2.お使い先で
翌日の火曜日の午後。
オティーリエはリーエとして街に出かけていた。
この2ヶ月、火曜日と木曜日の午後は女主人としての仕事の勉強をしていたけれど、もともと今までもある程度、勉強と実務の練習を行っていたこともあって、とりあえず座学で学べることは学び終え、また土曜日の午後に街に出ている時にも特に危険なことはなかったので、街に出る日を増やすことにしたのだった。
今日は領都の東地区にあるミドル・スクールへのお使い。
お城からの寄付で購入する備品の申請書に不備があったので、その訂正をしてもらう。
別に手紙でも構わない内容なのだけれど、オティーリエが街に出る理由を作るためにヨハンが持って来てくれたお仕事。
だから、きちんとお仕事をこなさなければいけない。
ちなみに、当然ながら、離れた所に護衛が付いている。
この2か月間、土曜日午後だけだったためか、ずっとヨハンが一人で護衛に就いてくれていたのだけれど、今日は護衛騎士団の騎士が3人ほど。
実はオティーリエは、ずっとヨハンが一人で護衛に就いてくれていたのに、この家女中の恰好なのは、護衛しやすさにかこつけたヨハンの趣味なのでは?とちょっと疑っていた。
そんな素振りは見せたこともないけど、そういう趣味の人がいると聞いたことがあるし。
なので、オティーリエは今日はヨハンではない3人が護衛に就くということを聞いて、ヨハンに心の中でごめんなさいと謝っておいた。
ミドル・スクールの事務所で申請書を訂正してもらって、お仕事終了。
事務所を出たところで、オティーリエは廊下の向こうから見知った顔が近づいて来たのを見つけたので声をかけた。
「ウォードさん、こんにちは。
先日は事件の結果をお知らせ下さいまして、ありがとうございました。」
言って、ペコリと頭を下げる。
近づいて来たのはウォード。
後ろにマシューという捜査部第一グループの捜査員を従えている。
マシューは20代半ばくらいの男性で、背が高くて細身の、ちょっと神経質そうな人物。
もちろん、ティリエの時にはマシューのことは知っていたけれど、リーエとしてはマシューとは初対面なので、初めて会う人として対応する。
「おや、リーエちゃん、久しぶりだね。
あの時はありがとう。
おかげで早期解決出来たよ。」
ウォードは軽く右手を上げてオティーリエの挨拶に答えた。
「え?」
オティーリエは何を言われたのか分からないと言うように疑問顔で首を傾げた後、んーっと考えて、とりあえず無難な答えを返した。
「私は何もしていませんよ。
ウォードさん達捜査員の皆様のお力です。
それより、一度で顔と名前を憶えていただけていたようで嬉しいです。
ありがとうございます。」
オティーリエがお礼を言うと、ウォードは暖かい目でオティーリエを見ながら返事をした。
「人の顔を覚えるのは職務の一環だからね。
リーエちゃんこそ、一度で僕の顔を覚えてくれてありがとう。」
ウォードにそう言われて、オティーリエはいたずらっぽい顔で答えた。
「私も実は職務の一環です。
お城では一度お会いした方は必ず覚えておかないといけませんので。
ところでウォードさん、そちらの方は?」
オティーリエがウォードの後ろに控えているマシューの方を見る。
「ああ、こいつは捜査部第一グループの捜査員、マシュー。
マシュー、こちらの女性は2か月前のリネンショップの殺人事件で第一発見者だったリーエちゃん。
決定的な助言をしてくれたのがこの人だ。」
その紹介に、オティーリエは目を輝かせた。
なぜと言えば、女の子ではなく、女性、と紹介してくれたから。
今までそんな扱いを受けたことがないので、ただそれだけで嬉しい。
「初めまして、マシューです。
お話は伺っています。
よろしくお願いします。」
突然、目を輝かせたオティーリエに怪訝な表情をしながらも、マシューは一歩前に出てウォードの横に並ぶと、軽くお辞儀をしながらオティーリエに挨拶した。
オティーリエも、お辞儀を返して挨拶する。
「初めまして、リーエと申します。
よろしくお願いします。」
「それで、リーエちゃんはどうしてここに?」
二人の挨拶が終わると、ウォードがオティーリエに声をかけた。
「お城の御用で来ました。
内容はすみません、口外出来ません。」
「ああ、いや、謝ることはないよ。
そんなつもりで聞いたんじゃないから。
事件の匂いを嗅ぎつけてきたのかなと思っただけだよ。」
オティーリエが申し訳なさそうに頭を下げると、ウォードは慌てて言った。
「キャップ。」
そして、思わず口を滑らせたウォードに、マシューが注意を促す。
それにウォードがしまったという表情を浮かべた。
ウォードはリーエをティリエだと確信している。
おかげで、今はティリエと話しているような気持ちになっていまっていたようで、つい、口を滑らせてしまったのだった。
ウォードはちょっと様子を伺うようにオティーリエを見た。
「おっと。
すまない、今のは聞かなかったことにしてくれないかな。」
「それでは、口止め料に何が起こったのか教えていただけますか?
不必要に口外はいたしませんので。」
ちょっと楽しそうにオティーリエが答えると、ウォードもわざとらしく仕方がないという顔で頷いた。
『いや、主、それはやめておいた方がいいのではないか?』
そんなウォードとオティーリエの会話を他所に、アーサーがオティーリエに苦言を呈する。
もちろん、オティーリエ以外には聞こえていない。
そのアーサーの苦言に、オティーリエは表面上は様子が変わっていないけれど、内心は失敗した、と思いながら答えた。
さすがに今は事件に関わるのは危険が過ぎる。
『そうでした。
ですけれど、もう言ってしまいましたし。』
『いや・・・うむ、もう何も言うまい。』
とはいえ、むしろ少し弾んだ調子で答えるオティーリエに、どこか呆れたようにアーサーが言った。
わざとだろう、というツッコミは飲み込んで。
オティーリエが好奇心に勝てるはずがない。
「分かった。
その条件を呑もう。」
「キャップ。」
オティーリエの要求をあっさり受け入れたウォードに、マシューが咎めるような調子で注意する。
「この子は大丈夫だ。
さて、じゃあ、リーエちゃん、この後、時間はあるかな?
僕達は捜査の一環で聞き取りのために来たんだけど、ちょうど終わったところなんだ。
近くの喫茶店にでも行って話そう。」
「よろしいのですか?
ぜひ、お願いします。」
と、言う訳で、オティーリエはウォードと一緒に喫茶店へと向かった。
お使い先で、ウォードに出会いました、
なにやら事件に首を突っ込みつつある予感が。
リスから注意を受けるも、結局、好奇心には勝てない令嬢でした。




