29.侯爵令嬢の想い
「ノシェのご質問はアーサーについてですね。
街でティリエがリスを連れているところを大勢の方が目撃されておりますわ。
ですので、本日、リスを連れていれば関連が疑われる可能性がありましたので、リスは連れて来ませんでしたの。
ご了承下さいませ。」
とりあえず場の雰囲気が落ち着いて来たところで、オティーリエは話を戻した。
会話のきっかけとして、ちょうどよかったし。
『相変わらず、絶妙な言い回しだな。』
普段は他の人との会話中は割り込んでこないアーサーだけれど、今は自分が話題とあって、オティーリエに感想を伝えて来た。
『さすがにアーサーが変身するところをお見せするわけにはいきませんので。』
と、オティーリエがアーサーに言い訳している間に、ノシェがオティーリエに答えた。
「はい、承知いたしました。
大丈夫です、お気になさらないで下さいね。」
「ありがとう存じます。
すぐには無理かと存じますけれど、いずれ、お会い出来る機会を設けさせていただきますね。」
「ありがとうございます。
よろしくお願いします。」
「オティーリエ様。」
「はい。」
オティーリエとノシェのやり取りの後にオティーリエに声をかけたのはセレスフィア。
オティーリエがセレスフィアに目を向けると、珍しく少し弾んだ口調で、嬉しそうに笑みを浮かべている。
「正直に申し上げます。
オティーリエ様は、ティリエとしてだけでなく、オティーリエ様としても、別離を考えていらっしゃると思っておりましたの。
ですけれど、これは思い過ごしと考えてもよろしいのですよね?」
オティーリエがアーサーと会う機会を設ける、と言ったことから、セレスフィアはオティーリエがまだ三人との付き合いを続けるつもりなのだと受け取った。
そのセレスフィアの質問に、オティーリエは笑顔で答えた。
「ふふ、さすがセレスフィア、お見通しですね。
仰られる通り、ティリエのお手紙をお送りした時点では、皆様との別離を覚悟しておりましたわ。
ですけれど、あれから約2ヵ月、よく考えまして、それは非現実的であると思い直しました。
サロンや舞踏会などを開催した時に皆様をご招待しないというのは皆様の悪評を立てることになりますし、ティリエが街に出なくなったのと同じタイミングで皆様とお会いしなくなるのも何らかの邪推を招くことになると判断いたしましたの。
ですので、今後ともよろしくお願いいたしますね。」
オティーリエはふわりと笑って、左右を見た。
セレスフィアも、セリアも、ノシェも、それぞれに笑みと頷きを返す。
「ただ。」
三人が何か口を開く前に、オティーリエは話を続けた。
すっと表情が変わり、真剣な表情になる。
今から話すことは、本当は、この場の最後に言おうとしていたことだったのだけれど。
でも、ちょうどいい話の流れになったので、今、話してしまうことにした。
「出来る限り、皆様の安全を図りたいという意思は変わりません。
ですので。」
そこまで言うと、オティーリエは心言で魔法を使った。
これからしようとしていることを他人に見られると、セレスフィアとセリアにいらない噂が立ってしまう可能性があるから。
だから、それを防ぐための魔法。
頭の中で明確に魔法をイメージして、魔法の言葉を魔力に乗せて周囲に放出する。
【幻影投影】。
効果範囲はヨハンを除く5人をすっぽり覆う範囲をイメージする。
この魔法は周囲に幻影を写すというもので、幻影の内容は術者が頭の中で描いた内容がそのまま投影される。
今回は、5人が談笑している様子をその外側の周囲に見せるように幻影を投影した。
背景となる花だけは、不規則に風に揺られるために完全に一致させることは難しいけれど、こればかりは気付く人がいないことを祈るしかない。
魔法を使った後、オティーリエはすくっと立ち上がった。
そして、数歩前に出て、みんなの方に振り返る。
「今後は、周囲の目のある場におきましては、他の方々と同じように応対させていただくつもりです。
また、お城へのご招待につきましても、他の方々とご一緒に、お客様のお一人としてのみ、ご招待させていただくつもりです。
今までのような、気の置けない会話を行える機会はほぼなくなるかと存じます。
ですけれど、それは決して、皆様のことを軽んじているわけではないということをご承知おきいただけますと幸いです。」
そこまで言うと、オティーリエはすっと頭を下げた。
「このような態度を取ってしまう私のことを、そしてなによりも、皆様を大変な危険に巻き込んでしまいましたことを、ここに深くお詫びさせて下さい。
誠に申し訳ございません。」
このことも、オティーリエが今日、みんなに告げたかったことの一つ。
今後は、これまでのような親密な付き合いは出来ないかもしれない。
実際、サロンや舞踏会などでは、あくまで招待客の一人として招待するつもりだし、その場においても親密な様子は見せずに他の人と同じように対応するつもり。
きっと、表面的な会話に終始することになるだろう。
だからこそ、そのことをみんなに伝えて謝罪しておきたかったのだ。
セレスフィアとラシェルは、この謝罪を非常に重く受け止めた。
貴族は謝罪してはいけないものだから。
それをあえて謝罪するあたり、オティーリエとしてはみんなに本当に申し訳ないと思っていて、心に重くのしかかっているということだろう。
セリアとノシェはそこまでは気付かなかったものの、オティーリエが必死に謝りたいと思っている気持ちは伝わった。
セレスフィアはぱっと立ち上がると、気遣わしげに、そっとオティーリエの肩に両手を乗せた。
セリアも立ち上がって、オティーリエの方に手を伸ばそうと中途半端に手が上がっているが、これはセレスフィアに先を越されたために手の行き場を失ったため。
ノシェも、オティーリエのすぐ傍に歩み寄って来た。
ラシェルは横でそんな4人を見守っている。
「オティーリエ様、そのような謝罪はご不要ですわ。
どうぞ、お顔をお上げになって下さいませ。」
そう言われても、オティーリエは顔を上げなかった。
これはもう謝罪を受け入れると言わなければ顔を上げないかもしれない。
しかし、それはセレスフィアとしては受け入れられない。
謝罪など本当にいらないのだから。
そして、それは、セリアとノシェも同じ気持ち。
「オティーリエ様、私達のことを馬鹿にしていらっしゃいますか?」
セレスフィアが次の言葉を口にするより前に、ノシェが腰に手をあてて、怒ってます、という表情で言った。
どこかわざとらしい仕草なのは、本気で怒っているわけではないから。
そのノシェの言葉に、オティーリエは激しく反応した。
ばっと顔を上げ、ノシェを見た。
両肩に乗っていたセレスフィアの手も振り払われてしまい、セレスフィアが仕方がないとばかりに両手を引っ込める。
「いえ、そのようなことは決してありません。
皆様のことを馬鹿にするだなんて、天地がひっくり返ってもありえません。」
そう慌てて言い募る様子に、ノシェはニカッと笑った。
「うん、知ってる。」
そのノシェの反応に、焦った様子だったオティーリエが虚を突かれたようにピタッと動きを止めた。
それを見て、ノシェが幼い子供に言い聞かせるようにしてオティーリエに話す。
「でも、オティーリエ様、そんな風に謝るのは、そういう意味なんだ。
私達はオティーリエ様がどんな態度を取っても、オティーリエ様のことを悪く思うことなんてないから。
何か理由があるのかもしれない。
何かあったのかもしれない、と心配はしてもね。
それは、オティーリエ様も知ってるでしょ?」
「はい。」
オティーリエは素直に頷いた。
ノシェの態度に引きずられた形だけど、今は実際にお説教を受けているところなので仕方がない。
貴族女性としてあるまじき行為としても、そんなことは今はどこかに置いておくこと。
「危険なことに巻き込んだってこともそう。
オティーリエ様にとっては不可抗力なんだし、それで何かあっても、オティーリエ様のことをどうこう思ったりしないよ。
これも、オティーリエ様は知ってるでしょ?」
「はい。」
これにも、オティーリエは素直に頷いた。
そんなオティーリエに、ノシェはよく出来ましたとばかりに笑顔を見せた。
「だから、オティーリエ様、その謝罪は受け取れない。
受け取ってしまうと、私達の想いを否定することになるからね。」
「ご忠告ありがとう存じます。
これからは、言われた方のお気持ちに沿うような言葉選びを心がけるようにいたします。」
オティーリエが神妙に頷いて反省を述べると、ノシェはふるふると首を振った。
それから、再びニッコリ笑って話を続ける。
「オティーリエ様は基本的には相手の気持ちをよく考えてお話をしてると思うよ。
だから、そこは大丈夫。
今回は、私達三人を想うあまり行きすぎちゃったってだけのことだよ。
それにさ。
オティーリエ様の、私達に謝りたいって気持ちも理解できるんだ。
だから、その気持ちを否定したりしない。
今回は、オティーリエ様の気持ちは理解した。
でも、こちらの気持ちもあるから受け取れない。
それでいいかな?」
「承知いたしました。
皆様、ありがとう存じます。
深く、感謝申し上げます。」
途中、セレスフィアとセリアから横槍は入らなかった。
それはつまり、二人もノシェと同じ気持ちということ。
だから、オティーリエは今度は感謝のために、深々と頭を下げた。
こうして、忌憚なく意見を言ってくれることも、こちらの気持ちを理解しようとしていることも、そして、こうして大切に想ってくれることも。
全てが嬉しく、感謝の気持ちで溢れてしまったから。
頭を下げたオティーリエの肩に、再び、セレスフィアが触れた。
「ノシェの申しました通り、お気持ちは伝わっておりますので、どうぞ、お顔をお上げ下さいな。
ここは、頭を下げるのではなく、みんなで笑い合う場面かと存じますよ。」
その言葉に、オティーリエは顔を上げた。
そして、言われた通りに笑みを浮かべる。
それも、とびきりの笑顔を。
オティーリエとかティリエとか関係ない。
ただ、感謝している、嬉しい、という純粋な気持ちから出た笑顔だから。
その笑顔にセリアもノシェも笑みを返し、セレスフィアはと言うと、オティーリエの肩に乗せた手をぐいっと引いて、ぎゅっとオティーリエを抱きしめた。
オティーリエの余りの可愛らしさにらセレスフィアは思わず勢い余ってしまったのだった。
常に落ち着いた様子でいるセレスフィアには珍しいこと・・・かと言うとそうとも言い切れず、セレスフィアはオティーリエが絡むと、少しタガが外れる傾向がある。
「あ、ずるい!
言いたいこと全部言われた上にフィア一人だけオティーリエ様をぎゅってするなんて、ずるいんだから。」
そう言って、セリアも横からオティーリエに抱き着いてきた。
「だいたい、オティーリエ様は私達三人のことになると、過剰反応しすぎなんですよ。
もっと私達を信じて、どんと構えていて下さい。」
「善処いたします。」
セリアが抱き着いて来たついでに出て来たお小言も、オティーリエはしっかり心に留める。
「あー、んじゃ、私も。」
セリアに続いて、ノシェも反対側から抱き着いてきた。
三人で、オティーリエを囲うようにして抱きしめる。
オティーリエにとって、それは、とても幸福な時間だった。
ほんの少しだけ、誰かの力が強すぎて息が苦しかったけど。
侯爵令嬢の立場と覚悟。
お互いに譲れない想い。
譲れなくても、お互いに受け入れることは出来るのです。




