4.思わぬ出会い
オティーリエがパフェを一口、口に運んで、ふと窓の外を見ると、友達らしい女の子と連れ立って歩いているセリアがいた。
オティーリエが思わず口の中の物をごくんと飲み込む。
セリアの方も視線を感じたようで、ふとオティーリエの方を見た。
バチっと目が合う。
セリアは目を丸くしたかと思うと、連れ立って歩いている女の子に話しかけ、そのまま女の子と別れて慌てたように喫茶店に入って来た。
オティーリエが待つこと数秒。
店員さんがやってきて通していいかの確認にはいと答えると、少しして店員さんがセリアを案内して戻って来た。
入室してすぐにオティーリエに話しかけようとしたセリアだったけれど、オティーリエが店員さんに視線を走らせたのを見て、口を閉じた。
それから、オティーリエの前にパフェがあるのに気づくと、店員さんに同じ物をお願いします、と言ってパフェを注文した。
店員さんは注文を受けると、一礼して部屋を出て行く。
そうしてセリアは店員さんが部屋を出て行ったのを確認すると、さささっとオティーリエに寄って来た。
そして、腰に両手をあててオティーリエを見下ろす。
「ティリエ、どうしたの、こんな所に。
もう街には出てこないんじゃなかったの?」
オティーリエが訪れたミドルスクール。
そこはセリアが通う学校で。
もちろん、オティーリエはそのことを把握していたけれど、オティーリエが学校に訪問する時間はまだ授業中だったので、顔を合わせることはないと思っていた。
だけど、ウォードと話をしている間に下校時間になってしまっていたようだ。
と、オティーリエは一瞬、思ったけれど、壁にかかっている時計を見ると、下校時間にはまだ少し早い。
普通、喫茶店のようなゆったりとした時間をすごす場所には時計は置かないものだけど、この喫茶店の個室は時間制限があるためか、壁に時計がかかっていた。
「私はリーエと申します。
貴女はどなたですか?」
さすがに大声で呼びかけないだけの自制心は働いたらしいセリアの質問に、オティーリエは知らない人に会うように言葉を返した。
そのオティーリエの態度に、セリアが腕を組んで眉をしかめる。
とはいえ、まあ、個室への入室に応じた時点で、バレバレではある。
「何言ってるの・・・って、ああ、そういうことね。
そっか、よく見ると髪も瞳も色が違うもんね。」
それから、セリアは一人で納得したように頷いた。
今気づいたの?とオティーリエは内心でセリアにツッコミを入れた。
「分かりました、リーエさん。
突然、話しかけてしまって申し訳ございません。
私はセリアと申します。
リーエさんが親友によく似ていましたもので、つい、声をかけてしまいました。」
楽しそうにそう言って、ついでにウインクなんかしてくる。
オティーリエは、こんなあっさり見破られるなんて、さすが10年来の親友は伊達じゃないなぁと思いながら、初めて会うという芝居に付き合ってくれるセリアに心の中で感謝した。
『主、実は変装になっていないのではないか?』
あっさり見破られたことに、アーサーがちょっとツッコミを入れて来た。
『ウォードさんには通用していますので、大丈夫だと思うのですが。』
『そっちも案外、主に合わせてくれてるのかもしれないぞ。』
『そうかもしれませんね。
ただ、こればかりはご本人に聞かないと分かりませんし、こんなこと、お聞きすることも出来ませんし。』
『まあな。
ただ、そういう可能性は考えておいた方がいい。』
『はい。
ご忠告ありがとう、アーサー。』
と、オティーリエはアーサーとやり取りしているのと同時進行で、セリアとも会話を続けていた。
オティーリエは何人もの弟子の話を同時に聞いて全て理解したという聖人ではないので、二つの会話の同時進行はかなり難しかったけれど、アーサーと出会って以降、誰かと会話している時にアーサーをほったらかしにするのも申し訳ないと思って、懸命に頑張ったのだ。
さすがに今でも複数人と会話しながらアーサーと会話するのは難しいけれど、一人二人くらいならなんとか出来るようになっていた。
「そうだったのですね。
大丈夫です、私は特に気にしておりませんので、お気になさらないで下さい。」
「ありがとうございます。
よろしければ、ここ、座っても?」
「はい、どうぞ。」
セリアがオティーリエの正面の席に座る。
オティーリエも、感謝と了解の意味を込めて、笑顔で答えた。
「それで、リーエさん。
その服、お城の家女中のお仕着せでしょう?
お城の人がどうしてこんな所に?」
「ミドルスクールにお城の御用でお伺いしたのです。
その帰りに、ちょっと知り合いの方にお会いしたので、こちらで少しお話をしていました。
ところで、下校時間には少し早いかと思うのですが、学校で何かあったのですか?」
質問される前に質問してしまえ。
誰に会っていたか質問されると答えにくいなと思ったオティーリエは、先制攻撃とばかりに質問した。
「ああ、うん、そうなの。
お城の人なのに、よく下校時間知ってるね。
あ、それで、早目帰宅の理由なんだけど、なんかね、生徒が一人、事件に巻き込まれたらしくて。
それで、今日からしばらくは授業は午前中だけ、午後からは家から出ないように、って学校からお達しがあったの。
だったら、なんで午前中はいいの?って感じだけど。
あ、気にしないで食べて食べて。
溶けちゃうよ。」
からからと笑って答えるセリア。
ついでに、今は喫茶店の、しかも個室なのと、オティーリエが家女中の恰好をしているということで、言葉も崩してしまっている。
「はい、ありがとうございます。
それで、事件に、ですか?」
言われて、オティーリエはパフェを一口、食べてから質問する。
「そうらしいわ。
なんでも、制服姿で事件に巻き込まれたらしくて、帰宅時は絶対に寄り道しないように、っていうおまけつき。
これからしばらくは先生の見回りも厳しくなるだろうから、ちょっと寄り道出来なくなるかな。」
「え。
早速、寄り道してますよね。」
ぱく。
もぐもぐ。
「うーん、まあ、見つかったらその時はその時。
大丈夫大丈夫。」
痛いところを突かれた、とセリアがちょっと顔をしかめる。
「でも、これこそが華でしたのに、残念ですね。」
「ホントに。
でも、まあ、仕方ないかな。
あ、そう言えば。」
セリアがふと思い出したように付け足した。
「最近、校門で妙な視線感じてたのよね。
あれ、何か関係あるのかな。」
その言葉に、オティーリエの手はぴた、と動きを止めた。
「妙な視線、ですか?
それは登校時ですか?
下校時ですか?」
「うん?
ああ、下校時。
あれ?と思ったらすぐに感じなくなるんだけどね。」
「それはいつ頃から感じるようになりましたか?
あと、今でも感じますか?」
セリアはオティーリエが妙に食いつくな、と思いながら答えた。
「うーん、なんとなく感じただけだから、気にしてなかったなぁ。
ごめん、何時から、と聞かれるとちょっと分からないかも。
視線そのものは最近も感じるかな。
今日はなかったけど。」
「そうなのですね。
ありがとうございます。」
そこで、セリアはオティーリエが食いついて来た理由に思い当たり、半眼になってオティーリエを見た。
「まさか、また事件に首突っ込んでる?
わざわざ別人になってるのに?
ひょっとして、会ってた人って事件の関係者?
あ、でも知り合いか。
じゃあ、捜査する側の人?」
その質問に、オティーリエは、あ、と小さく声を出して、失敗した、という顔になった。
誤魔化すようにパフェを一口食べて、それから楽しそうな笑顔を見せる。
「セリアさん、冴えてますね。
今、お会いしていたのは捜査する側の人です。
ただ、事件への関与につきましては、お話をお伺いしただけで、まだ何もしてませんよ。」
「そうでしょうね。
だって、これから関わるのでしょう?」
うぐ、とオティーリエが言葉に詰まった。
図星を指されて、笑顔も引き攣る。
「セリアさん、本当に冴えてますね。」
そこで、コンコンと扉をノックする音がした。
オティーリエが、はい、と返事をすると、店員さんがトレーにパフェを載せてやってきた。
セリアの前にパフェを置くと、一礼して退室する。
「美味しそう。
ここのパフェ、美味しいって評判で、一度食べてみたかったのよね。
いただきます。」
セリアはやってきたパフェを一口口に入れると、美味しそうに左手を頬にあてた。
「うん、美味しい!
ほら、リーエさんも食べて食べて。」
「はい。
いただきます。」
この後は、二人でパフェを食べながら雑談。
長居もできないので、パフェを食べ終わると、喫茶店を出た。
それから、二人は喫茶店の前で別れた。
また、タイミングが合えば会おうね、と約束して。
ついでにセリアはセレスフィアとノシェにも知らせておいてくれるらしい。
オティーリエは内心、失敗したなぁと思いつつ、それでも嬉しい気持ちは抑えられなかった。
◇ ◇ ◇
オティーリエはこの後、セリアの言葉が気になって、再びミドルスクールの校門前にやってきた。
ちょうど、本来の下校時刻。
どこかから視線を感じるかな?と思ってきょろきょろしてみたけど、そんなものは微塵も感じない。
いや、正確にはお城の家女中の恰好が珍しくて好奇の視線を向けてくる人がいるのを感じたけれど、怪しい視線は感じない。
まあ、もともと、オティーリエももう視線を感じることはないだろうと思っていたので、校門前を2往復ほどしただけでミドルスクールを後にした。
せっかく変装して出て来ているのに、下校中のセリアと出会ってしまいました。
しかも、一目で見抜かれて。
ヤバい、と思いつつも、嬉しさの抑えきれないオティーリエでした。




