6.秘密の情報屋
オティーリエが次に向かったのは、ある秘密の場所。
護衛なんか引き連れて行こうものなら、門前払いされるような場所だ。
本当はもっと早くに来たかったのだけど、この2ヶ月、ヨハンが護衛に付いていたので、諦めていたのだ。
オティーリエも、ヨハンの監視をまく自信はなかったから。
もちろん、魔法を使えばまけるだろうけれど、幼い頃はともかく、今はそれはなんだかフェアじゃない気がしてやっていない。
でも、今日は違う。
近衛騎士団からの3人の護衛。
近衛騎士団の騎士なら、いつもの手段を使えばまくことが出来る。
とは言っても、その時間はせいぜい10分ていどだろうけど。
その時間内に用事を終わらせることに決めて、オティーリエは行動を開始した。
まずは目的地近くの宿屋の食堂に入る。
ここは、今から向かう所に行く時に護衛をまくためにいつも利用する場所である。
もともと、ここはそのために準備されている食堂で、オティーリエ以外にも、同じ目的で利用する客がいる。
なので、店主も事情が分かっている。
オティーリエは店主に前渡しでチップを渡すと、そのまま裏口から宿屋を出た。
近衛騎士団の騎士は、ここでオティーリエに気を使ってか、必ず外で待ってくれている。
なので、まくことが出来るのだ。
オティーリエは宿屋の裏口を出ると、裏路地を少し歩いて、寂れた飲み屋の中に入った。
中も寂れていて、少し荒れた雰囲気。
まだ夕方にもなっていない時間だからだろう、客は一番奥の席に一人だけ。
カウンターではバーテンダーがグラスの手入れをしている。
『主、ここは?
あまり主のような立場の者が足を踏み入れる場所ではなさそうだが。』
『時々、利用している所です。
とても貴重な物を売って下さる場所なのですよ。』
『ほお?
主が貴重、と表現するとは、よほど貴重な物なのだろうな。』
『お城に戻りましたら、実物をお見せしますね。』
オティーリエはまっすぐにカウンターに向かうと、カウンター前に並んだスツールの一つに腰を下ろした。
「ここはお嬢さんのようなお人が来る場所じゃないよ。」
バーテンダーがグラスを拭く手を止めずにオティーリエに声をかけてきた。
バーテンダーは口ひげを綺麗に整え、髪も整髪剤できっちり固めた30~40代くらいの男性だ。
背筋がピッと伸びて姿勢がよく、如何にもバーのバーテンダーといった感じ。
「そうでもありませんよ。
グラスホッパーと、あとメモ用紙と筆記用具をお借りできますか?」
オティーリエがそう答えると、バーテンダーが片眉を上げてオティーリエを見た。
先ほどのオティーリエの注文は、ある符牒。
「まさか、『お嬢様』?」
「はい。」
そして、お嬢様、というのはオティーリエのここでの呼ばれ方。
バーテンダーはオティーリエの返事を聞くと、驚きで片目を見開いてオティーリエを見て、それからただ一人いる客に視線を向けた。
「見事に化けましたね。
その瞳と髪はどうやったんです?」
奥の席にいた人物がオティーリエの方に歩きながら声をかけてきた。
「ご存じでしょう?」
「そうですね。
こうしてお目にかかるのは初めてですが。」
このお店の名前は『キャット・ウォーク』。
表向きは寂れたバー。
本当の姿は万事屋ギルド。
合法的なギルドではなく、社会の裏側で活動するギルドである。
その仕事の内容は、まさに万事屋。
復讐代行から誘拐された人物の救出、禁制品の運搬、本人にも極秘の警護だったり、子守に猫の捜索など、本当に多種多様である。
そうした仕事の中に、情報収集もある。
むしろ、現在はそれが主たる仕事と言ってもよく、半ば情報ギルドと化している。
社会の裏側の情報を集めたければ、ここに来るのが一番。
ヨハンとマージナリィも裏社会に精通しているけれど、ここでは彼らとはまた違った層の情報が得られる。
なので、オティーリエは情報を集める際には、ここも利用しているのだった。
このギルドはオティーリエのことを『お嬢様』と呼ぶことからも分かる通り、オティーリエが何者なのか、そして魔法を使えることまで知っている。
このことはオティーリエが自ら教えたわけではなくて、ギルドが調査して自力で突き止めたもの。
だから、その情報収集能力は折り紙付き。
もちろん、秘されたギルドなので、その存在を知る者は限られていて、マージナリィやヨハンも知らないはず。
それなのにどうしてオティーリエがこのギルドを知っているかと言うと、幼いころに路地裏を歩いている時に占い師のお姉さんに教えてもらったことが切っ掛けだったりする。
そして、今、オティーリエに向かって歩いてくる人物こそ、このギルドのギルドマスター、ガブリエル。
きっと偽名で、本当の名前はオティーリエも知らないし、知る気もない。
薄紫色の髪と紫色の瞳を持ち、どこか神秘的で中性的な印象の男性。
本人もそれを意識しているらしく、服もスーツなどではなく、上は白の長めのチュニック、下は黒のパンツと男性とも女性とも取れる格好をしている。
穏やかな笑みを浮かべて視線も焦点が定まっていないようだけれど、まっすぐに見つめれば、その瞳の奥には確かな意思が潜んでいることが分かる。
「本日は依頼があって参りました。」
オティーリエが依頼するのは、もちろん情報。
だけど、それは事件などの情報ではなくて。
政治的な裏付けや裏社会の動向を知りたい時に限って、ここから情報を買っている。
「ネルガーシュテルト帝国の関係者が領都に入り込んでいます。
この関係者の洗い出しと、それぞれの目的、現在の動向について探って下さい。
報酬はいつも通りです。」
ガブリエルはオティーリエの横に座ると、バーテンダーの方を見た。
すると、バーテンダーは一つ頷いてから、一度、店の奥に引っ込んだ。
それからすぐに一通の分厚い封筒を持って出てくると、ガブリエルに渡した。
そして、ガブリエルはオティーリエの前にその封筒を置く。
「きなくさい香りがしていましたので。
すでに調べてあります。
むしろ、いつ来るのかと待ちわびておりました。」
「さすが猫ちゃんですね。
本当はもっと早く来たかったのですけれど、少々事情があって来れませんでした。
それでは、こちらが報酬です。」
『なるほど、情報か。
確かに貴重な物だな。』
状況を察したアーサーが声をかけてくる。
『はい。
ここの情報は質が高いので重宝しているのです。』
中身を確かめることもなく、オティーリエはポケットからコインを10枚、取り出してガブリエルの前に並べて置いた。
このコインは純金製。
流通貨幣ではなくて、金として価値がある。
小切手での支払いだとそこから足が付くし、金は価値の変動が小さいので、オティーリエはいつもこれで支払いをしていた。
ガブリエルの方もコインの真贋など確認せず無造作にポケットに突っ込むと、少し不快そうにオティーリエを見た。
「その呼び方はやめて下さいと言ってますよね。」
「可愛らしくていいではありませんか。」
オティーリエはガブリエルの表情などどこ吹く風で答えた。
まあ、ギルド名がキャット・ウォークなわけだし、ガブリエルもさほど気にしている訳ではない。
なので、ガブリエルは小さくため息をついてこのことについては終わらせることにした。
「まあ、いいです。
いつもの言い合いをしても仕方ありません。」
「それから、今後も、調査の継続をお願いします。
あと、オリベール王国内の他領のスパイも入ってきているはずです。
そちらについてもお願いします。」
「なるほど。
いいでしょう。
適当な時期を見計らって受け取りに来て下さい。」
「はい。
ありがとうございました。
それでは、これで失礼します。」
「はい、それでは、また。」
オティーリエは封筒をもともと持っていたミドルスクールの書類の入った封筒と重ねると、キャット・ウォークを後にした。
令嬢がお城のみんなにも秘密にしている情報屋への訪問でした。
ちなみにカインは第一騎士団に就職していなければ、ここを紹介されていました。




