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紅月夜話-妖女と呼ばれ婚約破棄された令嬢、年下殿下に溺愛される-  作者: 豆渓ありさ
四章 皇太孫殿下にお別れを言いました、でも…
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4-6 あやしい帳簿

 圭嘉(けいか)が去った後、しばらくして、紅月はゆっくりと身を起こした。


 乱暴に扱われたせいかあちこちが痛んだが、どこか骨が折れたり、致命傷的な怪我を負ったりはしていないようだ。しかも、錠をかけた堅牢な(くら)から逃げ出せるはずがないとでも思ったのか、圭嘉は紅月を縛り上げることをしなかった。身体は、自由に動かすことができる。


 起き上がった紅月は、まずは(くら)の入り口のほうへと歩み寄った。板戸を、ぐ、と、思い切り力を籠めて押してみたが、それはわずかに動くだけ、隙間程度にしか開かない。


 そしてやはり、把手(とって)には鎖が巻かれ、(じょう)がかけられているのが窺われた。


 ガチャガチャと音を立て、何度か押したり引いたりしてみたが、もちろんのこと、簡単には外れるわけもなかった。錠も、鎖も、びくともしない。


 力尽くで戸を開けて脱出するのは、どうも、不可能そうだ。


 ならば、と、紅月は今度は庫の奥を振り返った。


 ここから逃げ出すことは出来そうもない。けれども、おとなしく膝を抱えていても仕方がない。それならば、圭嘉の目がなくなったのを幸いと、いまここで自分に出来ることをしようと思った。


「帳簿が、あるかも……」


 紅月はつぶやくと、庫の奥の架台(たな)のほうへ歩み寄った。


 名家の庫だから、それなりの広さはある。とはいえ、ひと目で見渡せないほどではなかった。


 ここへ押し込められるその瞬間に、紅月は、庫の奥に、巻帙(かんちつ)や冊子が積まれた書架(しょか)のような場所があることを見て取っていた。


 高家ほどの家なら、家財等を管理するための帳簿はあって(しか)るべきだ。近々の時期のものは正房(おもや)なり東西の廂房(はなれや)なりに置かれているかもしれないが、あるいは以前のものならば、この(くら)に移されている可能性もある。


 表に出せない不正な収支ばかりを記録した、所謂(いわゆる)裏帳簿などは、さすがに見つかりはしないかもしれない。それでも、いくつかの記録を照らし合わせてみていけば、計算が合わないところが発見できないとも限らなかった。


 わずかでも誤魔化(ごまか)しの痕跡を見つけられれば、と、紅月は思う。そして、それをなんとかして朗輝の手に預けることができれば、と、視線を鋭くする。


 うまくけば、朗輝が密命されているという、租賦(そぜい)の不正な流れを追う調査のための、重要な証拠になるかもしれなかった。


 書架に近付いた紅月は、そこから冊子を抜き取っては、数葉を手早く(めく)って中味に見当をつける。そんなことを幾度か繰り返して、やがて、帳簿と思わしき冊子の束を見つけ出した。


 それらを抱えて床に下ろすと、今度は、いつも斉腰(おび)の中に忍ばせている算盤(さんばん)の布を取り出して広げる。腰の(ふくろ)からは算木(さんぎ)を出して、ふう、と、深呼吸をひとつ、(おもむろ)に帳簿を(ひら)いた。


 幸い、奥の壁には天窓が切られており、そこから月明かりが射している。そして、今宵は明るい満月夜だ。


 紅月は床に這いつくばるようにして、帳簿と首っ引きになりつつ、次々に赤と黒の算木を動かしはじめた。一葉、また一葉と、冊子を(めく)りながら、計算を進めていく。一冊、また一冊と、帳簿はみるみるうちに積み上がっていった。


「あった……」


 やがて、紅月はちいさく声をあげた。


 計算が合わないところがある。念のため算木を置き直して最初から術法をやり直しても、やはり、数がずれていた。


 それを確かめて、紅月は細長い帳簿冊子を(ふところ)に忍ばせた。きっとこんなふうに数があわない箇所は、この部分だけではないだろう。だが、ひとつあれば、とっかかりの証拠としては十分だ。


 後はこの冊子をどうやって外へ出すかである。


 紅月は明かり取りのための天窓を見上げた。架台(たな)を使えば窓に手は届きそうだが、細長く切られたそこから脱出することは、まずもって不可能なように思われた。


 あるいは、冊子だけならば外へ落とせなくもないだろうが、無造作に落としておいて、高家の使用人にでも拾われたのでは意味がない。確実に朗輝の手に渡すためには、どうすればよいだろうか。


 まるで方法を思いつかない。


 そうこうするうちに宴が終われば、圭嘉が再びここへ戻ってきてしまうかもしれなかった。じりじり、と、(あせ)りが募る。


 紅月は自分を落ち着けようと、いつものように、算盤と算木に手を伸ばした。それにふれて、深呼吸をする。


「そう、だ……父上」


 英俊は紅月が高府へと出掛けたことを知っている。宴が終わり朗輝が出てくるのを待つ、と、そう言い置いてきていたから、すぐさま異変には気付くまいが、それでも、夜更けを過ぎても紅月が帰宅しなければ、あるいは、不審に思った英俊が高府(ここ)を訪ねてきてくれるかもしれなかった。


 そう思った瞬間、紅月は架台に足をかけた。


 慎重に上り、天窓に手をかける。そこに嵌(はま)っているのは透かし彫りのある板だ。その隙間から、手に持った算木(さんぎ)をいくつか、ぱらぱら、と、向こう側の地面へと落とした。


 もしも英俊がこれを見つけてくれたなら、紅月がこの(くら)の中に閉じ込められていることを悟ってくれるはずだ。府邸(やしき)の奥にある庫のところまで父が足を踏み入れようとするかどうか、高家の人間がそれを許すかどうか、可能性は限りなく低かったが、それでも、もはや一縷(いちる)の望みにかけるしか、ない。


 父が来てくれるのが早いか、それとも、圭嘉が紅月を責め立てにやってくるのが早いか。


 もはや紅月に出来ることは、月仙女の加護を祈ることだけだった。架台(たな)から降りると、紅月は天窓の向こうの満月を仰いだ。

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