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紅月夜話-妖女と呼ばれ婚約破棄された令嬢、年下殿下に溺愛される-  作者: 豆渓ありさ
四章 皇太孫殿下にお別れを言いました、でも…
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4-5 囚われの紅月

 紅月(こうげつ)(くら)へと放り込ませた圭嘉(けいか)は、凄むような目でこちらを見下ろした後、一転して、(あざけ)りの表情を浮かべた。


「そういえば、聴いたぞ、紅月。おまえ、身の程知らずにも、皇太孫と見合いをしたらしいな。だが、お前のようなものが皇太孫妃になれるとでも?」


 ははは、と、嫌な感じに(わら)われて、紅月はきゅっとくちびるを噛みしめた。だが、圭嘉はこちらの様子などに構うはずもなく、そのまま言葉を続ける。


「残念だったな、紅月。太孫殿下はいま、うちの鈴麗(りんれい)のもてなしを受けておられる。もうおまえの出る幕などないさ。――ああ、そうか。それで、我が妹、あるいは我が高家を、呪いにでもきたというわけか。不吉な妖女め」


 いかにも忌々(いまいま)しそうに、圭嘉はこちらに嫌悪と侮蔑(ぶべつ)の視線を向けた。


 紅月はふいに臓腑(ぞうふ)が冷たくなるのを感じる。圭嘉とのことを思い出すとき、いつも襲われるあの感覚だ。胃の奥が気持ち悪くて、吐き気にも似たものを覚えていた。


「わたし、は……妖女、などでは……ありません」


 それでも、そんなふうに、必死に絞り出すように反論する。


 しかし相手は、冷たい目でこちらを見下ろし、紅月の言葉を笑い飛ばした。


「はっ。どの口が言うのやら。――算術好きの変わり者程度のことなら、まあ、(さか)しらな口は気に喰わずとも、(こら)えて(めと)ってやってもいいかと思って、やさしくもしてやっていたが。月蝕に魅入られた不吉な女では、さすがに、こちらとしても話は別だ。高家に、私に、おまえがいったいどんな不幸を(もたら)すか、わかったものではないからな」


「っ、魅入られて、など……おりません。わたしは、ただ……」


「ただ、なんだ? ――ああ、そういえば、こんな満月の晩だったな。おまえが薄気味悪くも、月蝕を予言したのは。皇宮で弄月(ろうげつ)の宴があった夜だ」


 圭嘉は続ける。


「今宵は蝕になる、と、おまえが最初に私に言ったときは、何を莫迦(ばか)なことをと(あざけ)るだけだったが。そのうち、ほんとうに月が(かげ)ってきたときには、怖気(おぞけ)がした。知らなかったとはいえ、恐ろしい女を許婚(いいなずけ)にしたものだ、とな」


 そうだ。そのあと間もなく、圭嘉は、高家は、紅月との婚姻の約束を、正式な結納(ゆいのう)も間近というところで、一方的に破談にした。


 月仙女を(たっと)(しょう)国において、月蝕は、凶兆の最たるものだ。それを(あらかじ)め知り得た紅月を、善くないものに魅入られた妖女だ、と、決めつけて(のの)った。


 けれども別に、紅月は人智を越えた邪悪で不可思議な能力(ちから)を使ったのでもなんでもなかった。ただ、史書にある蝕の記録をもとに、蝕の周期を算術によって求めただけだ。


 あの頃の紅月は、蝕を読むことが可能だ、と、そう気づいたこと自体が嬉しくてたまらず、算術を駆使してその日を割り出してみることができたのを得意にすら思っていた。


 ただ、己でも愚かしかったと思うのは、そうしたことを理解してくれない、理解する気すらまるでなかった圭嘉などに、意気揚揚と、そして軽々と、自分が求め得た蝕の起きるだろう日の予測を語ってしまったことである。


 ただ計算しただけだ、邪な術を使ったのではない、と、冷たい視線を向けてくる婚約者に紅月は訴えたが、こちらの話を圭嘉は聞こうともしなかった。ただただ、紅月を、禍禍(まがまが)しい、と、嫌悪も顕わに罵った。


 ――紅月とは、ぴったりな(あざな)だな。おまえの場合は、そのまま、不吉なものという意味だ。


 圭嘉には更に、紅月は蝕に魅入られた不吉な女なのだ、と、そんな風聞さえ流されて、その所為(せい)もあってか、その後いくつかあった縁談はすべてうまくはいかなかった。それまでの付き合いも次第に減り、紅月はいつしか、房間(へや)に籠って、ひとり、算盤(さんばん)算木(さんぎ)を前に過ごす時ばかりを、増やしていくことになったのだ。


 眉を寄せる。


 当時の酷い気持ちが甦って、身体を、心を、縛りつけようとしているかのようだった。気持ちが、暗く沈む。なにかを言う気力が失せ、言葉が、喉のところで詰まってしまう。


 生き苦しくて、息苦しかった。


 紅月は無意識に己の襦裙(きもの)の胸もとを掴んでいた。


 けれども、ふと、指が、(きぬ)の上から固い何かにふれる。あ、と、紅月はちいさく声を上げた。


 月相(げっそう)(しつ)――……朗輝の()れた想い。


 分不相応だ、と、なお、おもう。どうして自分なのか、まだ、わからない。それでも、朗輝からその櫛を贈られたことが、うれしくてならないのも、誤魔化すことのできない、自分の中の真実の想いだった。


 ――賢しらな口をきいて、すみません。


 ――なんで謝るの。むしろ頼もしい。


 不意に、脳裏に朗輝の声を聴いた気がして、それで紅月は、(うつむ)きかけていた顔をゆっくりと上げた。


 そうだ。自分はなにも悪いことをしたわけではない。誰かを傷つけたわけでもない。


 それなのに、どうしてあのとき、悪口を浴びせられるがままに、ちいさくなってしまったのだろうか。どうしてもっと、顔を上げて生きようとしなかったのだろうか。


 好きなものは好きだと胸を張って言えず、縮こまるように俯きがちになってしまった己が、己自身でもひどく口惜(くちお)しかった。


 だから、いま紅月は、ようやく相手に真正面から強く反論してみせる。


「わたしは……不吉などでは、ありません」


 圭嘉を睨み据えて、ひと言ひと言を、きっぱりと言った。


「だから、あなたが、あなたがたが、この先、たとえば不幸に見舞われるなら……それはすべて、あなたがた自身が、呼び込んだものです」


 ふ、と、口の端に笑みを浮かべ、嘲笑するように続けてやった。


「っ、おまえ、何を知ったッ!?」


 圭嘉は途端に目を怒らせて言って、紅月を乱暴に揺すぶった。だがそれでも、紅月は()いて相手に不敵な笑みを浮かべて見せる。


「さ、あ……どうで、しょうか?」


 意味深に笑ったままでそれだけ言い、もうあとは、紅月はしんと黙り込んだ。


 もちろん紅月は、決定的な何かを見たわけではない。聴いたわけでもない。


 だから、ほんとうは、どんな重要な情報も知りはしなかった。


 だが、圭嘉がいまこんな反応を見せるからには、高家には探られたくない腹があるのに違いないのだ。皇帝の、朗輝の、勘繰っている通りである。


 それならば、彼らの悪事は間違いなく、皇帝から命を受けている朗輝が、遠からず白日の下に曝すはずだった。たとえば紅月がいまここで口封じのために圭嘉に殺されるようなことがあったとしても、きっと、朗輝が報いてくれる。


 そう、信じられる。


 だから紅月は余裕の表情を崩さずにいられた。


 だが、そんなこちらに無気味なものを感じるのか、ち、と、鋭い舌打ちをした圭嘉が、掴んでいた紅月の身体を乱暴に突き飛ばした。


「っ」


 身体をしたたか打って、紅月は低く呻く。圭嘉はその間にも、庫の戸のところまで下がっていた。


「まあ、いい……後でじっくりいたぶって、()かせるだけだ」


 吐き棄てるように言うと、戸を閉める。ガチャガチャと音がするのは、扉に、鎖か(じょう)でもかけているのだろう。


 その音が()むと、あとはもう、遠く宴席の音曲やざわめきだけが響いていた。

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