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30.おもむろにガールズトーク

みんなが落ち着くと、それぞれに身を離して、笑みを交わしながら、オティーリエが立ち上がる前の状態に戻った。

三人はベンチに並んで座り、ラシェルとノシェもそれぞれの主人の傍に控えるように立っている。

当然、【幻影(Phantasmal)投影(Force)】も解除済。


今回、気がかりだったことを無事に話し終えて緊張の解けたオティーリエは、喉の渇きを覚えてヨハンに声をかけようとしたところで、横に座ったセレスフィアが話しかけて来た。


「ところで、オティーリエ様。

 先ほどのやり取りを他の方々に見られたのは、少々、具合がお悪いのではございませんか?」


セレスフィアは少し心配そうな様子。

それに、オティーリエは安心させるように笑みを浮かべて答えた。


「今、チャーリーは地面を見つめたまま視線を上げておりませんし、マクシミリアンとアルチュールはあの通り、お二方で盛り上がっております。」


オティーリエがそれぞれに視線を移すと、それを追いかけるようにセレスフィアの視線も移動した。

チャーリーはベンチに腰掛けてじっと地面を見たままだし、マクシミリアンとアルチュールはこちらに背中を向けて座って、楽しく談笑している。

セレスフィアが三人の様子を見たところで、オティーリエは話を続けた。


「仮にお三方がこちらをご覧になられていましたら、ヨハンが警告の声を上げておりましたので、それがなかった以上、見られていないと判断してよろしいかと存じます。

 お城の使用人に関しましては、皆、見てはいけないものは見ないように心得ておりますので、大丈夫ですわ。」

「それをお聞きして安心いたしました。」


セレスフィアが、オティーリエの説明に安心したように答える。


「でも、先ほどのことは、ご内密にお願いいたしますね。」


オティーリエが、シーッと人差し指を口の前に立てて言うと。


「はい、もちろんですわ。」


セレスフィアが秘密を共有するということに楽しそうに返事をすると、オティーリエも笑みを返した。

それから。


「ヨハン。」


今度こそ、オティーリエはヨハンに呼びかけた。

オティーリエに呼びかけられたヨハンは、オティーリエの方に振り向き、一礼するとその場を離れた。


そして、ヨハンが場を離れると、途端にセリアがオティーリエに顔を寄せて来た。

オティーリエがちょっと身を引きながら、でもそちらにはセレスフィアがいるので、あまり身を引けずにセリアを見る。


「オティーリエ様。

 あの執事さんとはどのようなご関係なのですか?」


セリアがなんだかとっても楽しそうに質問した。

先ほどのアイコンタクトでの自然なやり取りに、普段から阿吽の呼吸で接しているのだろうと邪推した結果。

どちらも美男美女で並ぶと絵になりそうだし、と余分な感想付きで。


そのセリアの態度に、ラシェルは苦虫を潰したような表情をしているが、何も言わなかった。

本当は「何言ってるの、この子は?!」と注意したいところだったのだけれど、今は領主令嬢との会話ではなくて、親しい友人同士の会話なのだからと我慢した。


「あ、私もそれ知りたいです。

 随分と親しそうですよね。」


ノシェも便乗した。

ノシェはセリアよりも、さらにオティーリエとヨハンの関係を疑う根拠があって、ヨハンはティリエの手紙を持って来たし、技師誘拐事件ではティリエと一緒に技師を救い出した人物。

そこに信頼以上の何かがあるのではないかと勘繰ってしまうのだ。


セレスフィアは便乗こそしなかったものの、真剣な、いや、どちらかと言うと心配そうな表情で耳を攲てている。

なぜ心配そうなのかと言うと、大切なオティーリエの恋愛事情の話だから。


二人の質問に、オティーリエは目をぱちくりとさせて答えた。


「ヨハンは従者ですよ。

 お城の従僕兼任ではありますけれど。」


それ以外の何者でもない、とオティーリエは質問の意図が全く掴めていない様子で答えた。

オティーリエにとって、ヨハンは従者。

ただそれだけ。


「いえ、そういう意味ではなくて・・・ねぇ?」

「うん。

 異性としてどうか?って話ですよ。」


セリアが同意を求めるようにノシェを見ると、ノシェも頷いてオティーリエに聞き直した。


「異性として・・・ですか?」


その質問に、オティーリエは右手を頬に当てて、こてんと首を傾げながら鸚鵡返しにしてしまった。

質問を質問で返すのは貴族としてあるまじき行為だけれど、オティーリエとしては本当になんと答えたらいいのか分からなかったから。


そのオティーリエの反応を見て、セリアとノシェは顔を見合わせた。

そして、お互いに共通認識に至った。


ダメだ、こりゃ。


セレスフィアは、オティーリエがヨハンを異性として意識していないことを知って、どこか安心した表情をしている。


「あ、いえ、異性として意識する、という言葉の意味は存じておりますよ。

 ただ、ヨハンをそのように見たことがありませんでしたし、今までそのようなご質問をいただくことがありませんでしたので、少々意外だっただけですわ。」


そんな二人を見て、オティーリエが慌てて取り繕うように言い訳をする。


「侯爵家に生まれた以上、家で決められたお相手と結婚いたしますので、今まで恋愛を意識したことはありませんでしたもの。」


さらに付け加えられた一言に、セリアとノシェは再び顔を見合わせた。

今度はセレスフィアにも視線を送り、セレスフィアも困ったような表情を二人に返す。

セリアはさらにラシェルの方も見た。

そのセリアの尋ねるような視線にラシェルが頷くと、セリアは改めてオティーリエの方を向いた。

そして。


「オティーリエ様、そのお考えは古いです。」


セリアはそのオティーリエの認識を一刀両断した。

その切れ味鋭い一言に、オティーリエは少なからずショックを受けた。

思わず驚いた表情でセリアを見返す。


「古い、ですか?」


オティーリエは、なんだかさっきから上手く言葉が出てこないな、と思いながら再び鸚鵡返しにしてしまった。

今まで恋愛話にだけは縁がなかったおかげで、こういう話になると上手く受け答え出来ない。

そういえば、みんなとも恋愛の話はしたことがなかったハズ。

どうして今日はこの話なのだろう、と、オティーリエはどこか遠くのことのように頭の片隅で思った。


「はい。

 今は自由恋愛の時代です。

 貴族の方々も、まあ、多少は家の利害が絡むことはあるかもしれませんが、それでも身分に関係なくご結婚されていますよ。」


セリアの言葉に、なんだかとてもショックを受けているらしいオティーリエに、セレスフィアが追い打ちをかけた。


「オティーリエ様、大変失礼でございますけれど、お母上様のご結婚前のご身分は何であらせられましたか?」

「・・・一般市民です。」


言われてみれば、とすごく身近に身分違いの結婚をしていた例を挙げられて、オティーリエはさらにショックを受けて言葉少なに返事をした。

ついでに、その父親と母親の結婚は、領内で恋愛小説の題材に使われるほど有名な大恋愛だったりする。

もちろん、セレスフィアのこの質問はそれを知った上でのこと。


「それから、オティーリエ様の伯母上様も王家にお輿入れされましたけれど、それは家同士の利害関係が一致されたからではなく、恋愛の末のご結婚であられたとお聞きしておりますわ。」

「はい、その通りです。

 国王陛下と王妃殿下は現在も仲睦まじく過ごされていらっしゃいます。」


あまりのショックに言葉遣いもお嬢様言葉ではなくなってしまっているオティーリエ。

だけど、立て続けに証拠を、それも身近な例を並べられて、これはもう考えを改めるしかないと気持ちを切り替えて受け入れることにした。

どうして自分は古い考え方に囚われていたのだろう?という疑問も頭の片隅をよぎったけれど、とりあえずそれはさておき。

そうと決めてしまえば気持ちも落ち着いた。


「承知いたしました。

 ご忠告ありがとう存じます。

 考えを改めますわ。」

「それでは、考えも改まったところで、あの執事さんのことはどう思われますか?」


セリアがさらに言い募って来た。

再び、楽しくて仕方がないといった表情になっている。


「考えを改めるとは申し上げましたけれど、そのようにすぐに変えられるものではありませんわ。

 ですので、保留とさせて下さいませ。」

「保留、ですか。

 分かりました、今はそこまでということで、これ以上の追及はいたしません。」


セリアがお澄まし顔で軽く両手を上げて答えると、今度はオティーリエがニッコリ笑ってセリアに話しかけた。


「それでは、今度はセリアとアルチュールのことをお教え下さいませ。

 ご学友でいらして、お互いに気の置けないご関係のようにお見受けいたしましたけれど、セリアはどのように思っていらっしゃるのですの?」


オティーリエの質問に、今度はセリアが心外だとでも言うかのように眉を顰めながら身を引いた。

セレスフィアとノシェは、当然、興味津々といった様子。


「なんとも思っていません。

 むしろ、しょっちゅう話しかけられて、迷惑しているくらいです。」

「そうなのですか?

 アルチュールはそう思っていらっしゃないようでしたけれど。」


ね?とオティーリエがセレスフィアとノシェに視線を向ける。


「はい。

 あれは絶対、セリアに好意を抱いています。」


ノシェがオティーリエの視線に返事をすると、セレスフィアも同意するように笑みを浮かべた。

ラシェルも温かい眼差しでセリアを見ている。


「やーめーてー。

 あいつ、プレイボーイで有名なのよ。

 女なら誰でも粉をかけて回るようなやつ。

 だいたい、毎日のように声をかけてきて、鬱陶しいくらいなんだから。」

「セリア。」


脱力しながら、思わず普段通りに喋ってしまったセリアに、ラシェルから注意が飛ぶ。


「あ。

 申し訳ございません、汚い言葉を使ってしまいました。

 お許しください。」


脱力してしまった全身に力を入れ直して、背筋をスッと伸ばす。

それから、頭を下げて謝罪した。


「大丈夫ですよ。

 それに、セリアもアルチュールのことを意識されていることが分かりましたので、大変、満足いたしましたわ。」

「同意いたしますわ。」


微笑まし気に同意するセレスフィアに、うんうんと頷くノシェ。

ラシェルは面白そうに一同を窺っている。


「先ほどのお話で、どうしてそのような受け取り方になるのですか?

 あいつのことなんか、全く恋愛対象として見ていません!」


セリアが思わず立ち上がって、まくし立てるように言い募る。


そこに、ヨハンが飲み物を持って戻ってきた。

少し時間をかけて戻って来たのは、オティーリエが自分がいると出来ない話でもするつもりなのだろうと踏んだから。

実際のところはそんなこともなかったので、ヨハンの気遣いは空振りだったけれど。


「お嬢様、皆様、甘い飲み物をお持ち致しました。

 お気持ちも落ち着きますよ。

 よろしければ、どうぞお取り下さい。」


ヨハンはそう言って、まずはセリアに飲み物の乗ったトレーを差し出す。


「あ、ありがとう存じます。」


セリアは立ち上がった時の勢いを飲まれて、キツネにつままれたような表情になりながらも、思わずトレーの上のグラスを一つ、手に取った。

突如始まった恋愛トーク。

そういえば、セレスフィアとノシェはどうなんでしょうね。

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