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紅月夜話-妖女と呼ばれ婚約破棄された令嬢、年下殿下に溺愛される-  作者: 豆渓ありさ
【一章】皇太孫殿下との縁談が降って湧きました。
2/22

1-2 回想ノ一-建国神話と紅月の誕生-

 どこの国にも、建国にまつわる神話、あるいは英雄(えいゆう)(たん)などが語り継がれているものだろう――……ここ、(しょう)国においては、(げつ)仙女(せんにょ)姮娥(こうが)娘々(ニャンニャン)が、その物語の主役であった。


 美しく賢い仙女・姮娥(こうが)は、自らの形代(かたしろ)を夜空に浮かべて、太古の世界に(こご)っていた渾沌(こんとん)の闇を打ち(はら)ったのだという。それが、すなわち月である。


 そしてまた、その満ち欠けを(もっ)て人々に時節(とき)をしらせることによって、農耕(のう)の道を拓いたともいう。


 この仙女・姮娥の加護を得て、東呉(とうご)と呼ばれる地に国を建てたのが、宵国の初代皇帝だとされていた。


 以来、宵国の皇家では、代々にわたって、祖神にも等しい存在として姮娥娘々を大切に(まつ)っている。


 これに(なら)うように、宵国の各地にもまた、月仙女・姮娥を祀る廟堂(びょうどう)がたくさん存在していた。


 祈りに訪れる人々が()く線香の(けむり)も、そして、祭壇に捧げられる供物(くもつ)も、絶えることはない。


 ――麦がよく(みの)りますように。


 ――家内が安全でありますように。


 ――(やまい)が平癒しますように。


 ――良い職に就けますように。


 ――選挙(しけん)及第(ごうかく)できますように。


 ――良縁が得られますように。


 ――子宝にめぐまれますように。


 人々が姮娥に祈ることは様々だ。それだけ、この仙女が宵国で尊崇を集めているということだった。


 一方で、月の仙女を(まつ)る国だからこそ、()み嫌われるものもある。


 月蝕(げっしょく)だ。


 特に、満月が時ならず不意に欠けはじめ、やがてほの(ぐら)(あかがね)色にすべて染めあげられてしまう紅月(こうげつ)――皆既蝕――は、国家に大きな災禍(わざわい)をもたらすものとして、最も不吉だと言われていた。


 紅月は、ただ目にしただけの者をすら不幸にする、凶兆(きょうちょう)の極みと信じられている。


 宵国の皇都・盈祥(えいしょう)


 夜空に朗々(ろうろう)たる望月(ぼうげつ)の浮かぶ、とある深更のことである。


 夕刻に女主人が産気づいてからというもの、いま、時刻はすでに真夜中に至るも、府邸(やしき)の中はまだ(あわ)ただしいままだった。


 そんな中、湯を満たした(おけ)を抱えて(せわ)しく走廊(ろうか)をやってきたひとりの女が、ふいに夜空を見上げ、悲鳴じみた声をあげた。


「ひっ……つ、月が……!」


 女の声につられるように、その場にいた何人かが、天高い位置の月を(あお)ぎ見た。


 そして、めいめいが息を()む。


「しょ、蝕だ……!」


「月が欠けている……!」 


 誰も彼もが、慌てて顔を伏せた。


 ここ宵国において、月蝕はなによりも不吉なものとされている。目にすれば、それだけで(のろ)われるとも、あるいは災厄(さいやく)(こうむ)るのだとも、信じられていた。


 しかし、蝕は不意に起きる。


 (あらかじ)めその発生がわかるものではなかった。


 だからこそ余計にそれは(おそ)れられているわけだが、ふつう、蝕に気付いた人々は、すぐにも房間(へや)の中に(こも)って、蝕が終わるまでは穏和(おとな)しく過ごすものだった。


 だから、いま意想外の蝕に襲われた人々もまた、それぞれに、慌てて房間(へや)へ駆け込んで、そこに籠ってしまいたい気持ちでいっぱいであった。


 が、今宵ばかりは、そうはいかない。お産は待ってはくれないからだ。


 兢々(きょうきょう)としながらも、務めを投げ出すわけにいかない者たちは、院子(にわ)を渡る走廊(かいろう)を、なるべく(うつむ)きながら身を縮めて歩いた。


 房間(へや)の中からは、いままさに出産に(のぞ)んでいる女主人の(うめ)き声が聴こえている。


 それがどれほどの時間続いただろう。


 やがて、おあぁ、と、産声が上がった。


 そのとき、まさに空の月は、(くら)赤銅色(しゃくどういろ)に染まっていた――……紅月である。


「なんと、不吉な……」


 誰かがぼそりと言った。


 すぐにその不用意な発言を(とが)めるような空気が場には満ちたものの、口にこそせずとも、誰もが想いは同じだったろう。


 ――……紅月の最中に生まれ落ちた赤子は、もしや、なにかの凶兆なのではあるまいか。


 すぐに道士(どうし)が呼ばれ、(やく)払いのための巫術(まじない)が施された。


 凶を(もっ)て凶を制すべし、と、道士は言った。


 そもそも、赤子の無事の成長を願って、生まれた子に()えて醜悪(しゅうあく)な名を与えることは、往々(おうおう)にしてなされることでもある。


 この日、皆既月蝕の最中(さなか)に生まれ落ちたその子は、紅月、と、名付けられた。

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