【第13話 調合室のモンスター】
扉の奥、調合室は漆黒の闇に包まれていた。
(暗闇か。俺は慣れているが……リルは大丈夫か?)
ダイトは横目で、隣のリルに目を向けた。
「ライムおばーちゃん! 【蓄光石】のオーラ、切れてるよー!」
「おお……ずいぶん長いこと放っておいたからの。悪いけど、オーラを補充しておくれ、リルちゃん」
「オッケー! じゃあ、ダイト。僕が補充してる間、警戒お願いね!」
「オーラを補充……? よく分からんが、警戒は了解した」
リルは壁に埋め込まれた薄い石板に手をかざし、そっとオーラを流し込む。
すると、じわり――
リルのオーラに反応して、壁の石が淡く発光を始めた。
そこから天井へと“配線”のような光の筋が伸び、室内の照明器具がゆっくりと明るくなっていく。
(……なるほど。この世界では、オーラを“電力”のように使っているのか。昨日、リルの家で点いていた灯りも――これだったのか)
ダイトは、徐々に光に満たされていく調合室を眺めながら、ひとつ息を吐いた。
わずかに、感心したような色がその瞳に宿っていた。
室内は調合屋らしく、壁際の棚に無数のガラス瓶が並んでいた。
――いや、正確には“並んでいた形跡”がある。約半数の瓶はすでに割れ、床一面に破片が飛び散っている。
「ダイト。これで見やすくなったでしょ?」
リルが振り返り、どこか楽しげな声をかけてくる。
「ああ。……だが、このガラスの散らばり方……何かが暴れた痕跡だな。モンスターの仕業か」
「だね〜。さてさて、モンスターくんは、どこに隠れてるのかな〜?」
リルは軽い口調のまま、首を左右に振って周囲をきょろきょろと見回す。
そのとき――
サササッ!
何かが走り抜けるような影が、視界の端を横切った。
「ダイト! 速いよ!」
「……ああ、確認した。俺が仕留める」
栄断流鍼灸術・補法――足三里。
ダイトは素早くしゃがみ込み、両脛に“速刺速抜”。
瞬間、下腿に熱が走り、筋肉が膨らむように反応した。
「……よし」
床に散らばるガラス片を“器用に”避けながら、ダイトは低い姿勢で一気に加速した。
「――そこかっ!」
棚の影に逃げ込んだモンスターへ向けて、鋭く鍼を投げ放つ。
サササーーー!
(……嘘だろ? 避けやがった!?)
モンスターはさらに加速し、ダイトの鍼をひらりと回避。
そのまま天井へと跳び上がり、ピタリと張り付く。
そして――まるでダイトを嘲笑うかのように、その姿をゆらりと現した。
「ダイト!! あれ、メタリックスライムだよ! 攻撃力はないけど――めちゃくちゃ速いの!」
リルが叫ぶと同時に、天井に張り付いたソレが、微かに身体を揺らした。
まるでこちらの様子をうかがうように、ぬるりと動く。
ムクリ、と姿勢を整えたダイトは、その異様な姿に目を細める。
(……俺のスピードと“同等”? いや――もしかすると、わずかに上か!?)
「……あり得ん……!」
ダイトは静かに身を低くし、
次の瞬間――全身の筋肉に力を込め、床を蹴った。
シュンッ!!
高速で滑るように駆けるダイト。
だが――メタリックスライムも負けてはいない。
その身体はぬるりと動き、一定の距離を保ちながら、ダイトの速度にぴたりと付いてくる。
「すごっ……ダイトより速いなんて!」
リルは唖然とした表情で、その攻防を目で追うしかできなかった。
(でも、このままじゃ……倒せないぞコレ……。 どうする? どうする僕!?)
頭をポリポリとかきながら、リルは呑気な顔で悩み始めた。
「ねー! ダイト!!」
「なんだ!? リル、今は――忙しい!!」
「ねーってば! 僕たち、“速伐団”だよ!?」
「分かってる! だから“速く討伐”しようとしてるんだろうが!」
「ダイト、違うよ!! 分かってないっ!」
その一言に、ダイトの足がピタリと止まる。
リルの方へ戻り、眉をひそめた。
「……どういう意味だ?」
「ニシシッ。速伐団って――パーティーでしょ?」
「ああ、まあ……そうだな」
「つまり、“2人で討伐する団”だよね?」
「それは……もちろん、だが」
ダイトが言いかけたとき、リルが指さす。
「ダイト、その鍼。加速する技――僕にも、打てる?」
「補法の鍼を……お前に?」
「できるでしょ? できたらさ、2人で挟み撃ちできるよ?」
その言葉に、ダイトの表情がわずかに揺れた。
――ハッとしたように、目を見開く。
(そうか……俺は今まで、1人で任務にあたるか、師匠の影に従う立場ばかりだった。
“連携”なんて、考えたこともなかった……)
ダイトは無言で頷くと、鍼箱を開け、新たな鍼を取り出した。
「リル。そうだな……今回は、2人でやるべきだ」
「ニシシ♪ 速伐団だからねー」
「ただし――めちゃくちゃ痛い。覚悟してくれ」
リルの顔が一気にひきつる。
「え? 痛いの? なら、うん……それはダイト1人で頑張ったほうが――」
「覚悟を決めろ!」
栄断流鍼灸術・補法――足三里!!
「いやあああっ!? ちょ、ちょっと待って!!」
逃げようと後ずさるリルの両脛に、ダイトは容赦なく“速刺速抜”。
「いっっっっったああぁぁっ!!」
ズン、と熱が駆け抜け、リルの下腿がびくんと跳ねる。
直後、筋肉が内側から脈打つように反応し――
「……うわっ。……すっごい! 体が軽い!! ねぇ、ダイト! これ、行けるよ!」
「よし――挟み撃ちだ!」
天井から、メタリックスライムが嘲るように身体を揺らす。
だがその瞬間、2人は同時に動いた。
ダンッ!
加速する2人。逃げるスライム。
左右から迫る動きに、メタリックスライムは反射的に進路を変え――
スパンッ!
そこに、リルの短剣が吸い込まれるように突き刺さった。
「消えた……?」
泡のように白く発光しながら、スライムは静かに霧散していく。
その場に、光沢のある金属の塊がコトリと転がった。
「やったー!! どう? 作戦通りでしょ!」
「リル。見事だったな」
「ダイトって、いつもこんな風に戦ってるんだね! うわっ、めっちゃ速く動けるよー!」
リルは、床に散らばったガラス片を器用に避けながら、まだ興奮冷めやらぬ様子で室内を駆け回る。
「……で、このドロップアイテム。どうするんだ?」
ダイトが床に落ちた金属の塊を指さす。
「あっ!! 白煌金!! コレね、めっちゃレアな素材なんだよ!!」
「だがこれは、依頼の結果として出たものだろう? 依頼主に渡すべきじゃないか?」
「うん。もちろん! ライムおばーちゃんに渡そう!」
「了解」
ダイトが頷くと、リルはドアの前まで駆けて行き、トントンとノックした。
「おばーちゃん! 無事に討伐できたよー!」
すぐに扉が開き、ライムおばーちゃんが顔をのぞかせた。
「本当にやっつけてくれたのかい?」
「ニシシ♪ ほら、見て見て!」
リルは手のひらに乗せた光る金属の塊を掲げる。
「白煌金だよ! モンスターは、メタリックスライムだったんだ!」
「ええっ!? あんたたち、あのメタリックスライムを倒せたのかい? あんなに速いヤツを……」
「ニシシ! だって僕たち、“速伐団”だからねっ!」
胸を張るリル。
そのまま手にしていた白煌金を、ライムおばーちゃんに手渡す。
「はい、ドロップアイテムはおばーちゃんのだよ!」
「ん? いやいや、それは“追加報酬”ってことで――あんたたちが貰っておくれ」
「えーー!? おばーちゃん、これすごく高いよ!?」
「いいんだよ。どうせアンタらじゃなきゃ討伐はできなかったんだ。遠慮せずに持って行きな」
リルとダイトは顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。
「ニシシ、ありがと! じゃあ……お言葉に甘えて貰っちゃうね!」
ライムおばーちゃんも、にっこりと微笑む。
「じゃあ、追加でもらった報酬の分は――ちゃんと働かないとね!」
リルは軽やかに笑いながら、室内を見渡す。
「まずは、このお部屋のお掃除からだよー!」
「えぇ〜? それは悪いわよ〜」
「いいのいいのっ!」
そう言うや否や、リルはライムおばーちゃんの背中をぐいっと押して、部屋の外へと追いやる。
「ライムおばーちゃんは、私がお願いした“例の薬”をちゃんと調合してもらわないと〜。ねっ、そうでしょ? ダイト?」
「ああ。もちろんだ」
「ふふ……そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて――お願いしようかねぇ」
おばーちゃんとリルは、顔を見合わせてにっこりと笑った。
***
柔らかな陽が、レースのカーテン越しに差し込む。
白亜の城の奥、王族以外の立ち入りが禁じられた一室に、男の低い声が静かに響いた。
「姫様。薬が届くまでの間は、どうかお休みになられては……」
そう進言するのは、王家の側近・ムーア。小柄で細身ながら眼光は鋭く、どこか鼻につくほどの几帳面さがその所作に滲んでいる。
しかし、椅子に腰かける姫は、その言葉を柔らかくもはっきりと退けた。
「ムーアよ。その気遣いには感謝する。だが……父上が病で臥しておられる今、私が動かねばならぬ」
右の頬に、樹皮のような異形の痕跡を宿す少女。
肌に刻まれたその病変は、【顔木病】――
だが、その苦痛にも眉ひとつ動かさず、姫はまっすぐ前を見据えていた。
「このグロアニアは、四方を他国に囲まれている。王家が衰えを見せれば、それを口実に攻め込まれる。……公務は、決して怠れぬ」
その言葉に、ムーアは膝をついて頭を垂れた。
「……姫様。護送車が襲撃されていなければ、【妖精の滴】は本来、もっと早く届けられていたはず。それが叶わず……申し訳ございません」
「ムーア、顔を上げよ。責めてはおらぬ。……それに、取り戻されたのだろう?」
「はっ。ズラーク一味に奪われた【妖精の滴】を、冒険者ギルドの一団が奪還し、調合屋ライム殿に届けました。さらに、彼らを尾行させていた部下からの報告によれば――現在、調合も順調に進んでいるとのことです」
「そうか……」
姫はわずかに瞳を伏せ、そして静かに目を開いた。
「ならば、その者たちに、直接礼を言いたい」
「……お言葉、しかと承りました。そう手配いたします」
ムーアはその場に控えていた兵士を呼び寄せ、小声で指示を伝える。
兵士は深く頭を下げると、足音も立てずに部屋を後にした。
後書き
【ライムばあちゃんのひとこと】
リルちゃんのほっぺた、可愛いでしょ?
もう、おばあちゃん、プニプニしたくなるの〜
今日は、依頼も受けてくれて嬉しかったわ〜。
さ、今から調合頑張るわよ〜!
次回、「アトラス武器屋」。
あら? もう次のお店に行っちゃうの?
……おばあちゃん、ちょっと悲しいわ〜
更新は【月・金】らしいわよ。
おばあちゃん、この話を五回は読むつもりよ!
次話より、今よ!
更新までに何回も読んで! リルちゃん、可愛いでしょ〜!?




