗輝はずいぶんと以前、すくなくとも成人を迎えるよりも前に、紅月のことを知ったということになる。いったいそれがいつなのか、けれども紅月には思い当たることが浮かばなかった。
はたはた、と、目を瞬くと、朗輝はすこし翳のある、大人びた表情をしてみせた。
「ちゃんと話すよ。――でも、いまはとりあえず、行こう」
そう言って、紅月の手を引いた。




