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【第21話 チーズケーキ屋さん】

「ほらほら、ダイトくん! こっちこっち! あー! 見て! あのチーズケーキ屋さん!」


 リルに腕を引かれ、通りの角を曲がった瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。

 花柄の壁紙、色とりどりのケーキが並ぶガラスケース――。


 ダイトは、まるで別世界に踏み込んだような感覚に襲われた。


(……なぜ俺はこんな場所にいるんだ)


 途方に暮れるダイトをよそに、リルは袖を引っ張りながら店内へ。

 目を輝かせ、宝石でも選ぶような真剣さでチーズケーキを指差す。


「ニシシ! ここのチーズケーキは最高だよ! 絶対ダイトも食べよ!」

「いや、俺はチーズが苦手だ」

「はい、聞きましたー。でも、ここのは他のとは違うから大丈夫!」


(……全く聞かない。ある意味、師匠並みだな)


 リルはケースから三つのチーズケーキを選び、カウンターへ。


「ダイトはあそこの席に座ってて! 飲み物は僕のおススメ、グルガのジュースね!」


 ダイトは、それが何の飲み物か聞く気力もなくテーブル席へ腰を下ろす。


(場違い感、これまでで最高かもしれん。ある意味、これも修行だ……)


 ジーンズにTシャツ姿の異質な男――。

 異世界では珍しい格好で、しかも目つきの悪いその男が、メルヘンな空間で一人座っている。

 周囲からヒソヒソ声が聞こえてきた。


(……心の修行だ。無になれ……そうだ、あの時の師匠との修行を思い出せば……)


 ──京都・東山の山中。

 俺を木に縛り付けた師匠は、容赦なく全身にはちみつを塗りたくった。

 そして、そのまま山の奥へ放置する。


「ふぉふぉふぉ。ダイトよ、気配を消し切れば虫すら寄って来ん。ええか? これくらい朝飯前じゃ」

「師匠!! 僕にはできません!!」

「ふぉふぉふぉ。もう十歳じゃろう。これくらいは出来よう。では、また明日迎えに来るぞ。泣き叫べば虫に食われるからの」


 そう言い残し、師匠はふっと空へ消えた。


 ……もちろん、俺は泣き叫んだ。だが、声が枯れるころには腹をくくっていた。


(そうだ……。あの時よりはマシだ。無になれ……無だ)


「ダイト、どうしたの? ニシシ。見て! このチーズケーキたちを!!」


 目の前にリルが皿を並べた瞬間、ダイトは心底ほっと息をついた。


「頂きまーーす!」


 リルはチーズケーキを大きく頬張り、幸せそうに目を細めた。


「んーーー、格別!! 本当にここのチーズケーキは最高だよ! ダイトも食べなって!」

「いや、俺はチーズが苦手で……」

「ふーん? でもね、ここのは一味も二味も違うから! ダイトくん、一口!」

「いや、しかし……」


 リルはぷくっと頬を膨らませ、テーブル越しにフォークを突き出す。


「ダイトくん! これはリーダー命令だよ! はい、あーん!」


 苦い顔をしたダイトだったが、観念して一口。


「……ん!!! 旨い!」

「でしょ!? ニシシ! 気に入ってくれて良かったー」

「こんなに美味しいチーズは初めてだ!」


 ダイトが素直に味わう様子を、リルは満足げに見つめる。

 だが、ふと真顔になって口を開いた。


「ねー、ダイト。昨日からちょっとおかしいよ。何かあった?」


 しまった、とダイトは内心で舌打ちした。

 相手の表情を読むのは得意だが、自分の表情を読まれることまでは想定していなかった。


「いや、大したことはない」

「んー。あるよね? ズラークの屋敷の後からだよ? もしかして、僕の戦い方が変だった?」

「いや、そこは問題ない。むしろ良い連携だった」

「そこは……ってことは、別のところに問題があるってことだよね?」


 リルは片眉を上げ、ぐっと距離を詰める。

 ダイトは視線をそらし、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 深く溜息をつくと、観念したように口を開く。


「……リル。ズラークから、情報を引き出した」

「情報?」

「ああ。ズラークは政府の指示で【妖精の滴】を盗んだらしい」

「ふぇ? なんでそんなことを?」

「目的は、それをリルに取り返させるためだ」

「……は?」

「つまり、リルを陥れるための罠ってことだ」


 その言葉を聞いた瞬間、リルの笑顔は消え、目の奥に真剣な光が宿った。


「罠・・・?」

「ああ。憶測だが……政府の誰か、おそらくムーアが仕組んだ罠の可能性が高い」

 リルはフォークを置き、腕を組んで眉間に皺を寄せる。

「でも、それだけじゃムーア様かどうかは分からないよね?」

「ああ。決定ではない。ただ、ムーアか……あるいは裏で操る何者かがいる可能性は高い」

「でもね……ムーア様が僕を陥れる理由なんてあるかな? 僕、ただのランクB冒険者だよ?」


 今度はダイトが腕を組み、沈黙する。


「ってことは、リルには全く心当たりがないのか?」

「うーーーん……僕にはないね。お城の人に迷惑をかけたこともないし」

「じゃあ、ズラークはなぜ……」

「んーーーー。分かんない!」


 リルはそこで急に表情を緩め、残っていたチーズケーキをぱくりと口に入れた。


「んーーー、美味しい! ……ま、ダイトくん。分からないものは予想しても仕方ないよ。それに、今さら依頼を断っても遅いし。ライムばーちゃんが調合してくれてる薬を渡せば終わりでしょ? ここからどうやって僕を陥れるっていうのさ?」

「……確かに。それはそうだな」


 ダイトはフォークを持つ手を止め、少し険しい表情を浮かべた。


(……何だ。俺だけが知らないことがあるのか? くそ、この世界について知らなすぎる。それに――リルのことも、まだ)


「ねーねー、ダイト!」


 不意にリルの声が弾む。


「このチーズケーキちゃんを食べ終えたら、次はいよいよその服装とおさらばだよー! この近くの装備屋さんに行くから、楽しみにしててね!」


 緊張感などお構いなしに、リルはニコニコと身体を揺らしている。

 その笑顔は、何も知らないのか、それとも全部分かった上で笑っているのか――。

 ダイトはわずかに視線を伏せた。


 ***


 チーズケーキ屋を後にしたダイトたちは、昼下がりのエスタ通りを並んで歩いていた。


「リル。そんなにたくさん買ってどうするんだ?」

「ニシシ。こんなに美味しいチーズケーキを二人占めするのはもったいないでしょ? もちろんイフト店長にも持ってくよ。ほら、あの人、無理聞いてくれたでしょ? お礼、お礼!」


 ダイトはその気配りに、思わず感心する。


「なるほどな。そういう気遣いは得意だな」

「んー、それって褒め言葉かな?」


 鼻で笑いながら、ダイトは短く答える。


「ああ、褒め言葉だ。俺はそういうこと、やったことがないからな」

「じゃあ、お師匠さんに買ってあげたら?」

「ん? いらん。あのクソジジイに渡すもんなんかない」


 言葉と同時に、握りこぶしをグッと作る。


「いや……次に会ったら、鉄拳をお見舞いしてやる」


 ***


 京都・東山――


 地下室でプリンを食べながら、モニタを見つめていた手が止まる。


「ほう……そんなことを言えるようになったか、ダイト」


 師匠の目が細くなる。笑っているのか、怒っているのか分からない表情。


「ほうほう……なるほどな」


 手に持っていたプリンが急に沸騰し、床にこぼれる。

 だが、師匠は目を離さないまま、画面の向こうの二人を見続けていた。

後書き

【ポロッポのなげき】

あわわわ……ダイト様、あのようなことを言われて……し、知りませんよ!!

ひぇぇぇ……お師匠さまのお怒りが……。


次回、ダイト様のコーディネート……そ、そうでした!

わたくし、急にお腹が……あ、痛く……。


更新は【月・金】です!

わたくし、先が……少し恐ろしいですー……。

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