3.一つ目の事件
マシューは先に第二騎士団総合庁舎へと戻り、喫茶店へはウォードとオティーリエの二人でやってきた。
二人が入った喫茶店は、喫茶店には珍しい個室のあるお店で、ちょうど個室が一部屋空いていたので、そこに通してもらった。
個室と言っても窓はあって外が見え、窓の方に視線を走らせれば、往来を行き交う人々が見える。
ちなみにこの喫茶店には窓のない個室もあって、そちらは密会の場として大人気らしい。
おかげで、各個室には利用時間制限がついていて、時間を超えると追加料金が発生する。
この喫茶店のことは、オティーリエはその存在を知らなかった。
領都内のことは隅々まで把握していると自負するオティーリエにとって、このことに少なからず動揺したものの、尋ねてみるとこの喫茶店、2ヶ月ほど前に開店したらしい。
2か月前と言えば、オティーリエが外出を控えだした時期。
それなら仕方がないとオティーリエはほっと胸を撫でおろした。
二人は向かい合って個室に腰を落ち着けると、ウォードはコーヒーを、オティーリエはオレンジジュースとマカロンを注文して、注文を受けた店員さんが個室を出て行くと、まずウォードが事件のあらましをオティーリエに話し出した。
ウォードが今日、ミドルスクールにやってきたのは、昨日、この学校に通う一人の男子生徒が変死体で発見されたので、その生徒の情報を聞くためだった。
遺体の発見場所は東地区の壁外の廃倉庫。
人の寄り付かない廃倉庫なのに発見されたのは、廃倉庫の入り口に『遺体あります』と書かれた紙が入口に貼られているのを通りかかった人が見つけて、第二騎士団に通報したおかげ。
鍵はかかっていなかったらしい。
この通行人は、本当にただ通りかかっただけの善意の協力者で、事件に関係がないことはすでに裏が取れている。
その遺体は着ている制服を乱暴に破かれ、床に設置されたアンカーボルトに縄で手足を縛られ、性器は切り取られていた。
さらに切り取られた性器は、その性器があった場所を切り裂かれて、そこに挿し込まれていたらしい。
顔は涙と涎にまみれ、恐怖と苦痛に歪んでいたそうだ。
検死の結果、死亡原因は失血死。
被害者に強い恨みを持った者の犯行と見られている。
遺体で発見されたのはベリル・シャラムという男子生徒。
経済学科に通う3年生で、学校内ではよく仲良し5人グループで行動していて、休み時間などは常に5人で談笑したり宿題を写し合ったりしているらしいが、特に素行に問題はなく、このように殺害される理由は学校では思い当たらないらしい。
その家族は、王国縦断鉄道のホルトノムル駅近くに店を構える土産物屋を営む商家で、そこそこ大きなお店。
こちらにもすでに捜査の手は入っていて、恨みを買うようなことは心当たりがないらしい。
ベリルの足取りが追えるのは土曜日午前まで。
遺体の発見は月曜日午前、朝の出勤時間。
死亡推定時刻はおそらく日曜日の日中で、遅くとも日没前。
「状況はこんなところだね。
どうだい、リーエちゃん、何か思いつくことはあるかい?」
一通り話し終えたウォードが、暗い表情をしているオティーリエに尋ねた。
「え?」
質問された途端、オティーリエは頭の上に疑問符を浮かべて、こてんと首を傾げた。
よほど驚いたようで、暗い表情は引っ込んで驚きの表情になっている。
「どうかした?」
問われて、オティーリエは恥ずかしそうに下を向いて両手をモジモジし始めた。
それから、上目遣いにウォードを見て。
「いえ、その。
推理のプロであるウォードさんに、私のような素人が拙い憶測を披露するのは、その、おこがましいと言いますか、気が引けると言いますか。」
言い訳するようにごにょごにょと言った。
ウォードにもなんとか聞き取れるていどの小さな声で。
リーエがティリエだと確信しているウォードは、いつもハキハキと自分の意見を言うティリエらしくない態度を訝し気に思いながらも、リーエという人格になりきっているのだろうと解釈して、付き合うことにした。
そもそも、ティリエという女の子も、仮の姿だろうと思っていたし。
こうやって、他人になりきるのが上手な子なのだろう。
ウォードはそんなオティーリエを微笑まし気に見て、安心させるように言った。
「大丈夫だよ。
なにせ、僕はリーエちゃんが鋭い推理をすることを知っているからね。」
ウォードの言葉に、オティーリエはぴた、と動きを止めると、そぉっと伺うようにウォードを見た。
「ウォードさんに推理を披露したことなどありましたか?」
「先日のリネンショップの事件で聞いたよ?」
「え。」
オティーリエは驚いてぱっとウォードを見た。
そして、あの時の会話を思い返してみると。
「あ。」
オティーリエの顔に理解が浮かんだ。
オティーリエはあの時、事情聴取の途中だったので状況説明のつもりで話していたけれど、あれは確かに推理を話していたと言われてもおかしくない。
途端、ぼっとオティーリエは首筋から頭のてっぺんまで真っ赤になった。
「あ、えっと、その。」
言葉にならない言葉をごにょごにょと呟いた後。
「その節はお耳汚し、大変、失礼いたしました。
差し出がましいことをしてしまい、申し上げございません。」
と言って、ぺこりと頭を下げた。
顔を赤らめるなんて意識して出来ることではないし、今のお辞儀もティリエだったら勢い余ってテーブルに頭をぶつけていただろうな、と、ウォードは本当に他人になりきっている様子に感心した。
「ああ、いやいや。
そんな気にしなくていいよ。
あの時のリーエちゃんの推理は本当に助かったんだ。
だから、よければ今回もリーエちゃんの考えを聞かせてもらいんだけど、ダメかな?」
そう言われて、オティーリエは顔を上げて、迷うように少し視線を彷徨わせる。
どうしよう、と考える。
でも、本来なら話してはいけない事件の詳細を話してくれたし。
なのに、聞くだけ聞いてさようなら、というのも、どうかと思うし。
オティーリエは少し身じろぎして姿勢を直すと、ふう、と小さく息を吐いて、真剣な表情でウォードを見た。
「分かりました。
それでは、僭越ですが、私が考えたことをお話させていただきます。
とは申しましても、私も第二騎士団の方々がお考えになられたことと同じことを考えましたので、特に付け足すことはないのですけれど。」
「つまり?」
「被害者から暴行を受けたであろう人物による復讐が動機だろうと考えました。
そして、その暴行は複数人によって行われていて、これからも復讐が続くのだろうと思います。」
オティーリエはそれだけ言って口を閉じた。
この話のつづきは、現時点ではただの憶測で、内容的にも言うのをはばかられるから。
しかし、オティーリエが何を言わなかったのかは、ウォードも同じことを考えていたので伝わった。
それは何かと言うと、暴行を行ったのは1人ではなくグループ。
そして、そのグループは被害者を含む仲良し5人組。
もちろん、これで犯行が終わる可能性がないとは言い切れない。
しかし、その可能性は低いとオティーリエは考えているし、それはウォードも同じ。
なので、ウォードは口を噤んだオティーリエに一つ頷いた。
「リーエちゃんが何を気にしているかは分かるよ。
今後は、我々が警護するつもりだ。
犯人がその網にかかってくれればいいんだけどね。」
「警護の対象者には、理由をご説明されるおつもりですか?」
「いや、さすがに推論だけで暴行犯だろうなんて言えないからね。
隠れて警護するつもりだ。」
「分かりました。」
「ところで、そう判断した理由を教えてもらえるかな?
リーエちゃんは我々とは違う視点で見てるだろうから、参考にさせてもらいたいんだ。」
「え。
えっと・・・はい、分かりました。」
オティーリエが一瞬言葉に詰まったけれど、先ほど話すと言ったことだし、と頷いた。
でも。
「その前に、少し質問させていただいてもよろしいでしょうか?
もちろん、守秘義務に関わるようでしたら、そう仰っていただければお聞きしませんので。」
ちょっと上目遣いになりながらオティーリエが尋ねると。
コンコン。
そこで、扉をノックする音が聞こえた。
店員さんが注文を持って来たのだろう。
はい、と答えてオティーリエが立ち上がって扉を開けると、店員さんが失礼します、と頭を下げながら入って来て、注文の品をテーブルに置く。
それから、店員さんは失礼しました、と言って扉を締めながら部屋を出て行った。
「とりあえず、一息入れようか。
リーエちゃんもどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
ウォードはそう言うとコーヒーに口を付けた。
オティーリエも一口、オレンジジュースを飲んだ後、マカロンを少し齧った。
途端にその顔に笑みが広がる。
どんな時でも、甘くて美味しいお菓子は気持ちを幸せにしてくれるものだ。
ウォードがニコニコと自分を見ているのに気が付いたオティーリエは、ハッと表情を引き締めた。
それを見て、ウォードも落ち着いた表情に戻る。
と言っても、そこは昼行燈と呼ばれるウォード、穏やかな笑みを浮かべたまま。
目は笑っていないけれど。
「聞きたいことがあるんだったね。
もちろん大丈夫だよ。
こちらから質問してるんだ。
出来るだけ答えさせてもらうよ。」
「ありがとうございます。
それでは、まず、廃倉庫に鍵はかかっていましたか?」
「いや、鍵はかかってなかった。」
「現場に指紋や遺留品などはありましたか?」
「残念ながらなかったよ。
ついでに言うと、廃倉庫の入り口に付いていた指紋については捜査中だ。」
「そうしますと、指紋が拭き取られたような痕はなかったのですね?」
「うん、それはなかったね。
不法侵入の痕もなかったよ。
まあ、普通に出入口が開いているのだから、当然と言えば当然だけどね。」
「アンカーボルトはもともと現場にあったものですか?」
「いや、新しい物だったよ。
ねじ込み式で、床の状態からごく最近に設置された物だと判断した。」
「遺体は両手両足を大きく開いた状態で縛られていたのですよね?
ちょうどXの字のような感じでしょうか。」
「ああ、うん、そうだ。」
「遺体のあった床に暴れたような痕跡は残っていましたか?」
「それを示すように血痕が飛び散っていたよ。
あと、縛られた痕も暴れたように酷く擦れていたし、その痕の下に小さな血痕が出来ていた。
おそらく、廃倉庫で犯行が行われたと見て間違いないと思うよ。」
「廃倉庫の持ち主への聞き込みは行われましたか?」
「そこは今、確認中だね。」
「周辺住民への聞き込みはどうですか?」
「そっちも始めたばかりだからね。
まだ何も出ていない。」
「分かりました、ありがとうございます。
お聞きしたかったことは以上です。」
オティーリエはペコリと頭を下げた後、再びを頭を上げてウォードを見た。
「それでは、改めまして、この事件が復讐による犯行で、そして、これからも犯行が続くと推察した理由を説明させていただきますね。」
そして、こほんと咳払いを一つ。
覚悟を決めたので、もう落ち着いて話が出来る。
「復讐による犯行と考えたのは、遺体が発見された状況とその状態からです。
まず廃倉庫に遺体があると張り紙がされていたことから、犯人は遺体を発見して欲しかったのだと考えました。
第三者が貼った可能性もありますが、遺体の状態も考慮しまして、この可能性は外しました。
また、廃倉庫にわざわざアンカーボルトを設置していることから、犯人にとって廃倉庫という場所にも意味があると考えます。
それから、遺体の状態です。
遺体に対して行われていたことは、ただ殺害することが目的でしたら不要なことです。
ですので、これらには犯人の意思が籠められていると考えました。
どのような意思かは、二つ、想定しました。
性器を切り取っただけでなく遺体に挿入されていることから、一つは廃倉庫で女性に対する暴行が行われたというメッセージで、もう一つはその復讐を行ったというメッセージです。
これらのことをまとめますと、遺体があった廃倉庫で暴行を受けた女性がいて、今回、犯人はその復讐のために犯行を行ったのだと考えました。」
ここまで言って、オティーリエは一度オレンジジュースを口にして一息入れた。
軽くのどを潤してから、話を続ける。
「これからも犯行が続くと考えたのも、このメッセージのためです。
暴行が単独犯でしたら、このようなメッセージを遺さず、ただ殺害して終わりだと考えました。
ですけれど、あえてメッセージを遺したということは、犯人にそれを伝えたい人物がいるということです。
また、現場に証拠のような物が何も残されていないことから、それは第二騎士団の方々をはじめとする第三者ではないと考えました。
第三者へのメッセージである場合は、暴行を告発することが目的であり、その場合、暴行犯に繋がる何かを残しただろうと考えられるためです。
これらのことから、暴行は複数犯で、この犯人のメッセージは。」
オティーリエの視線が、すっと落ちた。
表情は昏く、声も低くなる。
「これは廃倉庫で行われた集団暴行への復讐だ。
これから、その強姦犯を同じように殺していく。」
オティーリエはそう言うと、はぁ、と大きく息を吐いて、ウォードに視線を戻した。
「以上です。
もちろん、猟奇殺人や第二騎士団の方々の捜査の目を暴行に向けてかき回すことが目的という可能性も捨てきれませんが、可能性は低いのではないかと思います。」
ウォードは一つ頷くと、感謝の意味を籠めて笑みを浮かべた。
「ありがとう。
おかげで、自分の考えもスッキリまとまったよ。
やっぱり、リーエちゃんの説明は分かりやすくて素晴らしい。」
ウォードがオティーリエにお礼を言ったが、オティーリエの顔は曇ったままだった。
オティーリエの様子にウォードは訝し気な表情になり、オティーリエは再び視線を落として、ぽそぽそと話し出した。
「先ほど、犯人は暴行を受けた人物、と言いましたけれど、この中には間接的に暴行を受けた人物、つまり直接暴行を受けた人物の関係者を含んでいます。
おそらくですが、犯人は暴行を受けたご本人ではないと思います。」
「その根拠は?」
ウォードがぴく、と眉毛を動かしながらオティーリエに発言の意図を尋ねると、オティーリエはふっと視線を上げてウォードを見た。
「これだけ遺体に明確なメッセージを遺したのですから、第二騎士団の方々の捜査の目も暴行事件へ向きます。
そうしますと、当然、暴行犯にも捜査の手が伸び、いずれ取り調べが行われます。
また、犯人のメッセージを受け取った暴行犯が復讐を恐れて、第二騎士団の方々に保護を求めて自白する可能性もあります。
そして、このていどのことは犯人も想定していると思われます。
ですので、その、大変失礼なことを申し上げてしまい恐縮なのですけれど、犯人はその上でなお、第二騎士団の方々に捕まらず、復讐を遂げるつもりでいるのだろうと思います。」
「なるほどね。
まあ、舐められっぱなしでいるつもりはないけどね。」
「はい、第二騎士団の、それも第一グループがお相手ですので、そうそう犯人の思惑通りにはいかないだろうとも思っています。
それで、話を戻しますね。
このことから、おそらく犯人は暴行を受けたご本人ではないのではないかと推測しました。
暴行されたご本人でしたら暴行犯の供述で特定出来ますけれど、それは有り得ないと確信しているということですので。
ですので、同時に、簡単には暴行の被害者との関係を追えない人物なのだろうとも思います。
もちろん、単純に捕まらない自信があるだけかもしれませんので、断言は出来ないのですけれど。」
「分かった。
ありがとう、とても参考になるよ。
でも、そうすると犯人の特定はとても難しいということだね。」
「はい。
すみません、あまり参考にならない推測でしたね。」
オティーリエは少し苦笑しながら答えた。
「いや、少なくとも犯人が女性ではないかもしれないと注意喚起してもらっただけでも大きいよ。
そうじゃなかったら、暴行を受けた女性だけを探していたからね。」
「そう仰っていただけますと幸いです。
ところで、ここまでお話したところで、あと3つほど教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ん?
なんだい?」
「先ほどはお聞きしませんでしたけれど、廃倉庫はすでに暴行事件の現場としても現場検証は行われたのですよね?
結果はどうでしたか?」
ウォードは首を振って答えた。
「もちろん暴行事件があった前提でも現場検証を行ったけど、それらしい証拠は何もなかったよ。」
「分かりました。
あと2つは、本来は漏らしてはいけない情報だと思いますので、無理でしたらそう仰って下さいね。
出来れば、警護を行う候補者のお名前と、廃倉庫の場所を教えていただけないでしょうか。」
言われて、ウォードはきょとんとした後、すぐに気を取り直して懐から手帳とペンを取り出し、さらさらと何かを書いた後、そのページをビリッと破った。
それから、シーッというポーズと共にその紙をオティーリエに手渡す。
「誰にも言っちゃダメだからね。」
「はい。
ありがとうございます、心得ています。」
オティーリエもウォードに合わせて、シーッというポーズをしながらその紙を受け取った。
このちょっとしたやり取りのおかげで、沈んでいた気持ちも少し浮上した。
「さてと。
じゃあ、今、共有できる情報はこんなところかな。」
ウォードは気分を変えるようにそう言って、ぐいっと残りのコーヒーを一口で飲んでしまった。
それから。
「リーエちゃん、言いにくいことを言ってくれてありがとう。
ここの払いは持つよ。
なんなら、パフェとか追加で注文するといい。
ここのパフェ、女性に大人気らしいよ。」
「いえ、もともとはこちらが無理を言ってお話いただいたのですから、お礼をすべきなのは私の方です。
そのようなことをして頂くわけには参りません。」
「いや、無理に推理を聞かせてもらったし、有益な情報ももらえたから、出来ればお礼がしたいんだけど。」
断ろうと思ったオティーリエだったけれど、存外、真剣な表情で自分を見つめるウォードの視線を見て受けることにした。
「・・・分かりました。
それでウォードさんのお気持ちが落ち着くのでしたら、謹んでお受けします。
ありがとうございます。」
「ありがとう。
じゃあ、僕はこれで失礼するね。
今日はどうもありがとう。
おかげで、捜査の進行方向が定まったよ。」
ウォードはそう言うと個室を出て行った。
オティーリエも立ち上がって、ウォードが個室を出て行くのを頭を下げて見送る。
ウォードは部屋を出ると店員に声をかけてパフェを注文して、それから一緒に入った女の子はもう少し個室にいることを伝えて、そのまま会計をして店を出て行った。
個室でマカロンをもぐもぐと食べていたオティーリエの元に、少ししてパフェが運ばれて来た。
殺人事件の詳細を聞く令嬢。
本格的に関わることが決定です。
ウォードは、リーエはティリエだから、と話をしました。
さすがにそうでないと、一般市民にホイホイこんな話はしなかったでしょう。




